第三十七話 金色の檄文
黒山に冬の風が吹き始めていた。
山々は冷え込み、朝晩の空気は刺すように冷たい。
だが、そんな季節でも黒山の連中は相変わらず騒がしかった。
「肉だぁぁ!」
「酒持ってこい!」
「朝から飲むな馬鹿!」
いつもの光景。
賊の巣とは思えないほど賑やかで、どこか平和ですらある。
その中心。
時雨は焚き火の前で酒を飲みながらぼんやりしていた。
「平和だなぁ」
「嫌な前振りだな」
星が呆れた顔をする。
こういう時の時雨は大体ろくでもない。
「何か起きるのか?」
「勘だけど」
「当たるから嫌なのだ」
星が溜息を吐いた。
すると。
「頭領ぉぉぉ!!」
黒山兵が全力疾走で駆け込んできた。
「来たぞー!」
「何が」
「使者です!!」
一瞬。
空気が変わる。
星が目を細めた。
「……どこの」
「冀州!」
その瞬間。
霞が眉を顰める。
「冀州って……」
「ああ」
時雨は酒を飲み干した。
「袁紹か」
反董卓連合の盟主。
金髪縦ロール高飛車お嬢様。
冀州牧。
そして。
北方最大級の勢力。
「面倒臭ぇの来たな」
時雨は立ち上がった。
黒山の広間。
そこには豪奢な服を纏った男が立っていた。
見るからに“袁紹配下”。
無駄に偉そう。
無駄に態度が大きい。
「遅いですぞ!」
開口一番それだった。
「我らは名門袁家の使者!」
「へぇ」
時雨は適当に座る。
星は隣。
霞と恋も後ろにいた。
使者の男は露骨に顔を顰める。
「貴方が張燕ですかな」
「そうだけど」
「ふむ……」
値踏みするような目。
完全に見下している。
「賊にしては随分と人が多い」
「お褒めに預かり光栄」
「褒めてませんぞ」
「知ってる」
時雨は笑う。
その態度に使者は若干イラついていた。
「単刀直入に申し上げましょう」
「あいよ」
「我が主、袁紹様は貴方へ降伏を勧告します」
空気が静まる。
黒山兵たちの顔つきが変わった。
「……ほぉ」
時雨だけは笑っていた。
「降伏?」
「左様!」
使者は胸を張る。
「黒山賊ごときが独立勢力を気取るなど片腹痛い!」
「言うねぇ」
「袁紹様の配下となり、従うのであれば命だけは助けて差し上げましょう!」
完全に上からだった。
星が小さく笑う。
「随分強気だな」
「当然です!」
使者は自信満々だった。
「今や北方最大勢力は袁紹様!」
「まぁ冀州はデカいしな」
「対する貴方方は所詮賊!」
「そうだな」
「勝ち目などありませんぞ!」
そこまで言って。
使者はニヤリと笑った。
「特に――幽州など、すぐです」
その瞬間。
時雨の目が少しだけ細くなる。
「……続けろ」
「袁紹様は既に幽州へも圧力を掛けております」
白蓮。
公孫瓚。
幽州を治める白馬将軍。
だが勢力差は厳しい。
冀州は豊かだ。
兵も物資も多い。
対して幽州は北の辺境。
地力では負ける。
「つまり?」
時雨が聞く。
使者は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「公孫瓚は遠からず滅びます」
静寂。
黒山の空気が冷える。
霞が眉を顰めた。
星は無言。
恋はじっと使者を見ている。
時雨だけが笑っていた。
「へぇ」
「ですので!」
使者は気付いていない。
今、自分がどれだけ危険な場所にいるのか。
「賢明な判断を――」
「断る」
即答だった。
「……は?」
「聞こえなかった?」
時雨が笑う。
「断るって言った」
使者の顔が歪む。
「き、貴様……!」
「あとさ」
時雨の赤い目が細まる。
「白馬娘舐め過ぎ」
声は静かだった。
だが。
妙な圧があった。
「アイツ弱そうに見えて結構しぶといぞ」
「賊風情が!」
「それと」
時雨は笑う。
「俺、脅されるの嫌いなんだわ」
一瞬。
黒山兵たちがニヤリと笑った。
使者は初めて気付く。
囲まれている。
ここは敵地。
しかも賊の巣。
「ひっ……」
「安心しろ」
時雨は立ち上がる。
「使者は殺さねぇよ」
使者が少し安堵する。
だが。
「服全部剥いで山から帰すくらいしかしねぇ」
「何でですかなぁ!?」
悲鳴が響いた。
数刻後。
「寒いぃぃぃ!!」
下着一枚の使者が山を転がるように逃げていた。
黒山兵たちは大爆笑。
「頭領容赦ねぇ!」
「生かしてるだけ優しい!」
「冬だぞ!?」
「だから面白ぇんだろ」
時雨は酒を飲む。
星は呆れていた。
「お前、本当に敵を作る天才だな」
「向こうが先だろ」
「まぁな」
だが。
笑い事ではない。
袁紹が動く。
それはつまり。
北が荒れるということだ。
「……幽州狙いか」
霞が真顔になる。
「ああ」
時雨も静かだった。
「白馬娘んとこ、そろそろ危ねぇな」
冀州。
幽州。
北方の二大勢力。
その衝突は時間の問題だった。
そして。
黒山もまた、その渦へ巻き込まれる。
乱世は止まらない。
むしろ。
ここからさらに加速していくのだった。
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