第三十一話 旅立つ桃色の風
反董卓連合解散。
洛陽攻略戦の終結。
それは一つの大戦の終わりであり、同時に新たな乱世の始まりでもあった。
諸侯たちはそれぞれの領地へ帰還し始めている。
曹操は兗州へ。
袁紹は冀州へ。
孫堅は江東へ。
そして。
公孫瓚軍もまた、幽州へ帰る準備を進めていた。
だが。
その陣営の中で、どこか落ち着かない空気を漂わせる三人がいた。
「……本当に行くのか?」
夕暮れ。
陣営の外れ。
時雨は酒を飲みながら桃香たちを見る。
桃香。
愛紗。
鈴々。
三人は既に旅支度を整えていた。
大きな荷物は無い。
元々義勇軍だ。
必要最低限だけ。
「うん」
桃香は少し困ったように笑う。
「やっぱり、もっと色んな場所を見てみたいから」
その声は穏やかだった。
だが、意思は強い。
「乱世を終わらせたいんだろ」
「だからこそだよ」
桃香は真っ直ぐ時雨を見る。
「まだ、足りないの」
「何が」
「皆のこと、世界のこと」
風が吹く。
桃色の髪が揺れた。
「私はまだ、何も知らない」
その言葉に、時雨は少しだけ目を細める。
この天然娘。
普段は頼りない。
抜けている。
ドジばかり。
だが時々、妙に真っ直ぐな目をする。
「だから旅を続けるのか」
「うん」
愛紗が静かに口を開く。
「姉者には、もっと多くを見ていただきたい」
青龍偃月刀を背負ったまま、愛紗は真剣な顔だった。
「民の暮らし。戦の現実。国の在り方」
「真面目だなぁ委員長」
「誰が委員長だ!」
即座に怒鳴る。
そのやり取りに鈴々が笑った。
「相変わらずなのだー!」
元気いっぱいだった。
まるで別れ前とは思えない。
「鈴々も旅楽しみなのだ!」
「お気楽だなチビ」
「チビじゃないのだ!」
いつもの空気。
だが。
どこか寂しい。
時雨は酒を飲みながら三人を見る。
戦場で出会った義勇軍。
妙に騒がしく。
真っ直ぐで。
面倒臭い連中。
だが嫌いではなかった。
「黒山には来ねぇの?」
時雨が聞く。
桃香は少し笑った。
「誘ってくれるの?」
「飯くらい出るぞ」
「そこなのか」
愛紗が呆れる。
だが時雨は割と本気だった。
三人とも優秀だ。
特に愛紗と鈴々は武勇も高い。
桃香は人を惹きつける。
黒山に欲しい人材ではある。
「……でも」
桃香はゆっくり首を振った。
「まだ行けないかな」
「何で」
「私は」
少し迷い。
そして。
「私の国を作りたいから」
静かな声だった。
夕陽が桃香を照らす。
その目は真っ直ぐだった。
「皆が笑って暮らせる国」
理想。
綺麗事。
乱世では馬鹿にされる夢。
だが。
桃香は本気で言っていた。
時雨は少し黙る。
「難しいぞ」
「うん」
「綺麗事だけじゃ人は死ぬ」
「うん」
「理想だけじゃ国は回らねぇ」
「……うん」
桃香は全部理解していた。
戦場も見た。
死も見た。
時雨の現実も見た。
それでも。
「それでも諦めたくないの」
笑う。
柔らかく。
優しく。
だが折れない笑み。
「だから旅を続ける」
時雨は鼻で笑った。
「青臭ぇ」
「そうかも」
「でも嫌いじゃねぇ」
桃香が少し目を丸くする。
「ふふ、ありがと」
愛紗はそのやり取りを静かに見ていた。
そして。
「時雨」
「あ?」
「世話になった」
珍しく素直だった。
「……意外と礼儀正しいな委員長」
「だから誰が委員長だ!!」
顔を赤くして怒鳴る。
だがその後、少しだけ真顔になった。
「お前には腹が立つことも多かった」
「知ってる」
「戦い方も認めきれん」
「うん」
「だが」
愛紗は静かに頭を下げる。
「お前がいたから、多くの者が生き残った」
それは事実だった。
時雨の策は最低だ。
だが。
被害は少なかった。
正面からぶつかっていたら、もっと死んでいた。
「……ありがとう」
愛紗は小さく言う。
時雨は少しだけ驚いた顔をした。
そして。
「気持ち悪ぃ」
「何だと!?」
結局こうなる。
鈴々がケラケラ笑った。
「二人とも仲良しなのだ!」
「違ぇよ」
「違う!」
見事に声が揃う。
星はその光景を見ながら小さく笑っていた。
「最後まで騒がしいな」
「まぁコイツらだし」
時雨は酒を飲む。
そして。
ふと星を見る。
「寂しい?」
「少しな」
星は素直に答えた。
「賑やかな連中だった」
「ああ」
確かにそうだった。
桃香がいて。
愛紗が怒鳴って。
鈴々が騒ぐ。
その空気は嫌いじゃなかった。
翌朝。
旅立ちの日。
空は快晴だった。
「それじゃあ!」
桃香が笑う。
「またね!」
「ああ」
時雨は軽く手を振る。
愛紗は腕を組みながら言う。
「次会う時、お前が悪事を働いていたら止めるからな」
「怖ぇ怖ぇ」
「本気だ!」
鈴々は元気いっぱいだった。
「次会う時は鈴々もっと強くなってるのだ!」
「楽しみにしとく」
三人は歩き出す。
旅路へ。
まだ何者でもない三人。
だが。
いずれ乱世を動かす存在になる。
そんな予感があった。
「桃香」
時雨が呼ぶ。
桃香が振り返る。
「ん?」
「死ぬなよ」
一瞬。
桃香は少しだけ驚いた顔をした。
そして。
優しく笑う。
「時雨さんもね」
風が吹く。
三人の背中が遠ざかる。
鈴々の元気な声。
愛紗の怒鳴り声。
桃香の笑い声。
それが少しずつ小さくなっていく。
やがて。
完全に見えなくなった。
静寂。
「……行っちまったな」
白蓮がぽつりと呟く。
「ああ」
時雨は酒を飲み干した。
そして。
「さて」
赤い目が北を見る。
黒山。
賊たちの巣。
次に待つのは戦か。
陰謀か。
それとも新たな出会いか。
乱世は続く。
止まることなく。
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