【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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外伝 第26話 婚約の終わり、同盟の始まり――魏呉、手を結ぶ

外伝 第26話 婚約の終わり、同盟の始まり――魏呉、手を結ぶ

 

 

 

三日目の朝。

 

許昌には。

 

薄い雲がかかっていた。

 

雨が降るほどではない。

 

だが。

 

澄み切った空でもない。

 

東から昇る朝日が。

 

雲の向こうで滲み。

 

王宮の屋根を。

 

淡い金色へ染めている。

 

呉王孫策。

 

真名を雪蓮。

 

彼女が許昌へ滞在すると決めた。

 

三日間。

 

その。

 

最後の日。

 

今日。

 

忘れられていた婚約へ。

 

決着をつける。

 

時雨は。

 

呉へ行かない。

 

華琳の隣を。

 

離れない。

 

その意思は。

 

最初から。

 

変わっていない。

 

雪蓮も。

 

それを知っている。

 

魏の将たちも。

 

知っている。

 

華琳も。

 

誰より。

 

分かっている。

 

それでも。

 

婚約書は残っている。

 

燕王張燕と。

 

当時。

 

まだ呉王ではなかった孫策。

 

二つの勢力を結ぶため。

 

交わされた約定。

 

時雨は。

 

塩と鉄を得るために。

 

婚約を利用した。

 

雪蓮は。

 

いつか直接会えばよいと。

 

その約束を残した。

 

会う前に。

 

燕は消えた。

 

張燕は魏へ下った。

 

それでも。

 

二人は生きていた。

 

だから。

 

婚約は。

 

国がなくなった後も。

 

紙の上に残り続けた。

 

今日。

 

それを。

 

終わらせる。

 

少なくとも。

 

形式上は。

 

だが。

 

雪蓮は。

 

まだ。

 

諦めていない。

 

婚約を破棄することと。

 

時雨を諦めることは。

 

別。

 

彼女は。

 

そう考えていた。

 

三日目。

 

最後の日。

 

江東の小覇王は。

 

朝から。

 

猛攻を仕掛けるつもりだった。

 

---

 

客殿。

 

雪蓮は。

 

鏡の前へ座っていた。

 

桃色の髪。

 

今日は。

 

戦へ向かう時のように。

 

高くまとめていない。

 

背へ。

 

柔らかく流している。

 

衣も。

 

昨日までとは違う。

 

大胆に。

 

胸元を見せる衣ではない。

 

王としての正装でもない。

 

淡い赤と。

 

白。

 

江東の花を思わせる刺繍。

 

身体の線は。

 

隠していない。

 

だが。

 

時雨の弱点だけを。

 

狙った服でもない。

 

女として。

 

王として。

 

孫策として。

 

雪蓮として。

 

全てを。

 

一つにした姿。

 

侍女が。

 

最後の髪飾りをつける。

 

許昌の市場で買った。

 

赤い石。

 

時雨が。

 

似合うと言ったもの。

 

「どう?」

 

雪蓮が尋ねる。

 

侍女は。

 

深く頭を下げた。

 

「大変お美しゅうございます」

 

「そう」

 

雪蓮は。

 

鏡の中。

 

自分を見る。

 

美しい。

 

強い。

 

呉王。

 

男が。

 

自分を見ないはずがない。

 

そう。

 

思っていた。

 

実際。

 

多くの男は。

 

雪蓮を見た。

 

憧れ。

 

恐れ。

 

欲。

 

忠誠。

 

様々な目。

 

だが。

 

時雨は。

 

違う。

 

胸には。

 

確かに弱い。

 

視線も。

 

僅かに奪える。

 

近づけば。

 

固まる。

 

それでも。

 

それだけで。

 

心は動かない。

 

曹操を選んだ。

 

その事実を。

 

何度でも。

 

自分へ突きつける。

 

時雨の身体を。

 

一瞬。

 

意識させることはできる。

 

だが。

 

時雨の選択を。

 

変えることはできない。

 

少なくとも。

 

三日では。

 

「難しい男」

 

雪蓮が呟く。

 

侍女は。

 

返答を控える。

 

雪蓮は。

 

机の上を見る。

 

婚約書。

 

呉から持参した。

 

古い書状。

 

張燕の印。

 

条文。

 

交易。

 

軍事情報。

 

塩。

 

鉄。

 

婚姻。

 

愛の言葉はない。

 

互いの未来を。

 

誓った言葉もない。

 

国を生かすため。

 

結ばれた。

 

冷たい約束。

 

それでも。

 

雪蓮は。

 

その紙を。

 

長く持っていた。

 

なぜ。

 

捨てなかったのか。

 

孫家へ。

 

利益があったから。

 

燕との繋がりを。

 

いつか利用できるから。

 

それもある。

 

だが。

 

それだけではない。

 

会ったことのない男。

 

百万の民を。

 

山の中で守る王。

 

どんな男か。

 

気になっていた。

 

いつか。

 

直接会う。

 

そして。

 

気に入れば。

 

隣へ置く。

 

気に入らなければ。

 

笑って破棄する。

 

そう。

 

思っていた。

 

実際に会った。

 

気に入らなかったなら。

 

楽だった。

 

無愛想。

 

鈍い。

 

胸に弱い。

 

女心を。

 

理解しない。

 

婚約を忘れる。

 

酷い男。

 

それなのに。

 

民を捨てない。

 

約束から逃げない。

 

自分の非を認める。

 

怪我をさせてまで。

 

勝とうとしない。

 

胸以外も。

 

見ていると言った。

 

真名を。

 

受け取った。

 

自分の真名も。

 

預けた。

 

気に入ってしまった。

 

会うのが。

 

遅すぎた。

 

「だから」

 

雪蓮は。

 

婚約書へ触れる。

 

「婚約が終わっても」

 

「終わりにはしない」

 

侍女が。

 

僅かに顔を上げる。

 

雪蓮は。

 

鏡の中。

 

笑う。

 

小覇王の笑み。

 

「最後まで」

 

「攻めるわよ」

 

---

 

華琳の寝室。

 

時雨は。

 

まだ眠っていた。

 

正確には。

 

目を閉じている。

 

だが。

 

眠ってはいない。

 

隣。

 

華琳。

 

すでに。

 

起きている。

 

それでも。

 

寝台から。

 

出ようとしない。

 

黄金の髪。

 

寝台の上へ広がる。

 

華琳は。

 

時雨の横顔を見ている。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

時雨の目は。

 

閉じたまま。

 

「起きているのでしょう?」

 

「ああ」

 

「なぜ」

 

「目を開けないの」

 

「まだ朝議の時間じゃない」

 

「今日は」

 

「朝議より先に」

 

「雪蓮との婚約を」

 

「片づけるのよ」

 

「ああ」

 

「嫌そうね」

 

時雨は。

 

目を開ける。

 

天井。

 

見る。

 

「婚約を」

 

「破棄することが?」

 

「違う」

 

「なら」

 

「雪蓮が」

 

「帰る」

 

華琳の目が。

 

僅かに動く。

 

「寂しいの?」

 

時雨は。

 

少し考える。

 

三日。

 

短い。

 

だが。

 

多かった。

 

雪蓮の声。

 

笑い。

 

勝負。

 

胸。

 

真名。

 

危険。

 

強さ。

 

「静かになる」

 

「答えになっていないわ」

 

「ああ」

 

「少し」

 

「寂しいかもしれない」

 

華琳は。

 

時雨を見る。

 

胸。

 

痛む。

 

だが。

 

不思議と。

 

激しい怒りはない。

 

昨日なら。

 

雪蓮を。

 

嫌いではない。

 

好きかもしれない。

 

その言葉だけで。

 

苛立っていた。

 

今。

 

時雨は。

 

雪蓮が帰ることを。

 

寂しいと言った。

 

華琳は。

 

その感情を。

 

否定できない。

 

雪蓮は。

 

時雨へ。

 

真名を預けた。

 

時雨も。

 

雪蓮へ預けた。

 

それは。

 

華琳から。

 

時雨を奪ったということではない。

 

時雨の中へ。

 

新しい繋がりが増えた。

 

それだけ。

 

華琳は。

 

時雨の全てを。

 

閉じ込めたい。

 

だが。

 

閉じ込めれば。

 

時雨ではなくなる。

 

「そう」

 

華琳は。

 

小さく答えた。

 

「雪蓮も」

 

「同じでしょうね」

 

「ああ」

 

「だから」

 

華琳は。

 

時雨の胸へ。

 

指を置く。

 

「今日」

 

「きちんと」

 

「終わらせなさい」

 

「ああ」

 

「曖昧にしない」

 

「ああ」

 

「婚約は破棄する」

 

「ああ」

 

「でも」

 

華琳は。

 

僅かに目を細める。

 

「雪蓮との繋がりを」

 

「全て切れとは」

 

「言わないわ」

 

時雨の目が。

 

華琳へ向く。

 

「いいのか」

 

「よくはない」

 

「どっちだ」

 

「嫌よ」

 

華琳は。

 

正直に言う。

 

「あなたが」

 

「私以外の女を」

 

「大切に思うことは」

 

「面白くない」

 

「ええ」

 

「非常に」

 

「面白くないわ」

 

「なら」

 

「切るか」

 

「それも嫌」

 

時雨の眉が寄る。

 

「なぜ」

 

「あなたが」

 

「受け取った心を」

 

「私の嫉妬だけで」

 

「捨てる男になる方が」

 

「嫌だからよ」

 

時雨は。

 

黙る。

 

華琳。

 

王。

 

独占欲。

 

強い。

 

自分のもの。

 

欲しいもの。

 

分けない。

 

そう。

 

言う女。

 

その華琳が。

 

雪蓮との繋がりを。

 

切れとは言わない。

 

「曹操」

 

「何?」

 

「強いな」

 

華琳の瞳が。

 

僅かに揺れる。

 

「何が」

 

「分からない」

 

「なら」

 

「言わないで」

 

「でも」

 

「そう思った」

 

華琳は。

 

時雨の胸へ置いた指を。

 

少し。

 

滑らせる。

 

「褒めても」

 

「婚約の件は」

 

「誤魔化されないわよ」

 

「ああ」

 

「それから」

 

「何だ」

 

「雪蓮が」

 

「最後の猛攻へ出るはずよ」

 

「ああ」

 

「警戒しなさい」

 

「何をする」

 

「分からない」

 

「胸か」

 

華琳の目が。

 

細くなる。

 

時雨は。

 

すぐに。

 

言葉を続ける。

 

「昨日までの話だ」

 

「分かっているわ」

 

「でも」

 

「あなたから言われると」

 

「腹が立つ」

 

「なぜ」

 

「自分で考えなさい」

 

「面倒だ」

 

「時雨」

 

華琳は。

 

時雨の胸元を掴む。

 

引く。

 

顔。

 

近い。

 

「雪蓮に」

 

「何をされても」

 

「私を選んだことを」

 

「忘れないで」

 

「ああ」

 

「胸を押しつけられても?」

 

「ああ」

 

「口づけを迫られても?」

 

「ああ」

 

「呉王の夫として」

 

「天下の半分を与えると言われても?」

 

「ああ」

 

「私より」

 

「上手く甘えられても?」

 

時雨は。

 

少し考える。

 

華琳の眉が動く。

 

「なぜ」

 

「そこで考えるの!」

 

「曹操も」

 

「甘えるのか」

 

華琳の顔が。

 

僅かに赤くなる。

 

「話を逸らさないで!」

 

「逸らしてない」

 

「なら」

 

