【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

279 / 281
外伝 第7話 預けられた名――黒き狼、魏の懐へ

外伝 第7話 預けられた名――黒き狼、魏の懐へ

 

 

許昌の城壁が見え始めたのは、太陽が最も高く昇る少し前だった。

 

長い街道の先。

 

平野を切り取るように築かれた巨大な城壁が、薄い霞の向こうから徐々に姿を現していく。

 

黒山に点在していた砦とは、何もかもが違った。

 

山の斜面へ木と石を組み上げ、地形そのものを守りへ変えた黒山の城塞。

 

対して許昌は、広大な平地へ人の意志によって築き上げられた都だった。

 

高く、厚い城壁。

 

等間隔に並ぶ見張り台。

 

堀に架けられた頑丈な橋。

 

その内側には、城壁越しにも分かるほど多くの建物がひしめいている。

 

煙突から上がる炊事の煙。

 

風に乗って届く人々の声。

 

遠く響く鐘の音。

 

百万を超える人間が黒山にいたといっても、その多くは百を超える砦や村へ散らばって暮らしていた。

 

これほど多くの人間が、一つの場所で秩序を保ちながら生活する光景は、時雨にとって今も見慣れないものだった。

 

そして今日。

 

その許昌へ向かっているのは、曹操と夏侯姉妹だけではない。

 

時雨の背後には、千二百の黒狼隊がいた。

 

黒い軍旗。

 

中央に描かれた銀色の狼。

 

隊列の先頭で掲げられた新しい旗が、夏の日差しを受けながら力強く揺れている。

 

兵たちの歩みは、出発した時よりも整っていた。

 

わずか数日の訓練。

 

それだけで魏軍の精鋭になれるはずはない。

 

歩幅にはまだ僅かな乱れがある。

 

列と列の間隔も一定ではない。

 

長い行軍に慣れていない者が疲労を見せるたび、周囲の者が小声で注意を促していた。

 

それでも彼らは、かつてのように好き勝手に歩いてはいなかった。

 

先頭だけが進み、後方が取り残されることもない。

 

遅れた者がいれば、前を歩く者が速度を落とす。

 

命じられたからではない。

 

黒狼隊として許昌へ入る以上、無様な姿を見せたくない。

 

その思いが、千二百人の足を揃えていた。

 

時雨は馬上から、時折背後を振り返っていた。

 

そのたびに石剛や韓武が姿勢を正し、周囲の兵へ目を配る。

 

元燕兵の集団ではない。

 

賊の群れでもない。

 

魏軍へ加わるために進む、黒狼隊。

 

まだ仮初めの名にすぎない。

 

魏の軍籍へ正式に登録されたわけでもなければ、許昌の者たちに認められたわけでもない。

 

それでも、自分たちが何者になろうとしているのか。

 

少なくとも、彼ら自身は理解し始めていた。

 

「顔が険しいわね」

 

隣を進む曹操が言った。

 

時雨は前へ視線を戻す。

 

「いつも通りだ」

 

「そうかしら。いつも以上に面倒そうな顔をしているわ」

 

「実際、面倒だからな」

 

「許昌へ戻ることが?」

 

「千二百を連れて入ることがだ」

 

時雨は正面の城門を見る。

 

許昌の西門前には、すでに多くの人間が集まっていた。

 

知らせを聞きつけた民。

 

警備の兵。

 

役人。

 

商人。

 

そして、魏王の帰還を迎えるために並んだ文官や武官。

 

距離があるため顔までは分からない。

 

だが、歓迎一色ではないことだけは見て取れた。

 

曹操の帰還を待つ者たちの列とは別に、城壁の上には弓兵が配置されている。

 

矢をつがえてはいない。

 

それでも、警戒していることは明らかだった。

 

黒狼隊の旗が見えた瞬間。

 

城門前に集まった者たちの間へ、波のようなざわめきが広がった。

 

「ずいぶん歓迎されているな」

 

時雨が言う。

 

「当然でしょう?」

 

曹操は平然としている。

 

「昨日まで反乱軍だった千二百人が、武装したまま都へ近づいているのよ」

 

「武器を置かせるか」

 

「いいえ」

 

曹操は即座に否定した。

 

「持たせたまま入るわ」

 

時雨が曹操を見る。

 

「本気か」

 

「私が冗談で命令を出すと思う?」

 

「たまに出すだろ」

 

「出さないわ」

 

「俺の部屋を隣にしたのは」

 

「必要な警備よ」

 

「夜中に勝手に入ってくるのもか」

 

「王宮の見回りよ」

 

「酒を持って?」

 

「細かい男ね」

 

曹操は不満そうに言いながらも、すぐに城門へ視線を戻した。

 

「武器を取り上げて都へ入れれば、彼らは捕虜に見える」

 

「捕虜ではないの?」

 

少し後ろから夏侯惇が尋ねる。

 

曹操は振り返らない。

 

「違うわ」

 

「ですが、正式に魏軍へ加えられたわけではありません」

 

「だから今日、加えるのよ」

 

「もし妙な動きをすれば」

 

「その時は春蘭が止めなさい」

 

曹操はあまりにも簡単に言った。

 

夏侯惇は胸を張る。

 

「お任せください! 一人として曹操様へ近づけません!」

 

黒狼隊の前列を歩いていた兵たちの顔が僅かに引きつる。

 

時雨は横目で夏侯惇を見た。

 

「全員を敵に回すような言い方をするな」

 

「警告だ!」

 

「これから同じ軍になる」

 

「まだ認められていない!」

 

「だから認められるために行くんだろ」

 

「貴様に言われずとも分かっている!」

 

夏侯惇の怒声に、黒狼隊の中から小さな笑いが漏れる。

 

すぐに韓武が振り返り、目で制した。

 

だが夏侯惇には聞こえていたらしい。

 

「今、笑った者は誰だ!」

 

列全体が、何事もなかったように前を向く。

 

「返事をしろ!」

 

「姉者」

 

夏侯淵が静かに呼ぶ。

 

「何だ、秋蘭」

 

「城門が近い。今は隊列を乱させぬ方がよい」

 

「む……」

 

夏侯惇は不満そうに口を閉じた。

 

時雨は馬上で小さく笑う。

 

「随分と扱いに慣れてるな」

 

「誰のことだ」

 

夏侯惇が睨む。

 

「春蘭」

 

「貴様に真名を呼ぶことは許していない!」

 

夏侯惇の怒声が、先ほど以上の大きさで街道へ響いた。

 

黒狼隊の兵たちだけでなく。

 

城門前の魏兵たちまで、一斉にこちらを見る。

 

時雨は僅かに眉を寄せた。

 

「曹操が呼んでるから覚えただけだ」

 

「覚えても呼ぶな!」

 

「分かった、夏侯惇」

 

「その言い方も腹が立つ!」

 

「姉者」

 

夏侯淵のため息が聞こえる。

 

曹操は口元へ指を当て、笑いを堪えていた。

 

「楽しそうだな」

 

時雨が言う。

 

「ええ。帰還の道中が退屈せずに済んだわ」

 

「俺たちは見世物か」

 

「私の将なのだから、多少は私を楽しませなさい」

 

「給金に含まれてるのか」

 

「含めておきましょう」

 

「勝手に決めるな」

 

言い合っている間にも、許昌の城門は近づいてくる。

 

やがて、先頭を進んでいた魏兵が大きな声を上げた。

 

「魏王・曹操様、ご帰還!」

 

城壁の上で太鼓が鳴った。

 

一度。

 

二度。

 

三度。

 

重い音が都の内外へ響き渡る。

 

閉ざされていた門が、軋みながら開いていく。

 

門の内側。

 

大通りの左右には、数えきれないほどの民が集まっていた。

 

曹操の姿を見た瞬間、大きな歓声が上がる。

 

「曹操様!」

 

「お帰りなさいませ!」

 

「魏王様!」

 

幾重にも重なる声。

 

黒山で、時雨が民から向けられていたものとは違う。

 

黒山の者たちが時雨へ向けていたのは、信頼と依存が入り混じった声だった。

 

この男がいれば、生きられる。

 

この男が倒れれば、自分たちも終わる。

 

切実さを伴った声。

 

許昌の民が曹操へ向ける声には、もっと明るい力があった。

 

王が帰ってきた。

 

国が今日も続いている。

 

守られている者たちが、当然のように明日を信じている声。

 

曹操は馬上から片手を上げる。

 

ただそれだけで、歓声がさらに大きくなった。

 

堂々とした姿。

 

民の声を受けることに慣れた微笑み。

 

黒山で時雨と酒を飲み。

 

服を汚したと文句を言い。

 

剣を返す返さないで争った少女とは思えない。

 

曹操は確かに、この国の中心だった。

 

しかし。

 

歓声は長く続かなかった。

 

曹操の隣を進む時雨。

 

その背後に続く黒狼隊。

 

黒地に銀狼の旗。

 

見慣れない装備。

 

魏軍とは異なる、不揃いな姿。

 

それらが城門をくぐると、民の声は徐々に小さくなった。

 

戸惑い。

 

恐れ。

 

疑い。

 

大通りの端にいた母親が、幼い子供を自分の背後へ隠す。

 

商人らしき男が、荷車を道の端へ寄せる。

 

老人が眉をひそめ、黒狼隊の兵たちを睨む。

 

小声が広がる。

 

「黒山賊だ」

 

「本当に都へ入れるのか」

 

「反乱を起こしていた奴らだろう」

 

「張燕もいる」

 

「曹操様は、なぜあのような男を」

 

黒狼隊の兵たちにも聞こえていた。

 

