【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

232 / 237
第二百三十四話 決意の果て

第二百三十四話 決意の果て

 

 

成都。

 

蜀王の執務室。

 

窓から差し込む夕日が部屋を赤く染めていた。

 

劉備は一人で机に向かっていた。

 

目の前には各地から届いた報告書。

 

徐州。

 

揚州。

 

荊州。

 

そして燕国。

 

最近の劉備は燕に関する報告書を読む時間が増えていた。

 

理由は自分でも分からない。

 

以前なら。

 

時雨がいる国。

 

頼れる同盟国。

 

そう考えていた。

 

だが今は違う。

 

報告書を読む度に別の考えが浮かぶ。

 

燕は巨大すぎる。

 

燕は強すぎる。

 

もしこのまま勢力を拡大し続けたらどうなるのか。

 

その考えが頭から離れなかった。

 

そんな時だった。

 

「桃香」

 

聞き慣れた声。

 

北郷一刀だった。

 

「ご主人様」

 

劉備は顔を上げる。

 

一刀は静かに部屋へ入ってきた。

 

そして机の上を見る。

 

そこには燕に関する報告書が並んでいる。

 

「また読んでいたのか」

 

「うん」

 

劉備は頷く。

 

少し疲れた顔だった。

 

最近はよく考える。

 

本当に今のままでいいのか。

 

蜀の未来はどうなるのか。

 

答えが出ない。

 

一刀は静かに隣へ座った。

 

そして窓の外を見る。

 

「桃香」

 

「なに?」

 

「お前は天下をどうしたい?」

 

突然の質問だった。

 

劉備は少し考える。

 

そして答える。

 

「平和にしたい」

 

迷いの無い答え。

 

昔から変わらない願いだった。

 

一刀は頷く。

 

「そうだな」

 

「うん」

 

「なら聞こう」

 

一刀の表情が真剣になる。

 

劉備も自然と背筋を伸ばした。

 

「今の燕を見てどう思う?」

 

沈黙。

 

しばらくして劉備が口を開く。

 

「強いと思う」

 

「そうだな」

 

「すごく強い」

 

「そうだな」

 

一刀は否定しない。

 

事実だからだ。

 

「それだけか?」

 

劉備はさらに考える。

 

そして。

 

少し苦しそうに答えた。

 

「怖いかもしれない」

 

その言葉が出た瞬間。

 

部屋は静まり返った。

 

劉備自身も驚いていた。

 

自分の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。

 

だが。

 

それが今の本心だった。

 

燕は強い。

 

強すぎる。

 

そして巨大だ。

 

もし敵になったら。

 

誰にも止められないかもしれない。

 

一刀は静かに目を閉じる。

 

そしてゆっくりと言った。

 

「俺もそう思う」

 

劉備が顔を上げる。

 

一刀は窓の外を見ていた。

 

「桃香」

 

「うん」

 

「張燕は良い奴だ」

 

「うん」

 

「それは認める」

 

劉備も頷く。

 

そこに異論は無い。

 

時雨は何度も助けてくれた。

 

共に戦った。

 

笑い合った。

 

大切な友人だった。

 

だが。

 

一刀は続ける。

 

「でも黒山軍は違う」

 

劉備の表情が変わる。

 

「え?」

 

「黒山軍は元々賊だ」

 

静かな声だった。

 

「張燕がまとめているから今は大人しい」

 

「……」

 

「だが張燕がいなくなったら?」

 

劉備は答えられない。

 

一刀はさらに言う。

 

「力を持った集団は必ず暴走する」

 

「でも……」

 

「歴史が証明している」

 

劉備は黙った。

 

一刀は決して怒らない。

 

声も荒げない。

 

ただ事実を積み重ねる。

 

「燕がさらに大きくなったら?」

 

「……」

 

「黒山軍が天下の中心になったら?」

 

劉備は視線を落とした。

 

その問いに答えられない。

 

なぜなら。

 

最近ずっと考えていた事だからだ。

 

一刀は静かに言った。

 

「俺は張燕を嫌いじゃない」

 

それは本当だった。

 

「だが」

 

そこで言葉を区切る。

 

「黒山軍は必ず天下を乱す」

 

劉備の心が揺れる。

 

時雨を信じたい。

 

だが。

 

燕は巨大になり過ぎた。

 

黒山軍も巨大になり過ぎた。

 

もし制御できなくなったら。

 

もし暴走したら。

 

被害を受けるのは民だ。

 

それだけは避けたい。

 

劉備は目を閉じる。

 

様々な記憶が浮かぶ。

 

時雨との出会い。

 

共に戦った日々。

 

笑い合った時間。

 

そして。

 

現在の燕。

 

巨大な国家。

 

強大な軍勢。

 

天下最強の勢力。

 

やがて。

 

劉備は静かに目を開いた。

 

その瞳には迷いが残っていた。

 

だが。

 

以前とは違う。

 

「ご主人様」

 

「なんだ?」

 

「もし」

 

劉備はゆっくりと言う。

 

「もし燕が天下の脅威になるなら」

 

一刀は黙って聞く。

 

「止めないといけないよね」

 

静かな言葉だった。

 

一刀は小さく頷く。

 

「そうだな」

 

その瞬間だった。

 

長い時間をかけて積み重ねられた疑念。

 

不安。

 

警戒心。

 

それらが一つの形になる。

 

友人だから信じる。

 

その考えだけではなくなった。

 

王として考える。

 

蜀の未来を考える。

 

民の未来を考える。

 

そして。

 

燕を脅威として見る視点が生まれた。

 

一刀は表情を変えない。

 

だが内心では静かに確信していた。

 

桃香は変わった。

 

少しずつ。

 

確実に。

 

理想だけを見ていた王ではなく。

 

国を背負う王へ。

 

そしてその視線の先には。

 

燕国。

 

張燕。

 

黒山軍。

 

未来の敵となるかもしれない存在が映り始めていた。

 

その頃。

 

遠く許昌では。

 

「逃げる!」

 

「逃がしません!」

 

執務室から飛び出そうとした時雨が桂花に捕獲されていた。

 

雪蓮は大笑いし。

 

華琳は呆れながら酒を飲んでいる。

 

誰も知らない。

 

遠く成都で。

 

かつて時雨を信じていた桃香の心に。

 

大きな変化が生まれている事を。

 

そして天下を二分する二つの勢力が。

 

少しずつ。

 

だが確実に。

 

決戦の日へ近づいている事を。

 




感想、評価、お気に入りよろしくお願い致します!

ヒロインアンケート

  • 雪蓮
  • 華琳
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。