【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

4 / 12
第四話 黄巾の乱

第四話 黄巾の乱

 

 

 その知らせは、春の終わりと共にやってきた。

 

 ――黄巾党蜂起。

 

 冀州を皮切りに、各地で反乱発生。

 

 賊徒、数十万。

 

 指導者は張角と名乗る女。

 

 “蒼天已死、黄天当立”。

 

 その言葉は瞬く間に大陸を駆け巡り、腐りきった漢王朝を激震させた。

 

 黒山の砦では、昼間から酒盛りが始まっていた。

 

「ヒャハハハ! ついに始まったぞ!」

 

「黄巾党が官軍ぶっ潰してるらしい!」

 

「世も末だなぁ!」

 

 黒山党の連中は大騒ぎだった。

 

 誰もが笑っている。

 

 官軍が苦戦している。

 

 それだけで酒が美味いのだ。

 

 だが。

 

 砦の奥。

 

 薄暗い部屋で、時雨は一人地図を眺めていた。

 

「……」

 

 酒も飲まない。

 

 笑いもしない。

 

 赤い目だけが静かに細められている。

 

 机の上には各地の情報が並んでいた。

 

 冀州。

 

 幽州。

 

 青州。

 

 豫州。

 

 黄巾党は信じられない速度で勢力を拡大している。

 

 役人たちは逃げ惑い、地方軍は崩壊。

 

 既にいくつもの城が落ちていた。

 

「頭領」

 

 部屋へ黒山党の男が入ってくる。

 

「官軍、かなり押されてます」

 

「だろうな」

 

「黄巾党、噂じゃ数十万ですぜ」

 

 時雨は鼻で笑った。

 

「数だけなら蝗だって数百万いる」

 

「じゃあ勝てませんかね?」

 

「勝つ負けるの話じゃねぇよ」

 

 時雨は地図を指で叩く。

 

「問題は“流れ”だ」

 

「流れ?」

 

「民が漢を見限り始めてる」

 

 男は黙った。

 

 時雨は続ける。

 

「今まで皆、“漢王朝だから”従ってた。けど黄巾党が暴れて、官軍が負け始めた」

 

 赤い目が冷たく光る。

 

「するとどうなる?」

 

「……漢は絶対じゃない?」

 

「そういうことだ」

 

 王朝とは、強いから支配できる。

 

 だが一度“弱い”と知られれば終わりだ。

 

 飢えた民は従わない。

 

 地方豪族は好き勝手始める。

 

 賊は増える。

 

 乱世になる。

 

 時雨は口元を歪めた。

 

「面白くなってきた」

 

 その笑みは、まるで獣だった。

 

 一方。

 

 趙雲は街道を歩いていた。

 

 風が強い。

 

 道には避難民が溢れている。

 

「黄巾党が来るぞ!」

 

「逃げろ!」

 

「城が落ちたらしい!」

 

 怒号。

 

 泣き声。

 

 混乱。

 

 村人たちは荷車を引き、必死に逃げていた。

 

 その中には傷ついた者も多い。

 

 黄巾党に襲われたのだろう。

 

「……酷いな」

 

 趙雲は目を伏せる。

 

 黄巾党。

 

 民衆蜂起。

 

 圧政に苦しめられた民が立ち上がった。

 

 その話だけを聞けば義軍にも思える。

 

 だが現実は違った。

 

 統率を失った群衆は暴徒となる。

 

 略奪。

 

 放火。

 

 虐殺。

 

 復讐心に飲まれた民衆は、時に官軍以上に残酷だった。

 

「水を……」

 

 道端で老婆が倒れていた。

 

 趙雲は慌てて駆け寄る。

 

「しっかりしろ」

 

「黄巾党が……村を……」

 

「何があった」

 

「若い娘を連れていった……男たちは逆らって……」

 

 老婆の目から涙が流れる。

 

 趙雲は拳を握った。

 

 これでは賊と変わらない。

 

 いや、数が多い分さらに悪質だ。

 

「……っ」

 

 その時だった。

 

 遠くから悲鳴が聞こえる。

 

「いやぁぁぁ!!」

 

 趙雲の目が鋭くなる。

 

 瞬間、地を蹴った。

 

 林の奥。

 

 黄巾党の兵たちが女を囲んでいた。

 

「やめてください!」

 

「へへっ、大人しくしろ!」

 

「お前ら、こいつ縛れ!」

 

 薄汚れた男たち。

 

 農民崩れ。

 

 手には粗末な武器。

 

 だが数は多い。

 

「そこまでだ」

 

 低い声。

 

 男たちが振り返る。

 

 水色の髪が風に揺れていた。

 

「……誰だ?」

 

「その娘を放せ」

 

 一瞬の沈黙。

 

 次いで黄巾党たちが笑い出す。

 

「何だぁ? 女一人で英雄気取りか?」

 

「殺れ!」

 

 男たちが襲いかかる。

 

 だが。

 

 ヒュンッ!!