歩みが僅かに乱れる。

 

何人かの顔に怒りが浮かぶ。

 

それでも、誰も列から外れなかった。

 

手を武器へ伸ばす者もいない。

 

時雨が、馬上から彼らを見ている。

 

たとえ背を向けていても。

 

自分たちの動きをすべて感じ取っている。

 

兵たちには、それが分かっていた。

 

「前を見ろ」

 

時雨が声を張った。

 

大声ではない。

 

だが千二百人の耳へ、はっきりと届いた。

 

「俺たちは見世物じゃない」

 

「止まるな」

 

「列を崩すな」

 

「はっ!」

 

黒狼隊が一斉に答える。

 

大通りの空気が震えた。

 

民たちが驚いて後ずさる。

 

だが時雨は、彼らへ言葉を続けなかった。

 

賊ではないと叫んでも、信じられるはずがない。

 

魏の兵になると説明しても、今日初めて姿を見た者には分からない。

 

言葉ではなく。

 

これからの行動で示すしかない。

 

自分が黒山の民へ何度も教えてきたことだった。

 

人間は、名乗りを変えただけでは別のものになれない。

 

毎日。

 

同じ命令を守り。

 

同じ仕事を果たし。

 

同じ場所へ立ち続ける。

 

それを見た周囲が、ようやく新しい名を認める。

 

黒狼隊は今。

 

その最初の一歩を許昌で踏み出していた。

 

曹操は時雨の横顔を見る。

 

「何も言わないのね」

 

「何をだ」

 

「彼らへ、黒狼隊を受け入れろと」

 

「命令して受け入れさせるつもりか」

 

「必要なら、そうするわ」

 

「今はやめろ」

 

時雨は前を見たまま言う。

 

「民が怖がるのは当然だ」

 

「昨日まで敵だった」

 

「俺たちが、先に変わったところを見せる」

 

曹操は少しだけ目を細めた。

 

「時間がかかるわ」

 

「分かってる」

 

「あなたは随分と気が長くなったのね」

 

「黒山で百万をまとめるのに、何年かかったと思ってる」

 

「あなたが気長だったとは思えないけれど」

 

「気に入らない奴を殴るだけじゃ、百万にはならない」

 

「最初は殴ったのね」

 

「必要ならな」

 

「それを許昌でやったら、私が罰するわよ」

 

「やらない」

 

「本当に?」

 

「先に殴られたら考える」

 

「やらないと言い切りなさい」

 

時雨は答えなかった。

 

曹操が呆れたように息を吐く。

 

それでも彼女の口元には、僅かな笑みがあった。

 

---

 

城門から王宮へ続く大通りの先。

 

魏の重臣たちが待っていた。

 

最前列には荀彧。

 

その隣に郭嘉と程昱。

 

少し後ろには許褚と典韋。

 

さらに文官や武官が並び、その後方を王宮の兵たちが固めている。

 

時雨は遠目でも、荀彧の機嫌が悪いことを察した。

 

腕を組み。

 

眉間へ深い皺を寄せ。

 

黒狼隊を見る視線は、抜き身の剣より鋭い。

 

曹操が馬を止める。

 

重臣たちが一斉に膝をついた。

 

「曹操様、ご帰還を心よりお待ちしておりました」

 

荀彧が頭を下げる。

 

「留守中の政務、ご苦労だったわ」

 

「もったいなきお言葉にございます」

 

曹操が馬から降りる。

 

夏侯姉妹も続いた。

 

時雨も地面へ降りると、黒狼隊へ手で合図を送る。

 

千二百の兵が動きを止める。

 

一斉ではない。

 

僅かなずれが生じた。

 

それでも列は崩れなかった。

 

荀彧の目が、銀狼の旗から時雨へ移る。

 

「張燕」

 

「なんだ」

 

「曹操様の御前です!」

 

「だから何だ」

 

「まず頭を下げなさい!」

 

荀彧の声が大通りへ響く。

 

黒狼隊がざわめく。

 

魏の重臣が、自分たちの指揮官へ公然と怒鳴った。

 

石剛の眉が動く。

 

韓武が小さく首を横へ振り、動くなと示した。

 

時雨は荀彧を見た。

 

「帰る途中、ずっと隣にいた」

 

「今さら頭を下げる必要があるか」

 

「公式の場では礼節というものがあります!」

 

「ここは道だろ」

 

「王宮へ続く大通りです!」

 

「道じゃないか」

 

荀彧の顔が赤くなる。

 

「貴様という男は!」

 

「桂花」

 

曹操が口を挟む。

 

荀彧は悔しそうに時雨を睨みながらも、すぐに曹操へ向き直った。

 

「失礼いたしました」

 

「気持ちは分かるけれど、今はよしなさい」

 

「ですが!」

 

「張燕に礼儀を覚えさせるのは、後でゆっくりやればいいわ」

 

時雨が曹操を見る。

 

「やらないぞ」

 

「命令よ」

 

「聞いてない」

 

「今言ったわ」

 

「勝手に増やすな」

 

荀彧の肩が震えている。

 

怒りを抑えるためか。

 

あるいは、曹操と時雨のやり取りへ口を挟むべきか迷っているのか。

 

郭嘉が扇で口元を隠しながら、僅かに笑った。

 

「曹操様」

 

「何かしら、稟」

 

「お二人とも、お疲れではないようで安心いたしました」

 

「私をこの男と一緒にしないで」

 

「曹操も元気だろ」

 

「あなたが疲れさせるのよ」

 

程昱が眠そうな目で時雨を見る。

 

「お帰りなさいませー、張燕殿ー」

 

「ああ」

 

「元気そうですねー」

 

「そっちも眠そうだな」

 

「これは元からですー」

 

許褚が程昱の後ろから顔を出した。

 

「張燕さん、お帰りなさい!」

 

「ただいま、でいいのか」

 

「許昌に戻ってきたんだから、いいと思います!」

 

許褚は明るく笑う。

 

その隣にいる典韋は、少し緊張した様子で頭を下げた。

 

「お、お帰りなさいませ、張燕様」

 

「様はいらない」

 

「で、ですが、将軍になられると聞きましたので」

 

「まだなってない」

 

「これからなるのよ」

 

曹操が当然のように言った。

 

荀彧がすぐに反応する。

 

「曹操様!」

 

「何?」

 

「その件については、王宮で改めてご検討いただきたく!」

 

「検討は終わっているわ」

 

「しかし!」

 

荀彧は黒狼隊を見る。

 

「昨日まで反乱軍だった者たちを、都へ武装したまま入れるだけでも異例です」

 

「その指揮官を、正式な将へ任命するなど!」

 

「問題がある?」

 

曹操の声は穏やかだった。

 

その穏やかさが、かえって荀彧を緊張させる。

 

「張燕の能力は認めます」

 

荀彧は慎重に言葉を選んだ。

 

「黒山の民をまとめ、反乱を無血で収めた功績も」

 

「しかし、魏へ加わってまだ日が浅い」

 

「忠誠を証明するには、あまりにも時間が足りません」

 

「忠誠なら誓ったわ」

 

「言葉だけでは!」

 

「私が信じた」

 

曹操は一言で遮った。

 

大通りの空気が静まる。

 

「それでは足りない?」

 

荀彧は唇を噛む。

 

曹操の判断へ、公然と異を唱えることはできる。

 

それが軍師の役目でもある。

 

だが曹操が、自分の見る目そのものを問うた。

 

それ以上反対することは。

 

自分が仕える主君を信じていないと認めることになる。

 

「……足りぬとは、申しません」

 

「なら決まりね」

 

曹操は黒狼隊へ視線を向ける。

 

「この者たちは西部の練兵場へ」

 

「既存の魏兵とは区画を分けなさい」

 

「武器は取り上げず、ただし夜間の持ち出しは禁止」

 

「食事と給金は、同じ階級の魏兵に準じる」

 

荀彧の眉が動く。

 

「同じ待遇を与えるのですか」

 

「同じ兵にするのだから、当然でしょう?」

 

「まだ正式な兵ではありません」

 

「だから、準じると言ったのよ」

 

曹操は時雨を見る。

 

「張燕」

 

「なんだ」

 

「今日中に全員の名簿を作りなさい」

 

「今日中?」

 

「ええ」

 

「千二百いる」

 

「知っているわ」

 

「無理だ」

 

「韓武や石剛を使えばいいでしょう?」

 

「文字を書けない奴も多い」

 

「魏の役人を貸すわ」

 

「最初からそう言え」

 

「あなたが困る顔を見たかったの」

 

「性格が悪いな」

 

「褒め言葉として受け取るわ」

 

黒狼隊の兵たちから、再び小さな笑いが起きた。

 

荀彧は額へ手を当てる。

 

「曹操様」

 

「何?」

 

「このような男を、本当に将へなさるのですか」

 

「ええ」

 

「今すぐ考え直すことを、強くお勧めいたします」

 

「却下よ」

 

曹操は楽しそうに笑った。

 

---

 

黒狼隊が西部練兵場へ移された後。

 

時雨は王宮へ連れていかれた。

 

連れていかれた。

 

時雨自身の感覚では、その表現が最も正しい。

 

黒狼隊の名簿。

 

宿舎の割り振り。

 

食料の確認。

 

負傷者の手当て。

 

今すぐ見なければならないものはいくらでもあった。

 

だが曹操は、すべて韓武と石剛へ任せるよう命じ。

 

時雨を王宮へ同行させた。

 

「逃げない」

 

王宮の廊下を歩きながら、時雨は言った。

 

「信用してるわ」

 

「なら袖を掴むな」

 

