【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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外伝 第30話 悪党の返書――劉備から届いた手紙

外伝 第30話 悪党の返書――劉備から届いた手紙

 

 

 

 

時雨の仮面は。

 

ある朝。

 

音を立てて。

 

砕けたわけではなかった。

 

昨日まで無表情だった男が。

 

突然。

 

別人のように笑い始めたわけでもない。

 

心の奥へ。

 

硬く張りついていたものが。

 

少しずつ。

 

雨に濡れ。

 

熱に晒され。

 

端から剥がれ。

 

最後には。

 

誰にも気づかれないまま。

 

なくなっていた。

 

時雨自身も。

 

いつ完全に外れたのか。

 

分かっていない。

 

ただ。

 

以前なら。

 

絶対にしなかったことを。

 

平然とするようになった。

 

朝議へ。

 

少し遅れて現れる。

 

桂花の机から。

 

勝手に菓子を一つ取る。

 

春蘭の大剣へ。

 

重いだけだと。

 

わざと聞こえる声で言う。

 

霞の酒を。

 

水へすり替える。

 

華論へ仕事を押しつけ。

 

栄華に見つかれば。

 

華論が勝手にやったと。

 

顔色一つ変えず答える。

 

柳琳の診察中に。

 

痛いと言いながら。

 

全く痛そうな顔をしない。

 

風の帽子へ。

 

干し果物を隠す。

 

季衣の肉を。

 

一枚だけ奪い。

 

流琉が怒る前に。

 

二枚返す。

 

そして。

 

華琳の私室では。

 

長椅子を。

 

完全に。

 

自分のもののように使っていた。

 

片脚を。

 

肘掛けへ乗せ。

 

書類を。

 

腹の上へ置き。

 

読んでいるのか。

 

寝ているのか。

 

分からない姿勢。

 

華琳は。

 

机の向こうから。

 

時雨を見る。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「あなた」

 

「今日の朝議で」

 

「桂花の菓子を取ったでしょう」

 

「ああ」

 

「なぜ」

 

「置いてあった」

 

「桂花の机に」

 

「置いてあったのよ」

 

「ああ」

 

「所有者が」

 

「分かるでしょう」

 

「桂花」

 

「分かっていて取ったのね」

 

「ああ」

 

華琳は。

 

筆を置く。

 

「返した?」

 

「食った」

 

「なら」

 

「謝りなさい」

 

「嫌だ」

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「あなた」

 

「仮面が剥がれた途端」

 

「随分と」

 

「悪くなったわね」

 

時雨は。

 

書類から。

 

目を上げる。

 

「元から」

 

「ああ」

 

「そうだったわね」

 

華琳は。

 

僅かに笑う。

 

「でも」

 

「以前は」

 

「もう少し」

 

「取り繕っていたでしょう」

 

「面倒になった」

 

「何が」

 

「いい奴のふり」

 

華琳の目が。

 

僅かに細くなる。

 

「あなた」

 

「いい者のふりなど」

 

「一度でもした?」

 

時雨は。

 

少し考える。

 

「してないな」

 

「でしょう?」

 

「ああ」

 

「では」

 

「何を取り繕っていたの」

 

時雨は。

 

腹の上の書類を。

 

横へ置く。

 

天井。

 

見る。

 

「何も」

 

「欲しくないふり」

 

華琳の表情が。

 

僅かに変わる。

 

「欲しくないふり?」

 

「ああ」

 

「国も」

 

「仲間も」

 

「飯も」

 

「女も」

 

華琳の眉が。

 

動く。

 

「最後」

 

「必要だった?」

 

「ああ」

 

「正直ね」

 

「聞いたのは」

 

「曹操だ」

 

華琳は。

 

椅子から立つ。

 

長椅子へ。

 

近づく。

 

時雨の脚を。

 

軽く叩く。

 

「下ろしなさい」

 

時雨は。

 

脚を。

 

下ろさない。

 

「嫌だ」

 

「私が」

 

「座れないでしょう」

 

「反対側」

 

「空いてる」

 

華琳は。

 

時雨の腹の上にあった書類を。

 

取る。

 

そのまま。

 

時雨の脚の上へ座る。

 

時雨の眉が。

 

僅かに動く。

 

「重い」

 

華琳の笑みが。

 

冷える。

 

「時雨」

 

「冗談」

 

「今のは」

 

「本当でしょう」

 

「ああ」

 

華琳は。

 

時雨の胸元を。

 

指でつつく。

 

「もう一度」

 

「言ってみなさい」

 

「重くない」

 

「遅いわ」

 

時雨の口元が。

 

僅かに上がる。

 

「怒るな」

 

「誰のせい?」

 

「俺」

 

「ああ」

 

華琳は。

 

言いかけ。

 

止める。

 

時雨以外。

 

返事として。

 

その言葉を使わない。

 

少し。

 

口元。

 

引きつる。

 

時雨は。

 

気づく。

 

「言いそうになったな」

 

「あなたのせいよ」

 

「そうか」

 

「楽しそうね」

 

「ああ」

 

「本当に」

 

「性格が悪い」

 

「知ってる」

 

華琳は。

 

時雨の脚へ座ったまま。

 

彼の顔を見る。

 

今の時雨は。

 

確かに。

 

以前より。

 

悪い。

 

遠慮がない。

 

相手の反応を。

 

楽しむ。

 

嫌がる場所を。

 

分かっていて。

 

指で押す。

 

それでも。

 

本気で。

 

壊れるところまでは。

 

踏み込まない。

 

春蘭が。

 

本当に傷つく言葉は言わない。

 

桂花が。

 

華琳への忠誠を疑われるような冗談はしない。

 

栄華が。

 

金を守る仕事を。

 

馬鹿にはしない。

 

柳琳が。

 

命を救おうとすることを。

 

甘いとは言わない。

 

皆の弱いところを。

 

知り。

 

その一歩手前で。

 

笑う。

 

悪辣。

 

気まぐれ。

 

だが。

 

境界は。

 

正確。

 

「時雨」

 

華琳が呼ぶ。

 

「何だ」

 

「あなたは」

 

「人をからかう時だけ」

 

「妙に」

 

「生き生きするのね」

 

「ああ」

 

「嬉しそうに」

 

「認めないで」

 

「嘘になる」

 

華琳は。

 

少し。

 

笑う。

 

「なら」

 

「私も」

 

「からかってみなさい」

 

時雨は。

 

華琳を見る。

 

黄金の髪。

 

蒼い瞳。

 

黒い櫛。

 

自分の脚へ。

 

堂々と座る女。

 

「曹操」

 

「何?」

 

「今日は」

 

「胸が」

 

「少し大きく見える」

 

華琳の動きが。

 

完全に。

 

止まる。

 

時雨は。

 

真顔。

 

華琳の頬へ。

 

ゆっくり。

 

赤み。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「今の」

 

「どこまで」

 

「本気?」

 

時雨は。

 

少し考える。

 

「半分」

 

華琳の手が。

 

時雨の頬を。

 

引っ張る。

 

「痛い」

 

「半分だけでしょう?」

 

「全部痛い」

 

「なら」

 

「全部反省しなさい」

 

時雨は。

 

華琳の手首を。

 

軽く掴む。

 

「曹操」

 

「何」

 

「仮面が」

 

「剥がれた俺は」

 

「嫌か」

 

華琳の目が。

 

僅かに。

 

揺れる。

 

時雨。

 

ふざけた声。

 

だが。

 

問い。

 

奥。

 

真面目。

 

仮面の下。

 

本当の自分。

 

見せた。

 

それでも。

 

隣へ置くか。

 

華琳は。

 

時雨の頬から。

 

手を離す。

 

「嫌ではないわ」

 

「ああ」

 

「ただし」

 

華琳は。

 

時雨の胸元へ。

 

指を置く。

 

「私へ」

 

「胸の冗談を」

 

「何度も言うなら」

 

「責任を取りなさい」

 

時雨の眉が。

 

僅かに動く。

 

「何の」

 

「自分で考えなさい」

 

「面倒」

 

「それも含めて」

 

「あなたでしょう」

 

時雨は。

 

少し。

 

笑う。

 

「そうだな」

 

---

 

その日の朝議。

 

南方情勢の報告が。

 

予定されていた。

 

魏呉同盟。

 

締結後。

 

呉から。

 

最初の正式な情報が届いた。

 

江夏周辺。

 

荊州軍の船。

 

増加。

 

長江沿い。

 

倉。

 

建設。

 

劉備軍。

 

南郡の豪族へ。

 

使者を派遣。

 

