【2巻10/10 11万字超の加筆】アズール図書館の司書 作:藤崎次郎
昼頃。
大きく背伸びをして、ふわぁと欠伸をする。
夏真っ只中……というにはさすがに過ぎているけれど、かといって秋のお目見えというわけでもない。外に出て歩けば汗は出るし、長時間炎天下のもとで動くには中々にしんどいものだ。
ただ、夕方になれば涼しい風に乗って秋の色を感じる。目を瞑ると、古い紙から漂うような不思議な匂いがする。手を伸ばせば触り心地のよい木材でできた橋があり、視線を前に向ければお約束の本たちがいて……。
「今日も本湖は綺麗だなぁ」
そう言いながら橋の端で腕を組み、ぼんやりと眼前に映る景色を眺める。
視界の先にはキラキラとした湖があって、言うまでもなく本である。どんぶらこっこと流れるその様は、毎日見ても同じ動きは一冊もなく、時計回りにゆったりと流れている……。
時折ドボンと何冊か宙に浮いては、図書館の方へ飛んでいったりもして。それをぼんやりと眺めて手を振ると、数冊の本はこちらへ向いて嬉しそうにブンブン上下に動く。
「いつ見ても元気な本……ん?」
そうしていると、近くにいた本にチョンと触られた。見ればパカッと本を開けて、左右に軽く動いて「どう?」としてくる。読んでほしいようだ。
幸い近くにベンチもある。この季節、外はまだ暑いものだ。それでも、目の前にある素敵な書物との出会いの方を、アズール図書館の司書としては大切にしたかった。
「僕でよければ」
嬉しそうに上下に動いてから、本は手に収まってくれた。
よいしょと座ってページを開く。おおぉ、なんと数十年前に流行った密室魔法殺人の名著ではないか。たった一言でそれまでの世界観がガラッと変わる脅威の一冊。
そこから「一言ブーム」が巻き起こり、どうやって読者を一言で驚かすか作者たちはこぞって頭を悩ませたという。今、手元にある本はその先駆けとなったとされる本だ。タイトルは「恐悦堂の殺人」。正直にいえば故郷チェンネルで読んだことはある。でも、もう一度あの世界へ旅立つのも悪くはないだろう。
「犯人を知ってても楽しめるのが、推理小説の醍醐味なんだよね」
◇
「恐悦堂の殺人」を読み、感想を言ってから別れて図書館へと足を踏み入れる。
最初に目に入ったのは、子供たちがキャッキャと言いながら走り回っているいつもの光景だ。ただ、数分後、それを親から怒られてショボンとしている。今にも泣きそうだ。親から「周りの人たちのことも考えなさい」と強めの説教を受けている。
よくある光景で、普通なら素通りするものである。しかし僕は足を止めた。
アズール図書館では「そこから普通とは違う変化が起きる」からだ。涙目になって落ち込んでいる子供の近くに、数冊の絵本がそろぉ……とやって来て。ちゃっかり本同士でわざとぶつかり音も立てている。
子供は絵本に気づくと「あっ!」と言って指をさす。絵本たちは「いやぁ、バレたかぁ。驚かせたかったんだけどなぁ!」というような感じで絵本同士で小刻みに動き、恥ずかしそうにしている。
……罠だ。
子供らは驚かそうとした絵本らを見抜けたと大喜びだ。「簡単だよ!」と我が物顔で絵本たちを掴んだ。絵本たちは参りましたとばかりに「渾身のページ」を開く。そう、見開きの挿絵がお出迎えだ。
かっこいい剣士が敵を吹き飛ばしている挿絵だった。
瞬間、子供らは勝ち誇っていた笑みを一瞬で消し、目を大きくして絵本をガッチリと力強く掴んだ。
「ママ、これ読む!」
「あら、そう? 読むなら静かにしてるのよ」
「うん!」
そう言って絵本をブンブン回しながら親のもとへ。掴まれた絵本は後ろを向いて、見送る仲間に頷く。見送っていた仲間も「上手くやれよ」と頷いていた。
「相変わらず抜け目ないなぁ」
さすがは、アズール図書館屈指の激戦エリアである「みんなのえほん」だ。