曹操は時雨の衣の袖を握っていた。

 

強く引いているわけではない。

 

ただ、離れる意思がないことを示すように掴んでいる。

 

「あなたは目を離すと、すぐ別の場所へ行くでしょう?」

 

「仕事をしに行く」

 

「今から行うことも仕事よ」

 

「任命式なんて、立ってるだけだろ」

 

「とても重要よ」

 

「腹は膨れない」

 

「あなたは何でも食事で測るのね」

 

「食えないものは、急がなくても死なない」

 

「国は儀礼でも動くの」

 

曹操は足を止めた。

 

時雨も止まる。

 

長い廊下。

 

左右には庭園。

 

少し離れた場所には、護衛として夏侯姉妹がいる。

 

さらに後ろを、荀彧、郭嘉、程昱、許褚、典韋が続いていた。

 

「あなたは、自分が何者になったかを理解していない」

 

曹操が言う。

 

「魏の将だろ」

 

「それを理解していないと言っているの」

 

「分かりにくいな」

 

曹操は時雨の袖から手を離した。

 

その代わり、時雨の胸元へ指を当てる。

 

「あなたが自分で名乗るだけでは足りない」

 

「私があなたを将として認め」

 

「重臣たちがあなたを同じ魏の臣として認め」

 

「兵と民へ示す」

 

「それで初めて、張燕は魏の将になる」

 

時雨は少しだけ考えた。

 

黒山では違った。

 

頭領を倒せば、自分が次の頭領。

 

力を示せば、それで終わり。

 

周囲が認めるかどうかは、後からついてきた。

 

だが魏では。

 

地位は個人の力だけで決まらない。

 

王が認め。

 

同僚が受け入れ。

 

法と記録へ残す。

 

それによって、一人の役割が国の中へ組み込まれる。

 

「面倒だが、必要ということか」

 

「そうよ」

 

「最初からそう言え」

 

「何度も言っているわ」

 

「分かりにくい」

 

「理解力の問題ではなくて?」

 

「説明する側の問題だ」

 

荀彧が後ろから声を上げた。

 

「曹操様のご説明に問題などありません!」

 

時雨が振り返る。

 

「聞いてたのか」

 

「同じ廊下を歩いているのですから当然でしょう!」

 

「桂花は耳がいいな」

 

「真名で呼ぶな!」

 

荀彧の顔が一瞬で赤くなった。

 

時雨は眉を寄せる。

 

「曹操が呼んでるから覚えた」

 

「覚えるな!」

 

「無理を言うな」

 

「少なくとも口へ出すな!」

 

「なら荀彧でいいか」

 

「それが当然です!」

 

荀彧は肩で息をしている。

 

郭嘉が扇の陰で笑い。

 

程昱は変わらぬ眠そうな顔で歩いている。

 

許褚は何かを言いたそうに二人を見比べ。

 

典韋は、これ以上喧嘩にならないか心配そうにしていた。

 

曹操は全員を見回す。

 

その目に、何かを思いついたような光が宿る。

 

時雨はその変化を見逃さなかった。

 

「曹操」

 

「何?」

 

「今、余計なことを考えただろ」

 

「失礼ね」

 

「顔に出てる」

 

「私が何を考えているか分かるの?」

 

「面倒な命令を増やす時の顔だ」

 

曹操の笑みが深くなる。

 

時雨は嫌な予感を覚えた。

 

「やめろ」

 

「まだ何も言っていないわ」

 

「だから先に止めてる」

 

「却下よ」

 

「ほらな」

 

曹操は機嫌よく歩き出した。

 

その背中を見ながら。

 

時雨は今日一番深いため息をついた。

 

---

 

任命式が行われる大広間には、魏の文武百官が集まっていた。

 

最奥。

 

数段高い玉座に、曹操が座る。

 

その左右には夏侯惇と夏侯淵。

 

さらに荀彧、郭嘉、程昱ら軍師が並び。

 

許褚と典韋をはじめ、曹操直属の将たちがその後ろを固めている。

 

中央には赤い敷物が伸びていた。

 

扉から玉座まで。

 

時雨一人が歩くために用意された道。

 

その両側へ並んだ文官たちが、一斉に時雨を見ている。

 

好奇。

 

警戒。

 

不満。

 

畏怖。

 

向けられる感情は様々だった。

 

黒山の百万を率いた男。

 

燕国の王。

 

曹操へ国ごと降伏した張燕。

 

そして今日。

 

魏将として任命される男。

 

噂だけが先に広がり。

 

本人を見るのは初めてという者も多い。

 

時雨は大広間へ入る前。

 

儀礼を担当する役人から、細かな説明を受けていた。

 

中央まで歩く。

 

片膝をつく。

 

頭を下げる。

 

曹操から任命を受ける。

 

命令があるまで顔を上げない。

 

与えられた印と官服を受け取る。

 

決められた言葉で忠誠を誓う。

 

長かった。

 

途中から聞くのが面倒になり。

 

時雨は半分ほどしか覚えていなかった。

 

だから中央まで歩き。

 

曹操の前へ立ったところで。

 

普通に立ち止まった。

 

膝をつかない。

 

頭も下げない。

 

大広間がざわめく。

 

儀礼を担当する役人が、顔を青くした。

 

荀彧のこめかみに青筋が浮かぶ。

 

曹操は玉座から時雨を見る。

 

「張燕」

 

「なんだ」

 

「何か忘れていない?」

 

「何をだ」

 

「跪くところよ」

 

時雨は少しだけ周囲を見る。

 

「必要か」

 

「必要です!」

 

荀彧の声が飛んだ。

 

「魏王より官位を賜るのです!」

 

「臣下として、当然の礼を!」

 

「昨日、曹操の隣から逃げないと誓った」

 

「それとこれとは別です!」

 

「分かりにくいな」

 

「何がですか!」

 

「忠誠を見せろと言うから見せた」

 

「今日は形を見せろと言う」

 

「どっちが本物だ」

 

大広間が静まる。

 

文官たちが顔を見合わせる。

 

時雨にとっては純粋な疑問だった。

 

曹操へ仕えると決めた。

 

裏切らないと誓った。

 

その言葉は本心だ。

 

今さら膝をつくことで、何が増えるのか。

 

曹操は玉座へ頬杖をつく。

 

「どちらも本物よ」

 

「二ついるのか」

 

「ええ」

 

「面倒だな」

 

「国とはそういうものよ」

 

時雨はしばらく曹操を見た。

 

彼女が、自分を屈服させるために膝を求めているわけではない。

 

それくらいは分かった。

 

曹操は時雨の意思を欲しがる。

 

ただ頭を下げるだけの男なら、そもそも手に入れようとしなかった。

 

今求めているのは。

 

魏という国の中で。

 

張燕が曹操の臣となったことを、全員へ見せる形。

 

個人的な約束ではなく。

 

公の立場として受け入れるための儀礼。

 

「一度だけだぞ」

 

時雨が言う。

 

「儀礼のたびに必要よ」

 

「聞いてない」

 

「今言ったわ」

 

「やめるか」

 

時雨が踵を返そうとする。

 

「待ちなさい!」

 

曹操の声が響く。

 

笑いを堪えるような声だった。

 

「今回は一度でよいわ」

 

「本当だろうな」

 

「今後については、また話し合いましょう」

 

「決めてないのと同じだな」

 

それでも時雨は向き直った。

 

ゆっくりと片膝を床へつく。

 

頭を下げる。

 

その動作は儀礼として洗練されたものではない。

 

武人が戦場で、主へ命令を求める時の姿勢に近い。

 

だが。

 

黒山の王だった男が。

 

魏王の前へ自ら膝をついた。

 

大広間にいる全員が、その事実を見届けた。

 

曹操の表情から笑みが消える。

 

玉座から立ち上がる。

 

階段を一段ずつ降り。

 

時雨の前へ立つ。

 

「張燕」

 

「はい、と言うところか」

 

「ええ」

 

「……はい」

 

時雨の返事に、大広間の何人かが僅かに驚いた。

 

荀彧も目を見開く。

 

時雨は敬語を使ったわけではない。

 

それでも。

 

命令を受ける者として、曹操の声へ応えた。

 

曹操は満足そうに目を細める。

 

「汝を魏の将へ任ずる」

 

「黒狼隊千二百を預ける」

 

「旧燕国の兵と民を魏へ組み込み」

 

「その力をもって、魏の敵を討ちなさい」

 

「ただし」

 

曹操の声が僅かに低くなる。

 

「勝手に死ぬことは許さない」

 

時雨は顔を上げないまま言った。

 

「任命式で言うことか」

 

「最も重要な命令よ」

 

「皆が聞いてるぞ」

 

「だから言っているの」

 

曹操は一歩近づく。

 

「返事は?」

 

時雨は短く息を吐いた。

 

「分かった」

 

「正式な場よ」

 

「承知した」

 

「もう少し丁寧に」

 

「注文が多いな」

 

曹操の眉が動く。

 

時雨は僅かに口元を上げた。

 

「謹んで、お受けする」

 

大広間に。

 

小さなどよめきが生まれた。

 

時雨が、そのような言葉を使えるとは思われていなかったらしい。

 

曹操も一瞬驚き。

 

すぐに楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「できるではないの」

 

「聞いたことはある」

 

「普段から使いなさい」

 

「断る」

 

「今のあなたは、少し可愛げがあったわ」

 

「忘れろ」

 

「嫌よ」

 

曹操は側に控えていた役人から、将軍印を受け取った。

 

掌に収まるほどの印。

 

魏の官印。

 

張燕という名と。

 