北郷一刀。

 

難民の中から。

 

若い者を集め。

 

兵ではない。

 

組織を作っている。

 

稟は。

 

間者網だと見ている。

 

桂花は。

 

扇動役だと考えている。

 

風は。

 

両方。

 

さらに。

 

別の目的もあると。

 

疑っていた。

 

朝議。

 

始まる前。

 

時雨は。

 

珍しく。

 

時間通り。

 

席へ座っていた。

 

ただし。

 

姿勢。

 

悪い。

 

椅子へ。

 

斜めに座り。

 

片手で。

 

干し果物を食べている。

 

桂花が。

 

その姿を見る。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「今日は」

 

「遅刻していないのね」

 

「ああ」

 

「褒めてほしい?」

 

「ああ」

 

桂花の顔が。

 

一瞬。

 

固まる。

 

「誰が!」

 

「褒めるものですか!」

 

「なら」

 

「聞くな」

 

「あなたが!」

 

「普段!」

 

「遅れるからでしょう!」

 

時雨は。

 

干し果物を。

 

一つ。

 

桂花へ投げる。

 

桂花。

 

反射的に。

 

扇で受ける。

 

「何をするの!」

 

「褒美」

 

「誰への!」

 

「桂花」

 

「なぜ!」

 

「あなたが!」

 

「私へ!」

 

「褒美を!」

 

「与えるのよ!」

 

「朝から」

 

「よく怒鳴れる」

 

「誰のせい!」

 

「俺」

 

「分かっているなら!」

 

「黙りなさい!」

 

時雨は。

 

少し。

 

笑う。

 

桂花の顔。

 

さらに赤い。

 

霞は。

 

席へ座りながら。

 

肩を震わせている。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「完全に」

 

「戻ったな」

 

「どこへ」

 

「悪い方へ」

 

「ああ」

 

「褒めてない」

 

「知ってる」

 

春蘭が。

 

腕を組む。

 

「時雨!」

 

「何だ」

 

「私も」

 

「何か寄越せ!」

 

全員。

 

春蘭を見る。

 

秋蘭が。

 

姉へ。

 

静かに尋ねる。

 

「姉者」

 

「なぜだ」

 

「桂花だけ」

 

「褒美を得るのは」

 

「不公平だ!」

 

桂花が。

 

干し果物を。

 

扇の上で。

 

震わせる。

 

「これを!」

 

「褒美だと!」

 

「思っているの!?」

 

春蘭は。

 

真剣。

 

「違うのか」

 

「投げつけられたのよ!」

 

時雨は。

 

干し果物。

 

もう一つ。

 

春蘭へ投げる。

 

春蘭。

 

口で。

 

受ける。

 

噛む。

 

「美味い!」

 

桂花の顔。

 

さらに。

 

引きつる。

 

秋蘭は。

 

静かに。

 

目を閉じる。

 

霞。

 

机へ。

 

突っ伏す。

 

「ほんま」

 

「朝議始まらへんな」

 

華琳は。

 

王座。

 

その騒ぎを。

 

止めず。

 

見ている。

 

以前。

 

時雨が。

 

こんな姿を見せれば。

 

不敬。

 

規律。

 

問題。

 

そう。

 

考えたかもしれない。

 

今。

 

華琳は。

 

この騒がしさを。

 

悪くないと思っている。

 

時雨が。

 

皆の中で。

 

笑っている。

 

王ではない。

 

降将でもない。

 

魏の一人。

 

それでいて。

 

誰とも違う。

 

「始めるわよ」

 

華琳が言う。

 

全員。

 

姿勢。

 

整える。

 

時雨だけ。

 

干し果物を。

 

もう一つ。

 

口へ。

 

入れる。

 

華琳の目が。

 

向く。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「食べるのを」

 

「やめなさい」

 

時雨は。

 

袋。

 

閉じる。

 

次。

 

華琳へ。

 

投げる。

 

華琳。

 

受け取る。

 

「預かれ」

 

華琳の眉が。

 

僅かに。

 

上がる。

 

「誰へ」

 

「命令しているの?」

 

「曹操」

 

「ああ」

 

華琳は。

 

言いかけ。

 

また。

 

止まる。

 

時雨の口元。

 

上がる。

 

華琳の笑み。

 

冷える。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「軍議の後」

 

「覚えていなさい」

 

「ああ」

 

---

 

軍議。

 

始まる。

 

稟が。

 

荊州の地図へ。

 

木札を置く。

 

「劉備軍は」

 

「襄陽」

 

「新野」

 

「樊城」

 

「三地点を」

 

「中心に」

 

「兵を配置しています」

 

「南方では」

 

「江陵へ」

 

「物資を集めています」

 

「魏と呉の同盟を」

 

「意識した布陣でしょう」

 

雪蓮から届いた書状。

 

桂花が開く。

 

「呉側では」

 

「江夏の水軍が」

 

「荊州船団と」

 

「小規模な衝突を起こしています」

 

「まだ」

 

「正式な開戦ではありません」

 

「しかし」

 

「互いの船を」

 

「拿捕する事例が」

 

「増えている」

 

華琳が。

 

時雨を見る。

 

「どう思う」

 

時雨は。

 

机へ。

 

肘。

 

つく。

 

「面倒」

 

桂花の目。

 

鋭くなる。

 

「また!」

 

「それで!」

 

「終わらせる気!?」

 

「違う」

 

時雨は。

 

江夏。

 

指。

 

置く。

 

「小競り合い」

 

「増えすぎ」

 

「何が」

 

「早い」

 

「ああ」

 

「魏呉同盟」

 

「結んだ直後」

 

「荊州が」

 

「すぐ船を出す」

 

「準備が」

 

「よすぎる」

 

稟の目が。

 

鋭くなる。

 

「同盟締結前から」

 

「用意していた」

 

「ああ」

 

風が。

 

眠そうに。

 

「魏と呉が」

 

「組むことをー」

 

「予想していたのでしょうかー」

 

「違う」

 

時雨は。

 

地図。

 

見る。

 

「組ませた」

 

大広間。

 

静まる。

 

華琳の瞳。

 

細くなる。

 

「北郷一刀が?」

 

「ああ」

 

「婚約を使い」

 

「魏と呉を」

 

「争わせようとした」

 

「そう考えていたのでは?」

 

稟が尋ねる。

 

「どちらでも」

 

「よかった」

 

時雨が答える。

 

「争えば」

 

「得」

 

「組んでも」

 

「得」

 

桂花の眉が。

 

寄る。

 

「どういうこと」

 

「同盟を」

 

「急いで結べば」

 

「中身が」

 

「薄い」

 

「ああ」

 

「互いの軍」

 

「規則」

 

「補給」

 

「まだ」

 

「完全じゃない」

 

「ああ」

 

「そこへ」

 

「江夏で」

 

「小競り合い」

 

「呉が」

 

「魏へ」

 

「支援を求める」

 

「魏は」

 

「準備不足」

 

「断る」

 

「呉は」

 

「同盟が」

 

「役に立たないと」

 

「思う」

 

華琳の目が。

 

冷たくなる。

 

「逆もある」

 

時雨は続ける。

 

「魏側で」

 

「荊州軍が」

 

「国境へ」

 

「動く」

 

「魏が」

 

「呉へ」

 

「船を求める」

 

「呉が」

 

「断る」

 

「互い」

 

「不信」

 

「同盟を」

 

「結ばせた後」

 

「役に立たないと」

 

「思わせる」

 

「ああ」

 

稟が。

 

ゆっくり。

 

頷く。

 

「結ばせたものを」

 

「内側から」

 

「壊す」

 

風が。

 

小さく。

 

「悪鬼さんらしいですねー」

 

華琳は。

 

時雨を見る。

 

「なら」

 

「どうする」

 

時雨は。

 

少し。

 

笑う。

 

「何もしない」

 

桂花が。

 

机を。

 

叩く。

 

「時雨!」

 

「真面目に!」

 

「答えなさい!」

 

「真面目」

 

「どこが!」

 

「今」

 

「江夏を」

 

「助ければ」

 

「北郷一刀の」

 

「予定通り」

 

「ああ」

 

「見捨てれば」

 

「それも」

 

「予定通り」

 

「ああ」

 

「なら」

 

「別のことをする」

 

華琳の目。

 

僅かに。

 

鋭くなる。

 

「何を」

 

時雨は。

 

江夏ではなく。

 

襄陽の北。

 

指。

 

置く。

 

「新野」

 

「新野を」

 

「攻める?」

 

桂花が尋ねる。

 

