【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第二百三十七話 襄陽会談

第二百三十七話 襄陽会談

 

 

荊州。

 

襄陽。

 

かつて幾度となく戦乱の舞台となったこの大城は、今や蜀と燕の境界に位置する重要な拠点となっていた。

 

城壁の上には蜀と燕、両国の旗が掲げられている。

 

だが。

 

その空気は決して穏やかではなかった。

 

黒山軍解体要求。

 

その一通の書簡によって、長年続いてきた同盟関係には大きな亀裂が生まれ始めていた。

 

そして今日。

 

その問題を話し合うため、両国の首脳が襄陽へ集結していた。

 

燕から来たのは燕王公孫瓚。

 

そして張燕。

 

さらに桂花や華琳らも同行している。

 

蜀からは劉備。

 

愛紗。

 

朱里。

 

雛里。

 

そして北郷一刀。

 

両国の重臣達が集まる中、会談は始まろうとしていた。

 

襄陽城の大広間。

 

長い机を挟み、両国の代表達が向かい合う。

 

公孫瓚は腕を組んでいた。

 

昔から変わらぬ鋭い目。

 

燕王となった今でも、その気質は変わっていない。

 

その隣には張燕。

 

相変わらず気の抜けた表情をしていた。

 

まるでこれから天下を左右する会談が始まるとは思えない。

 

しかし。

 

その目だけは笑っていなかった。

 

向かい側。

 

劉備もまた複雑な表情を浮かべていた。

 

かつて共に戦った仲間。

 

信頼していた友人。

 

その相手とこうして向かい合う事になるとは思っていなかった。

 

会談は静かな空気の中で始まる。

 

最初に口を開いたのは公孫瓚だった。

 

「桃香」

 

その呼び方に劉備が少し微笑む。

 

「白蓮ちゃん」

 

昔と変わらぬ呼び名。

 

だが。

 

互いの立場は大きく変わっていた。

 

今は一国を率いる王同士である。

 

公孫瓚は真っ直ぐ劉備を見る。

 

「まず確認したい」

 

「はい」

 

「黒山軍解体要求」

 

空気が重くなる。

 

「これは蜀の正式な意思か?」

 

劉備は一瞬だけ迷った。

 

だが。

 

頷く。

 

「そうです」

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

桂花の眉がぴくりと動く。

 

雪蓮も不機嫌そうに目を細めた。

 

張燕だけは黙っている。

 

公孫瓚はさらに尋ねる。

 

「理由は?」

 

劉備は深呼吸する。

 

そして静かに答えた。

 

「燕は大きくなり過ぎました」

 

その言葉に場が静まり返る。

 

「黒山軍は強すぎます」

 

「……」

 

「もし将来暴走したら止められません」

 

公孫瓚は黙って聞いていた。

 

感情的にはならない。

 

王として相手の話を最後まで聞く。

 

それが今の彼女だった。

 

劉備は続ける。

 

「だからこそ」

 

「黒山軍を燕軍へ統合して欲しいんです」

 

「それが天下の安定に繋がると思います」

 

その言葉を聞きながら。

 

張燕はゆっくりと北郷一刀を見る。

 

一刀もまた張燕を見ていた。

 

互いに何も言わない。

 

だが。

 

分かる。

 

この要求を考えたのが誰なのか。

 

張燕には分かっていた。

 

一刀にも分かっていた。

 

そして。

 

互いにそれを口にはしなかった。

 

公孫瓚が息を吐く。

 

「なるほど」

 

そして。

 

静かに笑った。

 

「つまり黒山軍が怖いんだな」

 

劉備は否定しない。

 

「はい」

 

真っ直ぐな返事だった。

 

昔の桃香なら違ったかもしれない。

 

だが今は違う。

 

王として答えている。

 

その姿を見て張燕は少しだけ寂しそうな顔をした。

 

そして初めて口を開く。

 

「桃香」

 

劉備が顔を上げる。

 

「時雨さん……」

 

張燕は笑った。

 

昔と同じ。

 

どこか力の抜けた笑顔だった。

 

「一つ聞いていいか?」

 

「うん」

 

「俺が暴れた事あるか?」

 

劉備は答えられない。

 

「黒山軍が民を虐げた事は?」

 

答えられない。

 

「同盟を破った事は?」

 

それも無い。

 

張燕は肩を竦める。

 

「じゃあ何でだ?」

 

劉備は言葉に詰まる。

 

そこで。

 

北郷一刀が口を開いた。

 

「未来の話だ」

 

全員の視線が集まる。

 

一刀は静かだった。

 

「今ではない」

 

「だが未来は分からない」

 

「だから備える」

 

張燕は笑う。

 

「未来が怖いから今潰すのか」

 

「違う」

 

一刀は即座に返す。

 

「管理するだけだ」

 

その言葉に華琳が鼻で笑った。

 

「随分都合の良い言い方ね」

 

桂花も続く。

 

「それなら蜀軍も解体すべきでしょう」

 

一刀は黙る。

 

その隙を見て公孫瓚が言った。

 

「桃香」

 

劉備が顔を向ける。

 

「黒山軍は燕そのものだ」

 

静かな声だった。

 

「黒山軍を解体しろというのは」

 

「燕の歴史を捨てろと言っているのと同じだ」

 

劉備は俯く。

 

その意味は理解していた。

 

だが。

 

それでも不安は消えない。

 

巨大な燕。

 

巨大な黒山軍。

 

その存在が心の奥で警鐘を鳴らしている。

 

会談は長時間続いた。

 

だが。

 

平行線だった。

 

誰も譲らない。

 

誰も折れない。

 

夕日が沈み始める頃。

 

ついに公孫瓚が立ち上がる。

 

「今日のところは終わりにしよう」

 

劉備も立ち上がる。

 

結論は出なかった。

 

しかし。

 

一つだけ確かな事があった。

 

それは。

 

かつて固く結ばれていた蜀と燕の同盟が。

 

今や大きく揺らぎ始めている事だった。

 

会談後。

 

城壁の上。

 

張燕は一人で夕日を眺めていた。

 

その隣へ一刀が現れる。

 

しばらく無言。

 

やがて張燕が笑う。

 

「お前が考えたんだろ」

 

一刀も否定しなかった。

 

「どうだろうな」

 

「相変わらずだな」

 

張燕は空を見る。

 

赤く染まる空。

 

かつて共に戦った仲間。

 

だが今は違う。

 

互いに背負うものが大きくなり過ぎた。

 

「北郷一刀」

 

「何だ」

 

「お前」

 

張燕は少し笑った。

 

「天下統一する気だろ」

 

その言葉に。

 

一刀は何も答えなかった。

 

だが。

 

その沈黙こそが答えだった。

 

襄陽の夜は静かに更けていく。

 

そして誰もが感じていた。

 

蜀と燕。

 

二つの大国は今。

 

決定的な分岐点へ差し掛かっているのだと。

 




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