【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第二百六十五話 黒山の狼の策

第二百六十五話 黒山の狼の策

 

 

赤壁の空は、朝霧がゆっくりと晴れ始めていた。

 

長江の水面には無数の軍船が浮かび、燕国と蜀国の兵たちの怒号が絶え間なく響く。

 

剣戟の音。

 

弓弦の音。

 

船同士がぶつかる鈍い衝撃。

 

乱世最後の決戦は、激しさを増すばかりだった。

 

その中心にありながら、燕国旗艦の甲板だけは不思議なほど静かだった。

 

張燕――真名・時雨は腕を組み、戦場全体を見渡している。

 

「……まだだ。」

 

その一言に、隣に立つ星が苦笑した。

 

「また何か企んでいる顔だな。」

 

「企みがなきゃ俺じゃない。」

 

「それもそうか。」

 

星は肩をすくめる。

 

長い付き合いだ。

 

時雨がこんな顔をするときは、すでに相手の思考を数手先まで読んでいる。

 

そこへ霞が駆け寄ってきた。

 

「時雨!」

 

「中央のぶつかり合いは膠着しとる!」

 

「恋も押し返され始めたで!」

 

時雨は慌てる様子もなく頷いた。

 

「予定通りだ。」

 

「やっぱりか。」

 

霞は苦笑する。

 

「ほんなら、そろそろやな?」

 

「ああ。」

 

時雨は静かに伝令へ向き直る。

 

「第三陣に伝えろ。」

 

「旗を一本下げろ。」

 

「……一本だけですか?」

 

「それでいい。」

 

兵は命令を復唱し、駆け去っていく。

 

星はその様子を見つめながら尋ねた。

 

「旗一本で何が変わる?」

 

時雨は口元を歪めた。

 

「変わるさ。」

 

「天の御使いは見逃さねぇ。」

 

その頃、蜀軍旗艦。

 

見張りが叫ぶ。

 

「燕軍中央!」

 

「旗が一本下がりました!」

 

一刀は望遠筒を手に、その変化を見つめた。

 

「……旗を下げた?」

 

朱里も首を傾げる。

 

「撤退の合図でしょうか。」

 

「いや。」

 

一刀は即座に否定した。

 

「あいつがそんな分かりやすいことをするはずがない。」

 

考える。

 

張燕ならどうする。

 

罠か。

 

陽動か。

 

それとも、その両方か。

 

一刀は深く息を吐いた。

 

「中央は動かすな。」

 

「全軍、そのまま維持!」

 

「はい!」

 

朱里が命令を飛ばす。

 

その報告はすぐに燕軍へ届いた。

 

「時雨!」

 

「蜀軍、動きません!」

 

「……そう来たか。」

 

時雨は満足そうに笑う。

 

「読み切ったつもりで止まったな。」

 

星が呆れたように笑った。

 

「互いに疑いすぎだ。」

 

「だから面白い。」

 

時雨はそう言うと、ゆっくりと黒い剣の柄へ手を添えた。

 

「戦っているのは兵じゃねぇ。」

 

「俺と一刀の頭だ。」

 

その頃、前線では恋が方天画戟を振るい続けていた。

 

「恋、まだまだ戦う。」

 

敵兵が後退していく。

 

しかし愛紗が立ちはだかる。

 

「ここは通さん!」

 

鋭い一撃。

 

恋は楽しそうに受け止める。

 

「強い。」

 

二人の武がぶつかるたび、水面にまで衝撃が伝わった。

 

別の船では霞が鈴々と槍を交えている。

 

「元気やなぁ!」

 

「負けないのだ!」

 

互いに笑いながらも、一歩も譲らない。

 

だが、その激戦を遠くから見ている男がいた。

 

時雨である。

 

「……みんな、よく戦う。」

 

ぽつりと呟く。

 

星が横を向く。

 

「出ないのか?」

 

「あいつが来るまではな。」

 

「あいつ?」

 

「北郷一刀。」

 

その名を聞き、星は納得したように頷いた。

 

「最後は、お前自身が決着をつけるつもりか。」

 

「当たり前だ。」

 

時雨の目は戦場の一点だけを見据えていた。

 

「乱世の終わりは、人任せにはできねぇ。」

 

その瞬間――。

 

蜀軍旗艦がゆっくりと前へ出始める。

 

見張りが叫ぶ。

 

「敵旗艦、前進!」

 

霞が笑った。

 

「来よった!」

 

時雨も静かに笑う。

 

「やっと動いたか、天の御使い。」

 