「違う」

 

「祭りをする」

 

大広間。

 

止まる。

 

春蘭が。

 

眉を寄せる。

 

「戦の話ではないのか」

 

「ああ」

 

「祭り?」

 

華琳が尋ねる。

 

「国境の村」

 

「三つ」

 

「市場」

 

「開く」

 

「酒」

 

「肉」

 

「布」

 

「薬」

 

「馬」

 

「全部」

 

「安く売る」

 

栄華の顔が。

 

険しくなる。

 

「費用は」

 

「どこから出しますの」

 

「曹操」

 

華琳の眉が。

 

動く。

 

「私?」

 

「ああ」

 

「王だろ」

 

「横暴ね」

 

「王だから」

 

華琳の口元が。

 

僅かに。

 

上がる。

 

「続けなさい」

 

時雨は。

 

新野。

 

国境。

 

指。

 

滑らせる。

 

「荊州の民も」

 

「入れる」

 

「税」

 

「取らない」

 

栄華の扇が。

 

強く。

 

閉じる。

 

「待ってくださいませ!」

 

「税を取らない!?」

 

「ああ」

 

「商人は」

 

「喜ぶ」

 

「栄華は」

 

「怒る」

 

「当然です!」

 

時雨の口元。

 

僅かに。

 

上がる。

 

「怒ると思った」

 

「試しましたの!?」

 

「ああ」

 

「時雨!」

 

華琳が。

 

片手を上げる。

 

栄華。

 

止まる。

 

「理由は」

 

華琳が尋ねる。

 

「北郷一刀は」

 

時雨が言う。

 

「魏呉同盟が」

 

「機能するか」

 

「見てる」

 

「ああ」

 

「俺たちは」

 

「軍で」

 

「返さない」

 

「民で返す」

 

「市場へ」

 

「荊州の民が来る」

 

「魏は」

 

「奪わない」

 

「呉の品も」

 

「置く」

 

「同盟が」

 

「兵だけじゃないと」

 

「見せる」

 

稟の目が。

 

ゆっくり。

 

明るくなる。

 

「北郷一刀は」

 

「軍事同盟の」

 

「不備を狙っている」

 

「しかし」

 

「同盟を」

 

「経済と民生へ」

 

「広げれば」

 

「想定がずれる」

 

「ああ」

 

風も。

 

僅かに。

 

頭を上げる。

 

「祭りの噂は」

 

「小競り合いより」

 

「民へ広がりやすいですねー」

 

「肉」

 

「安い」

 

「酒」

 

「安い」

 

「魏と呉」

 

「仲良い」

 

「それだけ」

 

時雨が言う。

 

「民は」

 

「細かい条文」

 

「読まない」

 

「食えるか」

 

「安全か」

 

「見る」

 

栄華は。

 

まだ。

 

険しい。

 

「ですが」

 

「費用が」

 

「必要です」

 

「三日」

 

「三日間?」

 

「ああ」

 

「雪蓮と同じ」

 

霞が。

 

笑う。

 

「また三日か」

 

「ああ」

 

「胸は」

 

「関係ないで」

 

時雨が。

 

少し。

 

考える。

 

「呉の女商人」

 

「来るかもしれない」

 

華琳の目。

 

鋭くなる。

 

栄華の扇。

 

時雨の肩へ。

 

飛ぶ。

 

時雨。

 

受け止める。

 

「痛くない」

 

「軍議中に!」

 

「何を!」

 

「言っていますの!」

 

桂花も。

 

顔を赤くし。

 

怒鳴る。

 

「真面目に!」

 

「やりなさい!」

 

時雨は。

 

少し。

 

笑う。

 

「真面目」

 

「祭りは」

 

「採用するわ」

 

華琳が言う。

 

全員。

 

華琳を見る。

 

「栄華」

 

「三日分の」

 

「予算を」

 

「組みなさい」

 

栄華の顔。

 

僅かに。

 

固まる。

 

「華琳様」

 

「本当に?」

 

「ええ」

 

「ただし」

 

華琳は。

 

時雨を見る。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「あなたが」

 

「責任者よ」

 

時雨の顔。

 

曇る。

 

「嫌だ」

 

華琳の笑み。

 

深くなる。

 

「策を出した者が」

 

「責任を持つ」

 

「桂花に」

 

「任せる」

 

桂花が。

 

即座に。

 

「嫌よ!」

 

「ああ」

 

「なら」

 

「栄華」

 

「嫌ですわ!」

 

「柳琳」

 

柳琳は。

 

穏やかに。

 

「医療所の担当なら」

 

「引き受けます」

 

時雨は。

 

華琳を見る。

 

「皆」

 

「冷たいな」

 

「あなたが」

 

「仕事を」

 

「投げすぎるからよ」

 

華琳は。

 

楽しそうに言う。

 

「責任者」

 

「決定」

 

時雨は。

 

椅子へ。

 

深く。

 

沈む。

 

「面倒」

 

「ああ」

 

「それも」

 

「あなたね」

 

---

 

軍議が。

 

終わろうとした時。

 

大広間の扉。

 

外。

 

兵の声。

 

「華琳様」

 

「荊州より」

 

「使者が到着しました」

 

空気。

 

変わる。

 

華琳の目。

 

鋭くなる。

 

「通しなさい」

 

扉。

 

開く。

 

一人の男。

 

旅装。

 

膝をつく。

 

手には。

 

封のされた書状。

 

「荊州牧」

 

「劉備玄徳様より」

 

「張燕将軍へ」

 

「書状を」

 

「お預かりしております」

 

全員の視線。

 

時雨へ。

 

時雨は。

 

椅子へ。

 

だらしなく。

 

座ったまま。

 

使者を見る。

 

「俺に?」

 

「はい」

 

「ああ」

 

使者が。

 

立ち。

 

書状を。

 

運ぶ。

 

華琳の前ではなく。

 

時雨へ。

 

直接。

 

差し出す。

 

時雨は。

 

受け取る。

 

封。

 

見る。

 

劉備玄徳。

 

印。

 

懐かしい。

 

名。

 

「劉備と」

 

春蘭が尋ねる。

 

「知り合いなのか」

 

「ああ」

 

「いつから」

 

「昔」

 

「それでは」

 

「分からん!」

 

霞が。

 

時雨を見る。

 

「うちも」

 

「詳しく聞いたことないで」

 

華琳の瞳が。

 

僅かに。

 

細くなる。

 

「時雨」

 

「何?」

 

「劉備と」

 

「一緒に戦ったことがあるの?」

 

「ああ」

 

「なぜ」

 

「今まで」

 

「言わなかったの」

 

「聞かれてない」

 

桂花の顔が。

 

引きつる。

 

「あなたは!」

 

「本当に!」

 

「重要なことを!」

 

「聞かれるまで!」

 

「言わないのね!」

 

「ああ」

 

稟が。

 

静かに尋ねる。

 

「いつ頃ですか」

 

時雨は。

 

書状の封を。

 

指で。

 

弄びながら答える。

 

「まだ」

 

「劉備が」

 

「大きな軍を」

 

「持つ前」

 

「黄巾の後」

 

「官軍の残りと」

 

「賊が」

 

「村を」

 

「奪い合ってた」

 

「劉備が」

 

「民を」

 

「逃がしてた」

 

「俺が」

 

「山道を」

 

「塞いだ」

 

春蘭が。

 

眉を寄せる。

 

「共闘したのか」

 

「ああ」

 

「どちらが」

 

「頼んだ」

 

「向こう」

 

時雨は。

 

少し。

 

口元を上げる。

 

「泣きそうな顔で」

 

「助けてくださいって」

 

「言われた」

 

使者の顔が。

 

僅かに。

 

険しくなる。

 

時雨は。

 

見ている。

 

わざと。

 

反応。

 

楽しむ。

 

華琳が。

 

時雨を見る。

 

「本当に?」

 

「半分」

 

「残り半分は」

 

「関羽が」

 

「剣を」

 

「向けた」

 

春蘭の目が。

 

輝く。

 

「関羽と!」

 

「戦ったのか!」

 

「少し」

 

「勝った?」

 

「決着なし」

 

春蘭の顔。

 

僅かに。

 

不満。

 

「なぜだ」

 

「劉備が」

 

「間に入った」

 

「ああ」

 

「それから」

 

時雨は。

 

封を開ける。

 

「一緒に」

 

「三日」

 

「戦った」

 

「また三日か」

 

霞が笑う。

 

「多いな」

 

「ああ」

 

「何と戦った?」

 

華琳が尋ねる。

 

「官軍」

 