黒狼隊を率いる権限が刻まれている。

 

曹操はそれを時雨へ差し出した。

 

時雨が両手で受け取る。

 

重くはない。

 

剣よりも遥かに軽い。

 

それでも。

 

掌へ載せられた瞬間。

 

かつて王として抱えていたものとは違う重みが伝わってきた。

 

燕国では。

 

時雨の言葉が法だった。

 

印など必要なかった。

 

時雨が命じれば、人が動いた。

 

それは強い。

 

だが、同時に危うい。

 

時雨がいなくなれば、何も残らない。

 

今受け取った印は。

 

時雨個人の力を示すものではない。

 

魏という国が、張燕へ権限を預けた証。

 

時雨がいなくなっても。

 

記録が残り。

 

役目が残り。

 

次の者へ引き継がれる。

 

国の中へ組み込まれるとは。

 

そういうことなのかもしれない。

 

時雨は印を見つめ。

 

やがて曹操を見上げた。

 

「落とすなよ」

 

曹操が言う。

 

「落とさない」

 

「失くしたら?」

 

「探す」

 

「見つからなければ?」

 

「作り直せ」

 

「国の印を何だと思っているの!」

 

「小さいから失くしそうだ」

 

「絶対に失くさないで!」

 

大広間の緊張が、僅かに緩んだ。

 

文官の中から。

 

笑いを堪える咳払いが聞こえる。

 

荀彧は顔を押さえていた。

 

「曹操様」

 

「何、桂花」

 

「任命を取り消すなら、今が最後の機会です」

 

「取り消さないわ」

 

「この男に官印を預けるなど、不安しかありません!」

 

「なら桂花が管理を手伝いなさい」

 

「なぜ私が!」

 

「軍政を担う者として当然でしょう?」

 

荀彧は言葉に詰まった。

 

時雨は官印を懐へ入れる。

 

「頼むな、桂花」

 

「真名で呼ぶな!」

 

怒声が大広間へ響いた。

 

今度こそ、何人もの者が笑った。

 

---

 

任命式が終わった後も、時雨は解放されなかった。

 

通常であれば。

 

官位を受け。

 

重臣へ挨拶を済ませ。

 

そのまま黒狼隊のもとへ戻れるはずだった。

 

だが曹操は、時雨を自分の執務室へ連れていった。

 

夏侯惇。

 

夏侯淵。

 

荀彧。

 

郭嘉。

 

程昱。

 

許褚。

 

典韋。

 

曹操の中枢を支える者たちも全員集められている。

 

広い室内。

 

中央には大きな机。

 

その上には黒山や旧燕国領の地図。

 

積み上げられた竹簡。

 

各地から届いた報告書。

 

窓から差し込む午後の日差しが、机の上へ長い影を作っていた。

 

曹操は自分の席へ座る。

 

他の者たちも、それぞれ決まった場所へ立った。

 

時雨だけが、何の説明も受けていない。

 

壁際へ立とうとすると。

 

曹操が自分の隣を指す。

 

「こちらへ」

 

「軍議か」

 

「少し違うわ」

 

「なら、ここでいい」

 

時雨は机の端。

 

曹操から二人分ほど離れた場所へ立った。

 

曹操は不満そうに眉を寄せる。

 

「もっと近く」

 

「聞こえる」

 

「命令よ」

 

時雨は仕方なく一歩近づく。

 

まだ距離がある。

 

曹操が無言で時雨を見る。

 

時雨がもう一歩近づく。

 

肩が触れるほどではない。

 

だが、曹操が手を伸ばせば衣へ届く距離。

 

「これでいいだろ」

 

「ひとまずは」

 

「ひとまず?」

 

「後で考えるわ」

 

「考えるな」

 

荀彧が苛立った声を上げる。

 

「曹操様!」

 

「何?」

 

「私たちは、何のために集められたのでしょうか」

 

「張燕を正式に迎え入れるためよ」

 

「任命式は、先ほど終わりました」

 

「官位の話ではないわ」

 

曹操は机へ肘をつき。

 

指を組む。

 

その瞳に宿る光を見て。

 

時雨は廊下で感じた嫌な予感が、まだ終わっていなかったことを悟った。

 

「曹操」

 

「何?」

 

「余計なことをするな」

 

「まだ何も言っていないでしょう?」

 

「その顔は知ってる」

 

「なら話が早いわね」

 

曹操は全員を見渡した。

 

「今日から張燕は、魏の正式な将となった」

 

「黒狼隊の指揮官であるだけではない」

 

「旧燕国の民と兵を統合する役目を担い」

 

「今後、軍議にも常に参加させる」

 

「つまり」

 

曹操の声が少しだけ柔らかくなる。

 

「この場にいる全員と、命を預け合う関係になるわ」

 

誰も言葉を挟まない。

 

夏侯惇だけが、僅かに胸を張った。

 

夏侯淵は静かに時雨を見る。

 

郭嘉と程昱は曹操の意図を読もうとしている。

 

許褚と典韋は、まだ話の行き先が分からない様子だった。

 

荀彧は。

 

明確に警戒していた。

 

「ですから」

 

曹操は微笑んだ。

 

「全員、張燕へ真名を教えなさい」

 

時間が止まった。

 

そう錯覚するほど。

 

室内は完全な静寂へ包まれた。

 

最初に反応したのは夏侯惇だった。

 

「なっ……!」

 

声が裏返る。

 

荀彧の顔から血の気が引き。

 

直後、一気に赤くなった。

 

郭嘉の扇が止まる。

 

程昱は眠そうな目を、ほんの僅かに大きくした。

 

許褚は口を開け。

 

典韋は両手で頬を押さえている。

 

時雨だけが、曹操の言葉の重さをすぐには理解できなかった。

 

「もう知ってるぞ」

 

全員の視線が時雨へ向く。

 

「曹操が普段から呼んでるからな」

 

「知っていることと」

 

荀彧が震える声で言う。

 

「本人から預けられることは、まったく違います!」

 

「同じ名前だろ」

 

「違います!」

 

今までで最も大きな荀彧の怒声だった。

 

時雨は少し身体を後ろへ引く。

 

「耳元で怒鳴るな」

 

「貴様が無神経なことを言うからです!」

 

「事実だ」

 

「真名とは!」

 

荀彧は胸元へ手を当てる。

 

「その者の魂に触れる名!」

 

「信頼し、心を許した者にのみ、呼ぶことを許すものです!」

 

「知ってる」

 

「なら、なぜ同じだなどと!」

 

「音は同じだろ」

 

「意味が違うと説明しているでしょう!」

 

荀彧は顔を真っ赤にしている。

 

怒りだけではない。

 

羞恥。

 

戸惑い。

 

そして、曹操の命令であっても簡単には従えないという強い抵抗。

 

夏侯惇も勢いよく前へ出た。

 

「曹操様!」

 

「何、春蘭」

 

「なぜ、この男に真名を!」

 

「理由は、今説明したでしょう?」

 

「私はまだ、こいつを完全には信用しておりません!」

 

「知っているわ」

 

「ならば!」

 

「だからこそよ」

 

曹操の言葉に。

 

夏侯惇が止まる。

 

「張燕を遠ざけたまま、信用できるようになると思う?」

 

「それは……」

 

「あなたたちは、私の最も近くにいる」

 

曹操は全員を見る。

 

「張燕も、これからそこへ加わる」

 

「互いに距離を置き」

 

「腹の内を隠し」

 

「いつまでも元賊だ、新参者だと疑い続ける」

 

「その状態で、戦場へ共に立てるの?」

 

夏侯惇は答えられない。

 

曹操は荀彧へ視線を向けた。

 

「桂花」

 

「……はい」

 

「あなたは張燕の軍政を助けることになる」

 

「黒山の民を魏の法へ組み込むには、彼の知識が必要」

 

「そして張燕には、あなたの知識が必要」

 

「互いに嫌っていても構わないわ」

 

「ですが」

 

「信頼する努力はしなさい」

 

荀彧は唇を噛んだ。

 

曹操は郭嘉と程昱を見る。

 

「稟、風」

 

「はい」

 

「はいー」

 

「張燕の持つ山岳戦の知識は、魏にとって大きな力になる」

 

「あなたたちが策を立て」

 

「彼が実行する」

 

「あるいは彼の策を、あなたたちが国全体へ広げる」

 

「そのためには、互いを知らなければならない」

 

郭嘉が扇を閉じる。

 

「曹操様のお考えは理解いたしました」

 

「ですが、真名を命令によって預けさせることは」

 

「本来なら、するべきではないでしょうね」

 

曹操は認めた。

 

時雨が曹操を見る。

 

「ならやめろ」

 

「嫌よ」

 

「自分で間違ってると言っただろ」

 

「本来なら、よ」

 

曹操は時雨へ蒼い瞳を向ける。

 

「けれど、あなたは普通の方法では何年経っても距離を縮めないでしょう?」

 

「必要な話はする」

 

「それだけでは足りないわ」

 

「何が足りない」

 

「あなたは、自分が必要とされる側にいることへ慣れている」

 

曹操の言葉に。

 

時雨の目が僅かに細くなる。

 

「黒山では皆があなたを頼った」

 

「けれど、あなたは誰かを頼ることをしなかった」

 

「魏でも同じように、一人で全部背負おうとするつもりでしょう?」

 

時雨は答えない。

 

「私はそれを許さない」

 

曹操は静かに言った。

 

「この者たちの名を知りなさい」

 

「知識を借り」

 

「力を借り」

 

「命を預けなさい」

 

「そして皆も」

 

