頭のおかしい四葉の双子 作:四葉のクローバー
四葉家本邸。
エイミィと鋼を連れて生徒会で昼食を摂ったり、深雪を風紀委員の生徒会枠として提案した日の夜。
「そうなの、真央が風紀委員に。名誉な事だけれど、何かやらかさないか心配ねぇ」
「それは同意です。まぁ、でも、さすがに退学になるような事はしないだろうから……」
「失礼ねぇ。私だって限度はわきまえているわ。昨日の一件だって穏便に済ませたでしょう?」
真夜、真奈、真央の三人は家族の団欒をしていた。
「そういえば、一高にはテロリストが紛れ込んでいるのよね?」
「ブランシュね?」
「煽って暴徒化させて、騒動に乗じて深雪さんを殺すというのはどうかしら」
「あなたはまたそういう事を……」
真央の言葉を受け、真夜は頭を押さえる。
「あなたの手で深雪さんを殺してしまうのはよろしくないでしょう。そもそも深雪さんだって私にとっては姪なのだから……」
「でも、達也さんが世界を滅ぼすトリガーとなるのは深雪さんなのだから最終的にはそうなる。違う? どうせ達也さんの護りを突破して深雪さんを殺すなんて私か真奈しか出来ないのだし」
「あのね、真央。世界への復讐はもう良いのよ。今はあなた達の成長を見届ける方が、私にとっては大切なの」
「母様。母様が私たちの事を大切に思っているのは分かっているわ。でも、違うでしょう? 許せるはずがない。だって、その想いを受けて生まれたのが私たちなのだから」
少し前に葉山はなあなあで済ませてきたと言っていたが、真夜だって認識を正そうとはしていたのだ。しかし、その結果は見た通りである。
真央の突っ走りがちな性格はもちろんあるが、生まれる前からそうあれと望まれていたという事実があった。敵の攻撃もあらゆる痛みも喜んで受け入れる精神性も、自身の傷を敵にも与える事の出来る魔法も、復讐を望んだ真夜の願いによって発現したもの。少なくとも真夜はそう思っている。
「お母様。私たちに気を使う必要はないですよ。気持ちが分かるとは言えないですけど、同じ女としてお母様が受けた仕打ちは復讐するに余りあるものだと分かっていますから」
「真奈、あなたなら分かるでしょう? 私には復讐よりもあなた達の方が大切だって」
「分かっていますよ。でも、復讐したいという想いがなくなった訳でもない。私たちはそれを押し殺してほしくないだけです。それに真央は急ぎ過ぎているだけで、今すぐという必要もないですし、放っておいても達也さんの国防軍としての働きやトーラス・シルバーとしての功績なんかを考えればいずれ何の変哲もない一般家系出身の司波達也か、あるいは四葉の分家の司波達也としても何らかの問題に巻き込まれるのは予想出来ます。成人するぐらいまでは私たちの成長を見守って、それから復讐にシフトするというのもアリだと思いますよ」
真奈も真奈で、微妙に反論しづらい事を言ってくる。確かに成人するまで見届ければそれは成長を見届けたと言えるだろうし、優先度が下がって小さな事になったとはいえ怨念が消えた訳でもない。もちろん、そんな事よりも娘たちの方が大切だというのが前提ではあるのだが。
結局、また話は先送りになった。
◆◇◆◇◆◇
翌日、一年A組教室。
「深雪さん、ちょっと良い?」
「……はい? なんでしょう」
光井ほのか、北山雫というA組の中では比較的話すようになった二人と一緒にいた深雪へ、真奈は話し掛けた。
「今日の昼休み、予定は空いてる? よければ、一緒に生徒会室に来てほしいの」
「生徒会室……どのようなご用件でしょうか」
「実は風紀委員の生徒会推薦の枠が一つ余ってるから、深雪さんがその枠を埋めてくれないかと思って」
内容は昨日、真由美から命じられた風紀委員の件である。
「それは、どうして私に……?」
「鎮圧とか得意そうだからかな。魔法の撃ち合いが起こってもそれを収められる力はあるだろうし。まぁ、知り合いが少ないから候補は深雪さんか達也さんぐらいしかいなかったけど」
