【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第五話 黒山に集う者たち

第五話 黒山に集う者たち

 

 

 黄巾の乱が始まってからというもの、大陸は完全に壊れ始めていた。

 

 焼ける村。

 

 逃げ惑う民。

 

 略奪を繰り返す黄巾党。

 

 それを討つ名目で、さらに民から奪う官軍。

 

 どちらが賊なのか分からない。

 

 そんな地獄のような光景が各地で広がっていた。

 

 そして。

 

 乱世の匂いを嗅ぎつけた者たちは、一つの場所へ集まり始める。

 

 ――黒山。

 

 官にも属さず。

 

 黄巾にも従わず。

 

 ただ己の牙のみで生きる獣たちの巣。

 

 そこへ、今夜もまた新たな流民が辿り着いていた。

 

「た、頼む……!」

 

 痩せた男が地面へ額を擦りつける。

 

 後ろには女と子供。

 

 どちらも酷く痩せていた。

 

「ここに置いてくれ……! もう行く場所がないんだ……!」

 

 黒山党の見張りたちは顔を見合わせる。

 

「また流民か」

 

「最近多いなぁ」

 

 黄巾の乱が始まってから、黒山へ流れてくる者は急増していた。

 

 村を焼かれた者。

 

 官軍に食料を奪われた者。

 

 黄巾党から逃げてきた者。

 

 行き場を失った者たちが、最後の希望として黒山を目指しているのだ。

 

「頭領に聞いてくる」

 

 見張りの一人が砦へ向かった。

 

 その頃。

 

 時雨は砦の上で酒を飲みながら、山の景色を眺めていた。

 

 夜風が黒髪を揺らす。

 

 遠くには、幾つもの焚火。

 

 流民たちの野営だ。

 

「増えてんなぁ」

 

 隣に座る黒山党の古参が苦笑する。

 

「このままじゃ食料が足りませんぜ」

 

「だろうな」

 

 時雨はあっさり頷いた。

 

「なら断りますか?」

 

「断ったら死ぬだろ、あいつら」

 

「……」

 

「腹減った奴は必死だからな。下手すりゃ賊化する」

 

 時雨は酒を飲む。

 

「だったら囲った方がマシだ」

 

 古参は頭を掻いた。

 

「頭領は本当に変わってますよ」

 

「あ?」

 

「普通の賊なら追い返しますぜ」

 

「普通じゃねぇから黒山党なんだろ」

 

 時雨は笑う。

 

 そこへ見張りが駆け込んできた。

 

「頭領、新しい流民です」

 

「何人?」

 

「三十ほど」

 

「多いな」

 

「女とガキもいます」

 

 時雨は少しだけ考える。

 

 そして面倒臭そうに立ち上がった。

 

「見に行くか」

 

「へい」

 

 砦を降りる途中、時雨はふと足を止めた。

 

 水色の髪が目に入ったからだ。

 

 趙雲だった。

 

 槍を手入れしている。

 

「よう姉ちゃん」

 

「……またお前か」

 

「またって何だよ。俺の山だぞここ」

 

 時雨はケラケラ笑う。

 

 趙雲は小さく溜息を吐いた。

 

 結局、彼女はまだ黒山にいた。

 

 理由は自分でも分からない。

 

 時雨を監視するため。

 

 黒山党の実態を見るため。

 

 あるいは――。

 

「流民が来た。見るか?」

 

「流民?」

 

「黄巾から逃げてきた連中だろ」

 

 趙雲は立ち上がる。

 

「行く」

 

「素直だなぁ」

 

「勘違いするな。民を見捨てる気はない」

 

「はいはい」

 

 時雨は笑いながら歩き出した。

 

 山の入口。

 

 そこには疲弊しきった人々がいた。

 

 老人。

 

 女。

 

 子供。

 

 皆、痩せ細っている。

 

 特に子供たちは酷かった。

 

 骨が浮き出ている。

 

 まともな食事を何日も取っていないのだろう。

 

 趙雲の眉が寄る。

 

「……これは」

 

 男が時雨へ土下座した。

 

「あ、あんたが張燕様か……!」

 

「そうだけど」

 

「頼む……! 助けてくれ……!」

 

 震える声だった。

 

「村が黄巾党に襲われたんだ……! 食料も女も全部奪われた……!」

 

 後ろで女たちが泣いている。

 

「官軍に助けを求めたけど、税を払えとしか言われなくて……!」

 

 時雨は黙って聞いていた。

 

 笑わない。

 

 茶化さない。

 

 ただ静かに。

 

「……で?」

 

 赤い目が男を見る。

 

「お前ら、何が出来る」

 

「え……?」

 

「黒山党は慈善団体じゃねぇ。飯食うなら働け」

 

 男は慌てて頷いた。

 

「は、働く! 何でもやる!」

 

「畑は?」

 

「やれる!」

 

「戦える奴は?」

 

 数人の男が恐る恐る手を挙げる。

 

 時雨は鼻を鳴らした。

 

「なら問題ねぇな」

 

 周囲の黒山党たちが笑う。

 

「頭領、また拾うんすか」

 

「最近どんどん増えてません?」

 

「うるせぇよ」

 