曹操は重臣たちへ視線を戻す。

 

「張燕へ預けなさい」

 

「彼だけを仲間の外へ置くことは、私が許さない」

 

室内へ。

 

重い沈黙が落ちた。

 

曹操の命令は強引だった。

 

真名は、主君が命じたからといって簡単に渡すものではない。

 

それでも。

 

曹操が命じた理由は。

 

単なる気まぐれでも。

 

時雨を自分の所有物として見せつけるためだけでもなかった。

 

時雨を魏の中枢へ入れる。

 

形だけではなく。

 

本当に仲間として組み込む。

 

そのために。

 

自分の最も信頼する者たちへ、心の一部を差し出せと命じている。

 

時雨は曹操の横顔を見る。

 

「俺の意見は」

 

「聞きましょう」

 

「いらない」

 

曹操の眉が動く。

 

「何ですって?」

 

「真名を教えられても、呼ばない」

 

全員の顔が時雨へ向く。

 

「なぜ?」

 

曹操が尋ねる。

 

「命令されて教えるものじゃないんだろ」

 

時雨は荀彧を見る。

 

「本人が嫌なら、俺はいらない」

 

「別に、名前を知らなくても戦える」

 

「お前……」

 

荀彧の声から。

 

僅かに怒りが消える。

 

時雨は夏侯惇を見る。

 

「夏侯惇も、俺を信用してない」

 

「当然だ!」

 

「なら、無理に預ける必要はない」

 

「俺も、預けろとは言わない」

 

「貴様に拒まれる筋合いはない!」

 

夏侯惇が反射的に怒鳴る。

 

時雨は眉を寄せた。

 

「嫌なんじゃないのか」

 

「嫌だ!」

 

「ならいいだろ」

 

「よくない!」

 

「どっちだ」

 

「私にも分からん!」

 

夏侯惇の怒声へ。

 

程昱が小さく笑った。

 

「春蘭様らしいですねー」

 

「風! 笑うな!」

 

「まだ真名を呼ぶことは許されていませんよー」

 

「お前は曹操様から許されているだろう!」

 

「そうでしたー」

 

夏侯惇は頭を抱えた。

 

時雨は曹操へ向き直る。

 

「俺は命令しない」

 

「曹操が命じても、呼ぶかは俺が決める」

 

「あなたは私の命令へ逆らうつもり?」

 

「真名を呼べとは言ってない」

 

曹操は黙った。

 

確かに。

 

教えろとは命じた。

 

時雨へ呼べとは、まだ言っていない。

 

「言葉の隙を突くのが好きね」

 

「曹操が曖昧だからだ」

 

「では命じるわ」

 

曹操は口を開きかけ。

 

そこで止まった。

 

時雨の目が。

 

いつになく真剣だった。

 

「曹操」

 

「何?」

 

「これは、曹操が決めることじゃない」

 

誰かの真名を。

 

誰へ預けるか。

 

曹操が許可を出すことはできる。

 

主従の間で、信頼を結ばせるために勧めることもできる。

 

だが。

 

最後に決めるのは本人。

 

時雨はそう言っている。

 

自分の意思を消すなと曹操へ求めた男が。

 

他の者の意思も、同じように尊重しようとしていた。

 

曹操は長く時雨を見つめた。

 

やがて、小さく息を吐く。

 

「そうね」

 

その答えに。

 

全員が驚いた。

 

曹操は自分の命令を撤回することが少ない。

 

一度欲しいと決めたものを、簡単に諦める女でもない。

 

「命令の仕方を変えるわ」

 

曹操は席から立ち上がる。

 

「私は、あなたたちへ張燕と向き合うことを命じる」

 

「真名を預けるかどうかは、自分で決めなさい」

 

「ただし」

 

曹操の瞳が鋭くなる。

 

「過去だけを理由に拒絶することは許さない」

 

「今の張燕を見て」

 

「自分の意思で決めなさい」

 

命令でありながら。

 

選択を残した言葉だった。

 

時雨も反対しなかった。

 

最初に動いたのは。

 

意外にも夏侯淵だった。

 

一歩前へ出る。

 

落ち着いた瞳で、時雨を見る。

 

「張燕」

 

「なんだ」

 

「私は、まだお前のすべてを信用しているわけではない」

 

「ああ」

 

「だが」

 

夏侯淵は姉へ視線を向け。

 

次に曹操を見る。

 

「姉者と曹操様が、お前を信じようとしている」

 

「それに」

 

「西部での働きは、この目で見た」

 

「反乱軍へ戻ることもできた」

 

「劉備の誘いへ乗ることもできた」

 

「それでも、お前は魏へ帰った」

 

時雨は黙って聞いている。

 

夏侯淵は。

 

僅かに表情を緩めた。

 

「私の真名は秋蘭」

 

「お前が魏のために戦い」

 

「曹操様を守る限り」

 

「この名を呼ぶことを許す」

 

静かな言葉だった。

 

大げさな誓いではない。

 

まだ条件もある。

 

完全な信頼ではない。

 

それでも。

 

夏侯淵が自分の意思で、一歩を踏み出した。

 

時雨はすぐに返事をしなかった。

 

軽く扱ってよい言葉ではないと理解したからだ。

 

「分かった」

 

やがて時雨は頷く。

 

「秋蘭」

 

夏侯淵の目が僅かに細くなる。

 

実際に呼ばれることで。

 

初めて、自分が真名を預けたのだという実感が生まれたのだろう。

 

「それで」

 

時雨は続ける。

 

「俺の真名は時雨だ」

 

「知っている」

 

「知ってることと、預けられることは違うんだろ」

 

夏侯淵が一瞬、目を見開く。

 

荀彧も。

 

郭嘉も。

 

曹操さえ。

 

時雨を見た。

 

「俺も、秋蘭に呼ぶことを許す」

 

夏侯淵は何も言わなかった。

 

だが、その口元へ。

 

はっきりとした笑みが浮かんだ。

 

「分かった、時雨」

 

自分の真名が。

 

初めて魏の者の口から呼ばれる。

 

黒山の者たちが呼ぶ時とは違った。

 

彼らにとって時雨は頭領だった。

 

王だった。

 

守るべき中心。

 

夏侯淵が呼んだ真名には。

 

同じ場所へ立つ者としての響きがあった。

 

時雨の胸へ。

 

不思議な感覚が残る。

 

嫌ではない。

 

ただ。

 

少し落ち着かなかった。

 

「なぜ秋蘭が先なのだ!」

 

夏侯惇が叫んだ。

 

全員が彼女を見る。

 

「姉者?」

 

夏侯淵が首を傾げる。

 

「いや、その……!」

 

夏侯惇は顔を赤くする。

 

「私が先に曹操様へ仕えている!」

 

「姉者、それは関係ないだろう」

 

「関係ある!」

 

「真名を預けたくないのではなかったか」

 

「それとこれとは別だ!」

 

「またか」

 

時雨が呟く。

 

夏侯惇が彼を睨む。

 

「何だ!」

 

「分からないなら、無理しなくていい」

 

「貴様に気遣われる必要はない!」

 

「気遣ってない」

 

「なら、なぜ止める!」

 

「嫌そうだからだ」

 

「嫌ではない!」

 

夏侯惇は言い切り。

 

直後。

 

自分が何を言ったのか気づいた。

 

顔が一気に赤くなる。

 

時雨は黙る。

 

夏侯淵が僅かに笑う。

 

曹操は、非常に楽しそうだった。

 

「春蘭」

 

「曹操様!」

 

「続けなさい」

 

「ですが!」

 

「自分で決めたのでしょう?」

 

夏侯惇はしばらく言葉を失い。

 

やがて時雨の前へ立った。

 

背筋を伸ばす。

 

まるで決闘へ臨むような表情だった。

 

「張燕!」

 

「なんだ」

 

「私の真名は春蘭だ!」

 

「知ってる」

 

「今は黙って聞け!」

 

「分かった」

 

「私は!」

 

夏侯惇は拳を握る。

 

「今もお前を完全には信用していない!」

 

「ああ」

 

「曹操様への態度も気に入らん!」

 

「ああ」

 

「すぐに私を馬鹿にすることも!」

 

「してない」

 

「している!」

 

「分かったから続けろ」

 

「命令するな!」

 

話が進まない。

 

夏侯淵が額へ手を当てる。

 

荀彧は苛立ち。

 

郭嘉は楽しそうに見守り。

 

程昱は欠伸を噛み殺していた。

 

曹操だけが。

 

急かすことなく夏侯惇を待った。

 

夏侯惇は大きく息を吸う。

 

「だが」

 

声が少しだけ落ち着く。

 

「お前が曹操様の隣へ立つと誓ったことは聞いた」

 

「黒山の者を守るため、燕国を捨てたことも」

 

「反乱を血を流さず収めたことも見た」

 

「お前が曹操様を裏切れば」

 

「私は必ず、お前を斬る」

 

「ああ」

 

「だが」

 

夏侯惇は真っ直ぐ時雨を見る。

 

「お前が曹操様を守る限り」

 

「私はお前の隣で戦う」

 

「だから」

 

僅かに言葉が詰まる。

 

それでも。

 

夏侯惇は目を逸らさなかった。

 

「春蘭と呼ぶことを許す」

 

時雨も。

 

彼女から目を逸らさなかった。

 

「分かった」

 

短く答える。

 

「春蘭」

 

夏侯惇の肩が僅かに跳ねた。

 

真名を呼んだだけ。

 

それなのに。

 

普段、曹操や夏侯淵から呼ばれる時とは、まるで違う反応だった。

 

時雨は続ける。

 

