第二十五話 勝者への非難
汜水関陥落。
その報は瞬く間に連合軍全体へ広がった。
本来ならば歓喜に包まれるべき大勝利。
だが。
連合軍本陣の空気は、妙に重かった。
「……で?」
白蓮はげんなりした顔で机へ突っ伏す。
「何で怒られてんの私」
「知らねぇ」
時雨は酒を飲みながら即答した。
「お前のせいだろぉぉ!?」
その叫びが虚しく響く。
数刻前。
連合軍の軍議では大騒ぎになっていた。
「言語道断ですわ!!」
開口一番、袁紹が扇子を叩きつけた。
金髪縦ロールが怒りで揺れている。
「敵将を磔にするなど下劣極まりありません!」
「しかも服を脱がせるとか最低なのじゃ!」
蜂蜜壺を抱えた袁術まで怒っていた。
「連合軍の名折れだ!」
「品性が無さすぎる!」
諸侯たちも口々に非難する。
当然である。
華雄を磔。
さらに衣服を剥ぎながら挑発。
その結果、張遼を誘い出して捕縛。
勝った。
だが。
やり方があまりにも外道すぎた。
「うるせぇなぁ」
時雨は椅子へだらしなく座りながら酒を飲む。
周囲の怒声など気にしていない。
その態度がさらに火に油を注いだ。
「張燕!! 貴様反省しているのですの!?」
「してねぇ」
「開き直りましたわ!?」
白蓮が頭を抱える。
「頼むから少しは空気読め……!」
「嫌だ」
即答。
愛紗が小さく溜息を吐いた。
桃香はオロオロしている。
「で、でも勝ったんだよね……?」
その一言で、一瞬空気が止まった。
そう。
問題はそこだ。
張燕の戦い方は最悪だった。
だが。
結果だけ見れば圧勝。
汜水関攻略。
敵将二人捕縛。
連合軍の被害も少ない。
誰も成果を否定できない。
「ぐっ……」
袁紹が顔を引き攣らせる。
曹操は静かに笑っていた。
「ふふ、勝利は勝利でしょう?」
「曹操さん!?」
「ただ」
曹操の目が細くなる。
「連合軍として統制は必要ね」
空気が変わる。
その場の諸侯たちも頷き始めた。
「確かに」
「好き勝手されては困る」
「今後もあんな真似されたらたまらん」
つまり。
功績は認める。
だが危険すぎる。
それが連合軍の総意だった。
孫堅が腕を組みながら笑う。
「まぁ面白かったがな」
「アンタだけだよそんなこと言うの」
白蓮が疲れ切った顔で呟く。
だが。
次の瞬間。
「よって!」
袁紹が高らかに宣言した。
「公孫瓚軍は先鋒から外しますわ!」
「は?」
白蓮が固まった。
「ちょ、待っ――」
「異議は認めません!」
早い。
強引。
完全に押し切る気だった。
「いやいやいや!?」
白蓮が立ち上がる。
「勝ったの私たちだよな!?」
「勝ち方の問題ですわ!」
「理不尽すぎる!」
諸侯たちも既に頷いている。
結論は決まっていた。
「次の虎牢関戦、先鋒は別軍が務める」
「公孫瓚軍は後方待機だ」
白蓮は絶望した。
「えぇぇぇぇ……」
時雨は横で笑っている。
「良かったじゃん」
「良くない!!」
「先鋒嫌だったんだろ?」
「そうだけどそうじゃない!!」
面倒臭い女だった。
軍議後。
公孫瓚軍の陣営は妙に静かだった。
兵たちも複雑そうである。
「手柄立てたのになぁ」
「まぁやりすぎたし……」
「頭領楽しそうだったもんな……」
皆、否定しきれない。
あれはちょっと酷かった。
特に華雄への扱い。
兵たちですら若干引いていた。
「納得いかん……」
白蓮は机へ突っ伏したまま動かない。
「勝ったのに降格とか意味分かんねぇ……」
「まぁ連中からしたら怖ぇんだろ」
時雨は酒を煽る。
「あ?」
「俺が」
静かな声だった。
白蓮は少し黙る。
確かに。
今回の戦いで、諸侯たちは理解した。
張燕という男の危険性を。
武勇ではない。
発想。
常識の無さ。
倫理観の欠如。
あらゆるものを利用する。
それは、普通の将軍とは違う恐ろしさだった。
「敵より味方にいた方が怖いってか」
「そういうこと」
時雨は笑う。
その笑顔がまた怖い。
愛紗は静かに時雨を見る。
「……少しは反省しろ」
「あ?」
「お前のやり方は確かに合理的だ。だが」
愛紗は真っ直ぐ言う。
「人としてどうかと思う」
時雨は少し黙る。
そして。
「知ってる」
あっさりだった。
愛紗が眉を顰める。
「なら何故」
「乱世だから」
時雨は空を見る。
「綺麗事だけで勝てるなら、誰も苦労しねぇよ」
低い声だった。
そこには、妙な重みがあった。
「俺は英雄じゃねぇ」
「……」
「賊だ」
だから。
使えるものは全部使う。
汚名も恐怖も利用する。
生き残るために。
愛紗は言葉を失った。
否定はできない。
だが。
納得もしたくなかった。
「時雨さん」
桃香が小さく呼ぶ。
「ん?」
「それでも……皆、怖がってるよ」
時雨は少し笑う。
「だろうな」
「平気なの?」
「別に」
時雨は肩を竦める。
「好かれるために戦ってねぇし」
その言葉は。
どこか寂しく聞こえた。
星は静かに目を細める。
この男は。
最初から嫌われ役を受け入れている。
誰かがやらなければならない“汚れ”を、自分で背負っている。
それが正しいかは分からない。
だが。
時雨自身は、もう戻れないところまで来ていた。
夜。
陣営の外。
時雨は一人で酒を飲んでいた。
風が冷たい。
「ここにいたか」
星だった。
時雨は視線だけ向ける。
「何だ」
「少し気になってな」
星は隣へ座る。
「落ち込んでいるかと思った」
「誰が」
「お前が」
時雨は吹き出した。
「ねぇよ」
「だろうな」
星も少し笑う。
しばらく沈黙。
遠くでは兵たちの笑い声が聞こえる。
「だが」
星が静かに言う。
「お前、少しやりすぎたぞ」
「知ってる」
「……」
「でも後悔はしてねぇ」
赤い目が夜空を見る。
「勝ったからな」
それが全て。
乱世では、勝者だけが生き残る。
そして。
黒山の狼は、まだ牙を隠す気は無かった。
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