【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第三十九話 白馬、敗れる

第三十九話 白馬、敗れる

 

 

 黒山に雪が降り始めていた。

 

 北方の冬は早い。

 

 冷たい風が山を吹き抜け、木々を揺らしていく。

 

 そんな中でも黒山はいつも通り騒がしかった。

 

「鍋だぁぁ!」

 

「肉もっと入れろ!」

 

「野菜食え馬鹿!」

 

 宴。

 

 笑い声。

 

 酒。

 

 山賊らしからぬ賑やかな空気。

 

 その中心で、時雨はぼんやりと空を見ていた。

 

「……来ねぇな」

 

 ぽつりと呟く。

 

 星が隣で酒を飲みながら聞き返した。

 

「何がだ?」

 

「白馬娘からの使者」

 

 一瞬。

 

 星の目が細くなる。

 

「公孫瓚か」

 

「ああ」

 

 袁紹が動く。

 

 それはもう確定している。

 

 冀州軍は兵を集め、幽州へ圧力を掛けていた。

 

 ならば。

 

 普通なら援軍要請が来る。

 

 黒山の戦力を借りる。

 

 時雨はそう予想していた。

 

「だが来ない」

 

「……意地か」

 

「だろうな」

 

 時雨は苦笑する。

 

 白蓮はそういう女だ。

 

 賊を頼りたくない。

 

 正々堂々。

 

 白馬将軍として戦いたい。

 

 そう考えていてもおかしくない。

 

「馬鹿だなぁ」

 

 静かな声だった。

 

 だが。

 

 どこか心配そうでもあった。

 

 幽州。

 

 戦は既に始まっていた。

 

 雪混じりの風が吹く平原。

 

 そこに、二つの軍勢が対峙している。

 

 冀州軍。

 

 幽州軍。

 

 数で見れば圧倒的だった。

 

「多いなぁ……」

 

 白蓮は馬上で苦笑する。

 

 袁紹軍。

 

 旗の数だけで嫌になる。

 

 地平線まで兵が並んでいた。

 

「報告!」

 

「敵前衛、既に展開完了!」

 

「後方にも予備兵多数確認!」

 

「はいはい知ってた」

 

 白蓮は槍を握る。

 

 白馬義従は強い。

 

 機動力なら負けない。

 

 だが。

 

「物量って嫌だなぁ……」

 

 相手は正面から潰しに来る。

 

 冀州の豊かな兵力。

 

 それを惜しみなく投入してくる。

 

「公孫瓚様」

 

 側近が不安そうに言う。

 

「本当に黒山へ援軍を頼らなくて宜しいので?」

 

 その言葉。

 

 一瞬だけ白蓮は黙る。

 

 脳裏に浮かぶ。

 

 赤い目。

 

 酒臭い男。

 

 外道な笑み。

 

「……いい」

 

 白蓮は静かに言った。

 

「これは幽州の戦だ」

 

 誇りがあった。

 

 白馬将軍として。

 

 幽州を守る者として。

 

「賊の力なんか借りなくても勝てる」

 

 そう言い切った。

 

 だが。

 

 その声に、ほんの少しだけ迷いが混じっていた。

 

「敵軍前進!!」

 

 開戦。

 

 冀州軍が一斉に動く。

 

 土煙。

 

 大軍勢。

 

「白馬義従!!」

 

 白蓮が槍を掲げる。

 

「突撃!!」

 

 幽州最強の騎馬隊が駆ける。

 

 白い馬。

 

 疾風のような突撃。

 

 その勢いは凄まじかった。

 

 冀州軍前衛へ食らいつく。

 

「うおおおお!!」

 

 敵陣が崩れる。

 

 白馬義従は強い。

 

 正面からでも押し込める。

 

「行ける!」

 

「敵前衛後退してます!」

 

 だが。

 

「報告!!」

 

 伝令が叫ぶ。

 

「敵左右より増援!!」

 

「は?」

 

 冀州軍は止まらない。

 

 前衛が崩れても、すぐ次が出る。

 

 数。

 

 数。

 

 数。

 

「ちっ……!」

 

 白蓮が舌打ちする。

 

 嫌な予感が当たっていた。

 

 長引けば不利。

 

 物量差が重い。

 

「押し返せぇぇ!」

 

 白蓮は突撃を繰り返す。

 

 敵を斬る。

 

 突き崩す。

 

 だが。

 

 減らない。

 

「何だよこれ……!」

 

 冀州軍は波のようだった。

 

 一つ崩してもまた来る。

 

 疲弊していくのは幽州側。

 

「公孫瓚様!」

 

 側近が叫ぶ。

 

「右翼崩壊!」

 

「左翼も押されてます!」

 

「っ……!」

 

 白蓮の顔が歪む。

 

 不味い。

 

 本格的に不味い。

 

 だが。

 

 ここで退けば士気が死ぬ。

 

「まだだ!!」

 

 白蓮は叫ぶ。

 

「幽州を守れぇぇ!!」

 

 兵たちが応える。

 

 白馬義従は最後まで戦った。

 

 だが。

 

 現実は残酷だった。

 

 夕暮れ。

 

 戦場は地獄になっていた。

 

「撤退!!」

 

 白蓮が叫ぶ。

 

「総員撤退だ!!」

 

 敗北。

 

 完全な敗北だった。

 

 幽州軍は崩壊寸前。

 

 死体。

 

 血。

 

 折れた旗。

 

 白馬義従も大きく数を減らしていた。

 

「ぐっ……!」

 

 白蓮の肩から血が流れる。

 

 敵槍が掠めた。

 

「公孫瓚様!」

 

「まだ動ける!!」

 

 叫ぶ。

 

 だが兵たちの顔は絶望に染まっていた。

 

 負けた。

 

 それも大敗。

 

 冀州軍は容赦なく追撃してくる。

 

「撤退急げ!!」

 

 幽州軍は逃げる。

 

 雪の平原を。

 

 仲間の死体を置き去りにして。

 

「くそっ……!」

 

 白蓮は歯を食いしばる。

 

 頭を過る。

 

 黒山。

 

 時雨。

 

 もし援軍を頼んでいたら。

 

 違ったのか。

 

「っ……!」

 

 その思考を振り払う。

 

 だが。

 

 現実は重かった。

 

 数日後。

 

 黒山。

 

「……遅ぇ」

 

 時雨は空を見ていた。

 

 未だ使者は来ない。

 

 嫌な予感だけが強くなる。

 

 そこへ。

 

「頭領!!」

 

 黒山兵が駆け込んできた。

 

「幽州方面より敗走兵確認!!」

 

 一瞬。

 

 空気が変わる。

 

「……何?」

 

「冀州軍と交戦!」

 

「公孫瓚軍大敗とのこと!!」

 

 静寂。

 

 星が目を細める。

 

 霞が真顔になる。

 

 恋も時雨を見る。

 

 時雨だけが静かだった。

 

「……そうか」

 

 小さく呟く。

 

 予想通り。

 

 そして最悪の結果。

 

「白馬娘」

 

 時雨は酒を飲み干す。

 

「やっちまったなぁ」

 

 その赤い目は、静かに北を見ていた。




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