「俺の真名は時雨」

 

「春蘭にも、呼ぶことを許す」

 

「う、うむ!」

 

夏侯惇は力強く頷く。

 

「時雨!」

 

声が大きい。

 

近くで呼ばれたため、時雨は僅かに顔をしかめた。

 

「怒鳴るな」

 

「怒鳴っていない!」

 

「耳が痛い」

 

「真名を呼んだのだぞ!」

 

「知ってる」

 

「もう少し何かないのか!」

 

「何を求めてる」

 

「私にも分からん!」

 

夏侯惇は再び混乱した。

 

曹操が堪えきれず笑う。

 

夏侯淵も肩を震わせていた。

 

時雨は、ほんの少しだけ口元を緩める。

 

春蘭は。

 

分かりにくいが、嘘をつかない。

 

怒れば怒鳴る。

 

疑えば睨む。

 

認めれば。

 

自分から一歩を踏み出す。

 

黒山にも、似たような者はいた。

 

扱いやすいとは言えない。

 

だが。

 

背中を預けるには、悪くない。

 

次に前へ出たのは郭嘉だった。

 

「では、私も」

 

扇を閉じ。

 

時雨へ向き合う。

 

「曹操様がお認めになり」

 

「春蘭様と秋蘭様が真名を預けた」

 

「それだけでも、十分な理由ではあります」

 

「自分では決めないのか」

 

時雨が尋ねる。

 

郭嘉は微笑む。

 

「もちろん、自分でも決めます」

 

「あなたの言葉は粗野で」

 

「態度は不遜」

 

「軍議の順序を守らず」

 

「曹操様への礼節も足りない」

 

「褒めてないな」

 

「まだ途中です」

 

郭嘉は扇を口元へ当てる。

 

「ですが」

 

「現実を見誤らず」

 

「民が今日食べる物を何より先に考える」

 

「そして、ご自身の価値を武器として使いながら」

 

「その命を自分のものだと思っていない」

 

時雨の眉が僅かに寄る。

 

「最後は褒めてないだろ」

 

「ええ」

 

郭嘉の目から笑みが消える。

 

「そこは改めていただきます」

 

「曹操様だけでなく」

 

「私たちも、あなたが死ぬことを許しません」

 

時雨は答えなかった。

 

その沈黙を。

 

郭嘉は拒絶とは受け取らなかった。

 

「私の真名は稟」

 

「これから同じ軍議へ立つ者として」

 

「あなたへ預けます」

 

「分かった、稟」

 

時雨は頷く。

 

「俺も時雨と呼ばせる」

 

「光栄です、時雨殿」

 

「殿はいらない」

 

「では、時雨」

 

郭嘉は自然に呼び直した。

 

声に迷いがない。

 

時雨も。

 

思ったほど抵抗を感じなかった。

 

「次は風ですねー」

 

程昱がゆっくり前へ出る。

 

「自分で言うのか」

 

時雨が尋ねる。

 

「はいー」

 

「私の真名は風ですー」

 

「時雨殿は、すでに何度も聞いていると思いますがー」

 

「本人から改めてお伝えしますー」

 

眠そうな声。

 

だが。

 

その目は普段よりも少しだけ真剣だった。

 

「時雨殿は、山の獣のような方ですねー」

 

「褒めてるのか」

 

「半分くらいはー」

 

「残りは」

 

「危なっかしくて、目を離せないという意味ですー」

 

程昱は微笑む。

 

「でもー」

 

「狼は一度群れを選べば、簡単には捨てないとも聞きますー」

 

「曹操様が信じるならー」

 

「風も、信じてみようと思いますー」

 

「だからー」

 

「風と呼ぶことを許しますー」

 

時雨は少しだけ目を細める。

 

程昱の言葉は柔らかい。

 

だが。

 

その奥で何を考えているのか、簡単には読めない。

 

ただ。

 

嘘を言っていないことだけは分かった。

 

「分かった、風」

 

「はいー、時雨様ー」

 

「様はいらない」

 

「ではー、時雨さんー」

 

「さんもいらない」

 

「時雨ちゃんー」

 

「それはもっと嫌だ」

 

「注文が多いですねー」

 

「風に言われたくない」

 

程昱は楽しそうに笑った。

 

次に許褚が前へ出る。

 

「ボクもいいですか?」

 

曹操が頷く。

 

許褚は時雨の前へ立つ。

 

小柄な身体。

 

だが。

 

時雨には、その内側へ秘められた力が分かる。

 

初めて見た時から。

 

並の武人ではないと感じていた。

 

「ボクの真名は季衣です!」

 

許褚は明るく言った。

 

「張燕さん……じゃなくて、時雨さんは」

 

「最初はちょっと怖かったです」

 

「そうか」

 

「はい」

 

「でも、村の人たちを殺さないように話して」

 

「反乱した人たちも助けて」

 

「兵になれない人にも仕事を探して」

 

許褚は両手を背中へ回す。

 

「優しい人なんだと思いました」

 

「優しくない」

 

「そうですか?」

 

「必要なことをしただけだ」

 

「それを優しいって言うんじゃないですか?」

 

時雨は答えられなかった。

 

許褚は笑う。

 

「だから、季衣って呼んでください」

 

「ボクも時雨さんって呼びます!」

 

「分かった、季衣」

 

「はい、時雨さん!」

 

許褚は嬉しそうに笑った。

 

その後ろから。

 

典韋が恐る恐る前へ出る。

 

「わ、私も……」

 

緊張のためか。

 

顔が赤い。

 

両手を胸元で握り。

 

何度か深呼吸をしている。

 

「無理しなくていい」

 

時雨が言う。

 

典韋は驚いたように顔を上げる。

 

「嫌なら、曹操の命令でも言わなくていい」

 

「い、嫌ではありません!」

 

「そうか」

 

「ただ、その……」

 

典韋は時雨の目を見て。

 

すぐに視線を逸らす。

 

「私の真名は、流琉です」

 

小さな声。

 

それでも。

 

室内にはっきり届いた。

 

「曹操様が認められた方ですし」

 

「季衣も、信じると言っています」

 

「それに」

 

典韋は少し迷い。

 

「時雨様は、食べ物を大事にされる方だと聞きました」

 

時雨は眉を上げる。

 

「そこか」

 

「はい」

 

典韋は料理を好む。

 

食事を大切にする者へ。

 

自然と好感を持つのだろう。

 

「黒山では、食べ物を粗末にすると殴られた」

 

「殴られたのですか?」

 

「俺が殴った」

 

「そ、そうでしたか」

 

典韋は僅かに引きつった。

 

それでも。

 

すぐに柔らかな笑みへ戻る。

 

「では」

 

「流琉と呼んでください」

 

「私も、時雨様とお呼びします」

 

「様はいらない」

 

「ですが」

 

「呼びにくいなら、張燕でもいい」

 

「い、いえ!」

 

典韋は慌てて首を振る。

 

「時雨、とお呼びします」

 

「分かった、流琉」

 

典韋の顔がさらに赤くなる。

 

「はい、時雨」

 

声は小さい。

 

だが嬉しそうだった。

 

そして。

 

残ったのは荀彧だけだった。

 

全員の視線が集まる。

 

荀彧は腕を組み。

 

時雨を睨んでいる。

 

「無理しなくていいぞ」

 

時雨が言った。

 

「貴様に言われなくても分かっています!」

 

「なら終わりでいいな」

 

「なぜ勝手に終わらせるのです!」

 

「言いたくないんだろ」

 

「言いたくありません!」

 

「じゃあいい」

 

「よくありません!」

 

時雨は本気で分からなくなってきた。

 

夏侯惇と似ている。

 

嫌だと言いながら。

 

終わらせようとすると怒る。

 

「桂花」

 

曹操が呼ぶ。

 

荀彧が曹操を見る。

 

「命令はしないわ」

 

「……はい」

 

「あなたが決めなさい」

 

荀彧は唇を強く結ぶ。

 

時雨へ真名を預ける。

 

それは。

 

彼を同じ魏の臣として認めること。

 

曹操の側に立つ者として。

 

自分の内側へ一歩、入れること。

 

荀彧にとって。

 

簡単にできるはずがない。

 

時雨は礼儀を守らない。

 

曹操へ敬語も使わない。

 

命令に口答えし。

 

自分の正しさを疑わず。

 

何より。

 

曹操から特別に扱われている。

 

荀彧が長年かけて得た場所へ。

 

降伏して数日しか経っていない男が、当然のように立っている。

 

気に入るはずがない。

 

「私は」

 

荀彧が口を開く。

 

声は硬い。

 

「あなたが嫌いです」

 

「ああ」

 

時雨はすぐに頷く。

 

「態度も」

 

「考え方も」

 

「曹操様との距離も」

 

「すべて気に入りません」

 

「知ってる」

 

「最後まで聞きなさい!」

 

「分かった」

 

荀彧は一度、息を整える。

 

「ですが」

 

「あなたが提示した街道整備の策は正しかった」

 

「黒山の者へ仕事を与え」

 

「食料を運ぶ道を、自ら作らせる」

 

「行政として合理的です」

 

「また、元燕兵の扱いについても」

 

「一方的に庇うのではなく」

 

「魏の法へ従わせようとしている」

 

「それも認めます」

 

時雨は黙って聞いている。

 

「何より」

 

荀彧は曹操を見る。

 

「曹操様が、あなたを必要としている」

 

「私は曹操様の覇道を支える軍師」

 

「曹操様が必要とされる者を」

 

「私個人の感情だけで遠ざけることはできません」

 

荀彧は再び時雨を見る。

 

