聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です 作:プーリとベルト
激突した相反する魔力が一瞬の静寂を生んだ。
次の瞬間──破裂音とともに、密閉された墓道を凄まじい衝撃波が駆け抜ける。
「ぐっ……! なんという冷気!!」
カーリーが脚を踏み締め、聖剣カルフォースの鞘を石床へ突き立てて耐える。刀身から噴き上がる黄金の聖火が激しく明滅し、押し寄せる凍てつく闇を辛うじて押し返していた。
「カーリー、炎の勢いを落とさないでください! 押し負ければ、一瞬で血液まで凍りつきます!」
エリリーが叫びながら、腰のベルトから試薬瓶を取り出す。蓋を開けることすらせず、そのまま床へ叩きつけた。
砕けた瓶から白銀の煙が噴き出し、瞬く間に周囲へ広がっていく。それは即席の耐寒障壁となり、ユーグリとシェンを包み込んだ。
「ヒヒッ……無駄な足掻きを」
彼は巨大な棺へ細長い指を這わせ。紋様が脈動させる、重厚な鎖がギリギリと不気味な音を立て始めた。
「我が霊棺よ、蓋を開けよ。道を開けよ。極寒の地に眠りし、数多の死線を超えし亡者たちを吐き出せ」
──ゴオンッ!!
巨大な棺の蓋が、内側から吹き飛ぶように開いた。
そこから溢れ出したのは、青黒い冷気だけではなかった。
過酷な極寒の地で命を落とした巨大な魔獣。戦場で果てた屈強な戦士。凍死した兵士たち。
無数の「凍結死体」が、赤黒い魔導糸に絡め取られながら、まるで棺そのものが吐き出しているかのように次々と這い出してくる。
「なっ……! 棺の中から、更なる大群が……!?」
ユーグリが青ざめ、杖を握り締める。
「棺そのものが空間拡張の魔導具になっているのか!」
エルドラゴンが眼鏡の奥の瞳を輝かせる。
その直後、背後から迫っていた氷漬けの魔獣が大口を開けた。エルドラゴンは振り返りもせず杖を一閃する。発生した風圧が魔獣を壁へ叩きつけ、巨体を粉々に砕いた。
「増えたとてだ、先程の烏合の衆よりは骨があるんだろうなっ! 新たな死体ども!!」
メリアンダが地を蹴った。
一瞬にして姿が掻き消え、次の瞬間には死体群の只中へと飛び込んでいる。魔力を纏った爪が閃いた。鉄すら容易く断ち切る爪撃が連続して放たれ、群がる死者たちを肉塊と氷の欠片へと変えていく。
「ハハハ! 壊せ、散らせ! だが、いくら破片にしようとも我が呪印は消えぬ!」
愉快に笑うバルダンスプが指を鳴らす。すると、メリアンダが砕いたはずの氷と骨の欠片が、まるで意思を持っているかのように蠢き始めた。
骨が絡み合い、氷が肉を覆い、赤黒い魔導糸がそれらを縫い合わせる。数秒もしないうちに、死体は再び異形の姿へと再構成された。
「……砕いても復活するか、ちっ、流石に面倒だな」
メリアンダが舌をうち。そしてこの状況をひっくり返す為にシェンが駆けた。魔術にて風を纏った双剣が死者の群れを切り裂き、一直線にバルダンスプへ迫る。
「死ねや、ボロ切れ男!」
双剣が首筋へ迫る。甲高い金属音が墓道へ響き渡った。シェンの双剣は、バルダンスプの肌へ触れる寸前、背中の霊棺から伸びた重厚な金属の蓋によって完全に阻まれていた。
「……浅いな、羽虫。それにだ弱過ぎる」
バルダンスプが吐き捨てる。
同時に、棺の表面に刻まれた紋様が青白く輝く。
──ドォンッ!!