「……それは、お兄様もご一緒してもよろしいのでしょうか」
「達也さんも? たぶん大丈夫だと思う」
「それでは、お兄様と共に伺います」
一仕事終えた真奈は自分の席に座り、いつもの窓から空を眺める体勢に移行した。
「深雪が風紀委員だって! すごいね雫!」
「うん、すごい」
「まだ決まった訳ではないわよ、二人とも」
そんな会話を聞きながら、真奈は流れていく雲を眺めていた。
そして昼休み、生徒会室。
昨日のメンバーに加えて、少し遅れて来た深雪と達也の二人を加えた実に十人が生徒会室に集まった。
「ここ数日で急に人数が増えたわねぇ……」
少し前まで昼休みには四人しかいなかった事を考えてしみじみと真由美が呟く。
「あら、今日は達也さんと深雪さんも呼んだの?」
「真由美さんに頼まれた風紀委員の生徒会推薦枠を受けてもらえないかっていう打診でね」
「そうそう、真奈さんに頼んでたの」
「へぇ、確かに風紀委員は適任かもしれないわね。達也さんなら」
「え?」
真奈と真由美の言葉を受けて言った真央の言葉に、主に上級生たちの頭の上にクエスチョンマークが浮かんだ。
生徒会の活動中に真奈が言ったのは深雪の事だ。しかし、真央にはまだどちらを風紀委員に推薦するのか話していなかった。確かに達也の真の実力を知っている真央からすれば、達也の方が向いていると判断出来るかもしれない。ただ、表面上とはいえ、少なくとも魔法に関する実力が高くないと判断された二科生を適任と言った真央と生徒会のメンバーの間には認識の相違があった。
「風紀委員を頼もうと思っているのは達也くんじゃなくて深雪さんの方よ?」
「横から失礼する事をお許し下さい、七草会長」
「どうしたの、深雪さん?」
そして、真央が達也の名前を挙げた事を好機と見たのか、深雪が会話に割り込みを掛けた。
「私を風紀委員に推薦して下さるのは大変光栄です。しかし、真央さんが仰った通り、風紀委員の業務には兄の方が適任かと存じます。私の代わりに、兄を推薦していただく事はできないでしょうか」
「深雪、何を……」
どうやら深雪が達也も連れてきたのは、一人で行くのは不安だからなんて理由ではなく、自分の代わりに達也を風紀委員に推すためだったようだ。
「深雪さん、達也くんの事は私も知っています。入試の七教科平均で断トツのトップだったから、注目していたの。私じゃとてもそんな点数取れないから。でも、風紀委員となると話は別よ。達也くんがすごい事は揺るがない。でも、風紀委員に求められる力は別のものだから。適材適所なの」
「まぁ、そうだな。極端な話、魔法的な意味で腕っぷしが要る。そういう意味では実技三位の司波妹の方が向いていると思うが……お前は何か別の考えがあるのか、真央?」
「そうね、魔法戦で達也さんに敵う人はそうそういないと私は思うけれど、話すだけでは実力なんて分からないのだから、模擬戦でもすれば良いのではなくて?」
真由美は達也の事を認めつつも反対、摩利は反対気味ではあるが場合によっては認める、そして真央は最初に言った通り達也が適任だと思っているといったところだろうか。
「待って下さい。仮に認められたとしても俺は風紀委員になるなんて一言も」
「あら、深雪さんの意思を無下にするつもりかしら?」
当の達也は乗り気ではないようだが、深雪の名前を出されては押し黙るしかない。
「司波さんたちと二人って知り合いだったの?」
「小さい頃に会った事があるんだって!」
そんな様子を横に鋼とエイミィは小声で会話していた。司波兄妹と四葉姉妹の関係について、初日の騒動の後に訪れた喫茶店で聞いたエイミィは小声で元気な声を出すという器用な真似をしている。
結局、真央が言った通り模擬戦で実力を見ようという事になり、生徒会枠に達也と深雪のどちらを選ぶかは放課後に持ち越される事になった。
◆◇◆◇◆◇
放課後、風紀委員会本部。
「さて、今年もバカ騒ぎの一週間がやってきた」