強い瞳。

 

怒りは残っている。

 

嫌悪も消えていない。

 

それでも。

 

自分の役目と。

 

自分の意思で。

 

時雨を受け入れようとしている。

 

「私の真名は桂花」

 

一言ずつ。

 

確かめるように告げる。

 

「ただし!」

 

荀彧は時雨へ指を突きつけた。

 

「曹操様へ無礼を働いた時!」

 

「魏へ不利益を与えた時!」

 

「少しでも裏切る素振りを見せた時!」

 

「即座に呼ぶことを禁じます!」

 

「分かった」

 

「そして、普段から必要以上に呼ばないでください!」

 

「どれくらいが必要以上だ」

 

「私へ用がない時は呼ばない!」

 

「用があればいいのか」

 

「仕方なくです!」

 

「分かった、桂花」

 

荀彧の顔が一気に赤くなった。

 

実際に呼ばれる覚悟が。

 

まだできていなかったらしい。

 

「い、今すぐ呼ぶ必要はなかったでしょう!」

 

「用があった」

 

「何です!」

 

「俺の真名を教える」

 

荀彧が言葉を止める。

 

時雨は真っ直ぐ彼女を見る。

 

「俺の真名は時雨」

 

「桂花にも、呼ぶことを許す」

 

荀彧は目を見開いた。

 

時雨が。

 

自分へ真名を預けた。

 

曹操の命令だからではない。

 

他の者へ預けたから、ついでにでもない。

 

自分が預けたものへ。

 

同じ重さで返した。

 

「……そう」

 

荀彧の声から。

 

僅かに力が抜ける。

 

「では」

 

少しだけ視線を逸らす。

 

「必要な時は、時雨と呼びます」

 

「ああ」

 

「勘違いしないでください!」

 

荀彧は再び顔を上げる。

 

「認めたわけではありません!」

 

「真名を預けたのにか」

 

「同僚として、最低限の信頼を示しただけです!」

 

「それを認めたと言うんじゃないのか」

 

「違います!」

 

「分かりにくいな」

 

「あなたが鈍いのです!」

 

また言い合いが始まる。

 

曹操はそれを止めなかった。

 

むしろ。

 

満足そうに眺めていた。

 

命令だけでは。

 

この光景は生まれなかった。

 

時雨が拒み。

 

彼女たちへ選ばせ。

 

彼女たちが自分の意思で一歩を踏み出した。

 

完全な信頼ではない。

 

夏侯惇も。

 

荀彧も。

 

時雨への疑いを残している。

 

時雨もまた。

 

彼女たちへ、すべてを預けたわけではない。

 

それでも。

 

名前を交わした。

 

呼ぶことを許した。

 

呼ばれることを受け入れた。

 

それは。

 

魏の懐へ入るための。

 

最初の扉だった。

 

「これで全員ね」

 

曹操が言う。

 

時雨は荀彧との言い合いを止め。

 

曹操を見る。

 

「曹操は」

 

「何?」

 

「俺に真名を教えないのか」

 

室内が静まる。

 

夏侯姉妹。

 

軍師たち。

 

許褚と典韋。

 

全員の顔が曹操へ向いた。

 

曹操は一瞬。

 

本当に僅かな一瞬だけ。

 

言葉を失った。

 

すぐに。

 

いつもの覇王の笑みへ戻る。

 

「あなたは私を曹操と呼ぶのでしょう?」

 

「ああ」

 

「なら必要ないわ」

 

「俺だけ真名を知らないのか」

 

「そうなるわね」

 

「不公平だな」

 

曹操の眉が動く。

 

「不満?」

 

「別に」

 

時雨はあっさり答えた。

 

曹操の笑みが僅かに引きつる。

 

「別に?」

 

「曹操が教えたくないなら、それでいい」

 

「知りたくないの?」

 

「本人が嫌なら、いらないと言っただろ」

 

「私が命じれば?」

 

「自分で自分に命じるのか」

 

「例えばの話よ」

 

「曹操は曹操でいい」

 

時雨に深い意図はなかった。

 

最初に会った時から。

 

曹操は曹操だった。

 

覇王。

 

主君。

 

自分の命と剣を手に入れた女。

 

他の名で呼ぶ姿を。

 

今は想像できなかった。

 

だが曹操にとって。

 

その答えは、少し違って聞こえた。

 

真名を知らなくても。

 

曹操という名だけで十分。

 

他の誰でもない。

 

曹操自身を見ている。

 

その言葉に。

 

ほんの少しだけ機嫌が直る。

 

「そう」

 

曹操は穏やかに笑った。

 

「なら、今はそれでいいわ」

 

「今は?」

 

「いずれ、あなたがどうしても知りたいと願ったら」

 

曹操は時雨の衣の胸元へ指を当てる。

 

「考えてあげる」

 

「多分、願わない」

 

「願いなさい」

 

「命令か」

 

「そうよ」

 

「真名を知りたいと思えと?」

 

「ええ」

 

「無茶を言うな」

 

「あなたなら、いつか思うわ」

 

曹操は自信に満ちている。

 

時雨は呆れたように彼女を見る。

 

他の者たちは。

 

二人のやり取りを、何とも言えない表情で見ていた。

 

夏侯惇は不満そうで。

 

夏侯淵は僅かに笑い。

 

荀彧は時雨を睨み。

 

郭嘉と程昱は面白そうに観察し。

 

許褚は純粋に首を傾げ。

 

典韋はなぜか顔を赤くしている。

 

時雨は全員を見渡す。

 

春蘭。

 

秋蘭。

 

桂花。

 

稟。

 

風。

 

季衣。

 

流琉。

 

これまでも、曹操が呼ぶ声を聞いていた。

 

ただの音として覚えていた名。

 

今は違う。

 

それぞれの顔と。

 

言葉と。

 

託された信頼が結びついている。

 

妙な感覚だった。

 

黒山では。

 

多くの者が時雨へ真名を預けた。

 

だが。

 

時雨から誰かへ預けることは少なかった。

 

守る者。

 

従う者。

 

命令する相手。

 

そういう関係ばかりだった。

 

今は。

 

同じ場所へ立つ者たちへ。

 

自分の名を渡した。

 

仲間。

 

その言葉が。

 

自分と彼女たちの間に当てはまるのか。

 

時雨には、まだ分からない。

 

だが。

 

少なくとも。

 

もう完全な他人ではなかった。

 

「話は終わりか」

 

時雨が尋ねる。

 

「ええ」

 

曹操が答える。

 

「なら黒狼隊のところへ戻る」

 

「待ちなさい」

 

「まだあるのか」

 

「今夜、あなたの正式な任命を祝う宴を開くわ」

 

時雨の顔が曇る。

 

「いらない」

 

「必要よ」

 

「さっき儀礼は終わった」

 

「今度は重臣たちとの親睦」

 

「今、真名を預けられた」

 

「それだけでは足りないわ」

 

「まだ何をする」

 

「酒を飲み」

 

「食事をし」

 

「互いを知るの」

 

「仕事がある」

 

「韓武と石剛へ任せなさい」

 

「俺が指揮官だ」

 

「だからこそ、人へ任せることを覚えなさい」

 

時雨は言葉に詰まる。

 

曹操は勝ち誇ったように微笑む。

 

「黒山の頭領ではなく」

 

「魏の将になるのでしょう?」

 

「都合よく使うな」

 

「正しい言葉は、何度でも使うものよ」

 

「断る」

 

「命令よ」

 

「酒は出るのか」

 

「ええ」

 

「なら考える」

 

「食事も流琉が作るわ」

 

時雨は典韋を見る。

 

「うまいのか」

 

典韋は驚き。

 

すぐに力強く頷いた。

 

「はい! 精一杯お作りします!」

 

「なら行く」

 

曹操の眉が上がる。

 

「私の命令より、流琉の料理なの?」

 

「飯は大事だ」

 

「私より?」

 

「比べるものじゃない」

 

「答えなさい」

 

「面倒だな」

 

曹操が時雨の袖を掴む。

 

「今夜、私の隣から離れないこと」

 

「なぜだ」

 

「あなたの宴だからよ」

 

「主役は動き回るものじゃない」

 

「私は主君として監督するの」

 

「誰を」

 

「あなたを」

 

「宴で何をすると思ってる」

 

「酔って逃げるかもしれないでしょう?」

 

「逃げない」

 

「では隣でいいわね」

 

「話が繋がってない」

 

「命令よ」

 

「そればかりだな」

 

室内に笑いが広がる。

 

先ほどまで。

 

真名を預けるという重い選択をしていた者たち。

 

その緊張が。

 

少しずつ解けていく。

 

時雨は不満そうな顔をしていた。

 

だが。

 

本気で嫌がってはいない。

 

それを。

 

この場にいる者たちは、少しずつ理解し始めていた。

 

---

 

その夜。

 

王宮の一室には、豪華な料理と酒が並べられた。

 

正式な宴と呼ぶには人数が少ない。

 

集まったのは。

 

曹操。

 

時雨。

 

春蘭。

 

秋蘭。

 

桂花。

 

稟。

 

風。

 

季衣。

 

流琉。

 

昼間、真名を交わした者たちだけだった。

 

曹操は当然のように時雨を自分の隣へ座らせた。

 

春蘭が反対し。

 

桂花も反対し。

 

曹操が命令で黙らせるまで、かなりの時間がかかった。

 

時雨の前には。

 

流琉が作った料理が並んでいる。

 

柔らかく煮込んだ肉。

 

香草を使った魚。

 

野菜の甘味を生かした汁物。

 

白く炊き上げられた米。

 