大広間。

 

少し。

 

静まる。

 

「官軍?」

 

稟が確認する。

 

「ああ」

 

「村を」

 

「賊へ売ってた」

 

「金を」

 

「取って」

 

「兵を引く」

 

「別の村から」

 

「また取る」

 

「劉備は」

 

「許せないって」

 

「怒った」

 

「俺は」

 

「金を」

 

「横取りした」

 

桂花の眉が。

 

寄る。

 

「目的が」

 

「違うでしょう!」

 

「ああ」

 

「でも」

 

「敵は同じ」

 

風が。

 

眠そうに。

 

「劉備さんと時雨さんがー」

 

「同じ側にいたのは」

 

「少し意外ですねー」

 

「向こうも」

 

「そう思ってた」

 

時雨は。

 

書状を開く。

 

文字。

 

丁寧。

 

柔らかい。

 

だが。

 

内容。

 

軽くない。

 

時雨は。

 

黙って読む。

 

華琳は。

 

その顔を見る。

 

笑み。

 

薄れる。

 

完全に。

 

消えない。

 

劉備。

 

昔。

 

共に戦った女。

 

手紙。

 

何が。

 

書かれている。

 

「読んで」

 

華琳が言う。

 

時雨は。

 

書状を。

 

少し。

 

上げる。

 

「長い」

 

「要約して」

 

「ああ」

 

時雨は。

 

もう一度。

 

文字を見る。

 

「張燕殿」

 

「久しぶり」

 

「生きてて」

 

「よかった」

 

「あの時」

 

「助けてもらった村の人は」

 

「今も」

 

「暮らしてる」

 

「覚えてる?」

 

「ああ」

 

「手紙の中へ」

 

「返事をしないで」

 

華琳が言う。

 

時雨は。

 

続ける。

 

「魏と呉が」

 

「同盟を組んだと聞いた」

 

「戦になる前に」

 

「会いたい」

 

「曹操と」

 

「孫策と」

 

「話す道を」

 

「探したい」

 

「ああ」

 

「北郷一刀については」

 

「書いてる?」

 

稟が尋ねる。

 

時雨の目。

 

僅かに。

 

細くなる。

 

「一刀は」

 

「荊州を守るために」

 

「必要なことをしている」

 

「誤解がある」

 

「直接」

 

「話せば分かる」

 

桂花の扇。

 

強く。

 

閉じる。

 

「随分と」

 

「都合のよい話ね」

 

風が。

 

眠そうに。

 

「悪鬼さんを」

 

「庇っていますねー」

 

時雨は。

 

さらに読む。

 

「昔」

 

「あなたは」

 

「私へ言った」

 

「正義だけで」

 

「民は守れない」

 

「でも」

 

「正義を捨てたら」

 

「何を守ったか」

 

「分からなくなる」

 

「覚えてる?」

 

大広間。

 

静か。

 

華琳が。

 

時雨を見る。

 

「あなたが」

 

「言ったの?」

 

「ああ」

 

「随分と」

 

「まともね」

 

「昔」

 

「頭を」

 

「打った」

 

霞が。

 

吹き出す。

 

桂花が。

 

時雨を睨む。

 

「真面目に!」

 

「答えなさい!」

 

「真面目」

 

華琳は。

 

手で。

 

続きを促す。

 

時雨が読む。

 

「張燕殿」

 

「あなたが」

 

「曹操の隣にいるなら」

 

「きっと」

 

「理由があると思う」

 

「でも」

 

「あなたまで」

 

「戦を望んでいるとは」

 

「思いたくない」

 

「また」

 

「一緒に」

 

「民を守る道を」

 

「探せない?」

 

最後。

 

「劉備玄徳」

 

時雨は。

 

書状を。

 

閉じる。

 

大広間。

 

静か。

 

華琳。

 

王座。

 

時雨。

 

使者。

 

軍師。

 

将。

 

誰も。

 

すぐには。

 

話さない。

 

劉備の手紙。

 

真っ直ぐ。

 

時雨を。

 

知る者へ。

 

送った。

 

昔の繋がり。

 

頼る。

 

戦を。

 

止めたい。

 

あるいは。

 

時間を。

 

稼ぎたい。

 

本心。

 

策。

 

両方。

 

あり得る。

 

「時雨」

 

華琳が呼ぶ。

 

「何だ」

 

「どう思う」

 

時雨は。

 

書状で。

 

自分の顎を。

 

軽く叩く。

 

「懐かしい」

 

「それだけ?」

 

「ああ」

 

桂花の目。

 

鋭い。

 

「劉備の言葉に」

 

「心を動かされたの?」

 

時雨は。

 

桂花を見る。

 

「少し」

 

大広間。

 

僅かに。

 

張り詰める。

 

華琳の目。

 

時雨から。

 

逸れない。

 

「どこに」

 

桂花が尋ねる。

 

「生きてて」

 

「よかった」

 

「そこ?」

 

「ああ」

 

「ほかは」

 

「面倒」

 

使者の顔へ。

 

苛立ち。

 

浮かぶ。

 

時雨は。

 

見逃さない。

 

「使者」

 

「はい」

 

「劉備は」

 

「泣いてた?」

 

使者の眉。

 

僅かに。

 

動く。

 

「なぜ」

 

「そのようなことを」

 

「お尋ねに」

 

「昔」

 

「よく泣いてた」

 

「玄徳様は」

 

「民を思い」

 

「心を痛められる方です」

 

「ああ」

 

「今も」

 

「泣く?」

 

「必要なら」

 

「涙を流されます」

 

時雨の口元。

 

僅かに。

 

上がる。

 

「便利だな」

 

使者の顔。

 

険しくなる。

 

春蘭も。

 

眉を寄せる。

 

華琳だけ。

 

時雨の意図を。

 

見ようとしている。

 

「時雨」

 

華琳が言う。

 

「返事を」

 

「出す?」

 

「ああ」

 

「内容は」

 

時雨は。

 

近くの竹簡を。

 

取る。

 

筆。

 

墨。

 

使者が。

 

見ている。

 

軍師たちも。

 

見ている。

 

時雨は。

 

考える。

 

長く。

 

ない。

 

一息。

 

書く。

 

桂花が。

 

横から。

 

覗こうとする。

 

時雨は。

 

竹簡を。

 

裏返す。

 

「見るな」

 

「外交文書よ!」

 

「俺宛て」

 

「返信は!」

 

「魏の将として!」

 

「出すのでしょう!」

 

「個人」

 

「そんな理屈が!」

 

「通ると思ってるの!?」

 

「曹操」

 

華琳が。

 

僅かに笑う。

 

「まず」

 

「時雨へ」

 

「書かせなさい」

 

「華琳様!」

 

「後で」

 

「私が確認するわ」

 

時雨は。

 

筆を動かす。

 

短い。

 

本当に。

 

短い。

 

書き終える。

 

墨。

 

乾かす。

 

華琳へ。

 

渡す。

 

華琳は。

 

受け取る。

 

読む。

 

一行目。

 

目。

 

僅かに。

 

動く。

 

二行目。

 

眉。

 

上がる。

 

三行目。

 

口元。

 

僅かに。

 

緩む。

 

桂花が。

 

耐えきれず。

 

尋ねる。

 

「何と」

 

「書いたのですか」

 

華琳は。

 

時雨を見る。

 

「あなた」

 

「本当に」

 

「これを」

 

「送るつもり?」

 

「ああ」

 

「劉備へ?」

 

「ああ」

 

「荊州牧へ?」

 

「ああ」

 

華琳は。

 

小さく。

 

笑う。

 

「読んであげなさい」

 

時雨は。

 

竹簡を。

 

受け取る。

 

使者を見る。

 

そして。

 

平然と。

 

読み上げる。

 

「劉備へ」

 

「久しぶり」

 

「村の奴らが」

 

「生きてるなら」

 

「よかった」

 

「ああ」

 

「返事で」

 

「自分へ相槌を打たないで」

 

華琳が言う。

 

時雨は。

 

続ける。

 

「戦を止めたいなら」

 

「北郷一刀を」

 

「縄で縛って」

 

「許昌へ送れ」

 

大広間。

 

完全に。

 

静まる。

 

使者の顔。

 

引きつる。

 

桂花の扇。

 

止まる。

 

春蘭の目。

 

輝く。

 

霞。

 

笑いを。

 

堪える。

 

時雨は。

 

平然。

 

「それが」

 

「無理なら」

 

「桃でも」

 

「送れ」

 

風の帽子が。

 

僅かに。

 

跳ねる。

 

