【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第二百六十話 最後の勧告

第二百六十話 最後の勧告

 

 

許昌での軍議を終えた翌朝、時雨は黒山軍の精鋭だけを率いて建業へ向かった。

 

大軍ではない。

 

数百騎ほどの護衛だけを従えた使節団だった。

 

降伏勧告を伝えるために軍勢を見せつける必要はない。

 

必要なのは燕国の意思を示すことだけだった。

 

建業城では、燕国の旗を掲げた一行が到着したとの報せに城内が慌ただしくなる。

 

桃香は関羽、諸葛亮、黄忠、張飛、そして北郷一刀と共に謁見の間で時雨を迎えた。

 

城門をくぐった時雨は周囲を見渡す。

 

建業は以前より活気を取り戻しつつあった。

 

市場には人が行き交い、港には商船が停泊している。

 

だが、城を守る兵たちの顔には緊張が浮かんでいた。

 

謁見の間。

 

桃香は静かに頭を下げる。

 

「遠いところをありがとうございます、時雨さん」

 

時雨も軽く頷いた。

 

「今日は燕国の総意を伝えに来た」

 

場の空気が引き締まる。

 

時雨は一歩前へ出る。

 

「蜀へ最後の降伏勧告を行う」

 

「燕国へ降るなら国は残す」

 

「民も守る」

 

「戦も終わる」

 

短い言葉だった。

 

しかし、その重みは誰もが理解していた。

 

桃香は静かに目を閉じる。

 

戦を終わらせたい気持ちは変わらない。

 

民を守りたいという願いも変わらない。

 

しかし、その前に北郷一刀が一歩前へ出た。

 

「その話なら、俺が答える」

 

時雨は一刀へ視線を向ける。

 

一刀の瞳には強い決意が宿っていた。

 

「燕国の申し出は断る」

 

桃香が驚いて一刀を見る。

 

「ご主人様……」

 

諸葛亮も小さく息を呑んだ。

 

だが、一刀は迷わない。

 

「まだ終わっていない」

 

「蜀はまだ戦える」

 

「俺は諦めない」

 

時雨は静かに問い掛ける。

 

「勝算はあるのか」

 

一刀は微笑んだ。

 

「あるかどうかじゃない」

 

「勝ち取るんだ」

 

その言葉に張飛が拳を握る。

 

黄忠も静かに弓へ手を添える。

 

桃香だけが複雑そうな表情を浮かべていた。

 

時雨はしばらく一刀を見つめる。

 

やがて小さく息を吐いた。

 

「……そうか」

 

「それがお前の答えか」

 

一刀は真っ直ぐ頷く。

 

「ああ」

 

「だから張燕」

 

「最後に決着をつけよう」

 

「俺がお前へ挑戦する」

 

その一言で空気が張り詰めた。

 

時雨は表情を変えない。

 

「場所は」

 

「赤壁」

 

一刀は迷わず答える。

 

「かつて天下を分けた戦場」

 

「今度は蜀と燕の最後の戦いをそこで行う」

 

赤壁。

 

その名を聞いた瞬間、諸葛亮の表情が引き締まる。

 

長江を望む広大な戦場。

 

水軍と陸軍が入り乱れる天然の要地。

 

そこで全てを懸けるというのだ。

 

時雨は静かに考え込んだ。

 

長い沈黙の末、ゆっくりと口を開く。

 

「分かった」

 

「その挑戦、受けよう」

 

「これが最後だ」

 

一刀も力強く頷く。

 

「ああ」

 

「これで終わらせよう」

 

桃香は二人を見つめながら胸を押さえた。

 

戦を止めたい。

 

だが、ここまで来れば互いの意思は変わらない。

 

ならば、この一戦で本当に終わらせるしかない。

 

時雨は踵を返し、ゆっくりと城門へ向かう。

 

その背中へ一刀が静かに告げた。

 

「赤壁で待っている」

 

時雨は振り返らない。

 

ただ右手を軽く上げるだけだった。

 

「遅れるなよ」

 

その一言を残し、時雨は建業城を後にする。

 

燕国と蜀。

 

二つの国の命運を懸けた最後の決戦の舞台は、赤壁へと定まった。

 

長きにわたり続いた争いは、ついに終幕へ向けて大きく動き始めるのだった。

 




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