第二百五十九話 天下の行方
許昌には穏やかな風が吹いていた。
蜀との戦が終わり、燕国は天下最大の勢力となった。
益州、荊州、交州を手に入れたことで国土は大きく広がり、各地では街道の整備や城の修復が進められている。
戦の熱気は少しずつ薄れ、代わりに復興の活気が都を包み始めていた。
その日の夕暮れ。
王城の庭園では、時雨と白蓮が二人きりで庭を歩いていた。
池の水面は夕日に照らされ、静かな波紋を描いている。
白蓮は空を見上げながら小さく息を吐いた。
「ようやく少し落ち着いたな」
時雨は苦笑する。
「俺はまだ政務が山積みだけどな」
「それは自業自得だ」
白蓮は笑いながら肩を叩いた。
「逃げ回っていた分がまとめて返ってきたんだ」
時雨は肩をすくめる。
「反論できない」
二人は思わず笑った。
笑い声が止むと、白蓮の表情は自然と真剣なものへ変わる。
「時雨」
「一つ聞きたい」
「蜀をどうするつもりだ」
時雨も歩みを止めた。
この話になることは分かっていた。
建業へ都を移した蜀。
戦では敗れたものの、国そのものが滅んだわけではない。
まだ桃香も北郷一刀も健在だ。
白蓮は静かに続ける。
「このまま揚州へ攻め込むか」
「それとも……降伏勧告を出すか」
夕風が二人の間を吹き抜けた。
時雨はしばらく黙ったまま池を眺める。
やがて静かに口を開いた。
「俺は降伏勧告を出したい」
白蓮は驚かなかった。
予想していた答えだった。
「理由は?」
「戦は終わったばかりだ」
「民も兵も疲れている」
「ここで揚州へ攻め込めば勝てるかもしれない」
「でも、勝つだけじゃ意味がない」
白蓮は腕を組む。
「確かに」
時雨は池へ小石を投げた。
水面に幾つもの波紋が広がる。
「蜀はもう大国じゃない」
「無理に滅ぼさなくても、降伏する可能性は十分ある」
「なら無駄な血は流したくない」
白蓮は静かに頷いた。
「私も同じ考えだ」
「戦えば勝てる」
「だが、それで燕の兵も民も傷付く」
「天下統一のために国を疲弊させたら本末転倒だからな」
二人は再び歩き始める。
庭園には虫の鳴き声が響き始めていた。
白蓮は少し笑みを浮かべる。
「昔のお前なら迷わず奇襲していたかもしれないな」
時雨は苦笑する。
「否定はしない」
「でも今は違う」
「守るものが増えた」
その言葉に白蓮は満足そうに笑った。
「変わったな」
「いい意味で」
時雨も静かに笑い返す。
「雪蓮や華琳、それにみんなに散々説教されたからな」
「逃げるなとか、王らしくしろとか」
白蓮は思わず吹き出した。
「それは想像できる」
ひとしきり笑った後、白蓮は真剣な表情へ戻る。
「では決まりだな」
「建業の蜀へ最後の使者を送る」
「燕国へ降るなら国は残す」
「拒めば……」
時雨はその先を引き継いだ。
「その時は戦う」
短い言葉だった。
だが、その声には迷いはなかった。
白蓮は力強く頷く。
「よし」
「明日の朝、正式な降伏勧告を建業へ送ろう」
夜風が庭園を吹き抜ける。
天下は大きく燕へ傾いた。
残るは建業の蜀のみ。
戦で決着をつけるのか、それとも話し合いで終わらせるのか。
その答えは、これから建業へ送られる一通の降伏勧告に委ねられることとなった。
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