【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第四十一話 黒山の援軍

第四十一話 黒山の援軍

 

 

 幽州の空は灰色だった。

 

 雪が降りそうで降らない。

 

 重たい雲が空を覆い、まるで戦場そのものを見下ろしているかのようだった。

 

 その空の下。

 

 公孫瓚の居城は完全に包囲されていた。

 

 城壁の外には無数の旗。

 

 冀州軍。

 

 袁紹軍である。

 

 見渡す限りの天幕。

 

 兵士。

 

 補給部隊。

 

 攻城兵器。

 

 まるで一つの巨大な街が城を囲んでいるようだった。

 

「これで終わりですわ」

 

 袁紹は自らの陣幕で優雅に紅茶を口にする。

 

 金色の縦ロールが揺れる。

 

「公孫瓚さんも往生際が悪いですわね」

 

 周囲の将たちも笑っていた。

 

 兵力差は圧倒的。

 

 城は既に孤立。

 

 援軍もない。

 

 時間の問題だった。

 

「あと十日もすれば兵糧が尽きますわ」

 

「その通りです」

 

「幽州は我らのものですな」

 

 誰も勝利を疑っていなかった。

 

 だからこそ。

 

 誰も背後を警戒していなかった。

 

 一方。

 

 包囲網から離れた山中。

 

 黒山軍は静かに集結していた。

 

 焚き火すら無い。

 

 馬にも布を巻き、音を消している。

 

 普段の騒がしい黒山とは別物だった。

 

「数は?」

 

 時雨が聞く。

 

「五万近くやな」

 

 霞が答える。

 

「よう集めたもんや」

 

「冀州だしな」

 

 豊かな土地。

 

 兵も多い。

 

 だが。

 

 時雨は笑った。

 

「多いなら多いほどいい」

 

「嫌な笑い方しとる」

 

 霞が呆れる。

 

 星も苦笑した。

 

「何を考えている?」

 

「簡単だ」

 

 時雨は地図を見る。

 

「正面からはやらねぇ」

 

「だろうな」

 

 全員納得した。

 

 時雨が正面決戦を好む訳がない。

 

「まず補給を焼く」

 

「やっぱり」

 

「次に夜襲」

 

「うん」

 

「その後混乱したところへ恋を突っ込ませる」

 

 霞が頭を抱えた。

 

「相変わらず酷いな」

 

「戦争だからな」

 

 時雨は平然と言う。

 

「勝てばいい」

 

 それが張燕だった。

 

 綺麗な戦など興味がない。

 

 生き残ること。

 

 勝つこと。

 

 それだけ。

 

 その夜。

 

 袁紹軍後方。

 

 補給部隊の野営地。

 

「暇ですなぁ」

 

「戦も終わったようなものですし」

 

 兵士たちは気を抜いていた。

 

 当然だった。

 

 敵は城の中。

 

 周囲には味方しかいない。

 

 そう思っていた。

 

 だから。

 

 誰も気付かなかった。

 

 闇の中から近付く影に。

 

「ん?」

 

 一人の兵士が振り向く。

 

 次の瞬間。

 

 首筋へ刃が走った。

 

 血飛沫。

 

「がっ……」

 

 声も出ない。

 

 倒れる。

 

「始めろ」

 

 小さな声。

 

 黒山兵たちが一斉に動く。

 

 油。

 

 火。

 

 矢。

 

 そして。

 

 炎。

 

 ドォォォォッ!!

 

 補給物資が燃え上がった。

 

「敵襲!!」

 

「敵襲だぁぁぁ!!」

 

 悲鳴が響く。

 

 だが遅い。

 

 火は燃え移る。

 

 爆発。

 

 混乱。

 

 怒号。

 

 夜空が真っ赤に染まった。

 

「な、何ですの!?」

 

 袁紹が飛び起きる。

 

 外は大騒ぎだった。

 

「報告!!」

 

 将が飛び込んでくる。

 

「後方補給基地炎上!」

 

「はぁ!?」

 

「敵襲です!」

 

「敵ですって!?」

 

 袁紹は理解できなかった。

 

 敵は城の中ではないのか。

 

「どこの軍ですの!?」

 

「不明!」

 

 その時。

 

 遠くで角笛が鳴った。

 

 低く。

 

 不気味な音。

 

 そして。

 

「黒山だぁぁぁ!!」

 

 兵士の絶叫が響いた。

 

 一瞬。

 

 袁紹の顔が引き攣る。

 

「まさか……」

 

 脳裏に浮かぶ。

 

 反董卓連合。

 

 あの外道。

 

 あの賊。

 

「張燕ですの!?」

 

 最悪の名前だった。

 

 混乱する袁紹軍。

 

 その中へ。

 

 一人の少女が突撃していた。

 

「……行く」

 

 恋。

 

 呂布。

 

 天下最強。

 

 方天画戟が振るわれる。

 

 兵士が吹き飛ぶ。

 

 馬が倒れる。

 

 隊列が崩壊する。

 

「ば、化け物だ!」

 

「呂布だぁぁ!」

 

 恐怖が広がる。

 

 かつて虎牢関で名を轟かせた鬼神。

 

 その存在だけで兵の足が止まる。

 

「退け」

 

 ドォン!!

 

 また一撃。

 

 人が宙を舞う。

 

 陣形が裂ける。

 

 恋は真っ直ぐ敵中へ進んでいった。

 

 その後方。

 

 時雨は馬上から戦場を見ていた。

 

 燃える補給庫。

 

 混乱する袁紹軍。

 

 逃げ惑う兵。

 

「いい感じだな」

 

「悪魔やな」

 

 霞が呆れる。

 

「褒めるなよ」

 

「褒めとらん」

 

 星も苦笑していた。

 

 だが。

 

 効果は絶大だった。

 

 兵糧が燃えた。

 

 夜襲で混乱。

 

 さらに呂布の突撃。

 

 袁紹軍は完全に混乱状態へ陥っている。

 

「次だ」

 

 時雨が笑う。

 

「まだあるんか」

 

「当然」

 

 その笑顔を見て。

 

 霞は敵に同情した。

 

 まだ始まったばかりなのだ。

 

 張燕の戦は。

 

 そして。

 

 城壁の上では。

 

「……来た」

 

 白蓮が呟いた。

 

 燃え上がる袁紹軍陣地。

 

 聞こえる悲鳴。

 

 黒山の旗。

 

「時雨……」

 

 援軍。

 

 本当に来た。

 

 しかも。

 

 予想以上に派手に。

 

「相変わらず滅茶苦茶だなぁ……」

 

 思わず笑ってしまう。

 

 絶望しかなかった城に。

 

 今。

 

 希望が現れたのだった。




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