第六話 白馬と黒狼
幽州。
北方異民族との戦が絶えぬ、荒々しい土地。
寒風が吹き荒れ、痩せた大地が続くその地では、“強さ”こそが全てだった。
そして今。
その幽州を守る一人の諸侯がいた。
白馬将軍――公孫瓚。
馬が駆ける。
乾いた大地を、白馬の群れが疾走していた。
先頭を走る女は、燃えるような赤い髪を高く結い上げている。
鋭い目。
快活な顔立ち。
軽鎧に槍。
公孫瓚――真名を白蓮。
「急げーっ!」
白馬に跨りながら、白蓮は豪快に笑った。
「黄巾の連中、また村襲ってるらしいぞ!」
「白蓮様! 少し速度を――!」
「んなこと言ってる間に村焼かれたら意味ないだろー!」
後続の兵たちが悲鳴を上げる。
だが白蓮は止まらない。
彼女は根っからの前線型だった。
頭で考えるより先に体が動く。
だから兵には好かれる。
だが同時に。
「……相変わらず無茶苦茶ですねぇ」
副官の少女が頭を抱える。
白蓮は振り返って笑った。
「乱世なんだから勢い大事!」
「その勢いで死なないでくださいよ本当に」
「大丈夫大丈夫!」
そう言って笑う白蓮の顔には、不思議な魅力があった。
人を惹きつける太陽のような明るさ。
それが彼女の強さだった。
その頃。
黒山では、時雨が昼寝していた。
砦の屋根の上。
酒瓶を抱えながら寝転がっている。
「頭領」
「あー?」
「幽州から使者です」
時雨は片目を開けた。
「……誰」
「公孫瓚軍です」
一瞬。
赤い目が細まる。
そして。
「ハッ」
面白そうに笑った。
「珍しいのが来たな」
ゆっくり体を起こす。
近くでは趙雲が槍を磨いていた。
「公孫瓚?」
「ああ」
時雨は欠伸をする。
「幽州の白馬娘」
「知り合いか?」
「まぁな」
軽い口調。
だが趙雲は少し違和感を覚えた。
時雨が誰かを“普通に”語るのは珍しい。
「どういう関係だ」
「昔ちょっと」
「それで済ませるな」
時雨はニヤニヤ笑う。
「嫉妬か?」
「違う!」
周囲の黒山党たちが笑い始める。
趙雲は眉を吊り上げた。
「貴様ら……!」
「姉ちゃん顔真っ赤」
「お似合いだなぁ!」
「黙れ!」
時雨は腹を抱えて笑っていた。
「いやぁ、退屈しねぇなホント」
その時。
「張燕ぇぇぇぇぇ!!」
山の入口から大声が響いた。
次の瞬間。
ドドドドドッ!!
白馬が駆け込んでくる。
兵たちが慌てて道を開けた。
「白蓮様!? ちょ、速っ!?」
「止まれ止まれぇぇ!!」
そして。
白馬から赤髪の女が飛び降りた。
「久しぶりだな黒狼!」
満面の笑み。
公孫瓚――白蓮だった。
時雨は面倒臭そうに手を振る。
「うるせぇの来たなぁ」
「酷くない!?」
白蓮はズカズカ近付いてくる。
そして。
時雨の肩をバンバン叩いた。
「生きてたか!」
「死んでたら喋ってねぇよ」
「ははっ! 違いない!」
あまりにも自然なやり取り。
黒山党たちがざわつく。
「頭領、あの白馬将軍と知り合いだったのか……」
「普通に友達っぽい……」
「怖っ」
趙雲も驚いていた。
あの時雨が。
他人を拒絶するような男が。
白蓮相手だと妙に気安い。
「……本当に知り合いだったのか」
「ん?」
白蓮が趙雲を見る。
そして目を丸くした。
「おお、美人!」
「……」
「張燕、お前ついに女連れ込むようになったのか!」
「違ぇよ」
「違うのか?」
「勝手に居着いてるだけだ」
「猫か何かか私は!」
白蓮は大笑いした。
「いやー面白いなアンタ!」
