第二百五十話 黒山、牙を剥く
漢中の山々を覆っていた朝霧が、ゆっくりと晴れ始めていた。
数日に及ぶ黒山軍の陽動によって、蜀軍は疲弊していた。
兵達は何度も尾根を駆け上がり、谷を下り、狼煙が上がるたびに布陣を変えてきた。
しかし、そのたびに敵は現れない。
積み重なった疲労は身体だけではなく、心までも蝕み始めていた。
蜀軍本陣。
諸葛亮は地図を見つめながら静かに目を閉じる。
張燕はまだ決定的な一撃を放っていない。
それなのに、こちらだけが消耗している。
黄忠が腕を組む。
「兵達の疲労が限界に近いわ」
「このままじゃ、本当に戦う前に士気が落ちる」
諸葛亮は小さく頷いた。
「だからこそ……今日は来ます」
「張燕さんは、こちらが最も油断した瞬間を狙うはずです」
その頃、黒山軍は本陣から見えない尾根の裏側へ集結していた。
時雨は山肌へ手を添えながら前方を見つめる。
眼下には蜀軍本陣。
幾重にも柵が築かれ、見張りも立っている。
正面から攻めれば大きな損害は避けられない。
だが、時雨は最初から正面など考えていなかった。
星が時雨の隣へ並ぶ。
「いよいよだな」
「ああ」
「朱里も俺達が来ると思って待ってる」
星は静かに笑う。
「なら、その期待を裏切るんだな」
時雨は頷いた。
「黒山流だ」
霞が近付いてくる。
「配置は終わったで」
「恋も準備できとる」
恋は方天画戟を肩へ担ぎ、小さく頷く。
「いつでも行ける」
時雨は全員を見回した。
「正面からは少数だけ動く」
「蜀軍が集まったら、星と霞は左右から回り込め」
「恋は俺と本陣へ入る」
霞が口元を緩める。
「本陣を直接狙うんやな」
「ああ」
「敵将を討つためじゃない」
「混乱させるためだ」
星は時雨の言葉を聞き、満足そうに笑った。
「時雨らしい」
「勝つためなら敵の心を折ることを優先する」
「私はそういう戦い方も嫌いじゃない」
時雨は静かに右手を上げた。
その瞬間。
山の各所から角笛が鳴り響く。
黒山兵が正面へ姿を現した。
「敵襲!」
蜀軍の見張りが叫ぶ。
本陣の周囲へ兵が集まり始める。
諸葛亮も素早く命令を飛ばした。
「正面へ兵を集めてください!」
「敵の本隊です!」
だが、それは時雨の狙い通りだった。
正面へ視線が集まったその瞬間。
時雨は恋を伴い、尾根の裏側から切り立った崖を駆け下りる。
普通なら人が降りられるような場所ではない。
しかし黒山育ちの兵達は迷わない。
岩を足場にし、木の根を掴み、音もなく本陣の背後へ回り込んでいく。
本陣裏手の見張り兵が異変に気付いた。
「なっ……敵だ!」
叫び終えるより早く、黒山兵が飛び出した。
槍を交える。
柵を押し倒す。
恋が先頭へ躍り出ると、その圧倒的な武威に蜀兵は思わず後退した。
「呂布だ!」
「黒山軍が後ろにいるぞ!」
叫び声が本陣中へ響き渡る。
前方では正面攻撃。
後方では本陣への急襲。
左右でも黒山兵が姿を見せる。
蜀軍は一瞬で混乱へ陥った。
諸葛亮は本陣を飛び出す。
目に飛び込んできたのは、黒山の旗だった。
「まさか……」
張燕は最初から本陣だけを狙っていた。
正面攻撃も狼煙も、すべては本陣の守りを薄くするための布石。
何日も続けられた陽動は、この一瞬のためだった。
時雨は本陣の柵の上へ飛び乗り、静かに周囲を見渡す。
その姿を見た蜀兵達に動揺が走る。
「張燕だ!」
「張燕が本陣へ!」
漢中最大の激戦は、ついに蜀軍本陣を巻き込みながら本格的な戦いへ突入した。
時雨の外道にして大胆な策は、諸葛亮が築き上げた防衛陣を大きく揺るがし、戦局は新たな局面へと動き始めるのだった。
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朱霊曹操ルート(ヒロイン華琳、柳琳)
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周倉関羽ルート(ヒロイン愛紗)
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孫瑜孫権ルート(ヒロイン蓮華、粋怜)