「くっ……!?」
冷気の衝撃波が至近距離から炸裂する。
シェンは咄嗟に空中を蹴り、後方へ宙返りして直撃を逃れた。しかし着地した肩口の衣服は薄く凍りつき、僅かに血が滲んでいる。
「シェン殿、下がるのだ! そやつの相手はウチがやる!」
聖剣カルフォースの炎が一段と強く燃え上がり、その瞳に宿る闘志がさらに鋭さを増した。
「死者の無念を利用し、生者を嘲笑う貴様のやり口……我が聖火にて燃やしてやろう!」
「燃やすだと、聖剣使いよ、己の無力さを知るがいい。お前のその火など、俺の極寒の中では一瞬で消える灯火に過ぎん!」
バルダンスプが霊棺を片手で引き寄せる。瞬間、周囲の温度がさらに急激に低下した。
霊棺を中心として、絶対的な死の領域、極寒の死界が広がっていく。吹き荒れる猛吹雪、 空気へ混じる無数の死霊の怨嗟。それらすべてが、カーリーへ向けて一斉に襲い掛かった。
「消えはせん!」
カーリーは一歩踏み出す。凍てつく風が頬を裂き、白銀の騎士衣が激しくはためく、それでも彼女は止まらない。
「ウチの聖火は決して絶えることはない! 太陽の如き焔なのだ!!」
その言葉の通りにカーリーの聖火は徐々に勢いを増しバルダンスプの放つ冷気を抑えてるゆき、極寒の死界を制圧していく。
そして戦況がカーリー達に傾き始めた時、暗闇の中から一人分の足音が響いた。瓦礫と氷の欠片を踏みしめながら、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
やがて、その姿が現れた深紅のフード付きローブ。
その隙間から覗く白い肌と、肩口から零れる白髪。小柄な身体には似つかわしくないほど高度な魔力を纏い、手にした杖とも槍ともつかぬ異形の武装を淡く輝かせている。
「困っているようね、バルダンスプ」
女は戦場と化した墓道を見渡しながら、淡々と告げた。
「……自身の目的は果たしたのか? 万骨」
「ええ」
女──万骨は頷いた。
「中枢の壁面に刻まれていた古代の転移魔術に関する記述と、幾つかの術式は全てこの目と記憶に記録したわ。解読と私自身の身体構造への適応には多少の時間が必要だけれど、持ち帰る成果としては十分過ぎるものよ。だから、早くここを去りましょう」
「去るだと!? ウチらの前に立ち塞がり、王墓を冒涜しておきながら、そのまま逃げ去ろうというのか!」
万骨はそこで初めて、カーリーたちへ正面から視線を向けた。
その瞳が僅かに細められる。特に目を引いたのは、驚異的な反応速度で死者の群れを切り裂いたメリアンダ。そして、聖剣から溢れる聖火を操るカーリーだった。
「……魔王軍の兵卒や古代の死霊を一瞬で打ち砕くほどの高密度な魔力制御。それに、あの悪意に反応するという制御……非常に興味深いサンプルね」
しかし、万骨はすぐに首を横へ振った。
「だけど、今の私にとって未知の戦闘データより優先すべきものは、自らの保身と持ち帰る知識よ。想定以上の戦力を持つ敵と、ここで消耗戦を繰り広げるのは効率的ではないもの。父様、ガンヴァデイン様も、無用な深追いによって成果を失うことを望んではおられないわ」
万骨が杖を軽く振る。その足元から深紅の魔導術式が広がった。幾重にも重なった術式が床を覆い、周囲の空間そのものが歪み始める。
「おい、奴らは逃げる気だ! カーリーその聖火とやらで止められんか!?」
メリアンダが咄嗟に叫ぶ
「ふむ……出来るかは分からんが! 行く手を阻め──我が焔の城塞よ!!」
黄金の光が爆発的に広がった。聖火が壁となって立ちはだかり、二人を包み込もうとしていた術式へ激突する。
──バチィン!!
「なっ!? 撤退用の魔術が……止まった?」
セグナの瞳が大きく見開かられる。
「どうやら通じたようだな! ならば、改めて名を聞かせてもらおうか、白き魔術師よ!」
「……はぁ」
万骨は小さく溜め息を吐いた、そして深紅のフードを僅かに持ち上げた、白い髪が零れ、冷たい瞳が一行を見据える。
「私は万骨のセグナ。魔王軍幹部『血蝕の魁星』が一角よ」
「魔王軍幹部が……二人?」
エリリーが息を呑み、杖を握る手に一層の力を込める。単なる盗掘者どころか、世界を脅かす魔王軍の幹部が牙を剥いていたという事実に、墓道内の空気は一気に凍りついた。
「霊棺のバルダンスプに万骨のセグナ……。冷気と軍勢を繰るザルガ族とホムンクルスの最高傑作か。道理で一筋縄ではいかないわけだね」
エルドラゴンが眼鏡の奥の瞳を冷徹に光らせ、ユーグリとシェンを背後に庇うように一歩前へ出る。
メリアンダは拳を構えなおし、いつでも地を蹴れるよう姿勢を低くした。その視線は、隙のない構えを見せるセグナとバルダンスプを交互に射抜いている。
