【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第四十七話 星降る夜に

第四十七話 星降る夜に

 

 

 袁紹軍が退き、幽州に束の間の平穏が戻ってきた。

 

 だが、それは決して安らぎではなかった。

 

 戦は終わった。

 

 しかし傷跡は深い。

 

 焼け落ちた村。

 

 失われた兵。

 

 不足する兵糧。

 

 そして何より、公孫瓚軍そのものが大きな損害を受けていた。

 

 城壁の修復。

 

 兵の再編。

 

 周辺警戒。

 

 やるべきことは山ほどある。

 

 白蓮も休む暇などなかった。

 

 毎日城内を走り回り、将兵を励まし、領民の訴えを聞き、失ったものを少しずつ取り戻していた。

 

 そして黒山軍もまた、すぐには帰らなかった。

 

 時雨が決めたのだ。

 

「しばらく残る」

 

 と。

 

 その理由は単純だった。

 

「白馬娘だけじゃ不安だからな」

 

 その一言である。

 

 本人は軽く言ったが、公孫瓚軍の将兵たちは皆助かっていた。

 

 今の幽州は弱っている。

 

 もし袁紹が再び攻めてきたら危険だ。

 

 だから黒山軍はしばらく駐留することになった。

 

 もっとも。

 

 白蓮本人は複雑だった。

 

「助かるんだけどさぁ……」

 

 執務室で頭を抱える。

 

「黒山軍いると治安が悪化してる気がするんだよなぁ……」

 

 廊下では黒山兵が昼間から酒盛りをしている。

 

 城門前では賭け事をしている。

 

 兵舎では喧嘩が起きている。

 

「助けてくれた恩人なのに頭痛の種って何なんだよ!」

 

 白蓮の悲鳴は誰にも届かなかった。

 

 そんな幽州の夜。

 

 城下から少し離れた丘の上で、時雨は酒を飲んでいた。

 

 空には満天の星。

 

 冷たい風。

 

 静かな夜だった。

 

「珍しいな」

 

 後ろから声が聞こえる。

 

 振り向かなくても誰か分かる。

 

「星か」

 

「誰だと思った?」

 

「酒盗みに来た霞」

 

「それもありそうだな」

 

 くすりと笑う。

 

 星は時雨の隣へ腰を下ろした。

 

 水色の髪が夜風に揺れる。

 

 昔から思っていたが、こうしていると賊の頭領と旅武者には見えない。

 

 ただの幼馴染のようだった。

 

「飲むか?」

 

「いただこう」

 

 時雨が酒瓶を渡す。

 

 星は一口飲む。

 

「うむ」

 

「美味いか」

 

「不味い」

 

「じゃあ返せ」

 

「断る」

 

 そんなやり取りに二人とも笑った。

 

 しばらく沈黙が続く。

 

 遠くでは城の灯りが見える。

 

 戦が終わった証のような穏やかな光だった。

 

「白蓮は頑張っているな」

 

 星が呟いた。

 

「ああ」

 

「正直少し意外だった」

 

「何が」

 

「折れていると思った」

 

 時雨は苦笑した。

 

「俺もだ」

 

 あの夜。

 

 幽州を譲ると言った白蓮。

 

 本気で全て投げ出しかけていた。

 

 だが今は違う。

 

 立ち上がった。

 

 前を向いている。

 

「根性だけはある」

 

「そうだな」

 

 星も頷いた。

 

 そして少し空を見上げる。

 

「時雨」

 

「あ?」

 

「お前は何故助けた」

 

 静かな問いだった。

 

 時雨は答えない。

 

 酒を飲む。

 

 夜風が吹く。

 

「義理か?」

 

 星が聞く。

 

「違うな」

 

「借りを返したかったのか?」

 

「それも違う」

 

「では何だ」

 

 時雨はしばらく黙った。

 

 そして。

 

「放っとけなかった」

 

 小さく言った。

 

 星が目を丸くする。

 

「意外だな」

 

「うるせぇ」

 

「もっと打算的な理由かと思った」

 

「それもある」

 

 時雨は肩を竦めた。

 

「幽州が潰れたら次は黒山だ」

 

「確かにな」

 

「でもそれだけじゃねぇ」

 

 白蓮は友人だった。

 

 長い付き合いだ。

 

 馬鹿で。

 

 不器用で。

 

 変に真面目で。

 

 だから放っておけなかった。

 

「なるほど」

 

 星は少し笑った。

 

「優しいな」

 

「殴るぞ」

 

「褒めたのだが」

 

 時雨は嫌そうな顔をする。

 

 星は楽しそうだった。

 

 昔からこうだ。

 

 時雨が照れる話になると妙に面白い。

 

「そういうお前はどうなんだ」

 

 時雨が聞き返した。

 

「何がだ」

 

「幽州に残るの」

 

 星は一瞬だけ黙った。

 

 風が吹く。

 

 長い髪が揺れる。

 

「私は」

 

 少し考える。

 

「お前がいるからだな」

 

 あまりにも自然な答えだった。

 

 時雨が酒を吹きそうになる。

 

「おい」

 

「何だ」

 

「言い方」

 

「事実だろう」

 

 星は平然としている。

 

「私は旅をしていた」

 

「ああ」

 

「だが今はここにいる」

 

 夜空を見上げる。

 

「理由は簡単だ」

 

 そして。

 

 少しだけ柔らかく笑った。

 

「お前といる方が面白い」

 

 時雨は言葉を失った。

 

 星らしい答えだった。

 

 恋愛感情を匂わせるでもなく。

 

 だが確かな信頼がある。

 

「そうかよ」

 

「そうだ」

 

「変な奴」

 

「お前ほどではない」

 

 二人は笑う。

 

 しばらく何も言わなかった。

 

 それでも不思議と居心地は悪くない。

 

 星がいる。

 

 ただそれだけでいい。

 

 時雨も。

 

 星も。

 

 言葉にはしなかった。

 

 だが互いに理解していた。

 

 常山で生まれ。

 

 乱世を彷徨い。

 

 今こうして同じ夜空を見ている。

 

 それは決して当たり前ではない。

 

「なぁ星」

 

「何だ」

 

「天下ってどうなると思う」

 

 突然の問いだった。

 

 星は少し考える。

 

「分からんな」

 

「だよな」

 

「だが」

 

 星は空を見上げた。

 

「面白くなる」

 

「それは間違いねぇ」

 

 袁紹。

 

 曹操。

 

 孫堅。

 

 そして劉備。

 

 英雄たちが動き始めている。

 

 乱世はまだ始まったばかりだ。

 

 これからさらに大きな戦が起こる。

 

 血が流れる。

 

 国が滅ぶ。

 

 人が死ぬ。

 

 それでも。

 

 前へ進むしかない。

 

「その時は」

 

 星が言う。

 

「また一緒に戦おう」

 

 時雨は笑った。

 

「ああ」

 

 短い返事だった。

 

 だが十分だった。

 

 夜空には無数の星が輝いている。

 

 その光は遠く。

 

 届きそうで届かない。

 

 それでも二人は見上げていた。

 

 これから先に待つ乱世を。

 

 そして共に歩む未来を思いながら。




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