趙雲は頭痛を覚えた。
何だこの空気は。
賊の頭領と諸侯の会話ではない。
「で?」
時雨が酒を飲みながら問う。
「何しに来た白馬娘」
「白馬娘言うな」
白蓮は頬を膨らませた。
だがすぐ真面目な顔になる。
「黄巾党だ」
空気が変わる。
「幽州にも入り始めてる」
「だろうな」
「数が多すぎる。正直、全部は止めきれない」
白蓮は拳を握る。
「村を守るだけで手一杯だ」
その表情には焦りがあった。
公孫瓚は真っ直ぐな武人だ。
民を見捨てられない。
だからこそ、この乱は彼女に重い。
「で、俺に泣きつきに来た?」
「誰が泣きつくか!」
「じゃあ何」
白蓮は少し言い淀む。
だが観念したように言った。
「……取引だ」
黒山党たちがざわつく。
諸侯と賊。
本来なら相容れない存在。
だが白蓮は真っ直ぐ時雨を見た。
「お前、黄巾党嫌いだろ」
「嫌いっつーか鬱陶しい」
「だったら一緒に潰さないか」
趙雲が目を見開く。
「公孫瓚、お前……!」
「分かってる。普通じゃないのは」
白蓮は苦笑した。
「でもさ、綺麗事だけじゃ守れないんだよ」
その言葉に。
時雨の笑みが少し深くなる。
「へぇ」
赤い目が細まる。
「随分と汚れてきたじゃねぇか白馬娘」
「誰のせいだと思ってる」
「あ?」
「昔っからお前見てると、“正義って何だろうな”ってなるんだよ!」
白蓮は頭を掻きむしる。
「賊の癖に民守るし! 官軍よりマシな時あるし!」
「ハハッ」
時雨は楽しそうに笑った。
「褒めてんのか?」
「褒めてない!」
周囲の黒山党たちが爆笑する。
趙雲は黙って二人を見ていた。
白蓮は時雨を恐れていない。
それどころか。
“理解している”。
少なくとも、ただの悪党ではないと。
「……いつからの知り合いだ」
趙雲が問う。
白蓮は「あー」と空を見た。
「昔だよ」
「昔?」
「まだ張燕が黒山党まとめる前」
時雨は露骨に嫌そうな顔をした。
「その話すんの?」
「いいじゃん減るもんじゃないし」
「減る」
「減らない減らない」
白蓮は笑った。
「昔さ、こいつ一人で幽州来てたんだよ」
「……一人?」
「異民族相手に暴れてた」
趙雲は目を見開く。
北方異民族。
騎馬民族との戦いは苛烈だ。
一人でどうこう出来る相手ではない。
「まぁ無茶苦茶だったなー」
白蓮は懐かしそうに笑う。
「傷だらけでフラフラなのに、“まだ殺し足りねぇ”とか言ってて」
「やめろ」
「しかも倒れた後、私の飯勝手に食ったんだぞ!」
「覚えてねぇ」
「嘘つけ!」
時雨は酒を飲みながら目を逸らす。
珍しい。
趙雲は少し驚いた。
この男にも、こんな顔をする相手がいるのか。
「まぁでも」
白蓮はニヤリと笑う。
「その頃から変わってないな、お前」
「あ?」
「弱い奴踏みにじる奴、昔から大嫌いだったろ」
一瞬。
時雨の笑みが薄れた。
だがすぐ戻る。
「……別に」
「はいはい」
白蓮は肩を竦める。
「で、どうする? 手ぇ組むか?」
風が吹く。
黒山の空は曇っていた。
遠くでは戦火の煙が上がっている。
黄巾の乱。
乱世。
全てが崩れ始めている時代。
時雨はゆっくり笑った。
「いいぜ」
「おっ」
「ただし」
赤い目が獣のように細まる。
「俺は俺の好きにやる」
白蓮はニヤリと笑い返した。
「知ってるよ、黒狼」
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