【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第四十話 黒山、動く

第四十話 黒山、動く

 

 

 幽州の冬は厳しい。

 

 吹き荒れる北風。

 

 灰色の空。

 

 雪の混じる冷気。

 

 その中を、一団の兵が敗走していた。

 

 白馬義従。

 

 かつて北方最強とまで謳われた騎馬隊。

 

 だが今、その姿は見る影も無い。

 

 旗は破れ。

 

 鎧は傷付き。

 

 兵たちの顔には疲労と絶望が浮かんでいた。

 

「……どれだけ残ってる」

 

 白蓮が掠れた声で聞く。

 

 返事をした将は苦い顔だった。

 

「まともに戦える兵は三千を切ります」

 

「はは……」

 

 白蓮は乾いた笑いを漏らした。

 

 開戦前は一万を超えていた。

 

 だが今は三千。

 

 敗北。

 

 それも壊滅的な。

 

「冀州軍は?」

 

「追撃中です」

 

「だろうなぁ……」

 

 白蓮は空を見る。

 

 袁紹は本気だ。

 

 幽州を奪うつもりで来ている。

 

 ならば徹底的に潰しに来る。

 

「城まで急ぐぞ」

 

「はっ!」

 

 兵たちは疲弊していた。

 

 だが止まれない。

 

 止まれば死ぬ。

 

 冀州軍は後ろにいる。

 

 雪原に残された死体を踏み越えながら、幽州軍は居城へ向かった。

 

 数日後。

 

 幽州、公孫瓚居城。

 

 城門が閉じる。

 

 重い音。

 

 その瞬間、兵たちの間に僅かな安堵が広がった。

 

「閉門!!」

 

「弓兵配置急げ!」

 

「兵糧確認!」

 

 城内は慌ただしい。

 

 だが空気は重い。

 

 負けた。

 

 しかも大敗。

 

 兵たちは皆理解していた。

 

 このままでは終わる、と。

 

 白蓮は城壁の上へ立つ。

 

 遠く。

 

 雪煙の向こう。

 

 冀州軍の旗が見えた。

 

「早ぇなぁ……」

 

 袁紹軍はもう来ていた。

 

 追撃。

 

 包囲。

 

 完全に仕留める気だ。

 

「白蓮様」

 

 側近が静かに言う。

 

「籠城準備、完了しました」

 

「兵糧は?」

 

「長くは持ちません」

 

「だよなぁ……」

 

 幽州は既に削られている。

 

 今回の敗戦で兵糧庫もかなり失った。

 

 長期戦は無理。

 

「援軍は?」

 

「期待できません」

 

「だろうなぁ……」

 

 白蓮は苦笑した。

 

 北方諸侯は動かない。

 

 袁紹が怖い。

 

 誰も冀州へ逆らいたくない。

 

「詰んでるじゃん」

 

 冗談めかして言う。

 

 だが誰も笑わなかった。

 

 夜。

 

 執務室。

 

 白蓮は一人だった。

 

 机の上には地図。

 

 報告書。

 

 戦死者一覧。

 

「……はぁ」

 

 深く息を吐く。

 

 酷い有様だった。

 

 敗北。

 

 壊滅。

 

 籠城。

 

 完全に追い詰められている。

 

「私、判断ミスったかなぁ」

 

 ぽつりと零れる。

 

 黒山。

 

 時雨。

 

 援軍を頼めばよかったのか。

 

 あの時。

 

 誇りだ何だと意地を張らず。

 

 最初から頼っていれば。

 

「……」

 

 答えは出ない。

 

 だが。

 

 現実だけはある。

 

 幽州は滅びかけている。

 

「情けないなぁ」

 

 白蓮は椅子へ沈む。

 

 白馬将軍。

 

 北方の雄。

 

 そんな肩書きも今は空しい。

 

「時雨なら笑うかな」

 

 脳裏に浮かぶ赤い目。

 