黒山の狼は、ゆっくりと剣を抜く。

 

その瞳には、獲物を見つけた狼の鋭い光が宿っていた。

 

赤壁の戦いは、ついに総大将同士が直接ぶつかる局面へと移ろうとしていた。

 

長江の霧が一段と濃くなる。

 

戦場はすでに混沌の域へ入り、どこが味方でどこが敵か、視界だけでは判別できないほどだった。

 

だがその混乱こそが、時雨にとっては“整った戦場”だった。

 

燕軍旗艦。

 

時雨は静かに目を閉じる。

 

「……第二段階に移行する。」

 

その声は低い。

 

だが周囲の空気が一瞬で張り詰めた。

 

霞が眉を上げる。

 

「ほんまにやるんか、それ。」

 

「やる。」

 

短く、即答。

 

星が横で小さく息を吐いた。

 

「……被害は出るぞ。」

 

「出すさ。」

 

時雨は目を開く。

 

その瞳は冷たいほど澄んでいた。

 

「戦場ってのは、綺麗事で勝てる場所じゃねぇ。」

 

その言葉に、誰も反論できなかった。

 

そして――命令が下る。

 

「第三陣、放棄。」

 

一瞬、空気が止まる。

 

「は?」

 

霞が思わず声を上げた。

 

「今、なんて言うた?」

 

「第三陣を捨てる。」

 

時雨は繰り返す。

 

「囮にする。」

 

星の目が細くなる。

 

「……そこまでやるのか。」

 

時雨は淡々と続けた。

 

「天の御使いは“捨てられた場所”を見逃さない。」

 

「兵を大事にする男ほど、そこに引っかかる。」

 

その読みは、冷酷なほど正確だった。

 

その頃――蜀軍旗艦。

 

一刀は前進する燕軍の動きを見つめていた。

 

「前に出た……だが……」

 

朱里が不安げに言う。

 

「中央突破に見えますが……妙ですね。」

 

「違う。」

 

一刀は即座に否定する。

 

「これは“見せている”だけだ。」

 

「見せている?」

 

一刀は望遠筒を握りしめる。

 

「張燕は、俺の視線を誘導している。」

 

その瞬間。

 

蜀軍の後方から報告が上がる。

 

「後方、異常なし……しかし!」

 

「一部の船団が崩れています!」

 

「何?」

 

朱里が顔を強ばらせる。

 

「戦闘ではなく……味方同士の混乱です!」

 

一刀の表情が変わる。

 

「……やられたか。」

 

彼はすぐに理解した。

 

戦そのものではない。

 

“戦場の認識”を壊されている。

 

どこが本線で、どこが囮か。

 

その判断を狂わせるための、極めて狡猾な布石。

 

「張燕……」

 

一刀は低く呟いた。

 

その頃、燕軍。

 

時雨は静かに笑っていた。

 

「気づいたな。」

 

星が問う。

 

「混乱を狙ったのか?」

 

「ああ。」

 

時雨は答える。

 

「戦はな、勝つ必要はねぇ。」

 

「“勝ってると思わせればいい”。」

 

その言葉に、星は一瞬だけ黙る。

 

「……外道だな。」

 

「今さらだろ。」

 

そのやり取りの最中――

 

霞が叫ぶ。

 

「時雨!」

 

「蜀軍、中央から反撃準備入ったで!」

 

「一刀が動く!」

 

時雨はゆっくりと剣を抜いた。

 

「来たか。」

 

その声には興奮すら混じる。

 

「待ってたぞ。」

 

星が槍を構える。

 

「ここからが本番だな。」

 

「ああ。」

 

時雨は前を見た。

 

霧の向こう。

 

蜀軍旗艦がゆっくりと姿を現す。

 

そして――そこに立つ男。

 

北郷一刀。

 

二人の視線が、ついに交差する。

 

距離はまだ遠い。

 

だが確かに、“戦場の中心”はそこに移った。

 

時雨は小さく笑う。

 

「なぁ、天の御使い。」

 

「この戦、まだ半分も終わってねぇぞ。」

 

そして――

 

長江に再び法螺貝が鳴り響く。

 

戦場は、最も危険な局面へと突入していく。

 

黒山の狼と天の御使い。

 

最後の読み合いが、始まった。

 

 




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  • 高順呂布ルート(ヒロイン恋、霞)
  • 朱霊曹操ルート(ヒロイン華琳、柳琳)
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  • 孫瑜孫権ルート(ヒロイン蓮華、粋怜)
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