余命一年なのでグレたアイドルの終活プロデュースして死にます 作:はつぼし たろう
廊下に人が倒れていた。
事件だ。
「……えええ!? いやちょ、だ、大丈夫か!?」
事件過ぎて大声が出た。
倒れているのは女子生徒……私服だが、初星学園の高等部は制服着用の義務がないのでおそらく間違いない。
うつ伏せになって床と一体化していて、色素の薄い長い髪が大きく広がっている。
「いったい何が!? 怪我、いや体調不良か!?」
「……う、うぅ……」
彼女のすぐ側に片膝をつき声をかけると、微かなうめき声が返ってきた。
意識はある……しかし頭を打っていたりしたらまずい、急には動かせない。
「無理に話さなくても……うん? 何?」
口がもごもごうにょうにょと動いていたので、耳を寄せる。
すると、小さな掠れ声が聞こえてくる……。
「……体力の、限界……」
千代の富士?
……いや古い、古いな。初星学園で誰に伝わるんだ。
と、女子生徒の口はまだうにうにもにょもにょ動いているので、耳を寄せる。
「……気力も、なくなり……」
千代の富士だ。
……だからわからんてZ世代には。
いやしかし、このまま彼女に引退してもらうわけにはいかない。
顔が真っ青すぎて、この世から引退しそうな勢いだからだ。
「頭は打っていませんか?」
「……う、ん……」
打っていないらしい。
なら、保健室に運ぼう。
ほとんど骨と皮みたいな細さの腕を取って、彼女を持ち上げようとする――そんなタイミングで、一人の女子生徒が通りかかった。
「あら? どうしたの?」
「あ、いえ、この子がここで倒れていまして」
「ええ!? 大変じゃない!」
賀陽さんと同じくらい小柄で、奇しくも髪型まで似たようなツーサイドアップ、ピンク色のジャケットが特徴的な改造した制服を身にまとっていた。
アイドル科の生徒だな、と一目でわかる個性を持つ美少女であった。
「動かして大丈夫なの!?」
「頭は打っていないようです。保健室に運ぼうかと」
「放っておけないわ! 私も運ぶの手伝うわよ!」
「あぁ、ありがとうございます、助かります」
と、流れるように付き添いを申し出てくれた彼女。
実際半死人の少女を持ってみたら羽というか骨のように軽かったので、おれ一人で背負っていけそうだ。
しかし、保健室に運び届けるだけにしても女子生徒にいてもらう方が体裁いいだろうから、厚意はありがたく受け取ることにした。
☆ ☆ ☆
保健室に到着すると、見知った養護教諭がいた。
「おや、プロデューサーくん。まさか体調不良かい?」
「いえ、今日はおれじゃないです先生。この子が廊下で倒れていまして」
「なんだって? ……って、ああ、篠澤ちゃんか……」
「篠澤って、彼女の名前ですか? ……もしかして、常連?」
「一時期の君よりな。とりあえずベッドに寝かせてやってくれ。担当プロデューサーに連絡するから」
「あ、はい。プロデューサーが付いてるんですね?」
「ああ。ホットラインがあるんだ」
えぇ……と軽く引きながらも、ひとまずおれは養護教諭の指示に従った。
彼女――篠澤さんをベッドの上に下ろし、ゆっくりと横たえる。体幹に力が入ってなさ過ぎてすごく不安になるが、ひゅーひゅーという呼吸音は聞こえてくるので生きてはいた。死にかけてもいるが。
「汗かいてるわね。拭いてあげた方がいいんじゃないかしら?」
「そうですね。少々お待ちを」
と、確かタオルが入っていたはずの戸棚を開けて二、三枚取り出してから、電話中の養護教諭に「使います」と断ると、指で作った丸が返ってきた。
「お任せしてよろしいですか? あ、ええと……」
「高等部一年一組の花海咲季よ。大丈夫、任せてちょうだい!」
「すいません、今まで名前も聞かずに。よろしくお願いします」
そうして花海さんにタオルを渡す。
ベッド周りにはカーテンがあるのでそれを閉めてもらい、おれはそこから少し離れた。
「プロデューサーくん、ありがとう。担当Pには連絡が付いたよ。すぐに来られるそうだ」
「いえ、大したことは。今花海さんに汗を拭いてもらってます」
「あの付き添いの子か……花海咲季というと、佑芽ちゃんのお姉さんだな。主席入学の」
「主席入学、ですか?」
佑芽ちゃん、というのはよくわからないが。
「ああ、今年の入試組のな。知らなかったのか、プロデューサーなのに」
