第七十一話 河北の覇者
青州降伏の報せは、瞬く間に河北全土を駆け巡った。
最初にその知らせを聞いた者たちは耳を疑った。
次に笑った。
そして最後には頭を抱えた。
理由は簡単だった。
誰も予想していなかったからである。
袁紹。
かつて冀州を治めた名門袁家の当主。
その袁紹が降伏した。
しかも相手は曹操でもなければ孫堅でもない。
張燕だった。
黒山賊の頭領として名を馳せた男。
その結果。
青州は公孫瓚勢力へ組み込まれることになった。
そして何より。
一番驚いていたのは公孫瓚本人だった。
「待て」
鄴の政庁。
公孫瓚は机を叩いた。
「もう一回言え」
文官が恐る恐る答える。
「青州が降伏いたしました」
「誰に?」
「張燕様に」
「私は許可してないぞ!」
思わず叫ぶ。
当然だった。
ある日突然。
同盟国だった青州が消えたのである。
しかも原因は味方の暴走だった。
「なんでだ!」
「張燕様に聞いてください」
「私も聞きたい!」
公孫瓚は頭を抱えた。
最近ずっとこれである。
黒山が動く。
問題が起きる。
気付けば領土が増える。
何度も同じ流れを見てきた。
幽州。
冀州。
そして青州。
気付けば河北の大半が勢力圏になっている。
「おかしいだろ……」
公孫瓚は天井を見上げた。
「私は真面目にやってるのに」
その呟きに周囲の文官たちは何とも言えない顔をした。
数日後。
袁紹が鄴へ到着した。
かつて自らの本拠地だった都市。
しかし今は違う。
城門をくぐる袁紹の心境は複雑だった。
「戻ってきましたわね……」
馬車の窓から街を見る。
以前より賑わっている。
人も多い。
市場も活気に満ちていた。
発展している。
それは認めざるを得なかった。
そして。
政庁へ到着する。
出迎えたのは公孫瓚だった。
「久しぶりだな」
「そうですわね」
しばし沈黙。
互いに色々あった。
敵だった時代もある。
同盟した時代もある。
そして今。
袁紹は公孫瓚の配下となった。
「複雑ですわ」
袁紹が苦笑する。
「私もだ」
公孫瓚も苦笑した。
これほど素直な言葉も珍しい。
「まさかこんなことになるとは思わなかった」
「わたくしもですわ」
二人とも本音だった。
そこへ。
のんびりとした足音が聞こえる。
「よう」
現れたのは時雨だった。
公孫瓚の額に青筋が浮く。
「時雨」
「何だ」
「何だじゃない!」
公孫瓚は立ち上がった。
「説明しろ!」
「何を」
「全部だ!」
即答だった。
袁紹は思わず吹き出しそうになる。
以前の自分なら考えられない光景だった。
だが今なら分かる。
公孫瓚の苦労が。
「結果的に良かっただろ」
時雨は平然としている。
「良くない!」
「領土増えた」
「増えた!」
「人材増えた」
「増えた!」
「問題ない」
「ある!」
政庁に怒鳴り声が響く。
袁紹は肩を震わせた。
笑いを堪えている。
その様子を見て公孫瓚はさらに頭を抱えた。
「誰かこいつを止めてくれ……」
「無理ですわね」
袁紹は即答した。
それだけは断言できる。
誰にも止められない。
だからこうなったのである。
その後。
新たな体制づくりが始まった。
河北全域を治めるには人が必要だった。
文官。
武将。
行政官。
とにかく足りない。
そこで袁紹の人脈が活躍した。
「こちらの案件はこちらで処理しますわ」
執務室。
袁紹は大量の書類を捌いていた。
流石は名門当主。
仕事は早い。
周囲の文官たちも驚くほどだった。
「袁紹様」
「何ですの」
「こちらの予算案を」
「却下」
「早い!?」
即答だった。
そして正確だった。
公孫瓚も感心する。
「助かるな」
「当然ですわ」
袁紹は胸を張った。
「伊達に名門を背負っていませんもの」
その姿に以前の覇気が戻りつつあった。
そして。
公孫瓚は気付く。
袁紹は有能だった。
見栄っ張りで高飛車。
だが本質的には優秀なのである。
それを活かせる環境がなかっただけだった。
一方。
時雨は相変わらずだった。
政務を放り出す。
昼寝する。
酒を飲む。
突然いなくなる。
だが。
必要な時だけは動く。
だから誰も完全には怒れない。
「時雨」
星が隣へ座る。
「何だ」
「気付いているか」
「何を」
「河北だ」
時雨は酒を飲む。
星は続けた。
「幽州」
「おう」
「并州」
「おう」
「冀州」
「おう」
「青州」
「全部だ」
時雨は空を見上げた。
確かにそうだった。
気付けば河北の大半が公孫瓚勢力になっている。
しかも短期間で。
「すごいな」
他人事のように言った。
星は呆れた。
「お前が原因だ」
「そうか」
「そうだ」
だが時雨は笑った。
面白かったからだ。
賊だった男がいる。
名門がいる。
旅人がいる。
元董卓軍もいる。
色々な人間が集まった。
そして気付けば巨大な勢力になっていた。
人生とは分からないものだった。
数か月後。
天下の諸侯たちは河北を警戒し始める。
公孫瓚。
河北の覇者。
幽州、并州、冀州、青州を治める大勢力。
誰もがその名を意識するようになる。
しかし当の本人は。
「仕事多すぎる……」
机に突っ伏していた。
河北の覇者。
その現実は書類との戦いだったのである。
そんな公孫瓚を見ながら。
袁紹は苦笑し。
時雨は酒を飲み。
星はため息を吐く。
こうして河北には新たな時代が訪れた。
そしてその勢力は、やがて天下そのものを揺るがす存在へと成長していくのであった。
感想、評価、お気に入りよろしくお願い致します!
ヒロインアンケート
-
星
-
雪蓮
-
華琳