 

「ぎゃっ!?」

 

 先頭の男が吹き飛んだ。

 

 槍。

 

 銀光が走る。

 

 趙雲の槍は速い。

 

 美しく、鋭い。

 

「なっ!?」

 

「つ、強ぇ!?」

 

 次々と男たちが倒されていく。

 

 骨が砕ける音。

 

 悲鳴。

 

 土煙。

 

 趙雲は一歩も退かない。

 

 圧倒的だった。

 

「ひ、ひぃぃ!!」

 

 残った男たちが逃げ出そうとする。

 

 その時。

 

 矢が飛んだ。

 

 ドスッ!!

 

「がぁっ!?」

 

 逃げようとした男の足に矢が刺さる。

 

「……え?」

 

 全員が動きを止めた。

 

 林の奥。

 

 そこから数人の男たちが現れる。

 

 黒い布。

 

 獣のような目。

 

 黒山党だ。

 

 そして。

 

「よう姉ちゃん」

 

 木にもたれながら、時雨が笑っていた。

 

「また会ったな」

 

 趙雲は眉を顰める。

 

「……何故ここにいる」

 

「狩り」

 

「狩り?」

 

 時雨は黄巾党の男たちを見る。

 

「最近、この辺うろついてんだよ。黄巾の連中が」

 

 赤い目が細くなる。

 

「俺の縄張り荒らされちゃ困る」

 

 黄巾党たちが怒鳴る。

 

「な、何だ貴様ら!」

 

「俺たちは黄巾党だぞ!」

 

「天公将軍様に逆らう気か!?」

 

 その言葉に、時雨は吹き出した。

 

「ククッ……」

 

「何がおかしい!」

 

「いやぁ、“天公将軍様”ねぇ」

 

 時雨は笑いながら歩く。

 

「デカいこと言う奴は大抵ロクでもねぇ」

 

「ふざけるな!」

 

 黄巾党の男が剣を振り上げる。

 

 だが。

 

 ザシュッ。

 

 一瞬だった。

 

 時雨の短剣が男の喉を裂く。

 

 血飛沫。

 

 男は声も出せず倒れた。

 

「っ!?」

 

 残った黄巾党たちが凍りつく。

 

 時雨は笑っていた。

 

 まるで子供が遊んでいるような顔で。

 

「なぁ」

 

 赤い目が細まる。

 

「民を救う義軍サマが、女攫って楽しいか?」

 

「そ、それは……!」

 

「飢えて苦しかったんだろ? 虐げられてきたんだろ?」

 

 時雨は近付く。

 

 ゆっくり。

 

 一歩ずつ。

 

「なら何で、自分より弱ぇ奴を踏み潰してんだ?」

 

 殺気。

 

 空気が凍る。

 

 黄巾党たちは後退った。

 

「お、俺たちは悪くねぇ!」

 

「全部、漢が悪いんだ!」

 

「だから奪っても――」

 

 瞬間。

 

 時雨の蹴りが男の顔面を砕いた。

 

 歯が飛び、男は地面を転がる。

 

「理由があれば何してもいいなら」

 

 時雨は笑う。

 

「今から俺がお前ら殺しても文句言えねぇな?」

 

 絶望が男たちの顔を染めた。

 

「に、逃げ――」

 

「逃がすな」

 

 黒山党が動く。

 

 悲鳴が林へ響いた。

 

 戦いはすぐ終わった。

 

 黄巾党たちは地面に転がり、呻いている。

 

 死んだ者もいる。

 

 助かった娘は震えながら趙雲へ頭を下げた。

 

「ありがとう……ございます……」

 

「もう大丈夫だ」

 

 娘は泣きながら去っていく。

 

 その背を見送りながら、趙雲は時雨へ視線を向けた。

 

「……黄巾党を敵視しているのか?」

 

「別に」

 

 時雨は死体を漁りながら答える。

 

「使えるなら使う」

 

「使う?」

 

「黄巾党ってのはよ、結局“飢えた民の集まり”だ」

 

 袋から干し肉を取り出しながら続ける。

 

「本気で世を変えたい奴もいるだろうさ。けど大半は違う」

 

「……」

 

「飯食いたいだけだ」

 

 趙雲は否定できなかった。

 

 現に先ほどの連中も、義など欠片もなかった。

 

「この乱、どうなると思う」

 

 趙雲が尋ねる。

 

 時雨は空を見上げる。

 

 灰色の雲。

 

 風。

 

 遠くでは煙が上がっていた。

 

「漢はボロボロになる」

 

「黄巾党が勝つと?」

 

「いや」

 

 時雨は笑った。

 

「黄巾も負ける」

 

「……何?」

 

「けど、その後が地獄だ」

 

 赤い目が細くなる。

 

「今まで漢って蓋で押さえつけられてた連中が、一斉に牙剥く」

 

 豪族。

 

 軍閥。

 

 野心家。

 

 賊。

 

 英雄。

 

 化け物。

 

「天下が割れるぞ」

 

 時雨は楽しそうに笑った。

 

「最高の時代になる」

 

 趙雲は寒気を覚えた。

 

 この男は。

 

 乱世を恐れていない。

 

 むしろ待ち望んでいる。

 

 血と炎の時代を。

 

 獣のように。




感想、評価、お気に入りよろしくお願い致します!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。