【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第二百七十二話 天下統一――王は生まれた、しかし狼は消えた

第二百七十二話 天下統一――王は生まれた、しかし狼は消えた

 

 

長江の霧は、すでに薄くなっていた。

 

あれほど戦場を覆っていた混乱も、炎も、剣戟の気配もない。

 

ただ静かに、水面が揺れているだけだった。

 

赤壁の戦いは終わった。

 

そして、その結末は歴史に刻まれた。

 

――燕国、天下統一。

 

だがその言葉は、勝利の歓声というよりも“処理された事実”として広がっていた。

 

燕軍本陣。

 

そこには勝者の喧騒はない。

 

整然とした静けさだけがあった。

 

公孫瓚――真名・白蓮は、玉座のように設えられた船上の座に立っていた。

 

彼女の周囲には、すでに各地から降伏した諸将の報告が集まっている。

 

だが白蓮の表情は晴れていない。

 

むしろどこか空白を抱えていた。

 

「……統一、か。」

 

その言葉は自分に言い聞かせるようだった。

 

霞が隣で肩をすくめる。

 

「形だけ見ればな。」

 

星は黙ったまま川面を見ている。

 

その視線の先には、かつて戦場だった場所の残響がある。

 

白蓮が問う。

 

「時雨は?」

 

その瞬間、空気がわずかに変わる。

 

誰も即答しない。

 

霞が舌打ちする。

 

「またそれかいな。」

 

「赤壁のあと、姿見てへん。」

 

白蓮の眉がわずかに動く。

 

「……行方不明?」

 

星が静かに言う。

 

「消えた。」

 

その一言は重かった。

 

“死んだ”ではない。

 

“消えた”。

 

それが意味するものは、誰にも分からない。

 

白蓮はゆっくりと息を吐く。

 

「勝ったのに……」

 

その言葉は途中で途切れる。

 

勝ったはずなのに、何かが欠けている。

 

それは戦場の中心にいた者が消えたことで生まれた“空白”だった。

 

蜀軍はすでに降伏し、各地の諸侯も次々と燕の支配下に入っている。

 

政治的には完全な統一。

 

歴史的には明確な勝利。

 

だが――

 

“勝利の中心人物”だけがいない。

 

朱里は各地の報告書を読みながら震えていた。

 

「ご主人様の所在……依然不明……」

 

関羽が低く言う。

 

「戦死ではないのか。」

 

朱里は首を振る。

 

「戦場に痕跡がないんです。」

 

「剣も、血痕も、明確な痕跡が……」

 

その言葉が、逆に不気味さを強める。

 

戦場で消えたはずなのに、戦場がそれを否定している。

 

桃香は静かに座っていた。

 

その顔には涙はない。

 

ただ、静かな確信だけがあった。

 

「ご主人様は……」

 

小さく呟く。

 

「まだ、どこかにいる気がするの。」

 

誰もそれを否定できない。

 

否定できる材料が存在しないからだ。

 

燕軍本陣。

 

時雨の席は、空いたままだった。

 

霞が腕を組む。

 

「ほんまにどこ行ったんやあいつ。」

 

星は答えない。

 

ただ長江の流れを見ている。

 

その流れは、戦場の記憶をすべて飲み込みながら進んでいる。

 

白蓮が静かに言う。

 

「探すべきでは?」

 

霞は肩をすくめる。

 

「探せるならな。」

 

「赤壁のど真ん中で消えた人間やぞ。」

 

その言葉に場が沈む。

 

星が初めて口を開く。

 

「……あいつは、戦場の中で消えたんじゃない。」

 

白蓮が振り向く。

 

「どういう意味?」

 

星はゆっくりと言う。

 

「“戦場から外れた瞬間”に消えた。」

 

その言葉に、霞の目が細くなる。

 

「外れた瞬間?」

 

星は頷く。

 

「天の御使いは最後まで“戦場の中”にいた。」

 

「でも時雨は最後に言ってた。」

 

「戦場の外側を見るって。」

 

白蓮は息を呑む。

 

「それは……」

 

星は続ける。

 

「戦いの延長じゃない場所に行った可能性がある。」

 

その場に沈黙が落ちる。

 

それは理解ではなく、“想像の限界”だった。

 

時雨という存在は、戦場の枠で測れる人物ではない。

 

白蓮は静かに立ち上がる。

 

「なら、探すしかない。」

 

霞がため息をつく。

 

「無茶言うなや。」

 

しかし白蓮は振り返らない。

 

「この天下は、まだ完成していない。」

 

その言葉に、場が静まる。

 

星が小さく呟く。

 

「……そうかもしれない。」

 

長江の風が吹く。

 

戦いは終わったはずなのに、世界はまだ落ち着いていない。

 

勝者はいる。

 

敗者もいる。

 

だが――

 

“消えた中心”だけが、歴史から抜け落ちていた。

 

そしてその空白が、静かに新しい時代を揺らし始めていた。

 

