第二百五十七話 新たなる都、揺らぐ天下
蜀軍が成都を去る日、益州には静かな朝が訪れていた。
長く蜀の都として栄えた成都は、その役目を終えようとしている。
城門からは荷車が次々と出発し、文官や兵士、民達が新天地を目指して列を作っていた。
桃香は城門の前で一度だけ振り返る。
長年守り続けてきた都。
笑い、涙し、多くの仲間と歩んできた場所だった。
「……ありがとう」
小さく呟くと、桃香は再び前を向く。
隣には諸葛亮と黄忠。
張飛も黙ったまま歩いていた。
さらに少し後ろでは、ご主人様こと北郷一刀が静かに一行を見つめている。
蜀は新たな都として揚州・建業を選んだ。
長江を望む大都市。
かつて呉の都として栄えたその地は、今や蜀最後の拠点となる。
数週間後。
建業では遷都の準備が急ピッチで進められていた。
宮殿には新たな旗が掲げられ、役人達は昼夜を問わず政務に追われる。
表向きには復興が進み、蜀は新たな出発を迎えたように見えた。
しかし、その裏では静かな動きが始まっていた。
夜。
宮殿の奥深く。
人払いされた一室で北郷一刀は机へ地図を広げていた。
地図には燕国の領土が大きく塗られている。
益州。
荊州。
交州。
そして北方の広大な支配地。
「張燕……」
一刀は静かに呟く。
「やっぱり簡単には勝てないか」
彼は敗北を認めていた。
正面からでは勝てない。
軍略でも、勢力でも、今の燕が一歩先を行っている。
だからこそ、一刀は別の道を選ぶ。
「なら……正面から戦わなければいい」
その目には静かな光が宿っていた。
戦場ではなく、戦場の外。
人の心。
民の噂。
諸侯達の思惑。
そうした見えない場所こそ、新たな戦場になると一刀は考えていた。
部屋の外では桃香が歩みを止める。
中から漏れる灯りを見つめながら、小さく息を吐いた。
ご主人様は何を考えているのか。
それを問い掛けることはなかった。
今は蜀を立て直すことが最優先だからだ。
一方その頃。
燕国・許昌。
凱旋した時雨達を迎え、都は歓喜に包まれていた。
黒山軍の勝利。
蜀との講和。
三州の獲得。
どれも燕にとって歴史的な出来事だった。
白蓮は広間で地図を見つめる。
「これで燕は天下最大の国になった」
華琳は静かに頷く。
「だけど、戦が終わったとは思わないことね」
雪蓮も腕を組む。
「北郷一刀は絶対に諦めないわ」
時雨は窓の外を眺めながら静かに答えた。
「ああ」
「俺もそう思う」
遠く離れた建業。
その新たな都では、北郷一刀が再び静かに動き始めていた。
天下は束の間の平穏を迎える。
しかし、その水面下では、新たな策謀がゆっくりと動き出そうとしていた。
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