 時雨は頭を掻く。

 

「見捨てたら後味悪ぃだろ」

 

 趙雲はその横顔を見つめていた。

 

 理解できない。

 

 この男は間違いなく悪党だ。

 

 人を殺すことに躊躇がない。

 

 残酷で、冷酷で、下品。

 

 なのに。

 

 目の前の弱者を見捨てない。

 

「頭領ー!」

 

 突然、別の見張りが飛び込んできた。

 

「黄巾党です!」

 

 空気が変わる。

 

「数は?」

 

「百くらい! こっちに向かってます!」

 

 流民たちの顔が青ざめた。

 

「ひっ……!」

 

「追ってきたのか……!」

 

 子供が泣き出す。

 

 時雨は面倒臭そうに首を鳴らした。

 

「姉ちゃん」

 

「何だ」

 

「ちょっと暴れるぞ」

 

 赤い目が笑う。

 

 獣の目だ。

 

 黄巾党は興奮していた。

 

「いたぞ!」

 

「逃げた村人どもだ!」

 

「食料も持ってるぞ!」

 

 薄汚れた集団。

 

 まともな軍ではない。

 

 農具を武器代わりにしている者までいる。

 

 だが、その目は危険だった。

 

 飢え。

 

 欲望。

 

 怒り。

 

 理性を失った群衆の目。

 

「女は生かせ!」

 

「男は殺せ!」

 

 怒号が飛ぶ。

 

 その時。

 

「――うるせぇなぁ」

 

 低い声。

 

 黄巾党たちが止まる。

 

 前方の岩の上。

 

 そこに時雨が座っていた。

 

 酒瓶を片手に。

 

「……誰だ貴様」

 

「黒山党」

 

 その瞬間、黄巾党たちの顔色が変わる。

 

「ち、張燕……!?」

 

「何でこんな所に……!」

 

 時雨は笑う。

 

「俺の山で騒いでる馬鹿がいたから見に来た」

 

「ふざけるな!」

 

 黄巾党の男が怒鳴る。

 

「そいつらは俺たちの獲物だ!」

 

「へぇ」

 

 時雨は立ち上がった。

 

「で?」

 

「返してもらうぞ!」

 

「嫌だね」

 

 即答。

 

「こいつら、今日から俺の飯だから」

 

「……は?」

 

 黄巾党たちが困惑する。

 

 時雨はニヤニヤ笑っていた。

 

「働ける奴は働く。ガキは育てる。女も飯作れる」

 

 赤い目が細まる。

 

「お前らみてぇに、食い潰すだけの蝗よりマシだ」

 

「て、てめぇ……!」

 

 殺気。

 

 黄巾党たちが武器を構える。

 

 だが時雨は笑みを崩さない。

 

「姉ちゃん」

 

「……何だ」

 

「右頼む」

 

 次の瞬間。

 

 時雨が消えた。

 

「なっ!?」

 

 ザンッ!!

 

 血飛沫。

 

 先頭の男の首が飛ぶ。

 

「ぎゃああっ!?」

 

「敵だぁぁ!!」

 

 同時に。

 

 銀光が走る。

 

 趙雲の槍だった。

 

「はぁっ!!」

 

 槍が唸る。

 

 黄巾党たちが吹き飛ぶ。

 

 圧倒的。

 

 時雨と趙雲。

 

 二人の動きはまるで違った。

 

 時雨は獣。

 

 急所だけを狙い、恐怖を植え付ける。

 

 趙雲は武人。

 

 流麗で美しい槍術。

 

 だが。

 

 恐ろしいほど噛み合っていた。

 

「ぐあっ!?」

 

「つ、強ぇぇ!!」

 

 黄巾党たちは混乱する。

 

 時雨は笑いながら男の顔を踏み潰した。

 

「お前らさぁ」

 

 グシャッ。

 

「弱ぇ奴しか襲えねぇの?」

 

 赤い目が嗤う。

 

「だったら賊ですらねぇよ。ただの虫だ」

 

 恐怖。

 

 黄巾党たちは完全に怯えていた。

 

 目の前の男は危険だ。

 

 本能が叫んでいる。

 

「に、逃げろぉぉ!!」

 

 崩壊。

 

 群衆が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。

 

 時雨は追わなかった。

 

「逃がすのか?」

 

 趙雲が問う。

 

 時雨は酒瓶を拾う。

 

「全員殺しても腹減るだけだろ」

 

「……」

 

「恐怖だけ植え付けりゃ十分だ」

 

 流民たちは呆然と二人を見ていた。

 

 その中の子供が、小さく呟く。

 

「……すごい」

 

 時雨はその声に振り返る。

 

 そして。

 

 ニヤリと笑った。

 

「飯食うか?」

 

 その瞬間。

 

 子供の腹が盛大に鳴った。

 

 周囲が静まる。

 

 次いで。

 

 黒山党たちが爆笑した。

 

 趙雲は額を押さえながら、小さく息を吐く。

 

(本当に……調子の狂う男だ)

 

 だが。

 

 少しだけ。

 

 本当に少しだけ。

 

 彼女は黒山で過ごす時間を嫌ではないと思い始めていた。




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