ファウンデーションとの戦いを終えてからしばらく

キラとラクスは表舞台に戻る前に世界を見て回ろうと、大西洋連邦にあるとある喫茶店に訪れた。

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第1話

「少し、世界を見て回ってみませんか」

 

 ファウンデーションとの戦いが終わり、今まで背負っていた重荷を一度下ろし、しばらくオノロゴ島で穏やかな日々を過ごした後、ラクスは突然そう言い出し、キラは頷いた。

 

 表舞台に戻る前に、自分達が守る愛する世界を一般人として見て回ろうという発想には、心惹かれるものがあったからである。

 

 しかし――

 

宇宙(ソラ)の化け物どもとの融和を進めたフォスター大統領を弾劾せよ!」

「ユーラシア連邦と連帯しよう!」

「地球連合バンザイ!」

 

 大西洋連邦西岸のある都市に辿り着くなり、二人を迎えたのは憎悪の叫びを放つ民衆のデモであった。エルドア事変の真相、ファウンデーションの暴挙、それと結託したザフトの過激派の策動。これらが白日の元に晒された結果、地球に暮らす多くの者達は、プラントへの、ひいてはコーディネイターへの憎悪を再燃させたのだ。

 

 自分に責任があるのだろうか、と、キラは暗い気持ちになった。対ファウンデーションという観点では、考えられる限り最高のカードの切り方だったとはいえ、エンドア事変における核攻撃の真実を全世界に明らかにしたことによって、さもコーディネイターが全て悪いという風潮を後押ししたのは否めない。

 

 人は忘れる。そして繰り返す。かつて対峙した、ディスティニー・プランという新しい世界秩序を構築して人類に平和を齎そうとしていた男の言葉が、キラの脳裏に蘇る。

 

「蒼き清浄なる世界のために!!」

 

 それとも、忘れられないから繰り返すのだろうか。理不尽に死んでいった者達のことを、戦いの中で憎悪を叫びながら散っていった数多くの怨嗟の声が、忘れられないからブルーコスモスの理念を借りて自己の憎悪を正当化し、繰り返してしまうのだろうか。

 

「キラ、いい喫茶店がありますわ。そこで一服しましょう?」

 

 ラクスは努めて気楽な声を作ってそう言った。ファウンデーションの暴挙を思うと、起きて当然である大西洋連邦民衆の動きではある。むしろ、ラクスにとって悲しいと思ったのは、そのデモを疲れた様子で見守っている市民の数もけっこうな数になっていることであった。

 

 第一次大戦が終結した頃からそうであったのだ。憎悪の連鎖と拡大が、人類そのものを滅ぼしかねない事態にまでエスカレートしたと知って、もう戦争はたくさんだという声がたくさんあったのだ。だからこそ、今となっては楽観的に過ぎたとしか言いようがないが、当時のラクスはある意味では安心してプラントを離れたのだ。

 

 なのに、まだ憎悪の火種は尽きないというのだ。争いを厭う感情がかつてよりも確実に広がってもなお、一度憎悪の炎が燃え上がってしまえば、争いに対する倦怠など焼き尽くす勢いで広がり、早々鎮まりはしないのだ。

 

 二人が入った喫茶店は、壁やテーブルが木製の落ち着いた雰囲気の店であった。カウンターに立つ店主は初老の人物であった。老店主は二人の姿を見ると、少し怪訝な顔を浮かべた。

 

「ここいらじゃ見かけない顔だが、どこから来られた?」

 

 うちの店、常連さんばっかりだから珍しいと続ける老店主に、キラは戸惑った。

 

「えーっと」

「宇宙からですわ」

 

 ラクスが天井を指差しながらそう言ったので、誤魔化すべきじゃないかと思っていたキラは驚いた。ラクスはなんとなく目の前の老店主が外でデモをしている人達とは違うと直感していた。事実、それを聞くと店主は得心がいったように頷いた。

 

「……ああ、プラントのコーディネイターか。どおりで綺麗な顔と声をしているお嬢さんだったわけだ。なるほど。それでなんにしやす?」

「コーヒーを二杯」

 

 注文から数分後。キラとラクスの二人の前にコーヒーとサンドイッチが提供された。老店主は二人に薄い微笑みを浮かべて言った。

 

「お若いカップルにサービスだ。しかし何しにきなさった。観光かい?」

 

 話し相手を欲していたのか、老店主は続けた。

 

「だとしたら悪い時期に来たね。つい最近あんなことがあったばかりだからな。プラントの人間に対してこの辺りでも殺気だった雰囲気が出てきていてね。気をつけなさいよ」

「あなたは違うんですか?」

 

 キラの率直な問い返しに、老店主は軽くため息をつき、近くの椅子に深く腰掛けた。

 

「……そうだな。コーディネイターだから、プラントの人間だからというだけで敵意を向けようとまでは。いや、というよりはだな。……もうそういうのはうんざりだと思うくらい、色々あったんだ」

「色々ですか」

「ああ、もう20年も前になるか」

 

 老店主は天井に視線を向け、遠い過去の記憶を思い返しているようであった。

 