 あの男ならこう言うだろう。

 

『だから言ったろ馬鹿』

 

 実際その通りだ。

 

「……くそ」

 

 白蓮は顔を覆う。

 

 悔しかった。

 

 負けたこと。

 

 兵を死なせたこと。

 

 そして。

 

 頼れなかった自分が。

 

 一方。

 

 黒山。

 

「……なるほど」

 

 時雨は報告を聞き終え、静かに酒を飲んだ。

 

 周囲には星、霞、恋。

 

 黒山幹部たちが集まっている。

 

「白馬娘、城に籠ったか」

 

「はい」

 

 兵が頷く。

 

「冀州軍は包囲準備中」

 

「数は?」

 

「少なく見積もっても五万以上」

 

「多いなぁ」

 

 時雨は笑った。

 

 星が真顔で聞く。

 

「どうする」

 

「どうするも何も」

 

 時雨は立ち上がる。

 

「助けに行くぞ」

 

 即答だった。

 

 霞が眉を上げる。

 

「随分迷い無いな」

 

「形だけとはいえ」

 

 時雨は酒瓶を置く。

 

「黒山は今、公孫瓚配下だ」

 

 反董卓連合以降。

 

 黒山は形式上、公孫瓚軍の一部という扱いになっている。

 

 つまり。

 

 主家が攻められている。

 

「見捨てたら外聞悪ぃ」

 

 それは建前。

 

 だが。

 

 星は分かっていた。

 

 それだけではない。

 

「……心配なのだろう?」

 

「あ?」

 

「公孫瓚が」

 

 時雨は少し黙る。

 

 そして。

 

「まぁな」

 

 小さく笑った。

 

「アイツ馬鹿だから」

 

「否定できんなぁ」

 

 霞が苦笑する。

 

「正々堂々で勝てる相手ちゃうしな」

 

「袁紹は物量型だ」

 

 星も静かに頷く。

 

「まともに戦えば押し潰される」

 

「だから最初から言ってんのに」

 

 時雨は肩を竦めた。

 

「綺麗に勝とうとするから負ける」

 

 その言葉は冷たい。

 

 だが現実だった。

 

「で?」

 

 霞が笑う。

 

「今回はどうするん?」

 

「決まってる」

 

 時雨の赤い目が細まる。

 

「冀州軍を地獄に落とす」

 

 静かな声。

 

 だが。

 

 その場の全員が理解した。

 

 ああ。

 

 袁紹軍は終わった、と。

 

 翌朝。

 

 黒山は動き出した。

 

「出陣準備!!」

 

「武器運べぇ!」

 

「馬隊前へ!」

 

 山全体が騒がしくなる。

 

 賊たちが武装し始める。

 

 黒山軍。

 

 その数、一万以上。

 

 しかも全員が荒事慣れしている。

 

「久々の大戦だぁ!」

 

「冀州軍ぶっ殺せ!」

 

「略奪出来るか!?」

 

「死ぬぞお前」

 

 空気は最悪だった。

 

 だが士気は高い。

 

 時雨は馬へ跨がる。

 

 星も槍を持つ。

 

 霞は肩を回し。

 

 恋は無表情で方天画戟を担いでいた。

 

「時雨」

 

「あ?」

 

「今回は随分本気だな」

 

 星の言葉。

 

 時雨は笑う。

 

「そりゃな」

 

「何故だ?」

 

 少しだけ。

 

 時雨は遠く北を見る。

 

「白馬娘に貸し一つ作っときたい」

 

「ふふ」

 

 星が笑う。

 

「素直じゃないな」

 

「うるせぇ」

 

 時雨は槍を掲げた。

 

「行くぞ野郎共!!」

 

「おおおおおお!!」

 

 黒山が吠える。

 

 雪山を揺らす怒号。

 

 賊軍。

 

 外道。

 

 卑劣。

 

 だが。

 

 北方最悪の軍勢が、ついに動き出した。




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