「答えなさい」

 

時雨は。

 

華琳を見る。

 

「雪蓮を」

 

「選ばない」

 

華琳の目。

 

柔らかくなる。

 

「理由は」

 

「曹操を」

 

「選んでる」

 

「ああ」

 

「それでよいわ」

 

華琳は。

 

時雨から離れようとする。

 

だが。

 

時雨の手が。

 

華琳の腰へ回る。

 

僅か。

 

止める。

 

華琳の動きが止まる。

 

「時雨?」

 

「何だ」

 

「あなたが」

 

「掴んだのでしょう」

 

「ああ」

 

「どうして」

 

時雨は。

 

華琳の胸元を見る。

 

一瞬。

 

華琳の顔へ戻る。

 

「今日は」

 

「曹操から」

 

「離れない方がいいと思った」

 

華琳の頬へ。

 

赤み。

 

「雪蓮対策?」

 

「ああ」

 

「それだけ?」

 

時雨は。

 

少し考える。

 

「曹操が」

 

「嫌そうだから」

 

華琳の表情が。

 

ゆっくり。

 

柔らかくなる。

 

「それなら」

 

「少しだけ」

 

「このままでいなさい」

 

「ああ」

 

三日目。

 

最初。

 

時雨は。

 

雪蓮の猛攻を。

 

受ける前に。

 

自分から。

 

華琳を。

 

引き寄せていた。

 

---

 

朝食の間。

 

雪蓮は。

 

華琳と時雨が入ってくるのを。

 

待っていた。

 

扉。

 

開く。

 

華琳。

 

時雨。

 

二人。

 

並ぶ。

 

距離。

 

近い。

 

時雨の手。

 

華琳の腰へは。

 

回っていない。

 

だが。

 

華琳の手が。

 

時雨の腕へ。

 

自然に添えられている。

 

雪蓮は。

 

一目で。

 

分かった。

 

牽制。

 

華琳から。

 

だけではない。

 

時雨も。

 

受け入れている。

 

「おはよう」

 

雪蓮が笑う。

 

「随分」

 

「仲がいいのね」

 

「朝から」

 

「あなたに言われたくないわ」

 

華琳が答える。

 

雪蓮は。

 

時雨を見る。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

真名。

 

自然。

 

昨日まで。

 

呼ぶ度に。

 

喜びがあった。

 

今も。

 

ある。

 

だが。

 

少し。

 

痛い。

 

今日。

 

婚約を終わらせる。

 

「よく眠れた?」

 

「ああ」

 

「華琳と?」

 

「ああ」

 

雪蓮の笑みが。

 

一瞬。

 

固まる。

 

華琳の口元が。

 

僅かに上がる。

 

「何もしてない」

 

時雨が言った。

 

華琳が。

 

時雨を見る。

 

雪蓮が。

 

吹き出す。

 

「時雨!」

 

華琳の声。

 

「何だ」

 

「聞かれていないことまで」

 

「答えなくてよいの!」

 

「雪蓮が」

 

「気にしてる」

 

「気にしてないとは」

 

雪蓮が言う。

 

「言わないけど」

 

「でも」

 

雪蓮は。

 

少し身を乗り出す。

 

「何もしてないなら」

 

「まだ安心」

 

華琳の目が。

 

鋭くなる。

 

「何に安心したの?」

 

「私にも」

 

「機会があるかもしれないでしょう?」

 

「ないわ」

 

「時雨が決めること」

 

「時雨は」

 

「私を選んでいる」

 

「今はね」

 

「雪蓮」

 

華琳の声。

 

低い。

 

雪蓮は。

 

楽しそうに笑う。

 

だが。

 

いつもより。

 

どこか。

 

無理をしている。

 

時雨は。

 

それを見る。

 

「雪蓮」

 

「何?」

 

「無理に笑うな」

 

雪蓮の笑顔が。

 

止まった。

 

朝食の間。

 

静か。

 

華琳も。

 

雪蓮を見る。

 

「無理?」

 

雪蓮が尋ねる。

 

「ああ」

 

「私が?」

 

「ああ」

 

「どうして」

 

「目が」

 

「笑ってない」

 

雪蓮は。

 

時雨を見つめる。

 

「よく」

 

「見てるのね」

 

「ああ」

 

「胸以外も?」

 

「ああ」

 

雪蓮は。

 

少し笑う。

 

今度は。

 

本当。

 

「そう」

 

「それなら」

 

「嬉しい」

 

時雨は。

 

席へ着く。

 

華琳。

 

隣。

 

雪蓮。

 

反対側。

 

三日間。

 

同じ席。

 

今日が。

 

最後。

 

料理が運ばれる。

 

粥。

 

肉。

 

魚。

 

野菜。

 

江東から持参した。

 

香辛料も。

 

少し使われている。

 

雪蓮の希望。

 

時雨へ。

 

呉の味を。

 

知ってもらう。

 

「食べて」

 

雪蓮が言う。

 

時雨は。

 

一口。

 

口へ運ぶ。

 

辛い。

 

香り。

 

北方とは違う。

 

「どう?」

 

「悪くない」

 

「好き?」

 

「ああ」

 

雪蓮の目が。

 

少し明るくなる。

 

「建業なら」

 

「もっと美味しいものがあるわ」

 

「ああ」

 

「食べに来る?」

 

華琳の箸が止まる。

 

時雨は。

 

少し考える。

 

「外交なら」

 

「行くこともある」

 

雪蓮の笑みが。

 

深くなる。

 

「婚約者としては?」

 

「行かない」

 

「そこは」

 

「変わらないのね」

 

「ああ」

 

雪蓮は。

 

小さく息を吐く。

 

「分かってる」

 

「でも」

 

「言ってみたかった」

 

華琳は。

 

雪蓮を見る。

 

昨日までなら。

 

すぐに。

 

拒絶。

 

牽制。

 

言葉を入れた。

 

今は。

 

黙っている。

 

雪蓮。

 

最後の日。

 

無理に。

 

時雨を奪うつもりはない。

 

それが。

 

分かる。

 

猛攻。

 

続ける。

 

だが。

 

境界は。

 

越えない。

 

「時雨」

 

雪蓮が呼ぶ。

 

「何だ」

 

「今日」

 

「一日」

 

「私の願いを」

 

「できるだけ」

 

「聞いて」

 

華琳の目が動く。

 

「婚約に関する願いは禁止よ」

 

「分かってる」

 

雪蓮は答える。

 

「呉へ来いも」

 

「触らせろも」

 

「口づけも」

 

「寝台も」

 

「全部」

 

「言わない」

 

「本当に?」

 

「本当」

 

雪蓮は。

 

華琳を見る。

 

「最後の日くらい」

 

「信じて」

 

華琳は。

 

少し。

 

雪蓮を見る。

 

「分かったわ」

 

「ただし」

 

「時雨が嫌がることは」

 

「認めない」

 

「それでいい」

 

雪蓮は。

 

時雨へ向く。

 

「まず」

 

「一つ目」

 

「何だ」

 

「朝食の間」

 

「私の隣へ座って」

 

華琳の目が。

 

鋭くなる。

 

雪蓮は。

 

すぐに続ける。

 

「華琳も隣でいい」

 

三人。

 

並ぶ。

 

雪蓮。

 

時雨。

 

華琳。

 

現在。

 

時雨が中央。

 

すでに。

 

条件。

 

満たしている。

 

時雨は。

 

雪蓮を見る。

 

「今も」

 

「隣だ」

 

雪蓮が止まる。

 

華琳の口元が。

 

僅かに上がる。

 

「そうね」

 

雪蓮は。

 

少し。

 

頬を膨らませる。

 

「なら」

 

「一つ目は」

 

「もう叶ってた」

 

「ああ」

 

「もう少し」

 

「嬉しそうにして」

 

「なぜ」

 

「最後の日だから」

 

時雨は。

 

少し考える。

 

「悪くない」

 

雪蓮の目が。

 

柔らかくなる。

 

「それでいい」

 

---

 

朝食後。

 

三人は。

 

庭へ出た。

 

後ろ。

 

春蘭。

 

秋蘭。

 

霞。

 

桂花。

 

稟。

 

風。

 

栄華。

 

柳琳。

 

華論。

 

季衣。

 

流琉。

 

今日も。

 

ほぼ全員。

 

雪蓮が。

 

振り返る。

 

「本当に」

 

「皆いるのね」

 

「当然だ!」

 

春蘭が答える。

 

「今日こそ」

 

「貴様が」

 

「どのような不埒を働くか」

 

「分からん!」

 

「しないって言ったでしょう?」

 

「信用できるか!」

 

「姉者」

 

秋蘭が言う。

 

「華琳様は」

 

「信じると決めた」

 

春蘭の動きが止まる。

 

「華琳様が?」

 

「そうだ」

 

春蘭は。

 

雪蓮を見る。

 

次。

 

華琳。

 

「華琳様が」

 

「信じられるのなら」

 

「私も信じます!」

 

声。

 

大きい。

 

雪蓮は。

 

少しだけ。

 

驚いた顔。

 

次。

 

笑う。

 

「単純だけど」

 

「嫌いじゃないわ」

 

「単純ではない!」

 

「姉者」

 

「そこは」

 

「否定しにくい」

 

「秋蘭!」

 

霞が笑う。

 

庭。

 

池。

 

木。

 

昨日。

 

三人で歩いた場所。

 

雪蓮は。

 

時雨へ尋ねる。

 

「二つ目の願い」

 

「何だ」

 

「私の隣を歩いて」

 

華琳が。

 

雪蓮を見る。

 

雪蓮は。

 

先に言う。

 

「華琳も隣でいい」

 

また。

 

三人。

 

並ぶ。

 

雪蓮。

 

時雨。

 

華琳。

 

「さっきと同じだ」

 

時雨が言う。

 

「歩いてるでしょう?」

 

「ああ」

 

「なら」

 

「叶ってる」

 

「そう」

 

雪蓮は。

 

嬉しそう。

 

時雨は。

 

少し。

 

不思議そうに見る。

 

「それだけか」

 

「それだけ」

 

「簡単だな」

 

「簡単じゃない」

 

雪蓮は。

 

池を見る。

 

「明日から」

 

「私は」

 

「この隣を歩けないもの」

 

時雨の目が。

 

雪蓮へ向く。

 

雪蓮は。

 

笑っている。

 

今度。

 

無理ではない。

 

だが。

 

寂しさはある。

 

「建業に戻る」

 

「ああ」

 

「呉王だから」

 

「ああ」

 

「華琳も」

 

「魏王だから」

 

「時雨の隣に」

 

「ずっといられるわけじゃない」

 

華琳の目が。

 

僅かに動く。

 

雪蓮は続ける。

 

「それでも」

 

「帰る場所が同じなら」

 

「また隣へ戻れる」

 

「私は」

 

「帰る場所が違う」

 

「ああ」

 

「だから」

 

雪蓮は。

 

時雨の横顔を見る。

 

「今日くらい」

 

「隣にいさせて」

 

時雨は。

 

少し。

 

黙る。

 

「分かった」

 

「ああ」

 

雪蓮は。

 

一度だけ。

 

目を閉じる。

 

時雨の返事。

 

短い。

 

いつも通り。

 

だが。

 

拒絶しない。

 

それが。

 

嬉しい。

 

華琳は。

 

二人のやり取りを聞く。

 

雪蓮へ。

 

嫉妬。

 

ある。

 

でも。

 

隣を歩く。

 

それだけ。

 

止めるほど。

 

狭い女には。

 