燕国による天下統一は、形式としてはすでに完了していた。

 

各地の諸侯は降伏し、軍は解体され、旧体制は静かに歴史へと押し流されていく。

 

だが、その秩序の完成とは裏腹に――

 

“中心の空白”だけが埋まらないまま残されていた。

 

燕軍本陣。

 

霞は机に肘をつきながらぼやく。

 

「で?結局あいつどこ行ったんや。」

 

星は答えない。

 

ただ、長江の先ではなく、もっと遠くを見ているようだった。

 

白蓮が静かに言う。

 

「黒山の方へ人を出すべきかもしれない。」

 

その言葉に霞が眉を上げる。

 

「黒山?なんでまたあんな場所に。」

 

白蓮は答えない。

 

だが星が小さく言う。

 

「最後に気配が消えたのは、あの方向だ。」

 

その一言で、場の空気が変わる。

 

---

 

その頃――

 

黒山。

 

かつて張燕が根城とし、“黒山党”が名を轟かせた地。

 

今は燕国の統治下にあり、表向きには静かな山地として扱われていた。

 

だがその山は、戦の記憶を消していない。

 

風が吹くたび、かつての略奪と行軍の影が揺れるような場所だった。

 

その山道を、一人の槍使いが進んでいた。

 

趙雲――真名・星。

 

彼女は馬を降り、静かに周囲を見渡す。

 

「……黒山か。」

 

かつて時雨が“黒山の狼”と呼ばれた場所。

 

そして、戦場から消えた最後の痕跡が向かったとされる方向。

 

星はゆっくりと息を吐く。

 

「ほんとに、いるのか?。」

 

風が応えるように揺れる。

 

だが返事はない。

 

山は静かだった。

 

それが逆に不自然だった。

 

星は槍を握り直し、さらに奥へ進む。

 

そのとき――

 

わずかに気配が変わる。

 

殺気ではない。

 

だが“生存の匂い”でもない。

 

もっと曖昧な、境界のような気配。

 

星は立ち止まる。

 

「……いる。」

 

霧がかかった谷間。

 

その奥に、黒い影が座っていた。

 

動かない。

 

ただ、そこに“在る”。

 

星は一歩近づく。

 

そして、その姿を確認した瞬間――息を呑む。

 

そこにいたのは、間違いなく張燕だった。

 

だが同時に――

 

“戦場の男”ではなかった。

 

鎧は外され、剣は傍らに置かれ、ただ静かに地面に座っている。

 

まるで戦いを終えたというより、“戦いの外側に落ちた存在”のように。

 

星はゆっくりと呼びかける。

 

「……時雨。」

 

その名に、男はわずかに反応する。

 

ゆっくりと顔を上げる。

 

その目は、戦場の時と違っていた。

 

鋭さは残っている。

 

だがその奥に、妙な空白がある。

 

時雨は小さく笑う。

 

「……遅ぇよ、星。」

 

星は眉をひそめる。

 

「何してるんだ。」

 

時雨は空を見上げる。

 

「終わった場所に、残ってただけだ。」

 

その言葉は軽い。

 

だが重い。

 

星は一歩近づく。

 

「天下はもう統一された。」

 

「みんな探してる。」

 

時雨は目を閉じる。

 

「知ってる。」

 

「でもな。」

 

少し間を置く。

 

「俺がいなくても、回るだろ。」

 

星は即答する。

 

「回るわけないであろう。」

 

その言葉に、時雨は少しだけ笑う。

 

「……そうか。」

 

星は槍を地面に突く。

 

「帰るぞ。」

 

時雨は動かない。

 

「どこに。」

 

星はまっすぐ言う。

 

「“生きてる場所”に。」

 

その言葉に、時雨の目がわずかに揺れる。

 

長い沈黙。

 

黒山の風だけが通り抜ける。

 

そして――

 

時雨はゆっくりと立ち上がる。

 

「……相変わらずだな、お前は。」

 

星は少しだけ笑う。

 

「今さらだな。」

 

時雨は剣を手に取る。

 

その動作は戦闘ではない。

 

だが完全な休息でもない。

 

ただ、“戻る準備”だった。

 

星は小さく呟く。

 

「帰るぞ、時雨。」

 

時雨は黒山の空を一度だけ見上げる。

 

そして――

 

「……断る。」

 

短く答えた。

 

黒山の風が、二人の間を通り抜ける。

 

天下は統一された。

 

だがその裏で、ひとつの物語だけがまだ終わっていなかった。

 

消えた男は、黒山にいた。

 

そして今、再び“戦場の外側”から戻ろうとはしなかった。




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  • 高順呂布ルート(ヒロイン恋、霞)
  • 朱霊曹操ルート(ヒロイン華琳、柳琳)
  • 周倉関羽ルート(ヒロイン愛紗)
  • 孫瑜孫権ルート(ヒロイン蓮華、粋怜)
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