風紀委員のメンバーが勢揃いしている中、少し遅れてきた摩利が告げた。
この場にいる真央以外は全員二、三年生であるためバカ騒ぎの一週間という言葉だけで意味は通じており、真央も予め摩利から聞かされていたため、改めて説明されなくても通じている。
今日からの一週間はクラブ活動の新入部員勧誘期間となっており、その間はデモンストレーション用として一般生徒もCADの携帯が許可されている。そのため、新入生の取り合いが加熱すると魔法の撃ち合いに発展する事もあるのだ。それを取り締まるのが風紀委員の仕事である。
「後が詰まっているから手短にいこう。教職員推薦枠で入った新人を紹介しておく。真央」
摩利の言葉に合わせて真央は席を立った。
「既に知っている者も多いかもしれないが、一年B組の四葉真央だ」
「四葉真央ですわ。どうぞ、よろしく」
一瞬ざわりとしたが、すぐに静まった。
「生徒会枠はこれから私が真由美と一緒に見極めにいってくる。ひとまずはこの八人で今日は乗り切るぞ。何か質問は? ……ないな。なら、全員出動だ」
『はい!』
上級生の風紀委員メンバーが次々と本部を出て行く。急ぐ必要もない真央は全員が出て行くのを待った。
「真央、昨日渡した腕章とビデオレコーダーは持っているな?」
「ええ」
「なら、お前も見回りに行ってくれ。私は服部と司波兄の模擬戦を見に行かねばならん」
「服部副会長と? てっきり渡辺委員長か真由美さん辺りが相手になると思っていたけれど」
「その予定だったんだがな。服部が突っかかって流れであいつが相手をする事になった。まぁ、あいつも実力は確かだから不足はないだろうが、あの様子だと司波兄の実力を見る暇があるか分からんな」
「それは大丈夫でしょう。達也さんにやる気があるのなら」
そう言い残し、真央は見回りへと向かった。
風紀委員には巡回ルートのようなものが予め定められているという事はない。各々の好きな、と言っては少々語弊があるかもしれないが、風紀委員がそれぞれ思ったルートを見回る事になる。
昨日までと比べて校内は随分と賑やかになっていた。魔法の撃ち合いまではいかなくとも、どこの部活も新入生の獲得に躍起になっているのだろう。
そうして見回っていると、真央は見知った顔がもみくちゃにされているのを見つけた。
「彼女に声をかけたのはテニス部が先だ!」
「いいえ! バレー部よ!」
「違うわ! 私たちの方が先!」
「ちょっと、どこ触って……!」
中心にいたのはエリカであった。
その集団に真央は近付き、声を掛けた。
「楽しそうねぇ。私も混ぜてもらいたいわ」
魔法を使った訳ではないが、その声はよく通った。
「風紀委員……四葉の……!?」
「ど、どうぞ!」
「あ、あっちにも良さそうな子が」
エリカを取り囲んでいた集団はすぐにいなくなった。
「人気者は大変ね。生憎、私はそういう経験はないけれど」
「でしょうね……」
「ちょうど良いわ。
「供……エイミィにもそんな感じなの?」
少し乱れた制服を直しながら、エリカは聞いた。
元々四葉の人間になど近付くつもりはなかったが、関わらざるを得なくなってしまったのだ。エリカからすれば、真央は勝手に突っ込んで来て勝手に攻撃を受けたのだが、それはそれとして打撲程度は与えてしまったかもしれない。経緯はどうあれ四葉の人間に危害を加えたという形には変わりない。対応を誤れば、千葉家ごと潰されるという未来すら四葉家を相手にすると冗談ではなくなってしまう。
「まさか。言うなればエイミィはペット、あなたや駿は下僕といったところね。同じ扱いな訳ないでしょう?」
「そう。四葉のアンタからすればあたしなんて下僕で十分って訳ね」
「言っても良いラインを探ろうなんてする必要はないわよ。私はあなたが私に対して何を言おうと気にしない。勿論報復する気はないし、こんな事のために四葉家は動かないわ。気に入らないなら、いつでも仕掛けて来て良いのよ。歓迎するわ」
「出来る訳、ないでしょ」