なりたくない。

 

「雪蓮」

 

華琳が呼ぶ。

 

「何?」

 

「あなたが」

 

「呉へ戻っても」

 

「同盟が結ばれれば」

 

「また許昌へ来る理由はできるわ」

 

雪蓮の目が。

 

僅かに細くなる。

 

「同盟」

 

「まだ」

 

「決まっていないでしょう?」

 

「今日」

 

「決めるのよ」

 

華琳は。

 

堂々と言う。

 

「婚約とは別に」

 

「魏と呉」

 

「互いの利益として」

 

雪蓮の笑み。

 

王のものへ変わる。

 

「そう」

 

「なら」

 

「時雨の隣へ戻る理由」

 

「増やしてもらおうかしら」

 

「同盟を」

 

「私情だけで使わないことね」

 

「華琳も」

 

「時雨を荊州へ連れていくために」

 

「使うでしょう?」

 

「それは」

 

「軍事上の判断よ」

 

「私も」

 

「軍事上の判断で」

 

「許昌へ来る」

 

「三日に一度?」

 

「毎日でも」

 

「雪蓮」

 

華琳の声が。

 

冷える。

 

雪蓮は笑う。

 

「冗談」

 

「半分か」

 

時雨が尋ねる。

 

雪蓮は。

 

時雨を見る。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「覚えなくていいことだけ」

 

「よく覚えるわね」

 

「ああ」

 

---

 

庭を抜け。

 

三人は。

 

許昌の城壁へ上がった。

 

高い場所。

 

北。

 

西。

 

南。

 

東。

 

魏の都。

 

道。

 

人。

 

軍。

 

遠く。

 

田畑。

 

川。

 

城壁の上。

 

風。

 

強い。

 

雪蓮の髪が。

 

大きく揺れる。

 

時雨の黒い髪も。

 

風を受ける。

 

華琳の黄金の髪。

 

黒い櫛。

 

光。

 

雪蓮は。

 

許昌を見下ろす。

 

「大きいわね」

 

「建業より?」

 

時雨が尋ねる。

 

「今は」

 

「許昌の方が」

 

「人も」

 

「物も多い」

 

「でも」

 

雪蓮は。

 

南を見る。

 

「建業は」

 

「これから」

 

「もっと大きくなる」

 

「負けない?」

 

「ああ」

 

雪蓮は笑う。

 

「もちろん」

 

華琳が。

 

僅かに口元を上げる。

 

「よい心がけね」

 

「上からね」

 

「今は」

 

「許昌の城壁の上だもの」

 

「そういう意味じゃない」

 

時雨は。

 

二人を見る。

 

「似てる」

 

「似てない!」

 

声。

 

揃う。

 

後ろ。

 

霞。

 

笑う。

 

春蘭。

 

頷く。

 

秋蘭。

 

姉の肩へ手。

 

止める。

 

雪蓮は。

 

南。

 

荊州方面を見る。

 

「北郷一刀」

 

その名。

 

空気。

 

変わる。

 

恋。

 

婚約。

 

猛攻。

 

それだけではない。

 

雪蓮は。

 

呉王。

 

華琳は。

 

魏王。

 

時雨は。

 

二人の間に立つ将。

 

荊州。

 

劉備。

 

天の御使い。

 

悪鬼。

 

南方の均衡。

 

雪蓮は。

 

昨日まで。

 

時雨を巡る話の中でも。

 

何度か。

 

荊州を出した。

 

魏と呉。

 

同じ側へ立てばよい。

 

時雨を。

 

半分にする。

 

冗談のように。

 

言った。

 

だが。

 

王としては。

 

本気。

 

「華琳」

 

雪蓮が呼ぶ。

 

「何?」

 

「北郷一刀について」

 

「魏は」

 

「どこまで掴んでる?」

 

華琳は。

 

雪蓮を見る。

 

「ここで」

 

「話すの?」

 

「時雨への」

 

「三つ目の願い」

 

「何だ」

 

時雨が尋ねる。

 

雪蓮は。

 

真面目な目。

 

「私と」

 

「華琳の間に立って」

 

「戦の話をして」

 

時雨の眉が。

 

僅かに動く。

 

「猛攻は」

 

「終わりか」

 

雪蓮は。

 

笑う。

 

「女としての?」

 

「ああ」

 

「終わってない」

 

「でも」

 

「私が」

 

「あなたへ見せたいのは」

 

「胸や笑顔だけじゃない」

 

雪蓮は。

 

南を見る。

 

「呉王として」

 

「どこまで」

 

「あなたの隣へ立てるか」

 

「それも」

 

「見てほしい」

 

時雨は。

 

雪蓮を見る。

 

胸以外も。

 

見ている。

 

そう言った。

 

なら。

 

王としての雪蓮も。

 

見る。

 

「分かった」

 

時雨は答える。

 

華琳は。

 

城壁の上。

 

近くの兵へ。

 

周囲を下がらせる。

 

春蘭たち。

 

主要な将だけ。

 

残る。

 

稟。

 

風。

 

桂花。

 

栄華。

 

軍議。

 

簡易。

 

始まる。

 

華琳が。

 

最初に口を開く。

 

「劉表の死後」

 

「劉備は」

 

「予想以上の速さで」

 

「荊州をまとめている」

 

「北郷一刀が」

 

「豪族」

 

「商人」

 

「民」

 

「軍」

 

「全てへ」

 

「手を入れているわ」

 

雪蓮は。

 

静かに聞く。

 

「呉でも」

 

「似た報告は受けている」

 

「劉備本人は」

 

「民へ施し」

 

「税を軽くし」

 

「難民を受け入れている」

 

「その裏で」

 

「北郷一刀が」

 

「反対する豪族へ」

 

「圧力をかけてる」

 

「消えた者もいる」

 

稟が。

 

雪蓮を見る。

 

「呉にも」

 

「その情報が?」

 

「江夏」

 

「長沙」

 

「南郡」

 

「呉と商人の行き来が多い場所から」

 

「少しずつ」

 

「ただし」

 

雪蓮の目が。

 

鋭くなる。

 

「北郷一刀は」

 

「呉へも」

 

「手を伸ばしてる」

 

華琳の瞳が。

 

細くなる。

 

「具体的には」

 

「建業へ」

 

「荊州の商人が増えた」

 

時雨が。

 

雪蓮を見る。

 

「農具か」

 

雪蓮の眉が。

 

僅かに動く。

 

「知ってるの?」

 

「ああ」

 

「魏にも来た」

 

「安い」

 

「利益が少ない」

 

「村へ入り」

 

「畑」

 

「倉」

 

「人」

 

「見る」

 

雪蓮の笑みが消える。

 

「やっぱり」

 

「そういう狙い」

 

「呉でも」

 

「似た農具が売られてる」

 

「周瑜が」

 

「不自然だと言って」

 

「一部を止めた」

 

「でも」

 

「全部は止めてない」

 

桂花が尋ねる。

 

「なぜ」

 

「泳がせるため」

 

雪蓮は答える。

 

桂花の目が。

 

僅かに変わる。

 

「間者が」

 

「何を見るか」

 

「逆に見る」

 

「そう」

 

雪蓮は。

 

時雨を見る。

 

「時雨なら」

 

「そうすると思った」

 

「同じだ」

 

時雨が言う。

 

「何が」

 

「俺たちも」

 

「農具を」

 

「まとめて買った」

 

「村へ散らばるのを防いだ」

 

「使い方も調べる」

 

雪蓮の口元へ。

 

笑み。

 

「やっぱり」

 

「あなた」

 

「欲しい」

 

華琳の目が。

 

鋭くなる。

 

「軍議中よ」

 

「分かってる」

 

雪蓮は。

 

時雨から。

 

視線を外さない。

 

「呉に」

 

「こういう男がいたら」

 

「助かると思っただけ」

 

「魏にいるわ」

 

華琳が答える。

 

「知ってる」

 

雪蓮は。

 

少し笑う。

 

「だから」

 

「同盟」

 

「組む意味がある」

 

時雨は。

 

城壁の外を見る。

 

南。

 

荊州。

 

「北郷一刀は」

 

時雨が言う。

 

「魏と呉を」

 

「争わせたい」

 

「なぜ」

 

春蘭が尋ねる。

 

「荊州を」

 

「挟んでる」

 

「北に魏」

 

「東に呉」

 

「両方から攻められれば」

 

「劉備は不利」

 

「だから」

 

「時雨の婚約」

 

「使う」

 

雪蓮の目が。

 

僅かに動く。

 

「私たちが」

 

「時雨を巡って」

 

「争えば」

 

「荊州は」

 

「時間を得る」

 

「ええ」

 

稟が頷く。

 

「魏と呉の関係が悪化すれば」

 

「劉備は」

 

「どちらかへ」

 

「一時的に接近することもできます」

 

「また」

 

「魏が呉を警戒し」

 

「呉が魏を警戒すれば」

 

「荊州へ動かせる兵は減る」

 

風が。

 

眠そうな声で続ける。

 

「もしかするとー」

 

「婚約の話が」

 

「この時期に」

 

「呉から動いたことも」

 

「北郷一刀さんが」

 

「何か仕掛けた結果かもしれませんねー」

 

雪蓮の目。

 

鋭くなる。

 

「どういう意味」

 

「呉で」

 

「張燕さんとの婚約を」

 

「急いで果たすべきだと」

 

「主張した人はいませんでしたかー?」

 

雪蓮は。

 

すぐに答えない。

 

記憶。

 

建業。

 

臣下。

 

張燕。

 

婚約。

 

魏が涼州を得た。

 

南へ向く。

 

その報告。

 

婚約を。

 

今こそ使うべき。

 

そう。

 

強く勧めた者。

 

一人ではない。

 

古くから孫家へ仕える者も。

 

商人も。

 

文官も。

 

だが。

 

その中。

 

最近。

 

荊州から来た商人と。

 

繋がりを持つ者が。

 

いたかもしれない。

 

「調べる必要がある」

 

雪蓮が言った。

 

「すぐに」

 

「建業へ」

 

「連絡を送る」

 

華琳が。

 

雪蓮を見る。

 

「婚約を使って」

 

「魏と呉を争わせる」

 

「北郷一刀の策かもしれない」

 

「完全な証拠はない」

 

「でも」

 

「可能性はある」

 

雪蓮は。

 

婚約。

 

時雨。

 

自分の感情。

 

それを。

 

利用されたかもしれない。

 

胸の奥。

 

怒り。

 

強くなる。

 

「気に入らない」

 

雪蓮が言う。

 

笑み。

 

消えている。

 

「私が」

 

「時雨を欲しいと思ったことは」

 

「私の意志」

 

「誰かに」

 

「使われるためじゃない」

 

「ああ」

 

時雨が答える。

 

雪蓮が見る。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「私の気持ち」

 

「本物だと思う?」

 

「ああ」

 

即答。

 

雪蓮の目が。

 

僅かに揺れる。

 

「どうして」

 

「三日」

 

「見た」

 

「胸だけ?」

 

「ああ」

 

雪蓮の顔が。

 

一瞬。

 

固まる。

 

時雨は。

 

言葉を続ける。

 

「胸も」

 

「見た」

 

華琳の眉が動く。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「今は」

 

「軍議よ」

 

「ああ」

 

「でも」

 

「雪蓮の」

 

「笑い」

 

「強さ」

 

「危ないところ」

 

「約束を守るところ」

 

「真名を預けたこと」

 

「全部」

 

「見た」

 

雪蓮は。

 

時雨を見る。

 