「まぁ、普通のアイドルの子には興味を持ってもしかたないと言いますか……」
プロデュースする気がないからなぁ。
「――ちょっと! 聞き捨てならないわね! この私を
……なんか、カーテンの向こうから抗議の声が。そういう意味じゃないし、あと病人の隣で大声はやめてあげなさい。
少しして花海さんがカーテンを開けて出てきたので、養護教諭にバトンタッチ。 一応本人が体力の限界を訴えていたことを伝えておいた。
「……あなた、プロデューサー科の人なのよね? 私に興味がないっていったいどういうこと?」
「ああ、聞いてくるんですね……」
養護教諭に勧められたソファに花海さんと隣り合って座ったところで、彼女が尋ねてくる。
「だって私、入学試験主席よ? いろんなプロデューサーからスカウトも受けてるし、授業でもたくさん褒められてるのよ? それを
「いえ、それはそういう意味ではなく……誰かと契約は結んだんですか?」
「いいえ、優秀そうな人は多かったけど……残念ながら私について一番大事なことを見抜けていなかったの。だから、すべて断ったわ!」
そりゃまた豪気なこった。
入試主席でかつその後の成績も優秀となれば引く手数多だろうが、それでも入学早々にプロデューサーたちからスカウトを受けて、それを全部断るというのはよほどの信念がなければできないだろう。
「どう? 私に興味が湧いたんじゃない? いいのよスカウトしてくれても!」
「断られちゃうんじゃないですか?」
「門前払いはしないわ。失礼だもの。それに、あなたには見どころがあると思ったのよ。あなたなら、私のすべてを見抜いてくれるんじゃないかって」
なんだ、どうしてそんな……強いて思い当たることと言えば、彼女を普通のアイドル呼ばわりしてしまったことだろうか?
だとしたら――と、一瞬考え込みそうになったが、それに何の意味もないことに気が付いて踏みとどまった。
「……すいません花海さん。おれには既に担当しているアイドルがいますし、そうでなくても普通の……優秀か否かにかかわらず、
「……何よそれ? あなた――」
「――失礼いたします」
会話の途中で、保健室に人が来た。
……えっ?
「学Pさん……?」
「おや、先輩殿、お疲れ様です」
このタイミングで現れた、ということは……。
「お、学ちゃん来たね。ほら、篠澤こっちで寝てるよ。プロデューサーくんと、そっちの花海ちゃんが持ってきてくれたんだ」
「毎度ご迷惑おかけして申し訳ありません」
「ちょ、ちょ、ちょっと待った。学Pさん、あなたまさか……」
「? 何がまさかなのでしょう?」
こてんと首をかしげる学Pさんだが、まさかはまさかだ。
「篠澤さんの、担当を?」
「はい。まぁ、ちょっとした縁で」
「バカ……」
おれは思わず顔を覆った。
どこの世界に入学一か月目で三人も担当を持つプロデューサーがいるんだ。
しかもなんか、篠澤さんって月村さんとはまた違った方向にヤバそうというか……。
「あなた、確か手毬のプロデューサーね」
「そういう貴方は花海咲季さん、入試主席で月村さんのクラスメイトの方ですね。月村さんがお世話になっています」
花海さんが「ほら!」みたいな目で見てくる。不勉強でごめんて。あと月村さんと同じクラスなんだね。
「二人は知り合いなの?」
「はい。先輩殿とは、プロデューサー科でも数少ない高卒合格者同士、そしてお互いの担当アイドルにも縁がございまして」
「へぇ、二人とも優秀なのね……ねぇ、あなたの担当アイドルって誰なの?」
「……賀陽燐羽さんです。月村さんが中等部時代に組んでいたユニットのメンバーです」
「……それって、ついこの間引退宣言をしたって子? 手毬が大騒ぎしていた……」
「うっ……」
「ちょっと大丈夫!?」
いや、月村さんが一時間おきに突撃してきたあの日の記憶がフラッシュバックしてめまいがしただけだ。大丈夫大丈夫。
「……おーい、話の途中で悪いが、篠澤ちゃんのこと忘れてないかー」
「おっと、完全に忘れておりました。先生、篠澤さんに怪我はないのですね?」
「ないよ、いつも通り体力が底を尽きて倒れていただけだ」
「では、いつも通り寝かせておいてください……で、月村さんがですね」
「待て待て待て、それで終わり? アイドルが倒れたってのに……」
「先輩殿、いつものことなのです。いつものこと……」
