第二十九話 黒山の勧誘
虎牢関は落ちた。
あまりにも呆気なく。
連合軍が何日も苦戦していた巨大要塞。
その最大戦力である呂布が捕縛された瞬間、戦況は一変した。
董卓軍は総崩れ。
士気は崩壊。
残された兵たちは抵抗する気力すら失い、虎牢関の門は開かれた。
結果だけ見れば大勝利。
だが。
「納得いかねぇ……」
白蓮は本気で疲れ切った顔をしていた。
「何でアレで勝てるんだよ……」
愛紗も額を押さえている。
「武将とは……」
「考えるだけ無駄だ」
星は諦めていた。
桃香だけが複雑そうだった。
「で、でも被害少なかったよ……?」
「そうなんだよなぁ……」
そこがまた厄介だった。
時雨の策は最低だ。
卑劣。
外道。
だが。
異常なほど効率が良い。
今回も連合軍の被害は少ない。
呂布を真正面から倒そうとしていたら、どれだけ死人が出たか分からない。
「結局勝っちまうから誰も強く言えねぇんだよな……」
白蓮が遠い目をする。
その元凶。
時雨は酒を飲みながら笑っていた。
「いやぁ、鬼神ちゃん強かったな」
「お前が言うな!!」
睡眠薬。
夜襲。
集団拘束。
天下最強への敬意が微塵も無い。
「でも捕まった」
「結果論で全部押し切るな!」
だが。
諸侯たちも結局は何も言えなかった。
勝ったからだ。
しかも虎牢関攻略という大功績。
袁紹ですら顔を引き攣らせながら褒めるしかなかった。
「ぐぬぬ……お、お見事ですわ……」
完全に不本意だった。
曹操は静かに笑っていた。
「本当に恐ろしい男ね」
孫堅は大笑いしていた。
「アッハッハ! 面白いじゃないか!」
「アンタだけだよ楽しんでんの……」
白蓮はもうツッコむ気力も無かった。
そして現在。
虎牢関内部。
牢屋。
「…………」
霞は無言だった。
目の前。
鎖でぐるぐる巻きにされた赤髪少女。
呂布。
恋。
「……霞」
恋がぽつりと呟く。
「捕まった」
「見りゃ分かるわ!!」
霞が頭を抱える。
「何やこれぇぇぇ!!」
叫びたくもなる。
天下最強。
董卓軍最強。
その呂布が。
網と鎖でぐるぐる巻き。
しかも睡眠薬で捕縛。
「最低や……」
霞は遠い目をした。
そこへ。
「よぉ」
「来よった……」
元凶が現れた。
時雨。
酒瓶片手。
いつもの笑顔。
「鬼神ちゃん起きた?」
「……起きた」
恋は無表情で答える。
だが目だけは時雨を見ていた。
その瞳には僅かな警戒。
そして。
「お前、ずるい」
「褒めんな」
「褒めてへんわ!」
霞が即ツッコミを入れる。
時雨はケラケラ笑った。
「いやぁでも強かったなぁ」
「……正面から来い」
「嫌だ」
即答。
恋が少し固まる。
「嫌?」
「勝てねぇもん」
「…………」
あまりにも堂々としていた。
天下最強相手に真正面から戦わないことを、一切恥じていない。
「お前、変」
恋がぽつりと言う。
「よく言われる」
「外道やからなぁ」
霞が疲れた声で言った。
時雨は気にせず牢の前へ座る。
「で」
赤い目が二人を見る。
「黒山来ねぇ?」
「また始まった……」
霞が頭を抱える。
恋は小首を傾げた。
「黒山?」
「俺んとこ」
「賊や」
「夢と希望の黒山理想郷」
「絶対違う!!」
霞が怒鳴る。
だが。
時雨は割と本気だった。
霞も恋も欲しい。
理由は単純。
強いから。
そして使える。
「アンタら董卓軍終わると思うぞ」
時雨が静かに言う。
牢の空気が少し変わった。
「……何でや」
霞が低く聞く。
「勘」
「だから信用ならん言うとるやろ!」
だが。
時雨の目は笑っていなかった。
「連合軍はもう洛陽向かう」
「……」
「董卓側は追い詰められる」
その言葉に、霞は黙る。
分かっている。
状況は悪い。
虎牢関陥落は痛すぎる。
「だから来い」
時雨は笑う。
「ウチ居心地いいぞ」
「賊やろ?」
「飯美味い」
「そこちゃう」
「酒飲み放題」
「ちょっと魅力感じてもうたやんけ!」
霞が悔しそうに叫ぶ。
恋は静かに時雨を見ていた。
「……お前」
「あ?」
「変だけど、面白い」
「だろ?」
「恋、そんなんでええん!?」
霞がツッコむ。
だが恋は真顔だった。
「正面から来ない」
「うん」
「でも勝つ」
「うん」
「変」
「褒め言葉?」
「……分からない」
時雨は笑う。
この赤髪少女。
本当に戦闘しか知らない。
だからこそ単純だ。
「呂布」
時雨が名前を呼ぶ。
恋は少しだけ目を瞬かせた。
「……何」
「アンタ、戦しか知らねぇだろ」
「……」
「そういう奴は嫌いじゃねぇ」
恋は黙る。
霞は怪訝そうに時雨を見る。
「……何企んどる」
「別に」
「絶対嘘や」
だが。
時雨は本当に少し気に入っていた。
恋も霞も。
乱世に擦り切れていない。
だからこそ珍しい。
「で、どうする?」
時雨が笑う。
「黒山来る?」
「行かへん!」
「……考える」
「恋ぉぉ!?」
霞が絶叫する。
恋は無表情だった。
だが。
その瞳はほんの少しだけ、興味を持ち始めていた。
黒山の狼。
その危険な巣へ。
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