毎日が戦場である彼らは、傍若無人の子供らを相手にしなければならない。真面目に読ませようと頑張る絵本もいれば、策士のように動く絵本もいる。
また、先ほどのように組織的に行動し仲間を送る絵本もいる。何度考えてもやはり、中に人が入っているとしか思えない光景であった。
見送ってた絵本たちは「次のターゲット」を探しにフワフワと移動していく。すれ違いざま、司書として言うべきことを言っておく。
「ほどほどに、ね」
言われた絵本らは「何を今さら」と左右に揺れていた。
まぁ、僕のような図書館へ来て一年と半年しか経過していない者に言われても、そんなものだろうか。
少し歩いて図書館内部にある柱のところへ。
絵画を飾っている柱の前で止まり「三階の魔法書大全」へと告げる。絵画はフッと消えて、巨大な書物が宙に浮いている絵と変わった。そのまま手を中に入れて、問題なく入れることを確認し絵画の世界へ足を踏み入れる。
「あ、いたいた」
踏み込んだ先にいたのは、いつものように宙に浮きながら寝ている巨大な書物だった。
彼(?)のところへ歩いていって、下からコンコンと叩く。数秒後に、書物はよいしょと起き上がり、こちらを振り向いてくれた。
「いつもごめんね」
問題ないという風に書物は頷く。
そして周囲に人がいないことを確認して、そっと伝える。
「もう知っていると思うけど『アズール図書館の司書』に合格したよ」
言われた書物は「ほほぉ」と少しだけ斜め後ろに引いて、軽く数回頷いた。
たぶんだけど、この書物は僕のために一役買ってくれた存在だ。
僕が第三試練に行く直前の日、魔法書を読むことがあったんだけど、六百年前に限定された本たちだけが僕のところへ来た。どこぞの初老の差し金かと思ったけど、終わった後に聞いたら何も指示していないと言っていた。
つまり、どこかの粋な書物の計らいというわけだ。
アズール図書館の司書になるためには、第三の試練は「六百年前の魔法しか使えない」ということを知っていた……優しい本のお節介だったのだ。
「キミのおかげだよ。改めてお礼を言いたい。本当にありがとう」
言われた書物はしばし黙ったまま、もう一度大きく頷いてからルカで構成された矢印を出した。
ここへ行けということだろう。
矢印を受け取ると、再び書物は眠りにつく。
「また来るね」
その言葉に書物は何もリアクションをしなかった。ただ、ほんの少しだけ、表紙をチラッと動かし、閉じた。端から見たらよくわからない動きだけど、「またね」と言っていることを理解できたのは、僕の勘違いで終わらせていいものだと思う。
矢印に導かれるまま歩いていくと、一冊の魔法書へと辿り着いた。
目的を果たした矢印は細かいルカの粒子となって空へ消えていく。ありがとう、と言った後に目の前にある魔法書を手にとって中を開くと、書かれていたのは初級・陣形魔法だった。発動すれば「陣からルカで構成された文字が現れて相手へ提示する」魔法だ。ただ、初級なので一言程度のものである。
そして代表例として、本の最初に、大きくこう書かれていた。
『おめでとう』
うん、うん……と笑ってしまう。
もう一度巨大な書物の方へ向く。結構歩いたので、残念ながらかの書物は見えない。それでも、きっと届くであろうと信じて、僕の方からも言葉を捧ぐ。
「ありがとう」
魔法書を手にとって、館内を歩く。手にとって魔法書は嬉しそうにピョコピョコ動いていた。
さぁ、今日は図書館のどこへ行こうか。
宙に浮かび、ゆるやかに飛行している本たちを見ながら、のんびりと考える。
ここはアズール。魔法の国。
人の数だけ魔法がある国。
今日も僕は、ここにいる。
王都の生活は残り一年と半。
ただし、僕が言うのもおこがましいけれど、本当の物語はここからでもあるだろうか。
アズール図書館の司書を中心にして、新たな運命の幕があがる。