【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第三十五話 酔いどれ星

第三十五話 酔いどれ星

 

 

 黒山の夜は今日も騒がしかった。

 

 焚き火。

 

 酒。

 

 肉。

 

 怒鳴り声。

 

 笑い声。

 

 山奥の賊の拠点とは思えないほど活気に満ちている。

 

「飲めぇぇ!」

 

「もっと持ってこい!」

 

「無茶言うな!」

 

 宴は完全に無礼講だった。

 

 反董卓連合から帰還してしばらく。

 

 大きな戦も無い。

 

 だからこそ、黒山全体にどこか緩んだ空気が流れていた。

 

 その中心。

 

 時雨はいつものように酒を飲んでいた。

 

「平和だなぁ」

 

「賊が言う台詞かそれ」

 

 隣で霞が呆れる。

 

 恋は肉をもぐもぐ食べている。

 

 星は少し離れた場所で酒を飲みながら、その様子を眺めていた。

 

 水色の長髪。

 

 露出の多い服装。

 

 挑発的な笑み。

 

 普段なら余裕たっぷりの女。

 

 だが。

 

「……ふふ」

 

 今日の星は少し様子が違った。

 

 頬が赤い。

 

 目がとろんとしている。

 

 酒。

 

 珍しく酔っていた。

 

「おやおやぁ~?」

 

 霞がニヤリと笑う。

 

「星はん酔っとるやん」

 

「んー?」

 

 星がふらりと顔を向ける。

 

「少しだけだ」

 

「絶対嘘や」

 

 呂布ですらじっと見ていた。

 

「……赤い」

 

「酔っとるからな」

 

「珍しい」

 

 そう。

 

 本当に珍しかった。

 

 星は基本的に酒に強い。

 

 しかも酔っても崩れない。

 

 だが今日は違った。

 

「何だよ星」

 

 時雨が酒を飲みながら笑う。

 

「酔っ払いか?」

 

「ふふ……」

 

 星は妙に色っぽく笑った。

 

「時雨ぇ」

 

「あ?」

 

「お前、最近つれないぞ」

 

「知らねぇよ」

 

「酷い男だなぁ」

 

 言いながら、星がふらりと時雨へ寄り掛かる。

 

「おっと」

 

 時雨が受け止める。

 

 柔らかい感触。

 

 酒の匂い。

 

 近い。

 

「うわぁ始まった」

 

 霞が面白そうに笑う。

 

 愛紗がいたら卒倒していた。

 

「星、お前酔うと面倒臭ぇな」

 

「そうか?」

 

「かなり」

 

 だが星は離れない。

 

 むしろ。

 

「なぁ時雨」

 

「あ?」

 

「私をどう思う?」

 

「急だな」

 

 星はにやにや笑っていた。

 

 完全に酔っ払いである。

 

「美人だろう?」

 

「まぁな」

 

「身体も良い」

 

「そうだな」

 

「ならもっと口説いてもいいのだぞ?」

 

 周囲がざわついた。

 

「おぉー」

 

「始まった」

 

「頭領どうする」

 

「酒持ってこい」

 

 完全に見世物である。

 

「お前ら静かにしろ」

 

 時雨が呆れる。

 

 だが星は止まらない。

 

「ほら」

 

 時雨の腕へ自分の腕を絡める。

 

「どうだ?」

 

「酔ってんなぁ」

 

「酔ってる」

 

「自覚あんのかよ」

 

 星はクスクス笑う。

 

 いつもの余裕ある笑み。

 

 だが今日はそこへ酒が入っているせいで、妙に距離が近かった。

 

「なぁ時雨」

 

「あ?」

 

「私、結構人気あるのだぞ?」

 

「知ってる」

 

「男が放っておかない」

 

「だろうな」

 

「でもお前は来ない」

 

「面倒臭そうだから」

 

「酷っ!?」

 

 星がショックを受ける。

 

 周囲が爆笑した。

 

「頭領容赦ねぇ!」

 

「趙雲姐さん負けてる!」

 

「これは酷い!」

 

 星はむぅっと頬を膨らませた。

 

「私だって傷付くのだぞ」

 

「嘘つけ」

 

「本当だ」

 

 言いながら。

 

 星は時雨の肩へ頭を乗せる。

 

「……眠い」

 

「完全に酔っ払いじゃねぇか」

 

「時雨のせいだ」

 

「何で」

 

「お前と飲むと気が緩む」

 

 一瞬。

 

 時雨が少し黙った。

 

 星はぼんやり夜空を見る。

 

「旅をしていた頃はな」

 

「うん」

 

「ずっと気を張っていた」

 

 賊。

 

 盗賊。

 

 兵士。

 

 野盗。

 

 乱世では油断した瞬間に死ぬ。

 

 だから星は、ずっと余裕ある女を演じていた。

 

 おちゃらけて。

 

 軽口を叩いて。

 

 隙を見せないように。

 

「でも黒山来てから、少し楽だ」

 

「へぇ」

 

「変な連中ばかりだからな」

 

「否定できねぇ」

 

 星はくすりと笑う。

 

「お前も変だ」

 

「知ってる」

 

「外道だし」

 

「うん」

 

「最低だし」

 

「うん」

 

「女癖悪そうだし」

 

「偏見」

 

「事実だろ」

 

 即答だった。

 

 時雨は吹き出す。

 

 星も笑う。

 

 その笑顔は、いつもの余裕ある“エロねーちゃん”の顔ではなかった。

 

 もっと柔らかい。

 

 年相応の女の顔だった。

 

「なぁ時雨」

 

「あ?」

 

「もし私が普通の女だったらどうする?」

 

「今も普通だろ」

 

 星が少し目を丸くする。

 

「……そう思うか?」

 

「酒飲んで絡んでくる酔っ払い女だけどな」

 

「台無しだ!」

 

 また笑いが起きる。

 

 星は恨めしそうに時雨を見る。

 

 だが。

 

 少し嬉しそうだった。

 

「お前はさ」

 

 時雨が酒を飲みながら言う。

 

「無理してる時あるよな」

 

 星の動きが少し止まる。

 

「……何のことだ?」

 

「普段の軽口」

 

「ふふ、何を言う」

 

「演技だろ」

 

 静かな声だった。

 

 星は少し黙る。

 

 風が吹く。

 

 焚き火が揺れる。

 

「……参ったな」

 

 星は苦笑した。

 

「結構隠していたつもりなのだが」

 

「分かりやすい」

 

「傷付くぞ」

 

「嘘つけ」

 

 時雨は笑う。

 

 そして。

 

「無理しなくていいんじゃねぇの」

 

 その言葉に。

 

 星は静かに目を細めた。

 

「……そういうところだぞ」

 

「あ?」

 

「女が勘違いする」

 

「知らねぇ」

 

 星は小さく笑う。

 

 そして。

 

 時雨の肩へ寄り掛かったまま呟く。

 

「……もう少しこのままでいさせろ」

 

「重ぇ」

 

「酷い男だな」

 

 だが時雨は追い払わなかった。

 

 星も離れない。

 

 夜風が吹く。

 

 黒山の宴はまだ終わらない。

 

 その片隅。

 

 酔った星は、珍しく静かな顔で笑っていた。




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