【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第三十六話 黒山妻選び騒動

第三十六話 黒山妻選び騒動

 

 

 黒山の朝。

 

 山の空気は冷たい。

 

 だが。

 

「いや絶対趙雲姐さんだって!」

 

「はぁ!? 張遼姐さんやろ!」

 

「いやいや呂布ちゃんも有りだろ!」

 

「頭領死ぬぞそれ!」

 

 朝から黒山は騒がしかった。

 

 原因。

 

 暇。

 

 実にくだらない。

 

 だが黒山兵たちは真剣だった。

 

「っていうか頭領いつ嫁貰うんだよ」

 

「年齢的にはそろそろだろ」

 

「でも頭領だぞ?」

 

「あー……」

 

 一瞬で空気が微妙になる。

 

 張燕。

 

 時雨。

 

 黒山賊の頭領。

 

 強い。

 

 怖い。

 

 外道。

 

 酒好き。

 

 女好きっぽい。

 

 だが。

 

 妙にモテる。

 

「顔は良いからな……」

 

「あとカリスマある」

 

「カリスマ?」

 

「悪党の」

 

「納得」

 

 黒山兵たちは頷き合う。

 

 そんな中。

 

「で、誰が一番有力なんだ?」

 

 その一言で再び盛り上がった。

 

「趙雲姐さん!」

 

「いや張遼姐さん!」

 

「呂布ちゃんだろ!」

 

「いやいや公孫瓚様も有りじゃねぇ!?」

 

「それ幽州燃えるぞ」

 

 完全に酒場のノリだった。

 

 だが。

 

 問題は。

 

「お前ら朝から何話してんだ」

 

 本人が来たことである。

 

「げっ」

 

「頭領!?」

 

「仕事しろ馬鹿共」

 

 時雨は呆れた顔だった。

 

 だが黒山兵たちはニヤニヤしている。

 

「いやぁ頭領」

 

「あ?」

 

「嫁は誰にするんです?」

 

「は?」

 

 空気が静まる。

 

 そして。

 

「……何その話」

 

「黒山で今一番熱い話題ですぜ!」

 

「熱くなるな」

 

 時雨は本気で呆れた。

 

「暇なのかお前ら」

 

「暇です!」

 

「元気よく言うな」

 

 だが兵たちは止まらない。

 

「俺は趙雲姐さん派!」

 

「張遼姐さんだろ!」

 

「呂布ちゃん可愛いぞ!」

 

「公孫瓚様も捨て難い!」

 

「勝手に人を賭けるな」

 

 時雨は深い溜息を吐いた。

 

 面倒臭い。

 

 本当に面倒臭い。

 

「で?」

 

 一人の兵が真顔で聞く。

 

「実際どうなんです?」

 

「何が」

 

「誰が本命で?」

 

「殺すぞ」

 

「怖っ」

 

 だが兵たちは懲りない。

 

 むしろ楽しそうだった。

 

 黒山は娯楽が少ない。

 

 だからこういう話は盛り上がるのだ。

 

 その頃。

 

「……何やそれ」

 

 霞は頭を抱えていた。

 

 情報源は当然黒山兵。

 

 噂は既に山全体へ広がっている。

 

「いやぁ盛り上がってますぜ!」

 

「盛り上がらんでええわ!」

 

 霞が怒鳴る。

 

 周囲の女たちはニヤニヤしていた。

 

「でも張遼姐さん有力候補ですよ?」

 

「知らんわ!」

 

「頭領と距離近いし」

 

「飲んどるし」

 

「口喧嘩してるし」

 

「夫婦っぽい!」

 

「どこがや!!」

 

 霞のツッコミが山に響く。

 

 だが。

 

 顔は少し赤かった。

 

「へぇー?」

 

 そこへ星が現れる。

 

 面白そうな笑み。

 

「霞、照れているのか?」

 

「照れとらん!」

 

「ふふ、分かりやすいな」

 

「アンタも候補入っとるやろが!」

 

「おや」

 

 星は悪戯っぽく笑った。

 

「それは悪い気はしないな」

 

「乗るなや!」

 

 だが星は楽しそうだった。

 

「しかし面白い」

 

「何がや」

 

「黒山らしい」

 

 賊たち。

 

 命が軽い世界。

 

 だからこそ。

 

 こういうくだらない話で盛り上がる。

 

 それはある意味平和だった。

 

「で?」

 

 霞がジト目になる。

 

「星はどうなん」

 

「何がだ?」

 

「頭領のこと」

 

 星は少し考える。

 

 そして。

 

「面白い男だ」

 

「それだけ?」

 

「強い」

 

「うん」

 

「外道」

 

「うん」

 

「だが嫌いじゃない」

 

 霞は呆れた。

 

「結構気に入っとるやん」

 

「お前もだろう?」

 

「……否定できんのが腹立つわ」

 

 二人で苦笑する。

 

 一方。

 

「……妻?」

 

 恋は小首を傾げていた。

 

 周囲の女たちが説明している。

 

「つまりね呂布ちゃん!」

 

「頭領のお嫁さん候補!」

 

「候補?」

 

「呂布ちゃんも入ってる!」

 

「……?」

 

 恋は真顔だった。

 

「何で」

 

「可愛いから!」

 

「強いし!」

 

「頭領と仲良い!」

 

「……そう?」

 

 恋は少し考える。

 

 時雨。

 

 変な男。

 

 外道。

 

 酒臭い。

 

 でも。

 

「嫌じゃない」

 

「おぉー!!」

 

 周囲が盛り上がる。

 

 恋はきょとんとしていた。

 

「何で騒ぐの?」

 

「天然だこの鬼神!」

 

 完全に玩具にされていた。

 

 そして。

 

 問題の本人。

 

「……面倒臭ぇ」

 

 時雨は本気で疲れていた。

 

 何故か行く先々でニヤニヤされる。

 

「頭領!」

 

「あ?」

 

「誰選ぶんです!?」

 

「だから何の話だ」

 

「嫁!」

 

「しつけぇ!!」

 

 そこへ。

 

「ふふ」

 

 星が現れる。

 

 既に面白がっていた。

 

「随分人気者だな時雨」

 

「お前も原因の一人だろ」

 

「さて?」

 

 霞も来る。

 

「アンタんとこの連中元気過ぎへん?」

 

「知らん」

 

 恋も来た。

 

「……時雨」

 

「あ?」

 

「妻って何」

 

「聞くな」

 

「説明しろ」

 

「面倒臭ぇ」

 

 時雨は頭を抱える。

 

 周囲の黒山兵たちは完全に見世物を見る目だった。

 

「修羅場だ!」

 

「まだ始まってねぇ!」

 

「頭領頑張れー!」

 

「うるせぇ!」

 

 星はクスクス笑う。

 

 霞は呆れ顔。

 

 恋は本気で分かっていない。

 

 カオスだった。

 

「で?」

 

 星が悪戯っぽく時雨へ寄る。

 

「誰を選ぶのだ?」

 

「選ばねぇよ」

 

「ほぉ?」

 

「面倒臭ぇ」

 

「最低やなぁ」

 

 霞が笑う。

 

 だが。

 

 その空気は妙に心地良かった。

 

 騒がしくて。

 

 くだらなくて。

 

 平和だ。

 

 乱世とは思えないほど。

 

「……まぁ」

 

 時雨は酒を飲む。

 

「悪くねぇか」

 

 その呟きに。

 

 三人は少しだけ笑った。

 

 黒山の噂話は、まだまだ終わりそうになかった。




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