稟が。

 

目を閉じる。

 

口元。

 

僅かに。

 

動く。

 

時雨は。

 

さらに読む。

 

「昔」

 

「お前が」

 

「勝手に」

 

「俺の干し肉を」

 

「食った分」

 

「まだ」

 

「返してもらってない」

 

使者が。

 

声を。

 

失う。

 

霞が。

 

ついに。

 

机へ。

 

突っ伏す。

 

「時雨!」

 

「お前!」

 

「荊州牧への!」

 

「返事やぞ!」

 

「ああ」

 

「それで!」

 

「干し肉!?」

 

「重要」

 

華琳は。

 

口元。

 

手で。

 

隠す。

 

笑っている。

 

桂花が。

 

怒鳴る。

 

「続きは!」

 

時雨は。

 

最後の文を読む。

 

「会うなら」

 

「俺は行くのが面倒だから」

 

「お前が来い」

 

「ただし」

 

「関羽は」

 

「入口へ置いてこい」

 

「前に」

 

「剣を向けられた」

 

「根に持ってる」

 

「張燕」

 

読み終える。

 

静寂。

 

長い。

 

使者の顔。

 

赤い。

 

怒り。

 

困惑。

 

侮辱。

 

判断。

 

できない。

 

「これを」

 

使者が。

 

絞り出すように言う。

 

「玄徳様へ」

 

「渡せと」

 

「ああ」

 

「正式な返書として?」

 

「ああ」

 

「北郷様を」

 

「縄で縛れと?」

 

「ああ」

 

「桃を送れと?」

 

「ああ」

 

「干し肉を返せと?」

 

「ああ」

 

「関羽様を」

 

「入口へ置いてこいと?」

 

「ああ」

 

使者の拳。

 

震える。

 

「ふざけているのですか!」

 

時雨の口元。

 

ゆっくり。

 

上がる。

 

悪い笑み。

 

完全に。

 

仮面。

 

ない。

 

「半分」

 

「残り半分は」

 

華琳が尋ねる。

 

時雨は。

 

使者から。

 

目を逸らさない。

 

「本気」

 

使者の顔。

 

さらに。

 

険しい。

 

「玄徳様は!」

 

「真剣に!」

 

「戦を避ける道を!」

 

「探しておられるのです!」

 

「ああ」

 

「なら」

 

「一刀を」

 

「止めろ」

 

時雨の声。

 

軽い。

 

だが。

 

空気。

 

変わる。

 

「農具へ」

 

「間者を」

 

「混ぜる」

 

「商人を」

 

「使う」

 

「豪族を」

 

「消す」

 

「魏と呉を」

 

「争わせる」

 

「それを」

 

「必要なことと」

 

「言うなら」

 

「話すことは」

 

「ない」

 

使者の顔。

 

固まる。

 

時雨は。

 

書状を。

 

軽く。

 

指で叩く。

 

「劉備は」

 

「正義を」

 

「捨てない」

 

「昔から」

 

「そう言う」

 

「ああ」

 

「でも」

 

「隣の男が」

 

「何をしてるか」

 

「見ないなら」

 

「正義じゃない」

 

「都合のいい」

 

「目隠し」

 

大広間。

 

誰も。

 

笑わない。

 

先ほどの。

 

ふざけた返書。

 

その奥。

 

本気。

 

時雨は。

 

劉備へ。

 

会う道を。

 

完全には。

 

閉じていない。

 

来い。

 

そう。

 

書いた。

 

だが。

 

条件。

 

北郷一刀。

 

向き合え。

 

それが。

 

できないなら。

 

話す価値。

 

ない。

 

「それでも」

 

時雨は続ける。

 

「劉備が」

 

「自分で来るなら」

 

「会う」

 

華琳の目が。

 

時雨へ向く。

 

「私の許可を」

 

「取らずに?」

 

時雨は。

 

華琳を見る。

 

「今」

 

「取る」

 

「順番が逆よ」

 

「ああ」

 

華琳の口元。

 

僅かに。

 

上がる。

 

「許可するわ」

 

桂花の顔が。

 

変わる。

 

「華琳様!」

 

「劉備を」

 

「許昌へ?」

 

「来るなら」

 

華琳が言う。

 

「会う価値はある」

 

「時雨の」

 

「古い知己としてではなく」

 

「荊州牧として」

 

「ああ」

 

「ただし」

 

華琳は。

 

使者を見る。

 

「北郷一刀は」

 

「連れてこないこと」

 

使者の目。

 

僅かに。

 

揺れる。

 

「それは」

 

「玄徳様がお決めになることです」

 

「なら」

 

「そう伝えなさい」

 

「曹操孟徳は」

 

「劉備玄徳と」

 

「直接話す用意がある」

 

「しかし」

 

「北郷一刀の策を」

 

「見過ごすつもりはない」

 

使者は。

 

頭を下げる。

 

「承りました」

 

時雨が。

 

竹簡を。

 

使者へ投げる。

 

使者は。

 

慌てて。

 

両手で受け取る。

 

「時雨!」

 

春蘭が叫ぶ。

 

「また!」

 

「書状を!」

 

「投げたな!」

 

「届いた」

 

「そういう問題ではない!」

 

使者は。

 

竹簡を見る。

 

次。

 

時雨。

 

「本当に」

 

「このまま」

 

「お渡しします」

 

「ああ」

 

「後悔しませんか」

 

「しない」

 

「玄徳様が」

 

「怒られるかもしれません」

 

時雨の口元。

 

悪く。

 

上がる。

 

「見たいな」

 

使者は。

 

完全に。

 

言葉を失う。

 

華琳は。

 

声を立てず。

 

笑う。

 

「使者」

 

華琳が言う。

 

「下がりなさい」

 

「休息と」

 

「食事を与える」

 

「明朝」

 

「荊州へ戻りなさい」

 

使者は。

 

深く。

 

頭を下げる。

 

退出。

 

扉。

 

閉じる。

 

次の瞬間。

 

霞が。

 

机を叩いて。

 

笑い始めた。

 

「桃!」

 

「干し肉!」

 

「関羽を入口へ!」

 

「お前!」

 

「昔から!」

 

「根に持つ男やったけど!」

 

「国家の返書で!」

 

「やるか普通!」

 

「ああ」

 

「普通じゃない」

 

「ああ」

 

桂花は。

 

顔を赤くし。

 

時雨を睨む。

 

「外交問題になったら!」

 

「どうするのよ!」

 

「劉備は」

 

「怒らない」

 

「なぜ」

 

「昔」

 

「もっと酷いことを」

 

「言った」

 

全員。

 

時雨を見る。

 

華琳が。

 

興味深そうに尋ねる。

 

「何を言ったの」

 

時雨は。

 

少し考える。

 

「お前の理想は」

 

「飯にならない」

 

「それだけ?」

 

「ああ」

 

「劉備は」

 

「泣いた」

 

春蘭が。

 

眉を寄せる。

 

「女を泣かせたのか」

 

「ああ」

 

「最低だな!」

 

「ああ」

 

「認めるのか!」

 

「ああ」

 

「だが」

 

時雨は続ける。

 

「次の日」

 

「粥を」

 

「作ってた」

 

「誰が」

 

柳琳が尋ねる。

 

「劉備」

 

「村の分」

 

「自分で」

 

柳琳の表情。

 

僅かに。

 

柔らかくなる。

 

「時雨が」

 

「言ったから?」

 

「ああ」

 

「なら」

 

「酷い言葉でも」

 

「意味はあったのですね」

 

「違う」

 

「何が」

 

「腹が減ってた」

 

霞が。

 

また。

 

笑う。

 

華琳は。

 

時雨を見る。

 

劉備。

 

昔。

 

共に。

 

戦った。

 

泣かせた。

 

干し肉。

 

奪われた。

 

それでも。

 

今。

 

手紙。

 

届く。

 

劉備にとって。

 

時雨は。

 

ただの敵将ではない。

 

時雨にとっても。

 

劉備は。

 

ただの荊州牧ではない。

 

情。

 

ある。

 

だが。

 

それで。

 

判断。

 

曲げない。

 

むしろ。

 

知る相手だから。

 

厳しい。

 

「時雨」

 

華琳が呼ぶ。

 

「何だ」

 

「劉備が」

 

「本当に」

 

「一人で」

 

「許昌へ来たら」

 

「どうする」

 

「飯を」

 

「食わせる」

 

「ああ」

 

「その後は」

 

「北郷一刀の」

 

「悪口を言う」

 

「本人が」

 

「庇ったら?」

 

「もっと言う」

 