初日の騒動の後、訪れた喫茶店でエリカは生きた心地がしなかった。主にエイミィを通して、すぐに報復されるような事にはならないだろうという確認だけは出来たが、それも真央が言っているだけで四葉家の人間がどう思っているのかなど分からない。
「さあ、案内なさい? 部活動が勧誘を行っている場所ならどこでも構わないわ」
そう言われ、エリカが向かったのは闘技場とも呼ばれる第二小体育館だった。そこでは、剣道部がデモンストレーションを行なっていた。
「千葉家は剣の魔法師というぐらいだものね。私も刃物は好きよ」
「…………」
反応に困る事を言われ、聞こえなかった振りをしつつ、エリカはデモンストレーションが見やすい場所へ足を進める。
そして、エリカが最前列にたどり着いた頃に、デモンストレーションを行なっていたはずの剣道部が何か問題でと起きたかのように騒がしくなり始めた。見れば竹刀を持っていながらも剣道部とは別のグループが剣道部と相対していた。
「剣術部の時間までまだ一時間以上あるわ! どうしてそれまで待てないの!?」
「心外だな。演武に協力してやっただけだぜ?」
向き合う男女はそれぞれ道着を着て竹刀を持っていたが、口振りを聞くに女子生徒の方が剣道部、男子生徒の方が剣術部に所属しているようだ。
「あれは」
「あの二人を知っているの?」
「面識はないけど。一昨年の中等部剣道大会全国二位の壬生紗耶香と一昨年の関東剣術大会中等部チャンピオンの桐原武明よ」
「ふぅん?」
エリカの話では実力者同士。その二人はいくつか言葉を投げ合った後、互いに竹刀を構えた。
「心配するな、壬生。魔法は使わないでやるよ」
「剣技だけで勝てると思っているの? 剣技のみを磨いてきた、このあたしに」
そして、示し合わせたように竹刀での打ち合いが始まった。
「ここは特に問題ないわね。そろそろ別の場所に移動するわよ」
「現在進行形で問題が起こってると思うけど」
「魔法を使わないなら風紀委員の出る幕ではないわね」
正確には風紀委員は魔法を使わないただの喧嘩を仲裁する事も仕事の一つではあるが、CAD所持が解禁される新入部員勧誘期間に関しては特に魔法使用の争いに対処する事が推奨される。とはいえ、ただの喧嘩は見逃せという訳ではないが、真央は踵を返そうとした。
それとほとんど同時に、打ち合いに女子生徒の勝利という形で決着がついた。
「真剣なら致命傷よ。素直に負けを認めなさい」
真面目に剣道をやっている者が聞けば怒るだろうが、真央にとってはただのチャンバラだ。どちらが勝とうがどうでも良かった。
「真剣なら? なんだ、壬生。真剣勝負が望みか?」
しかし、感じ取った血の気配に、返そうとした踵を止めた。
「だったら真剣で勝負してやるよ」
男子生徒が腕につけたCADを操作し、魔法を発動した。魔法式に覆われた竹刀が高速で振動し、周囲にガラスを引っ掻いたような不快音を撒き散らす。
高周波ブレード。殺傷性ランクBの、致死性の威力を秘める魔法である。
「あは」
「ッ!? 危ない!!」
女子生徒へと向けて振るわれた高周波ブレードの軌道上へと、自己加速術式を使い真央は反応が間に合わないタイミングで割り込んだ。
直後、鮮血が噴き出す。女子生徒を庇うためか、あるいは抱擁を受け入れるように両手を広げた真央の、袈裟に切り裂かれた胸部から。そして、攻撃を加えたはずの男子生徒の身体からも、同じように。
◆◇◆◇◆◇
流血沙汰が起こったからと真由美が生徒会室を出ていったのが少し前。同じように真奈が部活連本部へ呼び出されるまで、そう時間は掛からなかった。
真奈が入室した時には、正面に摩利、その両隣に真由美と部活連会頭でありかつ十師族である十文字克人が座っていた。風紀委員長、生徒会長、部活連会頭という三人が一同に会していた。そして三人に向かい合うように真奈に背を向けた状態でパイプ椅子に座っていたのは、サイズの会っていない大きいジャージに身を包んでいた真央だった。