「だから」

 

時雨が言う。

 

「北郷一刀に」

 

「作られた気持ちじゃない」

 

雪蓮の目が。

 

ゆっくり。

 

柔らかくなる。

 

「そう」

 

「なら」

 

「よかった」

 

華琳は。

 

二人を見る。

 

時雨。

 

雪蓮の気持ちを。

 

受け止めた。

 

受け入れる。

 

とは違う。

 

本物だと。

 

認めた。

 

それだけ。

 

それでも。

 

雪蓮にとっては。

 

大きい。

 

「時雨」

 

華琳が呼ぶ。

 

「何だ」

 

「私の気持ちも」

 

「本物だと思っている?」

 

「ああ」

 

「即答ね」

 

「ああ」

 

「理由は」

 

「何度も」

 

「怒られた」

 

華琳の目が。

 

僅かに細くなる。

 

「それだけ?」

 

「待ってた」

 

「帰るまで」

 

「寝ずに」

 

「ああ」

 

華琳の表情。

 

柔らかくなる。

 

「覚えていたのね」

 

「ああ」

 

雪蓮は。

 

二人を見る。

 

「強いわね」

 

「また?」

 

華琳が尋ねる。

 

「今度は」

 

「時雨」

 

雪蓮は答える。

 

「こんなに」

 

「真っ直ぐ」

 

「信じられる男」

 

「なかなかいない」

 

華琳は。

 

少しだけ。

 

笑う。

 

「ええ」

 

「そうでしょう?」

 

「自慢?」

 

「私を選んだ男だもの」

 

「腹立つ」

 

「知っているわ」

 

二人の王。

 

視線。

 

だが。

 

昨日までの。

 

敵意だけではない。

 

互いを。

 

王として。

 

女として。

 

認め始めている。

 

「同盟」

 

時雨が言った。

 

「組むべきだ」

 

全員。

 

時雨を見る。

 

「理由は」

 

華琳が尋ねる。

 

「荊州」

 

「ああ」

 

「北郷一刀」

 

「ああ」

 

時雨だけ。

 

短い返事。

 

続ける。

 

「魏だけで」

 

「荊州へ入れば」

 

「呉が背後になる」

 

「呉だけで」

 

「荊州へ入れば」

 

「魏が背後になる」

 

「互いに」

 

「警戒する兵が必要」

 

「無駄」

 

「同盟を組めば」

 

「北郷一刀が」

 

「一番嫌がる」

 

雪蓮が。

 

腕を組む。

 

「でも」

 

「魏が」

 

「荊州を全部取るなら」

 

「呉に利益がない」

 

「ああ」

 

「呉が」

 

「長江沿いを全部取るなら」

 

「魏に利益がない」

 

「ああ」

 

「なら」

 

「分ける?」

 

華琳が。

 

目を細くする。

 

「荊州を?」

 

「ええ」

 

「時雨」

 

華琳が呼ぶ。

 

「何だ」

 

「あなたは」

 

「どう考える」

 

時雨は。

 

南を見る。

 

荊州。

 

広い。

 

北。

 

襄陽。

 

樊城。

 

新野。

 

南。

 

江陵。

 

長沙。

 

武陵。

 

零陵。

 

桂陽。

 

水路。

 

山。

 

民。

 

豪族。

 

「取る前に」

 

「分けない」

 

「なぜ」

 

雪蓮が尋ねる。

 

「北郷一刀が」

 

「聞けば」

 

「使う」

 

「魏と呉」

 

「どこへ」

 

「欲を持つか」

 

「知る」

 

「それを」

 

「豪族へ流し」

 

「魏へ降るか」

 

「呉へ降るか」

 

「争わせる」

 

「民も」

 

「自分の土地が」

 

「どちらへ渡るか」

 

「怖がる」

 

稟が。

 

静かに頷く。

 

「先に分割線を定めれば」

 

「北郷一刀へ」

 

「地域ごとの不安を」

 

「煽る材料を与える」

 

「ああ」

 

「なら」

 

雪蓮が言う。

 

「戦の後に決める?」

 

「違う」

 

時雨は。

 

城壁の石へ。

 

指を置く。

 

「共同で」

 

「占領する場所を作る」

 

華琳。

 

雪蓮。

 

同時に。

 

目を細くする。

 

「共同統治?」

 

華琳が尋ねる。

 

「ああ」

 

「荊州の要地」

 

「一つ」

 

「魏の旗」

 

「呉の旗」

 

「両方」

 

「魏兵」

 

「呉兵」

 

「同数」

 

「税」

 

「半分」

 

「情報」

 

「共有」

 

「そこを」

 

「北郷一刀へ」

 

「見せる」

 

雪蓮の口元が。

 

上がる。

 

「魏と呉が」

 

「本当に」

 

「手を組んだと」

 

「見せつける」

 

「ああ」

 

「どの要地?」

 

桂花が尋ねる。

 

時雨は。

 

迷わず答える。

 

「江陵」

 

空気。

 

変わる。

 

江陵。

 

長江。

 

荊州南部。

 

水運。

 

兵站。

 

魏にも。

 

呉にも。

 

重要。

 

「危険よ」

 

華琳が言う。

 

「互いに」

 

「喉元へ兵を置くことになる」

 

「ああ」

 

「裏切れば」

 

「大損害」

 

「ああ」

 

「だから」

 

「同盟になる」

 

雪蓮が。

 

笑う。

 

「面白い」

 

「相手を」

 

「完全に信じる同盟ではない」

 

「裏切れば」

 

「自分も傷つく形」

 

「そういうこと?」

 

「ああ」

 

「時雨らしいわね」

 

雪蓮の目。

 

楽しそう。

 

華琳も。

 

僅かに笑う。

 

「ええ」

 

「甘い信用ではなく」

 

「互いの利害を」

 

「鎖にする」

 

「悪くない」

 

桂花は。

 

まだ。

 

険しい顔。

 

「ですが」

 

「共同統治は」

 

「揉め事の温床になります」

 

「兵の指揮」

 

「裁判」

 

「税」

 

「商人」

 

「民の移動」

 

「全て」

 

「衝突する」

 

栄華も。

 

頷く。

 

「会計だけでも」

 

「大変ですわ」

 

「魏の貨幣と」

 

「呉の貨幣」

 

「度量衡」

 

「税率」

 

「違いがあります」

 

風が。

 

帽子の奥から言う。

 

「でもー」

 

「揉める場所を」

 

「一つに集めると考えれば」

 

「便利かもしれませんねー」

 

稟が続ける。

 

「共同統治地域で」

 

「問題を処理する仕組みを作れば」

 

「ほかの地域まで」

 

「争いが広がることを防げます」

 

雪蓮が。

 

時雨を見る。

 

「その場所へ」

 

「誰を置く?」

 

「両方から」

 

「一人ずつ」

 

「信用できる奴」

 

「魏からは?」

 

時雨は。

 

少し考える。

 

全員。

 

時雨を見る。

 

「時雨」

 

華琳が。

 

先に。

 

低い声で呼ぶ。

 

「何だ」

 

「あなた自身を」

 

「置くと言ったら」

 

「許さないわよ」

 

時雨は。

 

黙る。

 

雪蓮が。

 

吹き出す。

 

「考えてたの?」

 

「ああ」

 

「やっぱり!」

 

華琳の声。

 

城壁へ響く。

 

「なぜ」

 

「あなたは!」

 

「危険な場所へ!」

 

「自分から行こうとするの!」

 

「適任」

 

「だからと言って!」

 

雪蓮が。

 

時雨の反対側へ立つ。

 

「私も反対」

 

時雨が見る。

 

「なぜ」

 

「江陵へ行ったら」

 

「呉に近い」

 

「私が」

 

「連れて帰りたくなる」

 

華琳の目が。

 

鋭くなる。

 

雪蓮は。

 

すぐに。

 

真面目な表情へ戻る。

 

「冗談は半分」

 

「ああ」

 

「残り半分は」

 

「時雨を」

 

「共同統治の責任者にすれば」

 

「魏も呉も」

 

「時雨個人へ」

 

「頼りすぎる」

 

「ああ」

 

「時雨が」

 

「倒れたら」

 

「全部止まる」

 

柳琳が。

 

静かに。

 

頷く。

 

「その通りです」

 

時雨は。

 

雪蓮を見る。

 

雪蓮。

 

自分を。

 

呉へ欲しい。

 

それでも。

 

時雨を。

 

便利な道具として。

 

危険な場所へ置くことへ。

 

反対した。

 

「雪蓮」

 

「何?」

 

「胸以外も」

 

「考えてるな」

 

雪蓮の笑みが。

 

一瞬。

 

止まる。

 

次。

 

深くなる。

 

「今さら?」

 

「ああ」

 

「遅い!」

 

雪蓮は。

 

時雨の肩へ。

 

手を伸ばしかける。

 

止める。

 

触れない約束。

 

自分で。

 

手を下ろす。

 

時雨は。

 

その動きを見る。

 

「触らないのか」

 

雪蓮の眉が。

 

上がる。

 

華琳の目が。

 

すぐに。

 

時雨へ向く。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「あなたから」

 

「聞かないで」

 

「約束を」

 

「守った」

 

「そうね」

 

雪蓮は。

 

少し。

 

誇らしそうに言う。

 

「時雨が」

 

「嫌がるから」

 

「今日は」

 

「触らない」

 

「ああ」

 

「でも」

 

雪蓮は。

 

時雨へ。

 

顔を近づける。

 

触れない。

 

「見せるのは」

 

「禁止されてない」

 

「何を」

 

雪蓮は。

 

僅かに。

 

胸を張る。

 

華琳の目が。

 

細くなる。

 

時雨は。

 

一瞬。

 

視線。

 

下。

 

すぐ。

 

顔。

 

「見た」

 

雪蓮が言う。

 

「ああ」

 

「正直」

 

「最後の日だから」

 

「少しくらい」

 

「見て」

 

華琳が。

 

時雨の腕を。

 

引く。

 

雪蓮から。

 

少し。

 

離す。

 

「雪蓮」

 

「何?」

 

「軍議へ戻りなさい」

 

「華琳」

 

「嫉妬?」

 

「ええ」

 

華琳は。

 

隠さない。

 

「非常に」

 

雪蓮は。

 

少し。

 

驚く。

 

次。

 

楽しそうに笑う。

 

「素直ね」

 

「あなたに」

 

「時雨を渡すくらいなら」

 

「何でも言うわ」

 

時雨は。

 

華琳を見る。

 

「渡されない」

 

「分かっているわ」

 

「でも」

 

「言いたいの」

 

「ああ」

 

---

 

城壁上の軍議は。

 

王宮へ移された。

 

正式な会談。

 

魏。

 

呉。

 

双方の文官。

 

将。

 

同席。

 

大広間。

 

中央。

 

大きな地図。

 

荊州。

 

長江。

 

江東。

 

中原。

 

魏側。

 

華琳。

 

時雨。

 

春蘭。

 

秋蘭。

 

桂花。

 

稟。

 

風。

 

華論。

 

栄華。

 

柳琳。

 

霞。

 

呉側。

 

雪蓮。

 

護衛の将。

 

文官。

 

そして。

 

建業から持参した。

 

外交文書。

 

本来。

 

今回の訪問は。

 

時雨の婚約。

 

その協議。

 

だが。

 

三日間。

 

魏と呉。

 

互いを見た。

 

荊州。

 

北郷一刀。

 

婚約の裏。

 

両国を争わせる可能性。

 

その結果。

 

婚約の決着と。

 