「泣いたら?」

 

時雨は。

 

少し。

 

笑う。

 

「桃を」

 

「食わせる」

 

華琳の目。

 

僅かに。

 

柔らかくなる。

 

「優しいのね」

 

「違う」

 

「桃が」

 

「余ったら」

 

「面倒」

 

華琳は。

 

笑う。

 

「そういうことに」

 

「しておくわ」

 

---

 

朝議後。

 

時雨は。

 

中庭へ。

 

出た。

 

空。

 

晴れ。

 

風。

 

乾いている。

 

劉備の使者。

 

王宮の客殿。

 

今頃。

 

返書を。

 

何度も。

 

読み返している。

 

本当に。

 

渡してよいか。

 

悩んでいる。

 

時雨には。

 

どうでもよい。

 

劉備なら。

 

読む。

 

怒る。

 

困る。

 

少し笑う。

 

そして。

 

たぶん。

 

桃を送る。

 

昔も。

 

そうだった。

 

官軍との戦。

 

終わった後。

 

時雨は。

 

奪った金を。

 

村へ。

 

半分。

 

渡した。

 

残り。

 

黒山へ。

 

持ち帰ろうとした。

 

劉備は。

 

全部。

 

村へ返せと。

 

言った。

 

時雨は。

 

嫌だと答えた。

 

劉備は。

 

説得。

 

続けた。

 

時雨は。

 

途中で。

 

寝た。

 

目覚めると。

 

干し肉。

 

一袋。

 

消えていた。

 

劉備。

 

関羽。

 

張飛。

 

三人。

 

食べていた。

 

時雨は。

 

金を。

 

さらに。

 

持ち帰った。

 

その代わり。

 

村へ。

 

山道の通行権を。

 

与えた。

 

どちらが。

 

正しかったか。

 

分からない。

 

だが。

 

村は。

 

生き残った。

 

黒山も。

 

冬を越した。

 

劉備は。

 

最後まで。

 

不満そうだった。

 

それでも。

 

別れる時。

 

また会おうと。

 

言った。

 

時雨は。

 

面倒だと。

 

答えた。

 

そして。

 

今。

 

また。

 

会おうとしている。

 

「時雨」

 

声。

 

柳琳。

 

時雨は。

 

振り返る。

 

柳琳。

 

薬箱。

 

手。

 

近づく。

 

「何だ」

 

「手紙のことで」

 

「少し」

 

「気になりました」

 

「ああ」

 

「劉備様と」

 

「戦った時」

 

「怪我は」

 

「しましたか」

 

時雨は。

 

少し考える。

 

「関羽に」

 

「肩を」

 

「斬られた」

 

柳琳の表情。

 

一瞬で。

 

変わる。

 

「どちらですか」

 

「左」

 

柳琳は。

 

時雨の左肩へ。

 

手を伸ばす。

 

衣。

 

上から。

 

触れる。

 

「傷は」

 

「残っていますか」

 

「ああ」

 

「見せてください」

 

「今?」

 

「今です」

 

時雨は。

 

柳琳を見る。

 

「昔」

 

「今は」

 

「痛くない」

 

「古傷は」

 

「季節で」

 

「痛むことがあります」

 

「ない」

 

「確認します」

 

声。

 

穏やか。

 

拒否。

 

不可。

 

時雨は。

 

上衣。

 

少し。

 

ずらす。

 

左肩。

 

古い傷。

 

長い。

 

浅くはない。

 

柳琳の目。

 

僅かに。

 

険しくなる。

 

指。

 

触れない。

 

近く。

 

見る。

 

「深い傷です」

 

「ああ」

 

「よく」

 

「腕が動きますね」

 

「治った」

 

「誰が」

 

「治療を」

 

「劉備」

 

柳琳の目。

 

僅かに。

 

大きくなる。

 

「劉備様が?」

 

「ああ」

 

「縫った」

 

「医術を」

 

「知っていたのですか」

 

「知らない」

 

柳琳の顔。

 

少し。

 

固まる。

 

「では」

 

「どうして」

 

「針と糸」

 

「持ってた」

 

「それだけで」

 

「縫わせたのですか」

 

「ああ」

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「無茶です」

 

「ああ」

 

「痛かったでしょう」

 

「痛かった」

 

「それでも」

 

「任せたのですか」

 

「ああ」

 

「関羽が」

 

「自分で斬ったから」

 

「責任を取れって」

 

「劉備へ」

 

「言った」

 

柳琳は。

 

数秒。

 

時雨を見る。

 

次。

 

額へ。

 

手を当てる。

 

「関羽様が」

 

「斬ったのに」

 

「劉備様へ」

 

「責任を?」

 

「ああ」

 

「なぜですか」

 

「主だから」

 

柳琳は。

 

小さく息を吐く。

 

「昔から」

 

「そのような方だったのですね」

 

「何が」

 

「理不尽です」

 

「ああ」

 

「認めるのですか」

 

「ああ」

 

「直す気は」

 

「ない」

 

柳琳は。

 

肩の傷へ。

 

そっと。

 

指を近づける。

 

今度。

 

軽く。

 

触れる。

 

「痛みは」

 

「ない」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「劉備様が」

 

「この傷を」

 

「縫った」

 

「ああ」

 

柳琳の目。

 

少し。

 

複雑。

 

時雨と。

 

劉備。

 

過去。

 

自分が。

 

知らない。

 

傷。

 

時間。

 

「柳琳」

 

「何でしょう」

 

「嫉妬?」

 

柳琳の指。

 

止まる。

 

「なぜ」

 

「そう思うのですか」

 

「顔」

 

柳琳の頬。

 

僅かに。

 

赤い。

 

「違います」

 

「ああ」

 

「今の返事は」

 

「肯定ですか」

 

「ああ」

 

柳琳の目。

 

僅かに。

 

細くなる。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「今日は」

 

「特に」

 

「意地悪ですね」

 

「ああ」

 

「仮面が」

 

「完全に」

 

「剥がれたからですか」

 

時雨は。

 

少し考える。

 

「たぶん」

 

柳琳は。

 

傷から。

 

手を離す。

 

次。

 

時雨の上衣を。

 

丁寧に。

 

戻す。

 

「私は」

 

「今の時雨も」

 

「嫌ではありません」

 

「ああ」

 

「ですが」

 

「何だ」

 

「劉備様が」

 

「許昌へ来ても」

 

「傷の診察は」

 

「私がします」

 

時雨の眉が。

 

僅かに。

 

上がる。

 

「なぜ」

 

「私が」

 

「時雨の医師だからです」

 

声。

 

穏やか。

 

だが。

 

譲らない。

 

時雨の口元。

 

僅かに。

 

上がる。

 

「分かった」

 

柳琳も。

 

少し。

 

微笑む。

 

---

 

午後。

 

栄華の執務室。

 

時雨は。

 

祭りの予算を。

 

見ていた。

 

見ている。

 

というより。

 

机へ。

 

頬杖。

 

数字。

 

眺め。

 

三分の一。

 

理解。

 

残り。

 

栄華へ。

 

任せる気。

 

栄華は。

 

向かい。

 

帳簿。

 

書く。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「責任者です」

 

「ああ」

 

「数字を」

 

「見てください」

 

「見てる」

 

「目が」

 

「半分閉じています」

 

「片目で」

 

「十分」

 

「十分ではありません!」

 

時雨は。

 

帳簿へ。

 

指。

 

置く。

 

「酒」

 

「多い」

 

栄華の目。

 

僅かに。

 

明るくなる。

 

「分かりますの?」

 

「ああ」

 

「どれくらい」

 

「多いです」

 

「半分でいい」

 

「理由は」

 

「酔った奴が」

 

「喧嘩する」

 

「警備」

 

「増える」

 

栄華が。

 

数字を。

 

見直す。

 

「確かに」

 

「酒代を」

 

「減らすだけでなく」

 

「警備費も」

 

「抑えられます」

 

「ああ」

 

「肉」

 

「少ない」

 

「なぜですの」

 

「酒を」

 

「減らす」

 

「代わり」

 

「肉」

 

「増やす」

 

「民は」

 

「怒らない」

 

栄華の口元。

 

僅かに。

 

柔らかくなる。

 

「真面目に」

 

「考えているではありませんか」

 

「ああ」

 

「なら」

 

「最初から」

 

「その姿勢で」

 

「やってください」

 

「嫌だ」

 

「なぜ!」

 

「疲れる」

 

栄華は。

 

扇で。

 

時雨の額。

 

軽く。

 

叩く。

 

「痛い」

 

