第二十七話 押し付けられた白馬
虎牢関。
その巨大な城塞は、連合軍の進軍を完全に止めていた。
何度攻めても崩れない。
いや。
正確には――。
一人の存在が全てを止めていた。
「ぎゃああああっ!!」
兵士が吹き飛ぶ。
馬が宙を舞う。
槍が砕ける。
戦場の中央。
赤い髪の少女が、淡々と敵を薙ぎ払っていた。
「……遅い」
呂布。
恋。
その一撃は人外だった。
方天画戟が振るわれるたびに兵が消える。
まるで草でも刈るような気軽さ。
「化け物だ……!」
「勝てねぇ!」
連合軍兵士たちは完全に恐慌状態だった。
武将が挑む。
吹き飛ばされる。
兵が突撃する。
蹴散らされる。
繰り返し。
完全な膠着。
「また負けたか」
時雨は後方陣地から戦場を眺めながら酒を飲む。
その横で白蓮が死んだ顔をしていた。
「笑い事じゃねぇ……」
「でも面白ぇ」
「お前ほんと性格終わってるな!?」
実際、連合軍の空気は最悪だった。
勝てない。
呂布が強すぎる。
誰も前へ出たがらない。
しかも。
諸侯同士の空気も悪化し始めていた。
「誰だ先鋒選んだの!」
「そちらがやると言ったのでは!」
「いやお前らもっと頑張れよ!」
責任の押し付け合い。
足の引っ張り合い。
いつもの連合軍だった。
「まとまりねぇなぁ」
時雨は笑う。
星は呆れながら戦場を見る。
「当然だ。皆、自分が一番可愛い」
「乱世らしくていいじゃん」
「お前はもう少し危機感を持て」
だが。
その時。
「公孫瓚殿!」
伝令が駆け込んできた。
「盟主より招集です!」
「……嫌な予感しかしない」
白蓮は本気で嫌そうな顔をした。
連合軍本陣。
諸侯たちの空気は重かった。
皆、疲れている。
苛立っている。
そして。
誰も呂布へ突っ込みたくない。
「……で?」
白蓮は席へ座りながら聞く。
「何の用だ」
すると。
袁紹が満面の笑みを浮かべた。
「お待ちしておりましたわ普通さん!」
「その呼び方やめろ」
「実はですわね」
嫌な予感しかしない。
曹操は静かに笑っている。
孫堅はニヤニヤしている。
絶対ロクな話じゃない。
「虎牢関攻略についてですわ」
「はぁ」
「呂布をどうにかしてくださいまし」
「は?」
白蓮が固まった。
「……今何て?」
「ですから」
袁紹は優雅に扇子を広げる。
「貴方の軍で呂布を倒してくださいな」
「無茶言うなぁ!?」
白蓮が机を叩く。
「何で私!?」
「汜水関で活躍なさったではありませんの」
「いやアレほとんど張燕――」
そこまで言って、白蓮は止まった。
諸侯たちの視線。
全員、同じことを考えている。
張燕。
あの危険人物。
「……あぁ、そういうこと」
白蓮は顔を引き攣らせた。
つまり。
誰も呂布と戦いたくない。
だから。
危険な張燕を使う。
使い潰す気だ。
「おいおい」
白蓮は呆れる。
「アンタら最低だな」
「何を仰いますの?」
「完全に押し付けじゃねぇか」
だが。
袁紹は笑顔を崩さない。
「期待しておりますわ」
「絶対嘘だろそれ!」
孫堅が肩を揺らして笑う。
「まぁまぁ、いいじゃないか」
「良くねぇ!」
「でも実際」
曹操が静かに口を開く。
「今、呂布へ対抗できそうなのは貴方たちくらいよ」
空気が変わる。
確かに。
汜水関で見せた張燕の戦い。
あの男なら、何かする。
そんな嫌な期待が広がっていた。
「いやでもさぁ!」
白蓮は必死だった。
「呂布だぞ!? あの赤い化け物だぞ!?」
「貴方の軍には張燕がいるでしょう?」
「それ万能扱いするな!!」
だが。
もう決定事項だった。
「公孫瓚軍に虎牢関攻略の突破口を開いていただきますわ」
「拒否権!」
「ありません!」
「横暴だぁぁぁ!!」
白蓮の叫びが虚しく響く。
陣営へ戻る頃には、白蓮は完全に死んでいた。
「終わった……」
「何その顔」
時雨が酒を飲みながら笑う。
「呂布押し付けられた……」
「あー」
時雨は納得した。
「そりゃ災難」
「他人事!?」
「だって俺じゃねぇし」
「お前も出るんだよ!!」
その瞬間。
時雨の赤い目が少し細まる。
「へぇ」
「ん?」
「やっと俺の出番か」
その顔。
完全に楽しんでいた。
愛紗が嫌そうな顔をする。
「嫌な予感しかしない」
「同感だ」
星も溜息を吐く。
時雨が動く時、大抵ロクなことにならない。
「で?」
時雨が笑う。
「連中、何て?」
「呂布どうにかしろって」
「雑だなぁ」
「笑うな!」
だが。
時雨は戦場を見る。
遠く。
虎牢関前。
今も呂布が暴れている。
兵が吹き飛び。
悲鳴が響き。
戦場を支配している。
「……確かに強ぇ」
時雨は静かに呟いた。
今までの敵とは違う。
あれは“武”の怪物。
正面からやれば厳しい。
だが。
「だから面白ぇ」
時雨は笑う。
その笑顔に、白蓮は本気で不安になる。
「お前……」
「安心しろ」
時雨は立ち上がる。
「勝つ方法はある」
「本当か!?」
「ああ」
ニヤリと笑う。
「正々堂々じゃなきゃな」
その瞬間。
愛紗と星が同時に顔を覆った。
「やはりそうなるか……」
「呂布殿に同情するぞ私は」
黒山の狼。
その赤い目が、ついに虎牢関の鬼神へ向けられた。
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