同盟交渉。

 

同時に行う。

 

異例。

 

だが。

 

二人の王は。

 

躊躇しない。

 

「最初に」

 

華琳が言う。

 

「婚約を」

 

「片づけましょう」

 

大広間。

 

静まる。

 

雪蓮は。

 

古い婚約書を。

 

机へ置く。

 

時雨も。

 

向かい。

 

立つ。

 

「張燕」

 

雪蓮は。

 

公の場。

 

あえて。

 

真名を使わない。

 

燕王。

 

国同士の約束。

 

その決着。

 

だから。

 

張燕。

 

「この婚約は」

 

「燕と孫家の間で」

 

「結ばれた」

 

「条件は」

 

「塩と鉄の取引」

 

「軍事情報の交換」

 

「相互不可侵」

 

「そして」

 

「将来の婚姻」

 

「えぇ」

 

呉の文官が。

 

記録を読む。

 

時雨だけが。

 

返事として。

 

「ああ」を使う。

 

「燕が」

 

「孫家から受けた利益は」

 

「塩の価格優遇」

 

「鉄の供給」

 

「南方の官軍情報」

 

「合計」

 

「およそ七年分」

 

栄華が。

 

魏側の帳簿を開く。

 

「燕側から孫家へ渡したものは」

 

「北方の馬」

 

「薬草」

 

「山地の鉄鉱情報」

 

「官軍の移動記録」

 

「さらに」

 

「黒山を通る一部交易路の安全保証」

 

「双方」

 

「一定の利益を得ております」

 

「完全に」

 

「一方だけが」

 

「得をした約定ではありません」

 

雪蓮が。

 

時雨を見る。

 

「でも」

 

「婚約は」

 

「果たされなかった」

 

「ああ」

 

「責任は?」

 

「俺にある」

 

時雨は。

 

迷わず答える。

 

「忘れた」

 

「書状も送らなかった」

 

「燕を解体する時」

 

「婚約の扱いも」

 

「決めなかった」

 

「悪かった」

 

雪蓮は。

 

時雨を見る。

 

謝罪。

 

三日。

 

何度も。

 

聞いた。

 

それでも。

 

最後。

 

公の場。

 

王として。

 

聞く。

 

「何を」

 

「返すつもり?」

 

「必要な分」

 

「魏から」

 

栄華の眉が動く。

 

時雨は。

 

すぐに。

 

栄華を見る。

 

「勝手には」

 

「決めない」

 

栄華の表情が。

 

僅かに和らぐ。

 

「当然ですわ」

 

雪蓮は。

 

帳簿を見る。

 

「返還は」

 

「求めない」

 

呉側の文官が。

 

僅かに驚く。

 

魏側も。

 

ざわめく。

 

華琳は。

 

雪蓮を見つめる。

 

「理由は」

 

「孫家も」

 

「利益を得た」

 

雪蓮は答える。

 

「燕だけが」

 

「得をしたわけじゃない」

 

「それに」

 

雪蓮は。

 

時雨を見る。

 

「過去の利益を」

 

「金や物で返してもらっても」

 

「私が欲しかったものは」

 

「戻らない」

 

時雨は。

 

黙る。

 

会う時間。

 

婚約者として。

 

待った年月。

 

それは。

 

塩や鉄では。

 

返せない。

 

「だから」

 

雪蓮は続ける。

 

「婚約の破棄に伴う」

 

「賠償は求めない」

 

「その代わり」

 

華琳の目が。

 

鋭くなる。

 

「条件があるのね」

 

「えぇ」

 

雪蓮は。

 

華琳を見る。

 

次。

 

時雨。

 

「婚約が終わっても」

 

「時雨との真名の約束は」

 

「残す」

 

華琳は。

 

時雨を見る。

 

時雨も。

 

雪蓮を見る。

 

「それは」

 

時雨が答える。

 

「婚約とは別だ」

 

「なら」

 

「残る?」

 

「ああ」

 

雪蓮の目が。

 

僅かに柔らかくなる。

 

「もう一つ」

 

華琳の目が。

 

さらに鋭くなる。

 

「まだあるの?」

 

「時雨が」

 

「呉へ来る時」

 

「私が」

 

「直接会えるようにする」

 

「外交なら」

 

華琳が答える。

 

「当然でしょう」

 

「外交じゃなくても」

 

「駄目よ」

 

「早い」

 

「あなたの目的が」

 

「分かっているもの」

 

雪蓮は。

 

時雨を見る。

 

「時雨は?」

 

「曹操へ」

 

「相談する」

 

華琳の口元が。

 

僅かに上がる。

 

雪蓮は。

 

頬を膨らませる。

 

「満点だけど」

 

「腹立つ」

 

「なぜ」

 

「華琳へ」

 

「すぐ戻るから」

 

「ああ」

 

「分かってる」

 

雪蓮は。

 

小さく息を吐く。

 

「なら」

 

「最後の条件」

 

「何だ」

 

「婚約を破棄しても」

 

「私が」

 

「時雨を好きでいることを」

 

「止めないで」

 

大広間。

 

静か。

 

華琳の瞳。

 

僅かに揺れる。

 

時雨は。

 

雪蓮を見る。

 

「止められない」

 

「どうして」

 

「雪蓮の気持ちだ」

 

「ああ」

 

「でも」

 

「俺は」

 

「曹操を選ぶ」

 

雪蓮の胸。

 

痛む。

 

分かっていた。

 

それでも。

 

公の場。

 

はっきり。

 

言われる。

 

痛い。

 

だが。

 

逃げない。

 

「分かった」

 

雪蓮は。

 

笑う。

 

泣かない。

 

小覇王。

 

呉王。

 

そして。

 

一人の女。

 

「なら」

 

「婚約を」

 

「終わらせる」

 

呉の文官が。

 

新しい書状を開く。

 

婚約破棄。

 

双方。

 

合意。

 

燕国消滅。

 

前提条件の変化。

 

互いの利益。

 

賠償なし。

 

真名および個人的な友誼は。

 

国家間の婚約とは別。

 

時雨。

 

署名。

 

印。

 

雪蓮。

 

署名。

 

印。

 

古い婚約書。

 

二人の前。

 

置かれる。

 

「燃やす?」

 

雪蓮が尋ねる。

 

時雨は。

 

少し考える。

 

「残す」

 

雪蓮の目が。

 

動く。

 

「どうして」

 

「忘れたから」

 

「ああ」

 

「今度は」

 

「忘れない」

 

雪蓮の笑みが。

 

震える。

 

「時雨」

 

真名。

 

公の決着。

 

終わった後。

 

呼ぶ。

 

「何だ」

 

「それ」

 

「ずるい」

 

「何が」

 

「婚約を終わらせて」

 

「忘れないって言うところ」

 

「記録の話だ」

 

「知ってる」

 

雪蓮は。

 

古い婚約書を。

 

丁寧に畳む。

 

「これは」

 

「私が持つ」

 

「ああ」

 

「時々」

 

「見せに来る」

 

「なぜ」

 

「忘れてないか」

 

「確認するため」

 

「ああ」

 

華琳が。

 

小さく息を吐く。

 

「雪蓮」

 

「何?」

 

「婚約は」

 

「終わったのよ」

 

「知ってる」

 

「今後」

 

「婚約者を名乗らないこと」

 

雪蓮は。

 

少し考える。

 

「元婚約者」

 

「それなら」

 

「事実でしょう?」

 

華琳の目が。

 

細くなる。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「元婚約者と」

 

「呼ばせてよいと思う?」

 

「事実だ」

 

華琳の笑顔が。

 

冷える。

 

雪蓮が。

 

楽しそうに笑う。

 

「時雨」

 

「満点」

 

「何が」

 

「私にとって」

 

「よい答え」

 

「華琳には?」

 

「零点でしょうね」

 

華琳の手が。

 

時雨の腕を掴む。

 

「後で」

 

「話があるわ」

 

「ああ」

 

---

 

婚約。

 

終わった。

 

次。

 

同盟。

 

大広間の空気。

 

私情から。

 

国家へ。

 

変わる。

 

華琳と雪蓮。

 

向かい合う。

 

時雨は。

 

華琳の隣。

 

雪蓮の正面。

 

二人の王。

 

一人の将。

 

荊州。

 

地図。

 

「魏と呉」

 

華琳が言う。

 

「期限付きの」

 

「軍事同盟を提案する」

 

雪蓮の目が。

 

王のものへ。

 

完全に変わる。

 

「期限は」

 

「劉備政権との」

 

「戦いが終わるまで」

 

「曖昧ね」

 

「なら」

 

「三年」

 

「短い」

 

「五年」

 

「長い」

 

「では」

 

「三年を基本」

 

「両国合意で延長」

 

雪蓮は。

 

僅かに笑う。

 

「いいわ」

 

桂花が。

 

条文を読む。

 

「第一」

 

「魏と呉は」

 

「同盟期間中」

 

「互いの領土へ」

 

「軍事侵攻を行わない」

 

「第二」

 

「荊州に関する」

 

「軍事情報を共有する」

 

「第三」

 

「北郷一刀または劉備軍による」

 

「工作」

 

「間者」

 

「偽情報」

 

「扇動」

 

「経済攪乱を確認した場合」

 

「速やかに」

 

「相手国へ通知する」

 

呉側の文官が。

 

続ける。

 

「第四」

 

「荊州攻略において」

 

「必要に応じ」

 

「魏軍は陸路」

 

「呉軍は水路を担当する」

 

「ただし」

 

「個別の作戦は」

 

「双方の合意を必要とする」

 

稟が。

 

地図へ。

 

指を置く。

 

「第五」

 

「江陵を共同作戦の」

 

「第一目標候補とする」

 

「占領後の統治は」

 

「魏呉共同評議会で行う」

 

栄華が。

 

帳簿を開く。

 

「税収」

 

「関税」

 

「港湾使用料は」

 

「必要経費を除き」

 

「原則として折半」

 

「度量衡と貨幣の違いについては」

 

「共同の交換所を設置」

 

「一方の国が」

 

「一方的に」

 

「利益を得ないよう」

 

「双方の会計官が」

 

「記録を確認します」

 

雪蓮が。

 

栄華を見る。

 

「厳しそうね」

 

「当然ですわ」

 

栄華は答える。

 

「時雨一人を」

 

「古い書状で」

 

「持ち去ろうとした国を」

 

「無条件で信用するほど」

 

「わたくしは甘くありません」

 

呉側の将が。

 

顔を険しくする。

 

雪蓮が。

 

手で止める。

 

「その通り」

 

雪蓮は。

 

栄華へ。

 

笑う。

 

「今回は」

 

「私たちが」

 

「先に無礼を働いた」

 

栄華の目が。

 

僅かに動く。

 

「認めますの?」

 

「ええ」

 

「時雨を返せ」

 

「本人の意思は関係ない」

 

「あの言い方は」

 

「悪かった」

 

「使者の判断?」

 

「呉の国書として出した以上」

 

「私の責任」

 

栄華は。

 

雪蓮を見る。

 

王。

 

責任。

 

逃げない。

 

時雨と。

 

似ている。

 

「でしたら」

 

栄華は。

 

扇を閉じる。

 

「帳簿上の不信は」

 

「一つ減らしておきます」

 

「帳簿に」

 

「感情も書くの?」

 

「信用は」

 

「数字へ影響しますわ」

 

雪蓮は。

 

声を上げて笑う。

 

「気に入った」

 

「わたくしは」

 

「まだ」

 

「あなたを気に入っておりません」

 