「クハッ……クハハハハ!」
静寂を破ったのは、バルダンスプの地響きのような高笑いだった。氷の仮面の奥から狂気が漏れ出し、背中の巨大な棺が再び不気味な紋様を脈動させ始める。
「よくぞ邪魔をしてくれたな、聖剣使い! 万骨の魔術が遮られたのなら話は別だ。この極寒の墓場にて、貴様らの肉体を余さず叩き潰し、最高の呪いをもって我が棺へ納めてやる!」
巨大な棺を振り回し、猛烈な冷気の暴風を撒き散らす。
「望むところだ、魔王軍の幹部どもよ!」
カーリーは押し寄せる極寒の暴風を正面から受け止め、聖剣カルフォースを高く掲げた。刀身から溢れ出る黄金の聖火が爆発的に巨大化し、王墓の暗闇を白昼のごとく照らし出す。
「再び押し返すぞ、カルフォース!!」
黄金の炎が渦を巻き、吹き荒れる冷気を少しずつ押し返していく。その光景を見たバルダンスプが、仮面の奥で忌々しげに目を細めた。
「……貴様の炎、先ほどよりも強くなっているのか?」
「当然だ! ウチの聖火は戦えば戦うほど燃え上がる! 悪しき力が強大であるほど、ウチもまた強くなるのだ!」
「戯言を……!」
バルダンスプが棺を大きく振り上げた。周囲に散らばっていた死体の残骸が一斉に宙へ浮かび、肉片が絡み合結びついていく。無数の骨と氷が巨大な異形の獣へと姿を変えた。
「はぁ、私はどうしましょう?」
「お前はアタシが相手だ、万骨のセグナ!!」
セグナが僅かに目を細める。
「私を? ……なるほど。貴女の魔力制御は確かに興味深いわね。なら、少しだけ調べさせてもらいましょう」
「調べる? やられるならやってみれば良いさ!」
メリアンダが床を蹴った。轟音とともに石床が砕け、その身体が弾丸のようにセグナへ迫る。拳が振り抜かれる寸前、セグナは杖を横へ薙いだ
赤い術式が展開され、拳の軌道が僅かに逸れる。メリアンダの拳はセグナの頬を掠め、そのまま背後の石壁を粉砕した。
「……なるほど。魔力循環の練度を高めるだけじゃなくて、純粋な身体能力も人間の癖におかしいのねアナタ」
「チッ、逸らしやがったか」
メリアンダは壁を蹴って反転すると、今度は爪を振り下ろす。セグナは後方へ跳び退きながら、杖の先端から赤い光刃を連続して放つ。
「そんなもの!」
メリアンダは拳から腕にかけて魔力で包む様に流しながら突進する。彼女はそして両腕で光刃を受け流しながら接近し地面を踏み込む。
「一発喰らっときなっ!!」
メリアンダの右拳が爆風を伴って振り抜かれた。
空気が破裂するような衝撃波がセグナを襲う。直前でセグナの手にした槍兼用の杖が可変・変形し、滑らかな流線型の防壁となってその一撃を受け止める。
「くっ……!」
しかし衝撃を殺しきれず、セグナの身体が石床を数十メートル滑り去る。槍の柄を握るセグナの指先から、バチバチと赤い火花が散った
「人間の身体構造で衝撃を一カ所収束させる魔力操作……流石ね血濡れのメリー」
「あっ?」
「あら、前職に触れらるのは嫌いだった? メリアンダ・レッドフィールド」
「嫌いじゃないが、魔王軍に言われるのは気色悪い」
「ふふっそう……そうでしょうね帝国軍教官だもの、相容れぬ敵同士、けど今は聖典省パンテオンの管轄の学園の教師中立ってところ、何でかしら?」
「急にべらべら喋るなアンタ」
セグナは僅かに口元を緩めると、変形させた武装を再び槍の形態へ戻した。
「別に。ただ、戦闘中に得られる情報は貴重だから、つい口に出てしまうだけよ。貴女は自分の肉体そのものを武器としている。魔力による身体強化も一般的な強化魔術使ってない……興味深いわ」
「だからって敵の経歴を語り始める奴がいるか!!」
メリアンダが吐き捨てると同時に床を蹴った。
今度は真正面からではない。石柱を足場にして三次元的に跳び回り、死角から連続して拳と蹴りを叩き込む。セグナはその一つ一つを術式によって逸らし、あるいは赤い障壁で受け止めていく。
「単純な速度じゃない。次の動作へ移るまでの無駄が極端に少ない……」
「だったらもっとよく見とけ!」
メリアンダの姿が消える。
直後、セグナの側面から強烈な回し蹴りが叩き込まれた。
「──ッ!」
咄嗟に展開された赤い障壁が砕け散り、セグナの身体が宙へ弾き飛ばされる。だが彼女は空中で身を翻し、壁へ着地すると同時に杖を突き立てた。
「なるほど。なら、これはどうかしら?」
壁面いっぱいに赤い術式が走る。
次の瞬間、王墓そのものが唸りを上げた。
「なっ……!?」
メリアンダの足元から、無数の赤い光線が槍のように突き出した。
「遺跡に残された魔力経路を一時的に借りる。古代魔術の構造を理解するために、ずっと解析していたのよ」
「……こいつ遺跡そのものを武器にしたのか!」