おれは、学Pさんのあんまりな態度につい敬語も忘れて苦言を呈し……かけたが、学Pさんがあまりにも煤けた顔をするものだから、口を噤まざるを得なかった。
「いえ、ね……最初の出会いもこうだったのですよ。廊下の向こうからふらふらとおぼつかない足取りで歩いてきたと思ったら突然目の前で倒れられて慌てて保健室に運んでそれから目を覚ました彼女と話しているうちにまるで絡めとられるようにスカウトすることになってあれよあれよという間に三人目の担当アイドルになってしかも一回のレッスン完遂することもできないほど体力がなくて食も細いしでなんで初星合格できたのってくらいだけどそれを含めて謎の神秘性に脳みそが侵されている感覚があるというかわたくしはこのような言語化不能の魅力に囚われるようなタイプでは決してないはずなのに狂わされている、狂わされている、私は狂わされて――まぁつまり、篠澤さんのことは心配しすぎると胃が持たないのです」
「うわぁ! いきなり落ち着くな!」
怖いわ! なんなんだよ!!
「いえ失敬、少々ゲージの発散を……自ら進んで抱え込んだとはいえ、三人のプロデュースというのは想像以上に骨が折れまして。三人のというか、主に月村さんと篠澤さん、苦労の方向性が違うもののこのお二人なのですが」
「あ、あぁ……月村さんも、大変なんですね?」
「はい、まだその、確信には至っていないのですが……信頼を積み重ねるごとに、段々と言うことを聞いてもらえなくなっているような気が……」
人からもらったポケモン?
いやあれは信頼度じゃなくてレベルだけど……。
「少し、こう、胃に痛みを覚えるような、いえまだ気のせいかとも思うのですが……」
「……病院行った方がいいですよ? おれが言うとちょっとアレですけど」
健康第一だからな。おれが言うと本当にややこしいが。
「――しかしですね!!!」
「急に何よ!? びっくりするじゃない!!」
急に大声を出した学Pさんを花海さんがすぐにしかりつけて「すいません!!」と謝らせる。
「いやしかし、しかしですよ、わたくしには病院にかからずともこの胃の痛みを癒す手段があるのです。先輩殿、聞きたいですか?」
「……話したいんでしょう、聞きますよ」
「それはズバリ、莉波さんによる〝あまあま♡お姉ちゃんセラピー〟です!!」
「はぁ」
やっぱり聞かなくていいかな。
「わたくしは胃の痛みに耐えながらも月村さんと篠澤さんのプロデュースに力を注ぎ、傷ついた心身を莉波お姉ちゃんに甘やかしてもらうことで回復、回復した体力で莉波お姉ちゃんも含めた三人を全力プロデュース! また力尽きたときには莉波お姉ちゃんに甘えるのです! ご理解いただけますかこの完璧なプラン! わたくし自身が無限に稼働可能な永久機関と化すだけでなく、わたくしが甘えることにより莉波さんは無限にお姉ちゃん力を増幅させ、わたくしが受け取った癒しのエネルギーは月村さんと篠澤さんに注ぎ込まれる! これはすなわち外部からエネルギー供給を必要としない第一種永久機関が完成されたも同然なのです!!!」
同然ではない。熱力学の法則に謝ってほしい。
「……ねぇ、プロデューサー科の人って、みんなこうなの?」
「勘弁してください、名誉毀損も甚だしいですよ」
花海さん、なんてことを言うんだ。
☆ ☆ ☆
とりあえず、その後すぐにおれと花海さんはお暇させてもらうことになった。
学Pさんの狂いっぷりに引いたから……ではなく、篠澤さんがいつ目覚めるかわからない以上、いつまでも保健室にたむろしていては養護教諭の邪魔になるだろうから、という判断だ。
篠澤さんのことはまた今後、意識のある時に紹介してくださいと学Pさんに頼んでおいた。
「――花海さん、長いこと付き合ってくださってありがとうございました。予定は大丈夫でしたか?」
保健室からの帰り道、おれは隣で歩く花海さんに尋ねた。
篠澤さんを発見してからなんやかんやで一時間以上は経ってしまったので、今更心配になったのだ。
「ええ、自主レッスンの予定だったから問題ないわ。言うタイミングを逃していたのだけれど、あの篠澤って子、たぶん妹の友だちだと思うの」
「妹さんの? ええと、高等部……?」
「一年二組よ。妹は早生まれなの。私が四月二日生まれで、妹の佑芽はその一年後の四月一日生まれでね」
はぁ、なるほど?