「これからね」

 

「その予定はありません!」

 

華論が。

 

小声で時雨へ言う。

 

「栄華まで」

 

「雪蓮に絡まれてるっす」

 

「胸は使わないだろ」

 

華論の目が。

 

大きくなる。

 

栄華の扇が。

 

時雨の頭へ飛ぶ。

 

時雨は。

 

片手で受け止める。

 

「痛くない」

 

「そういう問題ではありません!」

 

軍議。

 

一瞬。

 

崩れる。

 

雪蓮。

 

笑う。

 

華琳。

 

額へ手。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「今は」

 

「同盟交渉よ」

 

「ああ」

 

「胸の話は」

 

「忘れなさい」

 

「婚約と同じか」

 

「それは覚えておきなさい!」

 

雪蓮が。

 

机へ手をつき。

 

笑う。

 

「本当に」

 

「時雨がいると」

 

「軍議まで」

 

「こうなるのね」

 

「呉でも」

 

「連れていけば」

 

「こうなる」

 

華琳が言う。

 

雪蓮の笑み。

 

少しだけ。

 

寂しくなる。

 

「連れていけないけどね」

 

時雨が。

 

雪蓮を見る。

 

「同盟なら」

 

「また会う」

 

雪蓮の目が。

 

柔らかくなる。

 

「そう」

 

「そうね」

 

華琳は。

 

時雨の横顔を見る。

 

雪蓮へ。

 

無自覚に。

 

手を伸ばす言葉。

 

でも。

 

華琳は。

 

止めない。

 

今日。

 

婚約。

 

終わった。

 

それでも。

 

友誼。

 

残る。

 

同盟。

 

新しく。

 

始まる。

 

「第六」

 

風が。

 

眠そうに条文を読む。

 

「両国の間者さんたちはー」

 

「相手国で」

 

「勝手に活動しないことー」

 

雪蓮の眉が。

 

僅かに上がる。

 

「それは」

 

「難しいでしょう?」

 

桂花が。

 

鋭く答える。

 

「やめる気がないの?」

 

「華琳も」

 

「呉へ間者を入れてるでしょう?」

 

華琳は。

 

隠さない。

 

「ええ」

 

「当然」

 

雪蓮も頷く。

 

「なら」

 

風は。

 

扇で口元を隠す。

 

「全部やめるのは」

 

「無理ですねー」

 

「だから」

 

時雨が言う。

 

「見つけても」

 

「すぐ殺さない」

 

全員。

 

時雨を見る。

 

「どうする」

 

雪蓮が尋ねる。

 

「捕まえる」

 

「相手へ」

 

「返す」

 

「情報と交換」

 

雪蓮の笑みが。

 

深くなる。

 

「間者の交換?」

 

「ああ」

 

「殺せば」

 

「次は」

 

「もっと見つけにくい奴が来る」

 

「捕まえ」

 

「返せば」

 

「相手も」

 

「失敗を知る」

 

「間者本人も」

 

「生きる」

 

柳琳の表情が。

 

僅かに柔らかくなる。

 

「よいと思います」

 

桂花は。

 

少し不満そう。

 

「甘いわ」

 

「違う」

 

時雨が言う。

 

「生きて返れば」

 

「何を見られたか」

 

「相手へ報告する」

 

「こっちも」

 

「返す間者へ」

 

「見せたいものを」

 

「見せられる」

 

桂花の目が。

 

変わる。

 

「偽情報を」

 

「持たせる」

 

「ああ」

 

雪蓮が。

 

小さく笑う。

 

「やっぱり」

 

「外道ね」

 

「ああ」

 

「褒めてる」

 

「そうか」

 

華琳が。

 

時雨を見る。

 

「あなたは」

 

「褒められると」

 

「そこで素直に受け取るのね」

 

「ああ」

 

「私が」

 

「優しいと言っても」

 

「否定するくせに」

 

「違う」

 

「何が」

 

「外道は」

 

「事実」

 

「優しいは」

 

「違う」

 

雪蓮が。

 

華琳へ言う。

 

「苦労するわね」

 

華琳は。

 

深く。

 

頷きかける。

 

途中。

 

止める。

 

「あなたに」

 

「同情されたくないわ」

 

「でも」

 

「分かる」

 

「そこだけは」

 

「否定しない」

 

時雨は。

 

二人を見る。

 

「仲良いな」

 

「よくない!」

 

「よくないわ!」

 

声。

 

揃う。

 

霞が。

 

笑う。

 

春蘭が。

 

感動したように。

 

「やはり」

 

「似ております!」

 

「春蘭!」

 

華琳の声。

 

響く。

 

---

 

同盟条文。

 

さらに。

 

詰める。

 

互いの軍が。

 

相手国の領内へ入る場合。

 

事前通告。

 

補給。

 

買い上げ。

 

略奪禁止。

 

民への暴力。

 

厳罰。

 

捕虜の扱い。

 

情報共有。

 

水軍。

 

騎兵。

 

医療。

 

商人。

 

関所。

 

細かい。

 

一つずつ。

 

華琳。

 

雪蓮。

 

譲らない。

 

時雨。

 

必要な時だけ。

 

短く。

 

口を挟む。

 

「呉軍が」

 

「魏領で」

 

「食料を買う場合」

 

「価格は?」

 

栄華が尋ねる。

 

呉の文官が。

 

答える。

 

「平時の市価を基準に」

 

「戦時の輸送費を加算」

 

「高い」

 

雪蓮が言う。

 

「呉の船を」

 

「魏軍が使う場合」

 

「同じように」

 

「船代を取る」

 

華琳が答える。

 

「では」

 

「相殺」

 

栄華と。

 

呉の文官。

 

計算。

 

揉める。

 

時雨が。

 

口を開く。

 

「共同の倉を作る」

 

全員。

 

見る。

 

「魏の食料」

 

「呉の船」

 

「両方」

 

「共同倉へ」

 

「入れる」

 

「使った分を」

 

「記録」

 

「戦後」

 

「差額だけ清算」

 

栄華が。

 

すぐに計算する。

 

「可能ですわ」

 

「ただし」

 

「倉の管理者を」

 

「双方から出す必要があります」

 

雪蓮が。

 

時雨を見る。

 

「時雨が」

 

「管理する?」

 

華琳が。

 

即座に答える。

 

「却下」

 

「冗談」

 

「半分?」

 

時雨が尋ねる。

 

雪蓮は。

 

微笑む。

 

「今回は全部」

 

「そうか」

 

「少しは」

 

「寂しそうにして」

 

「なぜ」

 

「時雨」

 

「最後の日よ」

 

「ああ」

 

雪蓮は。

 

小さく笑う。

 

猛攻。

 

続いている。

 

胸。

 

身体。

 

ではない。

 

言葉。

 

距離。

 

未来。

 

また会う理由。

 

同盟。

 

全て。

 

時雨の中へ。

 

自分を残すため。

 

---

 

昼。

 

軍議は。

 

一度休憩へ入った。

 

雪蓮は。

 

最後の。

 

個人的な願いを。

 

時雨へ伝える。

 

王宮の庭。

 

ただし。

 

華琳も。

 

春蘭たちも。

 

少し離れている。

 

二人きりではない。

 

雪蓮は。

 

時雨の正面へ立つ。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「最後のお願い」

 

「ああ」

 

「一度だけ」

 

「私を」

 

「抱きしめて」

 

後方。

 

空気。

 

凍る。

 

華琳の目。

 

鋭い。

 

春蘭。

 

剣へ手。

 

桂花。

 

口を開きかける。

 

雪蓮は。

 

すぐに続ける。

 

「恋人としてじゃない」

 

「婚約者としてでもない」

 

「別れの挨拶」

 

「それでも」

 

華琳が言う。

 

「身体へ触れる願いは禁止したはずよ」

 

「昨日の」

 

「馬の勝負の願いではない」

 

雪蓮は。

 

華琳を見る。

 

「今日は」

 

「時雨に」

 

「聞いてる」

 

華琳の目。

 

雪蓮。

 

時雨。

 

行き来。

 

止めたい。

 

非常に。

 

止めたい。

 

だが。

 

雪蓮。

 

婚約。

 

終わった。

 

泣かない。

 

笑っている。

 

最後。

 

一度。

 

抱きしめてほしい。

 

その願いを。

 

華琳の嫉妬だけで。

 

潰す。

 

それは。

 

違う。

 

「時雨」

 

華琳が呼ぶ。

 

「何だ」

 

「あなたが決めなさい」

 

雪蓮の目が。

 

僅かに揺れる。

 

時雨は。

 

雪蓮を見る。

 

抱きしめる。

 

女性の身体。

 

胸。

 

近い。

 

弱い。

 

困る。

 

だが。

 

今。

 

それだけではない。

 

雪蓮。

 

三日。

 

会った。

 

真名。

 

受け取った。

 

婚約。

 

終わった。

 

帰る。

 

「嫌か」

 

時雨が尋ねる。

 

雪蓮の眉が。

 

少し上がる。

 

「私が?」

 

「ああ」

 

「時雨が」

 

「嫌じゃないなら」

 

「嫌じゃない」

 

「なら」

 

時雨は。

 

一歩。

 

雪蓮へ近づく。

 

春蘭の手。

 

剣。

 

動く。

 

秋蘭が。

 

姉の腕を押さえる。

 

「姉者」

 

「今は」

 

「見届けろ」

 

時雨は。

 

雪蓮の前。

 

腕。

 

ゆっくり。

 

雪蓮の背へ回す。

 

抱く。

 

強すぎない。

 

弱すぎない。

 

雪蓮の身体。

 

時雨へ。

 

触れる。

 

胸。

 

確かに。

 

当たる。

 

時雨の身体。

 

一瞬。

 

固まる。

 

雪蓮は。

 

気づく。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「やっぱり」

 

「胸に弱い」

 

「今言うな」

 

雪蓮が。

 

時雨の胸元へ。

 

顔を伏せたまま。

 

笑う。

 

声。

 

少し。

 

震える。

 

「最後の猛攻」

 

「成功?」

 

「分からない」

 

「そこは」

 

「成功って言って」

 

「困る」

 

「それでも」

 

雪蓮は。

 

時雨の衣を。

 

僅かに掴む。

 

「離したくない」

 

時雨は。

 

黙る。

 

華琳も。

 

皆も。

 

黙っている。

 

雪蓮の肩。

 

僅かに。

 

震える。

 

泣いていない。

 

泣かないよう。

 

耐えている。

 

時雨は。

 

雪蓮の背へ回した手へ。

 

少し。

 

力を込める。

 

「雪蓮」

 

「何?」

 

「また会う」

 

雪蓮の指。

 

強くなる。

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「同盟だから?」

 

「ああ」

 

雪蓮の胸。

 

僅かに痛む。

 

時雨は続ける。

 

「それだけじゃない」

 

雪蓮の呼吸が。

 

止まる。

 

「真名を」

 

「預けた」

 

「ああ」

 

「だから」

 

「また会う」

 

雪蓮の目から。

 

一滴。

 

落ちる。

 

時雨の衣。

 

濡れる。

 

雪蓮は。

 

顔を上げない。

 

「見ないで」

 

「何を」

 

「泣いてない」

 

「ああ」

 

「本当に」

 

「泣いてないから」

 

「ああ」

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「好き」

 

時雨の手。

 

僅かに。

 

止まる。

 

雪蓮は。

 

続ける。

 

「婚約が終わっても」

 

「好き」

 

「ああ」

 

「返事は?」

 

時雨は。

 