時雨は一口食べ。

 

黙った。

 

流琉が不安そうに様子を見る。

 

「お、お口に合いませんでしたか?」

 

時雨はもう一口食べる。

 

「うまい」

 

短い言葉。

 

それだけで。

 

流琉の顔が明るくなる。

 

「ありがとうございます!」

 

「黒山の連中にも食わせたいな」

 

時雨が何気なく言う。

 

流琉は少し考え。

 

「同じものを全員分は難しいですが」

 

「大量に作れる料理なら、考えられます」

 

時雨が彼女を見る。

 

「頼めるか」

 

「はい!」

 

「流琉」

 

真名を呼ぶ。

 

典韋――流琉は。

 

一瞬驚き。

 

すぐに笑った。

 

「任せてください、時雨」

 

その会話を見ていた曹操が。

 

少しだけ不満そうに杯を置く。

 

「私には料理を褒めないのに」

 

「曹操は作ってないだろ」

 

「食材を用意したのは私よ」

 

「育てたのは農民だ」

 

「またその話?」

 

「事実だ」

 

曹操は時雨の杯へ酒を注ぐ。

 

「なら、私が選んだ酒を褒めなさい」

 

時雨は一口飲む。

 

「うまい」

 

「心がこもっていないわ」

 

「味は本物だ」

 

「もう少し私を喜ばせる言い方を覚えなさい」

 

「酒より難しい注文だな」

 

向かいでは。

 

季衣が大量の料理を食べている。

 

春蘭は酒を勢いよく飲み。

 

秋蘭は姉が飲みすぎないよう、さりげなく杯を遠ざけていた。

 

桂花は時雨と曹操の距離が近すぎると不満を口にし。

 

稟が扇でなだめ。

 

風はすでに眠そうに舟を漕いでいる。

 

奇妙な宴だった。

 

黒山では。

 

食事の場でも警戒を解けなかった。

 

砦の頭領が集まれば。

 

誰かが喧嘩を始める。

 

毒を恐れ。

 

武器を手放さず。

 

背後の壁を取り合った。

 

今夜。

 

時雨の腰には剣がある。

 

だが。

 

柄へ手を伸ばす必要を感じない。

 

誰も背後から斬りかからない。

 

酒へ毒が入っているか、疑う必要もない。

 

誰かが笑い。

 

誰かが怒り。

 

誰かが食べ。

 

誰かが眠そうにしている。

 

守られている者たちの宴。

 

いや。

 

互いに守る者たちの宴。

 

時雨は杯を持ったまま。

 

しばらく彼女たちを見ていた。

 

「どうしたの?」

 

曹操が尋ねる。

 

「何でもない」

 

「嘘ね」

 

「なぜ分かる」

 

「あなたの顔を見ていたもの」

 

「食事中に人の顔を見るな」

 

「私のものを、私が見て何が悪いの?」

 

時雨は杯を飲み干す。

 

曹操がすぐに次を注ぐ。

 

「名前を預けられた感想は?」

 

「落ち着かない」

 

「嬉しくないの?」

 

「嫌ではない」

 

「素直ではないわね」

 

「事実だ」

 

曹操は自分の杯を傾ける。

 

「あなたは今日」

 

「正式に魏の将となり」

 

「この者たちの真名を預かった」

 

「もう、後戻りはできないわ」

 

「最初から戻るつもりはない」

 

「黒山へも?」

 

時雨は少しだけ黙った。

 

黒山。

 

百を超える砦。

 

百万の民。

 

自分が長く守ってきた場所。

 

帰りたいと思わないわけではない。

 

山の空気。

 

土の匂い。

 

夜の風。

 

見慣れた景色。

 

すべてが懐かしい。

 

だが。

 

戻ることと。

 

以前と同じ自分へ戻ることは違う。

 

「行くことはある」

 

時雨は答える。

 

「黒山の連中の様子を見るためにな」

 

「でも」

 

時雨は室内を見渡す。

 

春蘭。

 

秋蘭。

 

桂花。

 

稟。

 

風。

 

季衣。

 

流琉。

 

最後に。

 

隣の曹操を見る。

 

「帰る場所は、ここになるのかもしれない」

 

曹操の手が止まった。

 

周囲の声も。

 

一瞬だけ遠くなる。

 

時雨自身。

 

口にしてから、その言葉の重さへ気づいた。

 

帰る場所。

 

許昌。

 

魏。

 

曹操のいる場所。

 

まだ完全には馴染んでいない。

 

民からは恐れられ。

 

文官からは疑われ。

 

黒狼隊の居場所も仮のもの。

 

それでも。

 

ここにいる者たちへ真名を預け。

 

真名を預けられた。

 

戻った時に。

 

お帰りと声をかける者がいる。

 

それを。

 

帰る場所と呼ぶのかもしれない。

 

曹操は。

 

ゆっくりと笑った。

 

覇王としての笑みではない。

 

誰にも見せつけるためではない。

 

ただ。

 

自分が欲しかった言葉を、ようやく受け取った者の笑み。

 

「そう」

 

曹操は小さく答える。

 

「なら、覚えておきなさい」

 

「何をだ」

 

「あなたがどこへ行っても」

 

曹操は時雨の杯へ酒を注ぐ。

 

「帰る場所は、私の隣よ」

 

「許昌じゃないのか」

 

「私が許昌にいなければ?」

 

「ついて来いと言うつもりか」

 

「当然でしょう?」

 

「面倒だな」

 

「でも、来るのでしょう?」

 

時雨は曹操を見る。

 

蒼い瞳。

 

傲慢な笑み。

 

自分の未来まで勝手に決めようとする女。

 

「多分な」

 

「多分?」

 

曹操の眉が動く。

 

「曹操が道を間違えなければ」

 

「その時は、あなたが止めるのでしょう?」

 

「ああ」

 

「なら問題ないわ」

 

曹操は満足そうに杯を掲げた。

 

「張燕」

 

「なんだ」

 

「いいえ」

 

曹操は少しだけ言い直す。

 

「時雨」

 

初めて。

 

曹操がその名を呼んだ。

 

室内の空気が変わる。

 

春蘭が目を見開き。

 

秋蘭が静かに微笑む。

 

桂花は驚き。

 

稟と風は互いに視線を交わす。

 

季衣と流琉は嬉しそうに時雨を見る。

 

時雨自身も。

 

予想していなかった呼び方に、言葉を失った。

 

曹操は真名を教えていない。

 

時雨も、曹操へ真名を求めなかった。

 

それでも。

 

曹操は時雨の真名を呼んだ。

 

主君としてだけではなく。

 

一人の男を、自分の近くへ迎え入れるように。

 

「魏へようこそ」

 

曹操が言う。

 

「今さらだな」

 

「正式には今日からよ」

 

「面倒な国だ」

 

「その国を、あなたも作るの」

 

時雨は少しだけ笑う。

 

「分かった、曹操」

 

真名ではない。

 

いつもと同じ呼び方。

 

だが。

 

その響きは、昨日までと僅かに違っていた。

 

主君を呼ぶ名。

 

隣へ立つと決めた女の名。

 

そして。

 

帰る場所の中心にいる者の名。

 

「しっかり働きなさい、時雨」

 

「酒を飲んでる時まで仕事の話をするな」

 

「明朝、軍議よ」

 

「聞いてない」

 

「今言ったわ」

 

「朝は弱い」

 

「春蘭に迎えへ行かせる」

 

「自分で起きる」

 

「賢明ね」

 

春蘭が杯を置き、力強く頷く。

 

「任せてください、曹操様! 時雨が起きなければ、寝台ごと運びます!」

 

「やめろ、春蘭」

 

「なぜだ!」

 

「部屋が壊れる」

 

「私の力を侮るな!」

 

「だから言ってる」

 

「時雨!」

 

春蘭の怒声が響く。

 

秋蘭が姉をなだめ。

 

桂花が時雨の無礼を責め。

 

季衣が笑い。

 

流琉が新しい料理を運び。

 

稟が杯を傾け。

 

風がいつの間にか机へ伏して眠っている。

 

曹操はそのすべてを見ながら。

 

満足そうに笑っていた。

 

許昌の夜。

 

黒山とは違う。

 

整えられた静けさの中。

 

一つの部屋から、賑やかな声が漏れている。

 

黒山の狼は。

 

まだ魏へ完全に馴染んだわけではない。

 

疑う者もいる。

 

恐れる者もいる。

 

受け入れられない者もいる。

 

けれど。

 

今日。

 

時雨は官印を受け取った。

 

魏の将として膝をついた。

 

そして。

 

七つの真名を預けられ。

 

自らの真名を預け返した。

 

名とは。

 

ただ人を呼ぶための音ではない。

 

ここにいてよいと。

 

互いに認めるための証。

 

命を預け。

 

背中を預け。

 

それでも帰ってこいと願うための絆。

 

燕国は終わった。

 

黒山賊も消えた。

 

王だった張燕は。

 

今。

 

魏将・張燕として。

 

時雨という一人の男として。

 

新しい名の輪へ迎え入れられた。

 

その夜。

 

時雨は初めて。

 

許昌の静けさを。

 

よそ者としてではなく。

 

帰る場所の夜として聞いていた。




感想、評価、お気に入りよろしくお願い致します!

次の作品の主人公とルートは誰がいい?

  • 高順呂布ルート(ヒロイン恋、霞)
  • 朱霊曹操ルート(ヒロイン華琳、柳琳)
  • 周倉関羽ルート(ヒロイン愛紗)
  • 孫瑜孫権ルート(ヒロイン蓮華、粋怜)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。