【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第九話 白馬と黒狼、乱世を駆ける

第九話 白馬と黒狼、乱世を駆ける

 

 

 黄巾の乱は、ついに幽州へ本格的な牙を剥いた。

 

 燃える村。

 

 崩れる城壁。

 

 街道を埋め尽くす避難民。

 

 各地の豪族や役人たちは、己の領地を守るだけで精一杯だった。

 

 官軍は遅い。

 

 腐っている。

 

 民を守るより、自分たちの保身ばかり考えている。

 

 だからこそ。

 

 今、幽州で民を守っているのは――。

 

 白馬将軍、公孫瓚。

 

 そして。

 

 黒山の狼、張燕だった。

 

「東の村が襲われた!」

 

「黄巾党は三百以上!」

 

「白蓮様、どうします!?」

 

 幽州軍の陣営は騒然としていた。

 

 地図の上には幾つもの印。

 

 黄巾党の進軍経路だ。

 

 数が多すぎる。

 

 潰しても潰しても湧いてくる。

 

「クソッ……!」

 

 白蓮は机を叩いた。

 

「これじゃ全部守れない!」

 

 彼女の顔には焦りが浮かんでいた。

 

 白馬将軍と呼ばれようと、万能ではない。

 

 兵数にも限界がある。

 

 守れる範囲は限られていた。

 

 その時。

 

「だから言ったろ」

 

 気怠そうな声。

 

 幕舎の入口。

 

 そこに時雨が立っていた。

 

 黒い外套。

 

 酒瓶。

 

 いつもの気の抜けた態度。

 

 だが、その赤い目だけは鋭かった。

 

「全部守ろうとすんなって」

 

「でも守らなきゃだろ!」

 

「無理なモンは無理」

 

 時雨は平然と言う。

 

 白蓮が睨みつけた。

 

「お前なぁ!」

 

「現実見ろ白馬娘」

 

 赤い目が地図を見る。

 

「黄巾は数が強みだ。真正面から全部潰そうとしたら兵が保たねぇ」

 

「じゃあどうする」

 

 その瞬間。

 

 時雨の口元が獣みたいに歪んだ。

 

「頭を潰す」

 

 空気が変わる。

 

「……頭?」

 

「黄巾党ってのは群れだ。指揮してる奴がいる」

 

 時雨は地図を指差す。

 

「ここだ」

 

 幽州北東部。

 

 山間部の街道。

 

「最近この辺の黄巾、動きが妙に統率取れてる」

 

 白蓮が眉を寄せる。

 

「確かに……」

 

「つまり、そこそこ頭回る奴が混じってる」

 

 時雨は笑った。

 

「そいつ殺しゃ、群れは崩れる」

 

 単純。

 

 だが効果的。

 

 白蓮は腕を組みながら唸った。

 

「……危険だな」

 

「だからやる価値ある」

 

「はぁ」

 

 白蓮は頭を掻く。

 

「本当にお前、賊の戦い方だよな」

 

「賊だからな」

 

 時雨はケラケラ笑う。

 

 その横で、星が静かに口を開いた。

 

「だが理に適っている」

 

 水色の髪が揺れる。

 

「真正面からでは消耗が大きすぎる」

 

「星まで!?」

 

「現実論だ」

 

 白蓮は観念したように溜息を吐いた。

 

「……分かった」

 

 そして槍を掴む。

 

「だったら暴れるぞ」

 

 その目は既に戦場のものだった。

 

 時雨はニヤリと笑う。

 

「いい顔するじゃねぇか白馬娘」

 

「その呼び方やめろ!」

 

 怒鳴る白蓮を見て、星は小さく笑った。

 

 夜。

 

 幽州北東部の街道。

 

 黄巾党は野営していた。

 

「酒持ってこい!」

 

「食料もっと出せ!」

 

「ヒャハハ!」

 

 完全に統率が崩れている。

 

 略奪した食料を貪り、酒を飲み、騒いでいた。

 

 だが。

 

 中央の大天幕だけは違う。

 

「幽州軍の動きは?」

 

 低い声。

 

 黄巾党の頭領格と思しき男だった。

 

 粗野な周囲とは違い、目に知性がある。

 

「公孫瓚が南へ向かったとの報告です」

 

「……妙だな」

 

 男は目を細めた。

 

「黒山党は?」

 

「確認されておりません」

 

「張燕が動かないはずがない」

 

 その瞬間だった。

 

 ヒュッ――!!

 

「っ!?」

 

 矢。

 

 見張りの喉へ突き刺さる。

 

「敵襲!!」

 

 怒号。

 

 だが遅い。

 

 山の上から大量の石が落ちてきた。

 

「ぎゃあああ!!」

 

「うわぁぁ!?」

 

 混乱。

 

 悲鳴。

 

 さらに。

 

「突撃ぃぃぃ!!」

 

 白馬の群れが夜を裂いた。

 

 先頭を走るのは白蓮。

 

 赤髪を翻しながら槍を振るう。

 

「幽州を荒らすなぁぁ!!」

 

 ドガァッ!!