少し考える。

 

華琳。

 

隣。

 

雪蓮。

 

腕の中。

 

嘘。

 

言わない。

 

「俺は」

 

「雪蓮を」

 

「嫌いじゃない」

 

雪蓮が。

 

小さく笑う。

 

「知ってる」

 

「好きかもしれない」

 

「ああ」

 

「でも」

 

「華琳を選ぶ」

 

「ああ」

 

雪蓮は。

 

時雨の胸へ。

 

額を預けたまま。

 

深く息を吐く。

 

「それも」

 

「知ってる」

 

「だから」

 

「今日だけ」

 

「このまま」

 

時雨は。

 

華琳を見る。

 

華琳。

 

痛そう。

 

だが。

 

頷く。

 

一度。

 

小さく。

 

時雨は。

 

雪蓮を抱いたまま。

 

少し。

 

待つ。

 

長くはない。

 

だが。

 

雪蓮にとって。

 

十分でもない。

 

それでも。

 

終わり。

 

必要。

 

雪蓮は。

 

自分から。

 

離れる。

 

目元。

 

僅かに赤い。

 

笑う。

 

「ありがとう」

 

「ああ」

 

「胸」

 

「どうだった?」

 

華琳の目が。

 

一気に鋭くなる。

 

時雨の顔。

 

僅かに固まる。

 

雪蓮が。

 

声を上げて笑う。

 

涙。

 

残っている。

 

それでも。

 

笑う。

 

「最後まで」

 

「雪蓮だな」

 

時雨が言った。

 

雪蓮の笑み。

 

柔らかくなる。

 

「そう」

 

「忘れないで」

 

「ああ」

 

華琳が。

 

時雨の前へ来る。

 

「終わった?」

 

雪蓮が。

 

少し考える。

 

「抱擁は」

 

「終わった」

 

「なら」

 

華琳は。

 

時雨の腕を掴み。

 

自分側へ引く。

 

「今から」

 

「私の隣へ戻しなさい」

 

雪蓮は。

 

笑う。

 

「どうぞ」

 

「ずっと」

 

「そこにいたものね」

 

華琳の目が。

 

僅かに動く。

 

勝利。

 

ではない。

 

雪蓮は。

 

負けを。

 

認めた。

 

完全には。

 

諦めない。

 

だが。

 

今。

 

時雨の選択を。

 

受け入れた。

 

華琳は。

 

時雨の腕へ。

 

自分の腕を絡める。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「私も」

 

「後で」

 

「抱きしめなさい」

 

「ああ」

 

雪蓮が。

 

吹き出す。

 

「華琳」

 

「何?」

 

「嫉妬してる」

 

「ええ」

 

「悪い?」

 

「全然」

 

雪蓮は笑う。

 

「少し」

 

「嬉しい」

 

「なぜ」

 

「私を」

 

「本気の相手だと」

 

「思ってくれたから」

 

華琳は。

 

雪蓮を見る。

 

「あなたは」

 

「本気だったでしょう?」

 

「最初から」

 

「えぇ」

 

「だから」

 

「私も」

 

「本気で止めた」

 

雪蓮の目が。

 

柔らかくなる。

 

「そう」

 

「なら」

 

「負けても」

 

「悪くない」

 

---

 

午後。

 

魏呉同盟。

 

正式な調印。

 

大広間。

 

魏の旗。

 

呉の旗。

 

並ぶ。

 

華琳。

 

雪蓮。

 

机を挟み。

 

向かい合う。

 

条文。

 

完成。

 

期限。

 

三年。

 

延長可能。

 

相互不可侵。

 

荊州情報の共有。

 

軍事工作への共同対処。

 

水陸協力。

 

共同倉庫。

 

捕虜。

 

間者交換。

 

民への略奪禁止。

 

共同作戦地域。

 

江陵候補。

 

そして。

 

一つ。

 

新たに。

 

加えられた条文。

 

「魏または呉が」

 

稟が読む。

 

「北郷一刀による」

 

「国家間の離反工作を確認した場合」

 

「証拠の完全性を待たず」

 

「まず相手国へ通知し」

 

「共同で調査する」

 

雪蓮が。

 

頷く。

 

「疑った時点で」

 

「話す」

 

「誤解を」

 

「溜めない」

 

華琳も頷く。

 

「互いが」

 

「裏で動いたと」

 

「北郷一刀に思わせない」

 

「その代わり」

 

「虚偽の通知を行った者は」

 

「厳罰」

 

桂花が。

 

雪蓮を見る。

 

「呉側でも」

 

「徹底できる?」

 

「周瑜へ任せる」

 

雪蓮は答える。

 

「私より」

 

「厳しくやるわ」

 

風が。

 

眠そうに。

 

「それは安心ですねー」

 

「私より?」

 

雪蓮が。

 

僅かに顔をしかめる。

 

霞が笑う。

 

「自覚あるんや」

 

「私は」

 

「必要な時は」

 

「厳しいわよ」

 

春蘭が。

 

胸を張る。

 

「華琳様の方が」

 

「遥かに厳しく」

 

「美しく」

 

「完璧だ!」

 

雪蓮が。

 

春蘭を見る。

 

「夏侯惇」

 

「何だ!」

 

「今」

 

「同盟相手を」

 

「褒める場面じゃないの?」

 

春蘭が止まる。

 

「貴様も」

 

「強い!」

 

雪蓮は。

 

声を上げて笑う。

 

「雑!」

 

秋蘭が。

 

静かに。

 

頭を下げる。

 

「姉者なりの」

 

「最大限の評価だ」

 

「そう」

 

雪蓮は。

 

春蘭を見る。

 

「なら」

 

「受け取っておく」

 

華琳が。

 

調印用の筆を取る。

 

「孫策伯符」

 

雪蓮も。

 

筆を取る。

 

「曹操孟徳」

 

公。

 

真名ではない。

 

王として。

 

署名。

 

印。

 

二つ。

 

文書へ。

 

押される。

 

赤。

 

黒。

 

魏。

 

呉。

 

並ぶ。

 

大広間。

 

全員。

 

見守る。

 

「これより」

 

桂花が。

 

声を上げる。

 

「魏と呉は」

 

「三年間の」

 

「軍事同盟を締結する」

 

「相互の領土を侵さず」

 

「荊州および」

 

「北郷一刀の脅威へ」

 

「共同で対処する」

 

呉の文官も。

 

同じ内容を。

 

読み上げる。

 

魏の将。

 

呉の将。

 

互い。

 

頭を下げる。

 

完全な信頼。

 

ではない。

 

昨日まで。

 

時雨を巡り。

 

争う可能性すらあった。

 

魏王。

 

呉王。

 

欲しいものを。

 

分けない女。

 

二人。

 

だが。

 

共通の敵。

 

荊州。

 

北郷一刀。

 

そして。

 

時雨。

 

皮肉。

 

一人の男を。

 

奪い合った婚約問題が。

 

魏と呉を。

 

同じ席へ座らせた。

 

北郷一刀が。

 

婚約を利用し。

 

両国を争わせようとしたなら。

 

その策は。

 

逆に。

 

魏と呉を。

 

結ぶ結果となった。

 

時雨の策ではない。

 

華琳だけの策でもない。

 

雪蓮だけの決断でもない。

 

三日間。

 

互いを見た。

 

話した。

 

怒った。

 

笑った。

 

その積み重ね。

 

同盟。

 

生まれた。

 

「時雨」

 

雪蓮が呼ぶ。

 

調印後。

 

大広間。

 

まだ。

 

皆。

 

いる。

 

「何だ」

 

「私たちが」

 

「同盟を組んだ」

 

「ああ」

 

「嬉しい?」

 

「悪くない」

 

「それだけ?」

 

「ああ」

 

「もっと」

 

「喜んで」

 

時雨は。

 

少し考える。

 

「雪蓮と」

 

「また会える」

 

大広間。

 

一瞬。

 

静か。

 

雪蓮の目。

 

大きくなる。

 

華琳の眉。

 

僅かに動く。

 

時雨は続ける。

 

「北郷一刀へ」

 

「使える」

 

雪蓮の笑みが。

 

引きつる。

 

「時雨!」

 

「何だ」

 

「今の」

 

「前半だけで」

 

「止めて!」

 

「ああ」

 

「もう遅い!」

 

華琳が。

 

口元を押さえる。

 

笑いを。

 

堪えている。

 

雪蓮が見る。

 

「華琳」

 

「笑った?」

 

「いいえ」

 

「笑った」

 

「気のせいよ」

 

「王が」

 

「見たと言ってる」

 

「呉王の目が」

 

「曇っているのよ」

 

「時雨」

 

雪蓮が呼ぶ。

 

「何だ」

 

「華琳」

 

「性格悪い」

 

「ああ」

 

華琳の笑みが。

 

止まる。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「今」

 

「何と」

 

「雪蓮へ」

 

「同意したの?」

 

「事実」

 

「あなた!」

 

雪蓮が。

 

声を上げて笑う。

 

「やっぱり」

 

「同盟」

 

「組んでよかった!」

 

「なぜよ!」

 

「華琳が」

 

「時雨に怒られるところ」

 

「いつでも見られる!」

 

「同盟の目的を」

 

「間違えないで!」

 

大広間。

 

魏。

 

呉。

 

両方の者。

 

少しずつ。

 

笑い。

 

広がる。

 

緊張。

 

解ける。

 

完全な友好。

 

ではない。

 

だが。

 

最初の一歩。

 

---

 

夕方。

 

許昌南門。

 

雪蓮が。

 

建業へ戻る。

 

二百の護衛。

 

馬。

 

呉の旗。

 

来た時と。

 

同じ。

 

だが。

 

持ち帰るものは。

 

違う。

 

婚約書。

 

破棄の文書。

 

魏呉同盟。

 

時雨の真名。

 

華琳の真名。

 

そして。

 

三日間の記憶。

 

時雨は。

 

南門の前。

 

見送る。

 

隣。

 

華琳。

 

春蘭。

 

秋蘭。

 

桂花。

 

稟。

 

風。

 

華論。

 

栄華。

 

柳琳。

 

霞。

 

皆。

 

揃っている。

 

雪蓮は。

 

馬へ乗る前。

 

時雨の前へ来る。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「婚約」

 

「終わったわね」

 

「ああ」

 

「寂しい?」

 

「ああ」

 

雪蓮の目が。

 

僅かに揺れる。

 

時雨。

 

すぐに。

 

認めた。

 

「少し」

 

時雨は続ける。

 

雪蓮が。

 

笑う。

 

「少し?」

 

「ああ」

 

「私は」

 

「かなり寂しい」

 

「そうか」

 

「でも」

 

雪蓮は。

 

胸を張る。

 

「泣かない」

 

「ああ」

 

「もう泣いたから」

 

時雨の衣。

 

昼。

 

涙。

 

時雨は。

 

頷く。

 

「見てない」

 

「嘘」

 

「見てない」

 

「気づいてたでしょう?」

 

「ああ」

 

「なら」

 

「見てるじゃない」

 

「顔は見てない」

 

「それ」

 

「優しさ?」

 

「違う」

 

「そういうことに」

 

「しておく」

 

雪蓮は。

 

時雨へ。

 

手を差し出す。

 

昨日。

 

握手。

 

真名。

 

今日。

 

婚約破棄。

 

同盟。

 

時雨は。

 

華琳を見る。

 

華琳は。

 

少し。

 

雪蓮を見る。

 

次。

 

頷く。

 

時雨は。

 

雪蓮の手を取る。

 