あぁいやそうか、学年って確か四月の一日と二日で区切られるんだったな。満年齢、閏日生まれの人の関係とかなんとか……って、そんな雑学はどうでもいいか。
「お互い忙しかったからまだ直接紹介してもらってなかったんだけどね。人を助けるのは当然だし、妹の友だちならなおさらだわ! ……そういうあなたの方は大丈夫だったのかしら?」
「えぇ、今日は賀陽さん……担当アイドルも休養日なので、自分のことだけです」
「そうなのね、ならよかった……ねぇ、不躾だとは思うのだけれど、一つ聞いていい?」
「はい? なんでしょう」
「あなたが、引退するアイドルをプロデュースしているのはどうして?
花海さんはそこで言葉を切った。
……うん、まぁ、さっき結構それっぽいことを話してしまったし、今更誤魔化すのも、な。
「これはそんなに重く受け止めないでほしい話……と言っても難しいでしょうが、おれ、余命宣告を受けているんですよ」
「っ! そんな、ごめんなさいっ、私っ!」
「いいんですいいんです、別に話したくないわけじゃなくて、会ったばかりの相手には自重しているだけなんです。既に知られちゃってる人には不謹慎ジョークかますくらいですし」
まぁ、基本的に死ぬほど不評だが。
「去年の十二月に、あと一年だと。あ、でもこれそこまで経過した時点での生存率が50%ですよって話ではあるんですがね」
「……治療とかは……」
「もちろん、できることはやっていますよ。通院でですが」
最初はもちろん入院治療をしたが、それがうまくいかなかったから余命宣告されちゃったわけで……と、この辺りは掘り下げるとちょっと生々しいからもちろん口には出さない。
「……まぁ、そんなわけで、あなたをスカウトすることはできないんです。これから始まるアイドル人生、最後まで付き合えないようなプロデューサーは失格でしょう? というか、おれ自体が嫌なんです。死んでも死に切れなくなるから」
「…………」
「……すいません、重たい話で」
「……いいえ、私の方こそ本当にごめんなさい。なんとなく、プロデューサーを続けられない事情があるんじゃないかって思ってはいたんだけど」
……うーむ、アイドルの方からのアプローチを断るために自分の事情を説明する、というのはいまいち考えていなかったパターンだ。
それで結局洗いざらい話すことになってしまったが、これは失敗だった。
花海さんに罪悪感を覚えさせ、気分を落ち込ませるばかりになってしまった……と、思ったのだが。
少し俯いた花海さんの横顔は暗いわけではなく、ただ何かを考え込んでいるようだった。
「……あー、花海さん?」
「ん、何?」
おれが立ち止まって声をかけると、彼女も同じく足を止める。
「えーっと……今日、この後は? 寮にそのまま戻るのでしょうか?」
「そうね、今からレッスンを始めても時間が微妙だし、帰ることにするわ」
「おれは活動拠点で少々仕事をするので、あっちなんです」
「あら、じゃあここでお別れね」
「はい、そうなります。改めまして、今日はありがとうございました」
おれは頭を下げて、それから再び顔を上げると、花海さんの真っ直ぐな視線に射抜かれた。
「……私、あまり納得がいっていないわ」
「……はい?」
「だから、
と、何やら意味深な一言を残して、花海さんは颯爽と立ち去ったのだった。
……え、何?
おかしい、担当登場させたいから書いたはずなのに二言くらいしか喋らず意識不明のまま終わった……。
ちなみにもう一人兼任しているのですがそれは月村さんです。