【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第三十話 黒山へ

第三十話 黒山へ

 

 

 虎牢関陥落から数日後。

 

 反董卓連合軍は、そのまま一気に洛陽へ進軍した。

 

 かつて大陸の中心として栄えた大都市。

 

 皇帝のおわす都。

 

 だが。

 

 そこへ辿り着いた連合軍が見たものは――焼け野原だった。

 

「うわぁ……」

 

 桃香が言葉を失う。

 

 黒煙。

 

 焼け落ちた建物。

 

 崩れた瓦礫。

 

 死臭。

 

 栄華を誇った都は、見る影も無かった。

 

「酷い……」

 

 愛紗が眉を顰める。

 

 白蓮も真顔だった。

 

「董卓軍、逃げる時に焼いたのか」

 

「徹底してるなぁ」

 

 時雨は酒を飲みながら呟く。

 

 洛陽。

 

 既に董卓はいない。

 

 皇帝も連れて西へ逃亡。

 

 行方不明。

 

 連合軍が得たのは、焼けた都だけだった。

 

「これ勝ちなのか?」

 

 白蓮が遠い目をする。

 

「一応は」

 

 星が静かに答える。

 

 董卓軍は敗走。

 

 虎牢関突破。

 

 洛陽制圧。

 

 形式上は連合軍の勝利だ。

 

 だが。

 

 誰の顔にも達成感は無かった。

 

 いや。

 

 正確には一人だけ楽しそうな男がいた。

 

「いやぁ終わった終わった」

 

「お前だけだよそんな気楽なの」

 

 白蓮が呆れる。

 

 時雨は本当に気楽そうだった。

 

 洛陽が燃えようが。

 

 諸侯が揉めようが。

 

 あまり興味が無い。

 

「で、これからどうすんだ連中」

 

「決まってる」

 

 時雨は笑う。

 

「仲良く解散」

 

「絶対仲良くないだろ」

 

 実際その通りだった。

 

 連合軍は既に崩壊寸前だった。

 

 董卓という共通の敵が消えた以上、諸侯たちは互いを警戒し始めている。

 

「袁紹は威張ってるし」

 

「曹操は何考えてるか分かんねぇし」

 

「孫堅は自由だし」

 

「まとまりないなぁ」

 

 時雨は楽しそうだった。

 

 乱世。

 

 そういう空気が好きなのだ。

 

 その日の軍議。

 

 案の定、空気は最悪だった。

 

「董卓は逃げましたわ!」

 

 袁紹が扇子を広げながら高らかに宣言する。

 

「ですが! 洛陽は取り戻しました!」

 

「おー」

 

 適当な拍手。

 

 諸侯たちの反応は薄い。

 

 皆、既に次を考えている。

 

 誰がどこを取るか。

 

 誰と争うか。

 

 連合軍など、もう形だけだった。

 

「よって!」

 

 袁紹が胸を張る。

 

「反董卓連合はここに勝利解散としますわ!」

 

「はいはい」

 

「お疲れー」

 

「帰るか」

 

 軽い。

 

 驚くほど軽い。

 

 白蓮は疲れ切った顔で呟く。

 

「何だったんだこの連合……」

 

「寄せ集めだからな」

 

 時雨が酒を飲む。

 

 実際、最初からまとまりなど無かった。

 

 董卓を倒す。

 

 ただそれだけで集まった軍勢だ。

 

 目的を果たせば終わり。

 

 当然だった。

 

 曹操が静かに立ち上がる。

 

「それでは私はこれで」

 

 金髪横ロールが揺れる。

 

「次に会う時は敵かしらね」

 

 笑み。

 

 だが目は笑っていない。

 

 孫堅も豪快に笑う。

 

「じゃあ俺も帰る!」

 

「アンタは本当に自由だな……」

 

 白蓮が呆れる。

 

 そして。

 

 諸侯たちは次々と帰還を始めた。

 

 乱世は終わらない。

 

 むしろ。

 

 ここから本格的に始まる。

 

 公孫瓚軍も帰還準備を進めていた。

 

「やっと帰れる……」

 

 白蓮は本気で安堵していた。

 

「もう嫌だよ連合軍……」

 

「お疲れ白馬娘」

 

「お前のせいで余計疲れたわ!」

 

 だが。

 

 時雨は笑うだけだった。

 

 その時。

 

「時雨」

 

 星が静かに呼ぶ。

 

「あ?」

 

「捕虜たちはどうする」

 

 その言葉で空気が変わった。

 

 霞。

 

 恋。

 

 二人の董卓軍武将。

 

 未だ捕虜のままだった。

 

「どうするかなぁ」

 

 時雨は牢を見る。

 

 そこには霞が座り込んでいた。

 

「で?」

 

 霞がジト目で睨む。

 

「結局ウチらどうなるん」

 

「売る?」

 

「最悪や!」

 

「冗談」

 

「笑えへんわ!」

 

 恋は静かに座っている。

 

 相変わらず無表情。

 

 だが時雨を見る目に警戒は薄れていた。

 

「董卓いなくなったな」

 

 時雨が言う。

 

 霞は少し黙る。

 

「……せやな」

 

 主が消えた。

 

 董卓軍は崩壊。

 

 もはや戻る場所も無い。

 

「で?」

 

 時雨が笑う。

 

「どうする?」

 

 霞は目を細めた。

 

「……アンタんとこ行ったら」

 

「ああ」

 

「ホンマに飯食わせてくれるん?」

 

「そこ気に入ったのかよ」

 

「大事やろ!」

 

 黒山。

 

 賊の巣。

 

 普通なら絶対に行きたくない。

 

 だが。

 

 今の二人には他に道が無かった。

 

「恋」

 

 霞が横を見る。

 

「どうする?」

 

 恋は少し考える。

 

 そして。

 

「……張燕、面白い」

 

「基準そこ!?」

 

「黒山行く」

 

 即答だった。

 

 霞が頭を抱える。

 

「いやいやいや!」

 

「紫髪は?」

 

 時雨が笑う。

 

 霞は深い溜息を吐いた。

 

「……しゃーないやろ」

 

 もう戻る場所は無い。

 

 なら。

 

 少なくとも。

 

 この男の下なら退屈はしない。

 

「行ったるわ」

 

「ようこそ黒山へ」

 

 時雨が笑う。

 

 その瞬間。

 

 黒山兵たちが大歓声を上げた。

 

「張遼きたぁぁ!」

 

「呂布まで!?」

 

「頭領また拾ってきやがった!」

 

 お祭り騒ぎだった。

 

 愛紗は頭を抱える。

 

「本当に人を集めるなお前は……」

 

「人徳?」

 

「違うだろ」

 

 星が即答した。

 

 だが。

 

 桃香は少し笑っていた。

 

「でも良かった」

 

「あ?」

 

「皆、生きてるから」

 

 その言葉に。

 

 時雨は少しだけ目を細める。

 

 乱世。

 

 本来ならもっと死んでいた。

 

 もっと血が流れていた。

 

 それを。

 

 この外道な男は、汚いやり方で減らしている。

 

「……変な奴」

 

 星が小さく笑う。

 

 時雨は酒を飲み干した。

 

「さて」

 

 赤い目が北を見る。

 

「帰るか」

 

 黒山へ。

 

 狼たちの巣へ。

 

 乱世の火は、まだ消えない。




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