「次は」

 

雪蓮が言う。

 

「剣の勝負」

 

「ああ」

 

「忘れないで」

 

「ああ」

 

「婚約みたいに」

 

「忘れたら」

 

「建業から」

 

「軍を連れて来る」

 

「ああ」

 

雪蓮の目が。

 

僅かに細くなる。

 

「本当に」

 

「やるかもしれないわよ」

 

「止める」

 

「誰が」

 

「俺」

 

「一人で?」

 

「必要なら」

 

「曹操と」

 

華琳の瞳が。

 

僅かに柔らかくなる。

 

雪蓮は。

 

時雨。

 

華琳。

 

見る。

 

「やっぱり」

 

「強いわね」

 

「魏は」

 

華琳が答える。

 

「呉も」

 

雪蓮が言う。

 

二人。

 

王。

 

互い。

 

笑う。

 

雪蓮は。

 

時雨の手を。

 

離す。

 

少し。

 

名残惜しい。

 

だが。

 

自分から。

 

離す。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「私」

 

「まだ」

 

「あなたが好き」

 

「ああ」

 

「華琳を」

 

「選んでても」

 

「諦めない」

 

華琳の目が。

 

僅かに細くなる。

 

雪蓮は。

 

すぐに。

 

続ける。

 

「無理に」

 

「奪わない」

 

「でも」

 

「いつか」

 

「私も」

 

「好きだと」

 

「言わせる」

 

時雨は。

 

少し考える。

 

「分からない」

 

雪蓮が。

 

笑う。

 

「知ってる」

 

「だから」

 

「攻める」

 

「胸で?」

 

雪蓮の目が。

 

楽しそうに。

 

光る。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「最後に」

 

「見たい?」

 

華琳の殺気。

 

春蘭の剣。

 

桂花の怒声。

 

栄華の扇。

 

同時。

 

「雪蓮!」

 

雪蓮は。

 

声を上げて笑い。

 

馬へ飛び乗る。

 

「冗談!」

 

「半分か!」

 

春蘭が怒鳴る。

 

雪蓮は。

 

馬上。

 

胸を張る。

 

「今回は全部!」

 

「信用できん!」

 

「夏侯惇!」

 

「何だ!」

 

「次に会ったら」

 

「剣の勝負!」

 

「受けて立つ!」

 

「姉者」

 

秋蘭が。

 

静かに言う。

 

「時雨との勝負が先だ」

 

春蘭の顔。

 

険しくなる。

 

「なぜだ!」

 

雪蓮が笑う。

 

「婚約者だったから」

 

「もう破棄しただろう!」

 

「元婚約者!」

 

「同じだ!」

 

華琳が。

 

額を押さえる。

 

「雪蓮」

 

「何?」

 

「早く」

 

「建業へ帰りなさい」

 

「寂しい?」

 

「いいえ」

 

「本当?」

 

「ええ」

 

「時雨は」

 

「少し寂しいって」

 

「言ったわよ」

 

華琳の目が。

 

時雨へ向く。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「後で」

 

「詳しく聞くわ」

 

「ああ」

 

雪蓮は。

 

満足そう。

 

「じゃあ」

 

「帰る」

 

「またね」

 

「時雨」

 

時雨は。

 

雪蓮を見る。

 

桃色の髪。

 

赤い衣。

 

呉王。

 

小覇王。

 

元婚約者。

 

真名を預けた女。

 

同盟相手。

 

「またな」

 

雪蓮の目が。

 

僅かに揺れる。

 

次。

 

笑う。

 

強い。

 

明るい。

 

「ええ!」

 

呉の旗。

 

翻る。

 

馬。

 

動く。

 

二百騎。

 

南へ。

 

許昌から。

 

離れる。

 

雪蓮は。

 

一度。

 

振り返る。

 

時雨。

 

華琳の隣。

 

いる。

 

その姿。

 

胸。

 

痛い。

 

だが。

 

もう。

 

絶望ではない。

 

同盟。

 

また。

 

会える。

 

剣の勝負。

 

約束。

 

真名。

 

残る。

 

婚約は。

 

終わった。

 

だが。

 

関係は。

 

始まった。

 

---

 

雪蓮たちが。

 

見えなくなった後。

 

華琳は。

 

時雨の腕を掴む。

 

「部屋へ来なさい」

 

「なぜ」

 

「言ったでしょう」

 

「後で」

 

「詳しく聞くと」

 

「ああ」

 

「雪蓮が帰るのが」

 

「寂しい?」

 

「ああ」

 

華琳の眉が。

 

僅かに動く。

 

「私が」

 

「隣にいても?」

 

「ああ」

 

「なぜ」

 

「雪蓮は」

 

「雪蓮だから」

 

華琳は。

 

少し。

 

黙る。

 

昼。

 

時雨が。

 

雪蓮へ言った。

 

孫策だから。

 

助けた。

 

胸以外も見ている。

 

雪蓮だから。

 

寂しい。

 

華琳と。

 

雪蓮。

 

比べない。

 

一人を選んだから。

 

ほかの全てを。

 

無価値にする男ではない。

 

「そう」

 

華琳は。

 

小さく言う。

 

「なら」

 

「許してあげる」

 

「何を」

 

「寂しいと思うこと」

 

「ああ」

 

「でも」

 

華琳は。

 

時雨の腕へ。

 

さらに強く。

 

自分の腕を絡める。

 

胸。

 

触れる。

 

時雨の身体。

 

僅かに固くなる。

 

華琳は。

 

勝ち誇るように。

 

笑う。

 

「あなたが」

 

「帰る場所は」

 

「ここよ」

 

「ああ」

 

「私の隣」

 

「ああ」

 

「忘れない?」

 

「ああ」

 

「雪蓮の胸より?」

 

時雨は。

 

少し。

 

黙る。

 

華琳の笑顔が。

 

冷える。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「今」

 

「何を考えたの」

 

「比べない」

 

華琳は。

 

深く息を吐く。

 

「それで」

 

「よいわ」

 

「でも」

 

「何だ」

 

「私の方を」

 

「見なさい」

 

時雨は。

 

華琳を見る。

 

黄金の髪。

 

蒼い瞳。

 

黒い櫛。

 

胸元。

 

少し。

 

視線。

 

落ちる。

 

華琳の頬へ。

 

赤み。

 

それでも。

 

逃げない。

 

「どう?」

 

「綺麗だ」

 

華琳の表情が。

 

柔らかくなる。

 

「それでよいわ」

 

春蘭が。

 

後ろから。

 

大きな声。

 

「華琳様!」

 

二人。

 

振り返る。

 

春蘭。

 

拳を握る。

 

「魏呉同盟!」

 

「誠に」

 

「おめでとうございます!」

 

秋蘭。

 

桂花。

 

稟。

 

風。

 

華論。

 

栄華。

 

柳琳。

 

霞。

 

全員。

 

頭を下げる。

 

「おめでとうございます」

 

華琳は。

 

王として。

 

姿勢を整える。

 

「ええ」

 

「これで」

 

「南方への道は」

 

「一つ開いた」

 

時雨は。

 

南を見る。

 

雪蓮。

 

呉。

 

同盟。

 

荊州。

 

北郷一刀。

 

悪鬼。

 

魏と呉が。

 

時雨を巡り。

 

争う。

 

そう。

 

望んでいたなら。

 

北郷一刀の策は。

 

失敗した。

 

むしろ。

 

二人の王を。

 

同じ席へ。

 

座らせた。

 

だが。

 

北郷一刀が。

 

この程度で。

 

終わるはずはない。

 

魏呉同盟。

 

成立。

 

知れば。

 

すぐ。

 

次の手を打つ。

 

劉備の仁徳。

 

荊州の民。

 

豪族。

 

水軍。

 

商人。

 

間者。

 

噂。

 

全て。

 

動く。

 

「曹操」

 

時雨が呼ぶ。

 

「何?」

 

「休みは終わりだ」

 

華琳の眉が。

 

僅かに動く。

 

「三日間は」

 

「雪蓮の滞在で」

 

「休暇ではないわ」

 

「仕事でもない」

 

「では」

 

「何?」

 

時雨は。

 

少し考える。

 

「分からない」

 

霞が。

 

笑う。

 

「恋愛やろ」

 

時雨が。

 

霞を見る。

 

「違う」

 

「何が違うん」

 

「婚約は」

 

「破棄した」

 

「恋愛は」

 

「破棄しても」

 

「残るんやで」

 

時雨は。

 

少し。

 

考える。

 

華琳の目が。

 

時雨へ向く。

 

雪蓮。

 

好き。

 

華琳。

 

好き。

 

時雨。

 

まだ。

 

言葉。

 

完全には。

 

理解していない。

 

だが。

 

繋がり。

 

感じている。

 

「面倒だな」

 

時雨が言う。

 

霞は。

 

声を上げて笑う。

 

華琳は。

 

時雨の腕を。

 

さらに強く掴む。

 

「ええ」

 

「とても」

 

「面倒よ」

 

「でも」

 

華琳は。

 

南を見る。

 

「悪くないでしょう?」

 

時雨は。

 

許昌。

 

皆。

 

華琳。

 

南へ消えた雪蓮。

 

同盟。

 

次の戦。

 

見る。

 

「悪くない」

 

短い。

 

だが。

 

華琳は。

 

満足そうに笑う。

 

三日間。

 

終わった。

 

雪蓮の猛攻。

 

胸。

 

笑顔。

 

馬。

 

真名。

 

抱擁。

 

全て。

 

時雨へ向けられた。

 

婚約は。

 

終わった。

 

雪蓮は。

 

時雨を。

 

得られなかった。

 

華琳は。

 

時雨を。

 

守った。

 

だが。

 

勝者と敗者だけで。

 

終わらなかった。

 

魏と呉。

 

手を結んだ。

 

黄金の覇王。

 

江東の小覇王。

 

黒山の狼。

 

三者。

 

新しい形で。

 

南方へ。

 

向かう。

 

そして。

 

遠い襄陽。

 

北郷一刀のもとへ。

 

一羽の鳩が。

 

飛んでいた。

 

脚。

 

小さな筒。

 

中。

 

短い報告。

 

『孫策、張燕との婚約を破棄』

 

『魏呉、三年の軍事同盟を締結』

 

その報告を。

 

北郷一刀が読む時。

 

悪鬼は。

 

笑うのか。

 

怒るのか。

 

それとも。

 

すでに。

 

次の策を。

 

用意しているのか。

 

まだ。

 

誰も知らない。

 

ただ。

 

一つ。

 

確かなこと。

 

魏と呉は。

 

もう。

 

互いを。

 

背後の敵としてだけは。

 

見ない。

 

荊州。

 

劉備。

 

北郷一刀。

 

南方を巡る戦。

 

その形は。

 

大きく。

 

変わった。

 

忘れられた婚約が。

 

終わる。

 

その日。

 

魏と呉の同盟が。

 

始まった。

 

そして。

 

時雨は。

 

華琳の隣に立ちながら。

 

南へ消えた。

 

桃色の髪を。

 

ほんの僅かに。

 

思い出していた。婚約には決着をつけつつ、雪蓮との真名と感情は残り、次の荊州編へ繋がる形にしました。




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次の作品の主人公とルートは誰がいい?

  • 高順呂布ルート(ヒロイン恋、霞)
  • 朱霊曹操ルート(ヒロイン華琳、柳琳)
  • 周倉関羽ルート(ヒロイン愛紗)
  • 孫瑜孫権ルート(ヒロイン蓮華、粋怜)
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