「いきなり来てもらってごめんなさいね」
「いえ、大体何があったのか察しました。ご迷惑をお掛けしたようで……」
ジャージに着替えているという事は、制服がそのまま着ていられる状態ではなくなったという事。ただ汚れただけなら魔法で綺麗な状態にする事は難しくない。普通の魔法でどうにも出来ないとなれば、相応に破損してしまったのだろう。そして、そうなる原因を考えれば自然と見えてくる。
「久し振りだな、四葉」
「お久しぶりです、克人さん」
真由美と同じように、真央と真奈は克人と顔を合わせた事がある。全身が分厚い筋肉に包まれた大男に、初対面であれば威圧感すら感じただろう。
「相手の方はどうなりましたか?」
「病院に搬送した。命に別状はないが、出血が酷かったのでな」
ほとんど分かっていたとはいえ、今のやり取りで真奈は確信した。構造情報同期を使った状態で派手な攻撃を受けたのだろう。流石に自傷という事はないはずだ。
「さて。四葉の着替えなどもあって少し時間が掛かったが、ようやく話を聞く事が出来る。四葉、そこにある椅子にでも座ってくれ」
同じ四葉であるため分かりにくいが、前者が真央、後者が真奈へ向けた言葉であった。パイプ椅子を持って来て座った真奈を見て、克人は続けた。
「単刀直入に聞く。四葉、桐原と何があった」
「女子生徒に対して殺傷性ランクB相当の魔法が使われたから、風紀委員として庇っただけですわ」
「庇っただけでどうしてああなる」
「その桐原さんが使っていたのは高周波ブレード。人を斬ってしまった動揺で操作を誤ったのではなくて?」
「この場では真実のみを口にしろ。誤魔化しは許さん。桐原がお前を斬ったと同時に血を噴き出したという証言は複数から取れている」
「ちょっと、十文字くん……」
威圧するように言った克人へ、真由美が控えめに制止した。同時に、二人に挟まれて今まで静観していた摩利も口を開く。
「斬られた怪我は大丈夫なのか? 保険医が許可しているから、問題ないとは思うが」
「ええ、何の問題も」
「そうか。なら良いんだが……」
そして、再び克人が口を開く。
「何度も痛いかどうかを執拗に聞いていたという声もあった」
「自分がした事を理解し、反省してもらうためですわ」
痛めつけて楽しんでいただけだろうなー、と真奈は思ったが、勿論口には出さない。頭の中には「ねぇ、痛い? 痛いでしょう? 最高に、気持ち良いわよねぇ!?」などと喚き散らしている様子が浮かんだが、さすがにテロリストでもない相手にそこまではしないはずだ。
「当然、桐原がした事は許される事ではない。だが、風紀委員であり、そして十師族の人間が徒に力を振るう事もまた、許されない」
「真奈」
「あー、はいはい」
左手の甲を口元に近付けた状態で突然声を掛けてきた真央の意図を理解し、真奈は三人に見えやすいように自身の左手の甲を向けて掲げた。
直後、真央は自身の左手の甲に歯を突き立て、皮膚を噛み千切った。
「痛い……」
克人、摩利、真由美に見えるようにしていた真奈の手の甲から血が流れた。
「構造情報同期。まぁ、私の傷と同じ傷を相手に与えると考えてもらって構いませんわ。普段は、そうね……私の身体を人質にするとか、そういう使い方をするかしらね。誰でも自分が可愛いのだし、私を攻撃すれば自分も怪我をするとなれば躊躇うでしょう?」
実際はそんな使い方した事はないが。真央がこの魔法を使った時、相手は何が起こったか分からないまま死んでいく。
ちなみに、この魔法の情報は公開されていないが、秘匿しなければならないという訳でもない。同期元は自信の身体の構造情報しか選択出来ず、それ単体ではそれほど危険な魔法でもないからだ。
「本当はこの魔法を使うと同時に警告するのだけれど、桐原さんの技が優れていたから、警告が間に合わなかったという訳ですわ」
「ちょ、ちょっと待って。ごめんなさい、割り込んで。その説明だと、真央さんは桐原くんと同じ怪我をしたのよね?」
「ええ」
