【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第二百四十一話 開戦前夜

第二百四十一話 開戦前夜

 

 

許昌。

 

燕王・公孫瓚が天下統一を宣言してから半月が過ぎていた。

 

その短い期間で燕国は大きく姿を変えていた。

 

街道では兵糧を積んだ荷車が絶え間なく行き交い、各地の城では武器や鎧の修繕が昼夜を問わず続けられている。

 

黒山からは歴戦の兵が続々と許昌へ集結し、旧魏軍も華琳の指揮の下で再編が進んでいた。

 

かつて敵同士だった者達は、今では同じ燕国の旗の下で肩を並べている。

 

王城の軍議室では大きな地図が広げられ、公孫瓚を中心に軍議が行われていた。

 

「現在確認されている蜀軍は約三十五万。」

 

桂花が淡々と報告する。

 

「成都、漢中、荊州に兵を分散させています。補給拠点も整備されつつあります。」

 

華琳が腕を組んだ。

 

「諸葛亮と龐統の仕事ね。兵站に隙がない」

 

「はい」

 

桂花も同意する。

 

「これまでの蜀とは別物と考えるべきでしょう。」

 

霞が地図を眺めながら笑う。

 

「面白いやないか。」

 

恋は無言で槍を抱えたまま立っている。

 

雪蓮は腕を組み、じっと漢水周辺を見つめていた。

 

「最初の戦場はやっぱり荊州になるかしら。」

 

公孫瓚は頷く。

 

「可能性は高い。」

 

その時だった。

 

「失礼します!」

 

黒山兵が軍議室へ飛び込んできた。

 

「成都より密偵が戻りました!」

 

場の空気が引き締まる。

 

桂花が書状を受け取り目を通す。

 

そして静かに読み上げた。

 

「蜀軍、総動員令発令。」

 

「荊州方面軍の増強を確認。」

 

「各地で徴兵開始。」

 

その報告に誰も驚かなかった。

 

予想通りだったからだ。

 

公孫瓚は静かに目を閉じる。

 

「向こうも覚悟を決めたか。」

 

その頃。

 

王城の庭では時雨が池を眺めながら釣りをしていた。

 

軍議などどこ吹く風という様子である。

 

「釣れんな。」

 

「当然です。」

 

星が呆れたように隣へ座る。

 

「池に魚がいないからな」

 

「そうだった。」

 

時雨は真顔で頷いた。

 

「じゃあ釣れないな。」

 

星は思わず吹き出した。

 

「戦が近いというのに、時雨は変わらんな。」

 

「変わっても仕方ない。」

 

「緊張しないのか?」

 

「多少はする。」

 

時雨は釣り竿を置いた。

 

「でも俺一人が焦っても戦は変わらない。」

 

その言葉に星は静かに頷く。

 

時雨らしい答えだった。

 

目の前のことを見つめる。

 

焦らない。

 

だからこそ土壇場で誰よりも冷静なのだ。

 

そこへ恋が歩いてきた。

 

「時雨。」

 

「ん?」

 

「白蓮が呼んでる。」

 

「軍議か?」

 

恋は頷いた。

 

時雨は大きく伸びをして立ち上がる。

 

「面倒だな。」

 

「またそれ。」

 

星は苦笑した。

 

軍議室へ戻ると、全員の視線が時雨へ集まった。

 

「遅い。」

 

桂花が睨む。

 

「釣りしてた。」

 

「この状況でですか!」

 

「魚はいなかった。」

 

「そういう問題じゃありません!」

 

霞が笑い転げる。

 

華琳も肩を震わせていた。

 

緊張した空気が少しだけ和らぐ。

 

公孫瓚も苦笑しながら言った。

 

「まあ座れ。」

 

時雨は椅子へ腰掛けた。

 

「時雨。」

 

「ん?」

 

「戦の総大将は私だ。」

 

「そうだな。」

 

「だが黒山軍はお前に任せる。」

 

時雨は静かに頷く。

 

「了解。」

 

短い返事だった。

 

余計な言葉はない。

 

その一言だけで十分だった。

 

黒山軍は時雨が率いる。

 

それは誰もが納得する当然の結論だった。

 

華琳が口を開く。

 

「旧魏軍は私が率いるわ。」

 

雪蓮も続く。

 

「騎兵隊は私。」

 

霞は笑う。

 

「ほな、暴れさせてもらうで。」

 

恋は静かに槍を握った。

 

「恋も行く。」

 

一人ひとりが覚悟を口にする。

 

やがて公孫瓚は立ち上がった。

 

「戦はまだ始まっていない。」

 

全員が耳を傾ける。

 

「だからこそ勝て。」

 

「民を守れ。」

 

「仲間を守れ。」

 

「そして必ず帰ってこい。」

 

その言葉は王としてではなく、一人の仲間としての願いだった。

 

時雨は静かに立ち上がる。

 

「白蓮。」

 

「何だ?」

 

「一つだけ約束しろ。」

 

「約束?」

 

「無茶するな。」

 

公孫瓚は少し驚き、やがて笑った。

 

「それはお互い様だ。」

 

軍議室に小さな笑いが広がる。

 

しかし、その笑顔の裏では全員が理解していた。

 

もう後戻りはできない。

 

蜀も燕も総動員を開始した。

 

次に動けば、それは外交ではない。

 

戦だ。

 

天下の命運を懸けた最後の戦いが、刻一刻と近づいていた。

 




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