「変異型のインフルエンザウイルスが流行った時に、儂はそれで母と妻を失ってね。あのウイルス、コーディネイターどもがばら撒いたんだって噂が立ったんだ。ジョージ・グレンがナチュラルの少年に暗殺されたことに対する、報復的な無差別バイオテロだとね。それで若かった儂は、近くに住んでいたコーディネイター達に酷いことをたくさんした」

 

 老店主はシガレットケースを胸ポケットから取り出して二人に見せた。キラとラクスが頷くと、ケースからタバコ取り出して口に咥え、ライターで火をつけた。

 

「コーディネイター達を地元から排斥した後で気づいたのだが、噂が事実であったとしても、隣人のコーディネイター達がなにかしたというわけでもなかったろうに。言い訳のようになってしまうが、大切な近しい者を奪われた時、人はなにかに怒りをぶつけずにはおれんのだ」

「……わかります。僕も経験がありますから」

「経験って、まだ20前後だろうに……。いや、君はコーディネイターだし、大戦だってあったのだものな」

 

 プラントを指導しているザフトの正規軍だと少年兵だって珍しくない。その事実を思い出しての老店主の発言であったが、キラは複雑な気持ちになった。老店主に悪意はないにしても、コーディネイターだから、という納得のされ方には釈然としないものを覚えるのだ。

 

「ん? どうした表情を曇らせて……ああ、すまない。少しデリカシーがなかったかな。でもわかっておくれ。儂らのようなナチュラルはどうしたってコーディネイターを嫉妬混じりの偏見で見てしまうのだよ。特に悪意がなくともな」

「嫉妬……おじさんもコーディネイターになりたかったとか?」

「いや」

 

 そういうのとは少し違うなと老店主は腕を組んで少し考え込んだ。

 

「平均的に高い習熟能力とか、与えられた優れた才能とかいったものに憧れはするが、なりたいかと問われてしまうと答えに困るな。今まで凡庸に生きてきたどうしようもない自分という存在への愛着だってあるのだから。それにコーディネイターだからといって人生薔薇色になるわけでもないだろうし。現に君もその若さで随分と辛い目にあってきたのだろう?」

「それは……はい」

 

 そう言われてキラは自分の人生を振り返ってみた。コーディネイターとして生まれたから、苦労してきたのだろうか。カガリのようにナチュラルとして生まれていればこれほど苦しまずにすんだろうか。

 

 答えは出ない。ただ、今の自分ではない自分という存在に憧憬のようなものを覚えはしても、同時になんら実感の伴わない空想である。もしそうだったなら、というのは、考えるだけ無駄な仮定なのかもしれなかった。

 

 今度はラクスが口を開いた。

 

「おじさまは優しい方なのですね」

「儂の話を聞いていたのか? 儂はそれほど善良な人間ではないぞ」

「でもコーディネイターもナチュラルと何ら変わらない人間と思っているのでしょう?」

「……根本的な意味ではそうだな。そんな壁、なければいいのにと思う。正直なんでコーディネイターなんてものが生まれてしまったのかと胸によぎることもあるが、人間という生き物に他者を思う善意がある以上、コーディネイターが生まれたのも自然的な帰結ではあったんだろうとも思うな」

「善意、なのですか?」

「ああ、善意だとも」

 

 それは絶対に間違いないと言いたげに、老店主は強く頷いた。

 

「母が再構築戦争の頃の生まれでね。当時使用された生物化学兵器に巻き込まれて遺伝子が汚染され、重度の遺伝病を患い、健康な子は産めないと医者から言われたそうだ。だが、遺伝子調整治療技術の発達のお陰で治療に成功し、生まれたのがこの儂さ。母にとって儂が健康体で生まれたのは感涙事で、生前何度となく聞かされたものだ」

 

 そう語る老店主に二人は驚いた。コズミック・イラという年号が生まれたきっかけとなった再構築戦争によって、当時の二割の人口が遺伝子汚染によって、生殖能力が奪われた。その治療法として人類に対する遺伝子操作技術が解禁されたのだというのは、二人とも知識としては知っていたが、その当時の被害者を知る人物と出会ったのは初めてのことであった。

 

 そうして発達した遺伝子治療技術を、優秀な人類を作り出すという目的で応用し、受精卵の段階で遺伝子操作を行うことによって第一世代のコーディネイターが生まれたのである。この二つの技術は多くのナチュラルは分けて考えている者が多いが、老店主は二つの技術を同根のものと見ているのであった。

 

「きっとコーディネイターなんてものができたのも、それと同じなんじゃないかとね。そりゃあ、ブルーコスモスをはじめとした反コーディネイターの連中が言うように、倫理感皆無の金持ちどもが己の欲望のために自分の子の遺伝子を改造するようになったからコーディネイターが生まれたというのもひとつの真実ではあるんだろうさ。ただ他方で、儂の母と同じように自分の子が健康で元気に生まれてきてくれるようにという想いから、自分の子をコーディネイターにした親だって大勢いたんじゃないかとも思えてしまうんだよ。そんな親の子への祈りを、倫理感のないエゴと切って捨てるのは無情にすぎるというものさ。それにな。親の思惑がどうあれ、人間がこの世に生まれたこと自体が間違いなんてことはありえないんだよ」