 

 黄巾党兵が吹き飛ぶ。

 

 白馬義従が雪崩れ込む。

 

「公孫瓚だ!!」

 

「白馬将軍!?」

 

 黄巾党が動揺する。

 

 だが。

 

「慌てるな!」

 

 頭領格の男が叫ぶ。

 

「数はこちらが上――」

 

 言葉が止まった。

 

 背後。

 

 闇。

 

 そこに赤い目が浮かんでいた。

 

「よう」

 

 時雨だった。

 

 ニタァ、と笑う。

 

「楽しそうじゃん」

 

「張燕……!」

 

 瞬間。

 

 黒山党が闇から現れる。

 

 四方包囲。

 

「囲まれた!?」

 

「に、逃げ――」

 

「逃がすかよ」

 

 時雨が地を蹴った。

 

 速い。

 

 獣。

 

 短剣が喉を裂く。

 

 返す刃で腕を落とす。

 

 血飛沫。

 

 悲鳴。

 

 時雨は笑っていた。

 

「ヒャハッ!」

 

 その姿は完全に狼だった。

 

 恐怖を撒き散らしながら狩る。

 

 一方。

 

 星は別だった。

 

「はぁっ!!」

 

 銀槍が舞う。

 

 流麗。

 

 美しい。

 

 だが強い。

 

 黄巾党兵が次々吹き飛ぶ。

 

「ぐあっ!?」

 

「つ、強ぇ……!」

 

 星は真っ直ぐ進む。

 

 捕らえられた村人たちの方へ。

 

「安心しろ!」

 

 縄を切る。

 

「今助ける!」

 

 その目には強い意志が宿っていた。

 

 守るために戦う。

 

 それが彼女の武だ。

 

「星!」

 

 時雨の声。

 

「上!」

 

 瞬間。

 

 星は反射的に跳んだ。

 

 直後、巨大な斧が地面を砕く。

 

「ほぉ」

 

 星が目を細める。

 

 大男。

 

 黄巾党の幹部だ。

 

「女ァ!!」

 

 大斧が唸る。

 

 重い。

 

 速い。

 

 星は槍で受け流しながら後退する。

 

「力任せか……!」

 

 だが厄介だった。

 

 一撃が重すぎる。

 

「死ねぇ!!」

 

 振り下ろされる斧。

 

 その瞬間。

 

 ドスッ。

 

「……え?」

 

 大男の腹から短剣が生えていた。

 

 背後。

 

 時雨が笑っている。

 

「隙デカすぎ」

 

 グシャッ。

 

 首が折れる。

 

 大男は崩れ落ちた。

 

「……助かった」

 

「珍しく素直じゃん」

 

「礼くらい言う」

 

 時雨はケラケラ笑う。

 

 その時。

 

「張燕ぇぇ!!」

 

 怒号。

 

 黄巾党の頭領格だった。

 

 剣を振りかざし突撃してくる。

 

「貴様さえいなければ!」

 

「知らねぇよ」

 

 時雨は笑う。

 

 だが。

 

 赤い目は冷たい。

 

「お前ら、民救うとか言いながら好き勝手しすぎなんだよ」

 

「我らは漢を倒す!」

 

「その前に民潰してどうすんだ馬鹿」

 

 瞬間。

 

 時雨が消える。

 

「っ!?」

 

 ザンッ!!

 

 血。

 

 黄巾党頭領の腕が飛ぶ。

 

「ぎゃあああ!!」

 

「うるせぇ」

 

 蹴り。

 

 男が吹き飛ぶ。

 

 そこへ。

 

「終わりだぁぁ!!」

 

 白蓮が白馬ごと突っ込んできた。

 

 ドガァァン!!

 

 豪快な一撃。

 

 黄巾党頭領は地面へ叩き潰された。

 

 静寂。

 

 そして。

 

「頭がやられたぞ!!」

 

「逃げろぉぉ!!」

 

 黄巾党は総崩れになった。

 

 統率を失った群衆は弱い。

 

 蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。

 

 戦いは終わった。

 

 夜明け。

 

 燃え残る野営地の中で、白蓮は大きく息を吐いた。

 

「はぁー……疲れた……」

 

「はしゃぎすぎ」

 

 時雨が酒を飲みながら笑う。

 

「誰のせいだ!」

 

「アンタ元気すぎるんだよ」

 

「うるさい!」

 

 星はそんな二人を見ながら、小さく笑った。

 

 妙な組み合わせだ。

 

 賊。

 

 諸侯。

 

 旅の武人。

 

 本来なら交わるはずのない者たち。

 

 だが今。

 

 三人は同じ戦場で戦っている。

 

 乱世という時代が、彼らを引き合わせたのだ。

 

 その時。

 

 助けられた子供が、恐る恐る近付いてきた。

 

「あ、ありがとう……」

 

 白蓮は一瞬きょとんとした後、満面の笑みを浮かべた。

 

「おう!」

 

 時雨は気怠そうに手を振る。

 

「もう捕まんなよ」

 

 星はしゃがみ込み、優しく頭を撫でた。

 

「もう大丈夫だ」

 

 子供は泣きながら頷いた。

 

 その光景を見ながら。

 

 時雨はふと空を見る。

 

 夜明けの空。

 

 灰色の雲の隙間から、僅かに光が差していた。

 

 乱世はまだ始まったばかり。

 

 だが。

 

 悪くない。

 

 そう思ってしまう自分がいた。




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