【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第九十七話 黒山の戦い方

第九十七話 黒山の戦い方

 

 

 徐州へ続く街道を、黒山軍は静かに進んでいた。

 

 軍勢の規模だけなら天下に誇れるほどではない。

 

 だが、その兵たちは普通の軍ではなかった。

 

 元は山賊。

 

 生き残るためなら何でも利用する者たち。

 

 正面から堂々と戦うよりも、相手が嫌がることを考える方が得意な集団だった。

 

 そして、その頂点にいるのが時雨だった。

 

 徐州との境に近い森の中。

 

 黒山軍の本陣では地図が広げられている。

 

 時雨の隣には恋。

 

 さらに黒山軍の古参たちが集まっていた。

 

「さて」

 

 時雨は地図を見ながら笑った。

 

「徐州侵攻を始める」

 

 誰も驚かない。

 

 ここまでは予定通りだった。

 

「城は攻めない」

 

 一同が頷く。

 

 徐州には春蘭と秋蘭がいる。

 

 さらに桂花もいる。

 

 城攻めをすれば消耗する。

 

 それは時雨の好みではない。

 

「じゃあどうするんだ?」

 

 古参の一人が尋ねる。

 

 時雨は地図の上を指でなぞった。

 

「街だ」

 

 徐州各地の街。

 

 村。

 

 街道。

 

 河川。

 

 補給路。

 

 全てが指し示される。

 

「徐州を支配しているのは誰だ?」

 

「曹操軍」

 

「違う」

 

 時雨は首を振る。

 

「民だ」

 

 部屋が静かになる。

 

「城だけ持っていても意味はない」

 

 徐州の豊かさ。

 

 税。

 

 兵糧。

 

 商人。

 

 職人。

 

 それら全てがあって初めて領土になる。

 

「だから城は放置する」

 

 時雨は笑った。

 

「その代わり周りを全部取る」

 

 黒山軍らしい発想だった。

 

 翌日。

 

 徐州北部。

 

 ある街では門が開かれていた。

 

 突然現れた黒山軍。

 

 住民たちは震え上がった。

 

 しかし。

 

 予想していた略奪は起こらなかった。

 

 時雨は街の中央へ出る。

 

「聞け」

 

 住民たちが集まる。

 

「俺は張燕だ」

 

 その名前だけで騒ぎになる。

 

 知らない者はいない。

 

 河北最大の危険人物。

 

 袁紹を降伏させた男。

 

「安心しろ」

 

 時雨は言った。

 

「略奪しない」

 

 住民たちは困惑した。

 

「税も増やさない」

 

 さらに困惑する。

 

「店もそのまま使え」

 

 意味が分からない。

 

 山賊が来たはずなのだ。

 

 だが。

 

 黒山軍は本当に何もしなかった。

 

 むしろ商人たちを保護した。

 

 盗賊を追い払った。

 

 治安維持まで始めた。

 

 数日後。

 

 噂が徐州中へ広がる。

 

『黒山軍は略奪しない』

 

『黒山軍は税を取らない』

 

『黒山軍は商売を邪魔しない』

 

 その結果。

 

 民心が揺れ始める。

 

 曹操軍にとって最悪だった。

 

 その頃。

 

 徐州城。

 

 春蘭は机を叩いていた。

 

「どういうことだ!」

 

 報告役の兵士が震えている。

 

「北の街が黒山軍に寝返りました!」

 

「またか!」

 

 既に五つ目だった。

 

 しかも戦っていない。

 

 城門を開けただけ。

 

 住民が歓迎しただけ。

 

 秋蘭が眉をひそめる。

 

「厄介だな」

 

 完全に厄介だった。

 

 武力ではない。

 

 民心を狙っている。

 

「桂花」

 

 秋蘭が振り向く。

 

 軍師は静かに考え込んでいた。

 

「読めなかったか」

 

「読めるわけないでしょ」

 

 桂花は不機嫌そうに言った。

 

「普通は略奪するのよ」

 

 それが常識だった。

 

 侵略軍とはそういうものだ。

 

 だが張燕は違った。

 

「街を利用している」

 

 桂花は理解する。

 

 民に嫌われなければ抵抗も起きない。

 

 むしろ歓迎される。

 

 そうなれば城だけが孤立する。

 

「嫌な男ね」

 

 桂花は吐き捨てた。

 

 さらに悪い知らせが届く。

 

「報告!」

 

「何だ!」

 

 春蘭が叫ぶ。

 

「南部で江東軍を確認!」

 

 部屋の空気が変わる。

 

 ついに来た。

 

 孫策軍。

 

 正確には孫権軍。

 

 徐州の南へ進軍を開始していた。

 

 つまり。

 

 北には黒山軍。

 

 南には江東軍。

 

 徐州は挟み撃ちである。

 

 春蘭が唸る。

 

「面倒だな!」

 

「だから言っただろう」

 

 秋蘭もため息を吐く。

 

 桂花は地図を見る。

 

 状況は悪い。

 

 だがまだ終わっていない。

 

「城は落ちていない」

 

 桂花が言う。

 

「兵も健在」

 

「つまり?」

 

「まだ勝負になる」

 

 その言葉に春蘭が笑った。

 

「当然だ!」

 

 一方その頃。

 

 時雨は街の広場で茶を飲んでいた。

 

 恋は団子を食べている。

 

 平和だった。

 

「順調だな」

 

 時雨が呟く。

 

「うん」

 

 恋が頷く。

 

「戦わないの?」

 

「まだだ」

 

 時雨は笑った。

 

「戦は始まってる」

 

 恋は首を傾げた。

 

 時雨は説明する。

 

「曹操たちは兵を失ってない」

 

「うん」

 

「でも領地を失ってる」

 

「あ」

 

 恋も理解した。

 

 城だけ残っても意味がない。

 

 街。

 

 村。

 

 人。

 

 それらがあって初めて支配になる。

 

「だから焦る」

 

 時雨は空を見る。

 

「焦った方が負けだ」

 

 それが黒山軍の戦い方だった。

 

 正々堂々ではない。

 

 英雄的でもない。

 

 だが勝つ。

 

 確実に。

 

 相手の嫌がることを積み重ねる。

 

 そのために存在する軍なのだから。

 

 そして徐州各地で同じことが起き始めていた。

 

 黒山軍は城を攻めない。

 

 代わりに街を味方につける。

 

 江東軍は南から圧力をかける。

 

 徐州全体が揺れ始める。

 

 夏侯惇と夏侯淵。

 

 そして荀彧は、これまで経験したことのない戦いへ巻き込まれていく。

 

 張燕の本当の策は、まだ始まったばかりだった。




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