 

 そう言われてキラは、自分の血縁上の父親にあたるユーレン・ヒビキのことを考えた。彼は自分に対してどのような想いを抱きながら、スーパー・コーディネイターにしようと考えたのだろう? 少なくとも、自分はアコード達と違って、親から身勝手に押し付けられた、なんらかの使命を持たされてこの世に生み落とされてはいない。意図的か、偶然であるかはわからないにせよ。

 

 一方、ラクスはアコードだった。ファウンデーションの計画に賛同していたらしい母は、いったいなにを考えて自分をメンデルから連れ出したのだろう? 少なくとも自分を生み出した時は高邁な理想の歯車としようと考えてのことだったはず。だけど、幼い頃の記憶にある母が自分に役割を強いてこなかった。そして母亡き後、父のシーゲルも可能な限り自分の自由意思というものを尊重してくれていた。

 

 「そういう人間的な感情を、ファウンデーションとかいう連中は悪とするのだろう。ゾッとする話じゃないか。いや、ファウンデーションでなく、大元のギルバート・デュランダルが唱えたデスティニー・プランからしてそういうものだったな」

 

 老店主の言葉には嫌悪の色があった。

 

「おじさまはデスティニー・プランに否定的なのですか?」

「ああ、否定的だとも。というより、儂の人生経験からいって否定的にしかなれん」

 

 ラクスの問いに、老店主は深く頷いた。

 

 「『地を離れて宇宙を駆け、その肉体の能力も、様々な秘密までも手に入れた今でも。人は未だに人を判らず、自分を知らず、明日が見えないその不安。同等に、いやより多く、より豊かにと、飽くなき欲望に限りなく延ばされる手。それが、今の私達です。争いの種、問題は、全てそこにある。だがそれももう、終わりにする時が来ました。終わりにできる時が』というのがデュランダル議長の主張だったろ?」

 

 老店主はハァー、とタバコの煙を肺から吐き出した。

 

「それって要は儂の母みたいな境遇の人間には子どもが産めないままでいろという意味であり、儂みたいな存在が生まれたこと自体が間違いであったと言ってるようなものじゃないか。だってそうだろう? 人類がより良き明日、より良き未来を求める生物であったからこそ、儂はこの世に生を受けたのだから」

 

 老店主の言葉に、二人はハッとした。目の前の老人がこの世に生まれたのは、人がより良い未来を望むから。医療技術の発達はそれによって達成されてきたのではなかったか。

 

「でもそれなら。いったいどうすれば人同士の争いって終わるんでしょう?」

「わからんな。ただ、これまでだったのに色々あったのに、人類はいまだに滅びずにいるんだ。決して平坦な道のりではないだろうけども、人々の理性と良心は、いずれそうした人の闇に完全に負けることはないと信じたいよ。それに問題の種は尽きないが、少しずつでも人類は前進していってるじゃないか。いずれは人類の叡智がすべての問題を解決するところまでいけるだろうさ」

 

 コーディネイター至上主義ではないけれど、ここの部分だけ切り取ればまるでパトリック・ザラのような言い分だとラクスは内心思った。だけど、政治の次元においてはともかくとして、人類の在り方としてはそうした祈りの方が重要なのかもしれない。もちろん、それだけに固執してしまえば、破滅への道を突き進んでしまうのだろうけども。

 

「まあ、そういうことを置くとしても、だ。こう見えて、ミュージシャンとして生計を立てることを、若い頃の儂は夢見てたんだよね」

 

 老店主の視線を二人とも追いかけると、壁に吊り下げられているエレキギターが目についた。昔、この老人はこのエレキギターを持って、ミュージシャンになるという夢を追いかけていたのだろう。キラはミュージシャンを目指していた老店主の若い頃の姿を脳裏で思い浮かべてみた。

 

「どうだったんですか?」

「それがまったくといっていいほどダメ! 才能がなかったんだよなぁ。だけど挑戦したこと自体に悔いはないさ。そしてそれがないと納得なんて到底できなかったろう。だからその点でも儂はデスティニー・プランはダメだと思うね」

 

 老店主は肘掛けに肘をのせて頬杖をついて尋ねた。

 

「で、お前さんらにもそういう経験ってないのかね? コーディネイターだからといって、生まれ持った才能と自分がやりたいことが完全に一致していたわけじゃないだろ?」

 

 茶髪の少年とピンク髪の少女は互いに顔を見合わせた。やりたいと思ったことに対して才能がなかったというのは少し違うが、どうしてこんな才能があったんだろうとか、絶望的すぎる状況にどうして自分達はこんなに無力なのだろうと思ったことは何度もある。そしてそれは経験したからこそ、ある程度整理をつけられていることではないだろうか。

 

 キラとラクスは今全く同じことを互いに考えているのだろうと微笑み、老店主に向き直った。

 

「やっぱり店主さんは優しい人ですよ」

「ええ、元気がでましたわ」

「……そうかい」

 

 もう何を言っても無駄らしいと老店主は深く椅子に座り直して、匙を投げた。


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