「痛くしていません!」

 

「ああ」

 

「今の」

 

「完全に」

 

「わたくしを」

 

「からかいましたね」

 

「ああ」

 

栄華の顔。

 

僅かに。

 

赤い。

 

怒り。

 

でも。

 

以前より。

 

楽しそう。

 

「劉備から」

 

「手紙が届いたと」

 

「聞きました」

 

「ああ」

 

「元恋人ですの?」

 

時雨の目。

 

僅かに。

 

動く。

 

栄華の頬。

 

僅かに。

 

赤い。

 

「違う」

 

「では」

 

「何ですの」

 

「昔」

 

「一緒に」

 

「戦った」

 

「それだけ?」

 

「ああ」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「胸は」

 

「見ましたの?」

 

時雨は。

 

少し考える。

 

栄華の扇。

 

止まる。

 

「なぜ」

 

「考えますの!」

 

「昔」

 

「意識してない」

 

「今なら?」

 

時雨は。

 

栄華を見る。

 

意地悪。

 

目。

 

「栄華」

 

「何ですの」

 

「嫉妬?」

 

栄華の顔。

 

一気に。

 

赤い。

 

「違います!」

 

「ああ」

 

「それは」

 

「何の返事ですの!」

 

「嫉妬」

 

「違うと言いました!」

 

「なら」

 

「いい」

 

栄華は。

 

帳簿。

 

強く。

 

閉じる。

 

「時雨!」

 

「何だ」

 

「今夜の」

 

「祭りの打ち合わせ」

 

「二刻」

 

「延長します!」

 

時雨の顔。

 

曇る。

 

「嫌だ」

 

「罰です!」

 

「何の」

 

「わたくしを!」

 

「からかった罰です!」

 

時雨は。

 

少し。

 

笑う。

 

「反応が」

 

「面白い」

 

栄華の扇。

 

再び。

 

時雨の肩。

 

飛ぶ。

 

「性格が!」

 

「悪すぎます!」

 

「ああ」

 

「嬉しそうに!」

 

「認めないでください!」

 

---

 

夕方。

 

華琳の私室。

 

時雨は。

 

劉備の手紙を。

 

机の上へ置く。

 

華琳は。

 

返書の写しを。

 

読んでいる。

 

何度。

 

読んでも。

 

外交文書とは。

 

思えない。

 

縄。

 

桃。

 

干し肉。

 

関羽を入口へ。

 

だが。

 

本質。

 

ある。

 

華琳は。

 

時雨を見る。

 

「劉備は」

 

「来ると思う?」

 

「ああ」

 

「なぜ」

 

「来ないと」

 

「手紙」

 

「出さない」

 

「北郷一刀が」

 

「止めるかもしれない」

 

「ああ」

 

「なら」

 

「来られない可能性もある」

 

「その時は」

 

時雨は。

 

長椅子へ。

 

寝転ぶ。

 

「一刀が」

 

「劉備を」

 

「使ってる」

 

「証拠」

 

華琳の目。

 

僅かに。

 

鋭くなる。

 

「来れば」

 

「違う?」

 

「少なくとも」

 

「自分で」

 

「決める」

 

「ああ」

 

華琳は。

 

時雨の近くへ座る。

 

「劉備を」

 

「信じているのね」

 

「半分」

 

「残り半分は」

 

「信用してない」

 

「ちょうど」

 

「半分?」

 

「ああ」

 

「私には」

 

華琳が尋ねる。

 

「どれくらい」

 

時雨は。

 

華琳を見る。

 

「全部」

 

華琳の目。

 

僅かに。

 

揺れる。

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「今の」

 

「冗談?」

 

時雨の口元。

 

僅かに。

 

上がる。

 

「半分」

 

華琳の手。

 

時雨の頬を。

 

引っ張る。

 

「痛い」

 

「全部?」

 

「ああ」

 

「なら」

 

「信用も」

 

「全部と言いなさい」

 

「横暴」

 

「王ですもの」

 

時雨は。

 

華琳の手首を。

 

掴む。

 

軽く。

 

引く。

 

華琳。

 

時雨の胸元へ。

 

近づく。

 

「時雨?」

 

「劉備が」

 

「来ても」

 

「曹操の隣」

 

華琳の目。

 

柔らかくなる。

 

「当然でしょう」

 

「ああ」

 

「でも」

 

「何だ」

 

「あなたが」

 

「昔の女へ」

 

「ふざけた返事を」

 

「送るのは」

 

「少し」

 

「面白くない」

 

「昔の女じゃない」

 

「知っているわ」

 

「では」

 

「なぜ」

 

「嫉妬?」

 

華琳は。

 

少し。

 

笑う。

 

「ええ」

 

「そうよ」

 

時雨の眉。

 

僅かに。

 

動く。

 

「素直だな」

 

「あなたが」

 

「仮面を外したのなら」

 

「私も」

 

「隠す必要はないでしょう」

 

「ああ」

 

「だから」

 

華琳は。

 

時雨の胸元を。

 

掴む。

 

「劉備が来たら」

 

「私の前で」

 

「昔話をしなさい」

 

「嫌だ」

 

「命令よ」

 

「面倒」

 

「それも」

 

「認めない」

 

時雨は。

 

少し。

 

笑う。

 

「劉備が」

 

「泣くかもしれない」

 

「泣かせないように」

 

「話しなさい」

 

「無理」

 

「なぜ」

 

「昔話は」

 

「大体」

 

「劉備が」

 

「泣いてる」

 

華琳は。

 

声を立てず。

 

笑う。

 

「本当に」

 

「酷い男」

 

「ああ」

 

「でも」

 

華琳は。

 

時雨の胸へ。

 

額を預ける。

 

「その酷い男を」

 

「私は」

 

「選んだのね」

 

「逆」

 

「何が」

 

「俺が」

 

「曹操を」

 

「選んだ」

 

華琳の目。

 

僅かに。

 

大きくなる。

 

次。

 

柔らかく。

 

細くなる。

 

「そうだったわね」

 

「ああ」

 

「なら」

 

「最後まで」

 

「責任を取りなさい」

 

「面倒」

 

「逃がさないわ」

 

時雨は。

 

華琳の黄金の髪へ。

 

手を置く。

 

「逃げない」

 

「ああ」

 

華琳は。

 

言いかけ。

 

止まる。

 

時雨の口元。

 

上がる。

 

「また」

 

「言いそうになったな」

 

華琳の手。

 

時雨の脇腹を。

 

軽く。

 

抓る。

 

「痛い」

 

「半分でしょう?」

 

「ああ」

 

「全部でしょう」

 

「ああ」

 

「反省しなさい」

 

「嫌だ」

 

華琳は。

 

時雨を。

 

睨む。

 

次。

 

笑う。

 

仮面。

 

完全に。

 

剥がれた。

 

時雨。

 

冷たい男。

 

ではない。

 

冷酷さ。

 

今も。

 

ある。

 

敵へ。

 

容赦。

 

ない。

 

必要なら。

 

卑劣。

 

外道。

 

何でも。

 

使う。

 

だが。

 

それだけではない。

 

面倒を嫌い。

 

規律を。

 

軽く踏み。

 

人をからかい。

 

反応を。

 

楽しむ。

 

勝手。

 

気まぐれ。

 

悪党。

 

それでも。

 

一度。

 

自分の側へ置いた者は。

 

捨てない。

 

弱い者へ。

 

綺麗な言葉は。

 

かけない。

 

代わりに。

 

飯を。

 

置く。

 

逃げ道を。

 

作る。

 

生き残る道を。

 

用意する。

 

感謝。

 

求めない。

 

正義。

 

名乗らない。

 

善人。

 

嫌う。

 

自分を。

 

悪党と。

 

認める。

 

だが。

 

善人より。

 

多くを。

 

守る時がある。

 

黒山の狼。

 

張燕。

 

時雨。

 

その本性が。

 

魏の中で。

 

完全に。

 

姿を現した。

 

そして。

 

遠い襄陽。

 

劉備は。

 

時雨から届いた。

 

返書を。

 

読んでいた。

 

一行目。

 

久しぶり。

 

二行目。

 

北郷一刀を縄で縛れ。

 

三行目。

 

無理なら桃を送れ。

 

四行目。

 

干し肉を返せ。

 

五行目。

 

関羽は入口へ置いてこい。

 

劉備は。

 

長い間。

 

竹簡を。

 

見つめた。

 

隣。

 

関羽。

 

顔。

 

険しい。

 

張飛。

 

竹簡を。

 

覗く。

 

「何て書いてあるのだ?」

 

劉備は。

 

少し。

 

目を潤ませる。

 

だが。

 

口元。

 

僅かに。

 

笑う。

 

「張燕さん」

 

「変わってない」

 

関羽の眉が。

 

寄る。

 

「これの」

 

「どこを見て」

 

「そう思われるのです」

 

劉備は。

 

竹簡の最後。

 

張燕。

 

その文字へ。

 

指を置く。

 

「昔より」

 

「少し」

 

「楽しそう」

 

関羽は。

 

納得できない顔。

 

張飛は。

 

桃。

 

という文字を見つける。

 

「桃を送れば」

 

「いいのか?」

 

劉備は。

 

少し考える。

 

「送ろうか」

 

関羽の目が。

 

大きくなる。

 

「桃を?」

 

「うん」

 

「干し肉も」

 

「玄徳様!」

 

劉備は。

 

笑う。

 

「それから」

 

「許昌へ行く」

 

部屋。

 

空気。

 

変わる。

 

関羽の表情。

 

鋭くなる。

 

「北郷殿は」

 

「反対なさるでしょう」

 

「うん」

 

「それでも」

 

劉備は。

 

時雨の返書を。

 

胸へ抱く。

 

「張燕さんが」

 

「来いって言ってる」

 

「会って」

 

「話したい」

 

「昔みたいに」

 

関羽は。

 

竹簡を見る。

 

入口へ置いてこい。

 

その部分。

 

額へ。

 

青筋。

 

浮かぶ。

 

「私は」

 

「置いていかれません」

 

劉備は。

 

困ったように笑う。

 

「分かってる」

 

張飛は。

 

拳を上げる。

 

「鈴々も行くのだ!」

 

劉備は。

 

窓の外。

 

許昌の方角を見る。

 

「一刀さんとも」

 

「ちゃんと」

 

「話さないと」

 

その声。

 

少し。

 

重い。

 

時雨の返書。

 

ふざけている。

 

軽い。

 

失礼。

 

悪辣。

 

だが。

 

劉備には。

 

分かる。

 

張燕は。

 

扉を。

 

閉じていない。

 

来い。

 

そう。

 

書いた。

 

自分で。

 

見ろ。

 

自分で。

 

決めろ。

 

誰かの言葉ではなく。

 

正義という。

 

便利な目隠しでもなく。

 

劉備自身の目で。

 

北郷一刀を。

 

魏を。

 

呉を。

 

時雨を。

 

見ろ。

 

ふざけた返書の奥。

 

悪党の声。

 

劉備は。

 

確かに。

 

受け取っていた。

 

許昌。

 

時雨は。

 

華琳の寝台で。

 

横になっていた。

 

劉備が。

 

桃を送るか。

 

怒るか。

 

泣くか。

 

来るか。

 

まだ。

 

分からない。

 

だが。

 

時雨は。

 

少し。

 

楽しみにしていた。

 

昔。

 

自分の干し肉を。

 

勝手に食べた。

 

泣き虫の女。

 

今は。

 

荊州牧。

 

仁徳の王。

 

その女が。

 

悪鬼を隣へ置き。

 

どんな顔で。

 

許昌へ来るのか。

 

「面白くなりそうだな」

 

時雨が。

 

小さく呟く。

 

華琳が。

 

隣から。

 

目を開ける。

 

「何が?」

 

「劉備」

 

「来る」

 

「そう」

 

「嬉しい?」

 

「ああ」

 

華琳の目。

 

僅かに。

 

細くなる。

 

時雨は。

 

続ける。

 

「曹操と」

 

「劉備が」

 

「喧嘩する」

 

華琳の笑み。

 

冷える。

 

「させたいの?」

 

「ああ」

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「明日」

 

「祭りの書類」

 

「倍にするわ」

 

時雨の顔。

 

完全に。

 

曇る。

 

「嫌だ」

 

「私を」

 

「見世物にしようとした罰よ」

 

「面倒」

 

「仮面を」

 

「戻しても」

 

「許さない」

 

時雨は。

 

少し。

 

笑う。

 

「もう」

 

「戻らない」

 

華琳の目。

 

柔らかくなる。

 

「ああ」

 

今度。

 

言わない。

 

華琳は。

 

代わりに。

 

「そうね」

 

と答えた。

 

仮面は。

 

完全に。

 

剥がれた。

 

その下から。

 

現れたのは。

 

立派な英雄ではない。

 

清廉な忠臣でもない。

 

悪党。

 

気まぐれ。

 

めんどくさがり。

 

笑いながら。

 

人の心を。

 

試す男。

 

だが。

 

その悪党を。

 

魏の者たちは。

 

もう。

 

知っている。

 

そして。

 

受け入れている。

 

荊州から。

 

劉備が来る。

 

昔の縁。

 

今の敵。

 

北郷一刀。

 

魏呉同盟。

 

全て。

 

一つの卓へ。

 

並ぶ日が。

 

近づいていた。

 

時雨は。

 

仮面のない顔で。

 

その日を。

 

待っていた。

 

楽しそうに。

 

悪い笑みを。

 

浮かべながら。




感想、評価、お気に入りよろしくお願い致します!

次の作品の主人公とルートは誰がいい?

  • 高順呂布ルート(ヒロイン恋、霞)
  • 朱霊曹操ルート(ヒロイン華琳、柳琳)
  • 周倉関羽ルート(ヒロイン愛紗)
  • 孫瑜孫権ルート(ヒロイン蓮華、粋怜)
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『陥陣営戦記 ~恋こそ至高!龍牙、乱世を穿つ~』(作者:パスカルDX)(原作:恋姫†無双)

乱世にその名を轟かせる最強部隊――陥陣営。▼その指揮官・高順こと龍牙は、武勇では呂布軍随一と称される豪傑だった。▼しかし彼が命を懸けて守るものは名誉でも天下でもない。▼「恋の可愛さが至高。」▼それだけだった。▼今日も恋の笑顔を守るため、巨大な魔剣・龍眼斬を担ぎ、敵軍へ突撃する。▼「チェストーーーー!!!」▼龍の如き剣閃が戦場を駆け抜け、陥陣営は無敗伝説を築い…


総合評価:78/評価:-.--/連載:20話/更新日時:2026年07月22日(水) 19:53 小説情報

これが俺の恋姫†無双(作者:篝火 灯)(原作:真・恋姫†夢想革命)

恋姫無双の世界に現代日本から【能力】を神から渡され恋姫無双の1つの外史に召喚された男…▼この男は恋姫の世界で何を成すのか…ソレは…時の流れるままに…▼神様は平和に過ごしてくれって言ってたけど…様々な問題もあって平和とは…?ってなってる俺だけど…頑張ってこの恋姫の外史で頑張って生き抜いてやるー!▼※なろう。に2025/7/7から投稿していた作品になります。こち…


総合評価:223/評価:3.6/連載:66話/更新日時:2026年07月29日(水) 23:58 小説情報

争いは他所でやってくれ!最後は平穏無事に過ごしたい(作者:大気圏突破)(原作:ハイスクールD×D)

 サービス残業・休日出勤・パワハラで疲弊していたサラリーマンはデスクワーク勤務中に心臓の鼓動が止まり亡くなってしまった。憐れんだ神は第2の人生として彼を『リリカルなのは』の世界に送るつもりだったが書類の手違いで『ハイスクールD×D』の世界に送ってしまった▼ 神は送る直前に間違いに気付き彼に与えた力の他に原作主人公の能力を奪って付与させた。赤龍帝になってしまっ…


総合評価:1990/評価:6.43/連載:82話/更新日時:2026年08月01日(土) 20:22 小説情報

幽州を変えようか(作者:雑草弁士)(原作:恋姫†無双)

三国時代初頭、幽州の地にて。出立する劉備(桃香)に多大な物資と兵馬を与え、客将であった趙子龍(星)までもを持っていかれた公孫瓚(白蓮)。しかしこの時間軸、この外史では、星と引き換えの様な形で白蓮の元に居残った人材が居た。もともと劉備陣営では目立った働きをしていなかったらしい、ただ古参なだけのその男。彼の正体は。


総合評価:4796/評価:8.81/短編:2話/更新日時:2026年07月27日(月) 18:46 小説情報

白馬姉「私の弟は最強なんだ!」(作者:ボックス)(原作:恋姫†無双)

地味な彼女に、最強の弟を生やしてその脳をこんがりとウェルダンにしてもらいました


総合評価:17499/評価:8.77/完結:16話/更新日時:2026年03月25日(水) 19:00 小説情報


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