「本当に平気なの? 無理はしていない?」
今度は真由美が割り込んだ。その心配は当然といえば当然のものだった。二人の人間が同じ怪我をして、片方が病院に担ぎ込まれたなら、もう片方も同じように病院に担ぎ込まれるレベルの怪我をした事になる。
これには、今まで険しい顔をしていた克人も少し驚いた顔をした。恐らく、真央が受けた傷は桐原が受けたものよりも浅いものだと思っていたのだろう。当たり前のようにこの場にいる事を考えれば、そう思うのも当然だ。
「私の構造情報同期は、他人相手には外的要因による変化を同期させる使い方ぐらいしか使わない。けれど、記憶領域に保存した私の無傷な状態の構造情報を私の身体に同期させれば全く無傷で元通り、という訳ね」
「記憶領域に、保存……? 覚えるって事?」
「生憎とそんなに良い記憶力は持っていないわ。でも、ここにいるでしょう? 精神干渉系のスペシャリストが」
「真奈さんの精神構造干渉魔法……」
真由美の反応の通り、真央の記憶領域に構造情報を刻み込んだのは真奈の精神構造干渉だ。とはいえ、精神構造干渉だけで出来る事でもない。そもそも刻むための構造情報を知らなければならないため、真奈は達也の魔法演算領域の一部を再現した事により使う事が出来る
ちなみに、真央の記憶領域には真奈の構造情報も刻まれているため、真奈が怪我を負った際にも元通りにする事が出来る。
「話は分かった。何をしたのか理解したし、お前の言い分も認めよう。俺も事を荒立てたい訳ではない」
「十文字家次期当主殿は大変ねぇ。十師族として他の家の者の行動まで見張らなければならないなんて」
「お前は違うのか?」
「仮に四葉家の次の当主になるとすれば、私ではなく真奈でしょうね」
「そうか」
克人は深く突っ込む事はしなかった。双子の妹が当主となった現当主の真夜がいる事からもそれほど不自然ではなく、そもそも他家のそういう事情に深く踏み込むべきではないからだ。
「だが、その魔法はもう使うな。徒に被害を拡大する恐れがある」
しかし、校内での魔法使用についてはそうではなかった。その言葉を受け、真央は僅かに口角を上げた。
「あら、構造情報同期はそれ自体の殺傷性ランクはCの中でもかなり下の方でしょう。制限される謂れはありませんわね」
睨み合い──というほどではないが、僅かに空間に緊張が走った。
「けれど、どうしても使わせたくないというなら、模擬戦で決めましょうか。克人さんが勝てば、校内でこの魔法は使わないと約束しましょう」
「本気か?」
「ええ。この学校には意見がぶつかったら力尽くで言う事を聞かせる伝統があると、知人から聞いた事があるもの」
知人というのは第一高校を卒業して今は魔法大学に通っている、四葉分家の一つ津久葉家の長女である津久葉夕歌だ。真夜が手を回していたため、司波兄妹と接触する機会はほとんどなかったが、それ以外の分家の人間とはそれなりに顔を合わせている。
隣から「誰だ、そんな事を言っている奴は……」という摩利の呟きが聞こえてくるのも気にせず、克人は言った。
「お前が望むなら、受けても構わない。だが、条件を突き付けている以上、手加減は出来んぞ」
「ええ、構いませんわ。なんなら、克人さんがやりやすいように白兵戦形式でやりましょう」
「……もう一度聞く。本気か?」
「心配しなくても、『夜』は使わないわ」
「ちょっと待って二人とも!」
もはや煽り合い。煽り合いというには一方的に真央が煽っているのだが、そこへ真由美が割り込みを掛けた。
「十文字くん、落ち着いて。真央さんも、力尽くで言う事を聞かせる……というのはちょっと頷きづらいけど、模擬戦自体はよく行われている事よ。でも、男女で白兵戦形式、それも十文字くん相手だなんて危険だわ」
「具体的には?」
「骨を折ったりするかもしれないし、後遺症が残る怪我をするかもしれないわ」
それを聞いた真央は突然、自身の左手の人差し指の第一関節辺りを噛んだ。それは幼子のような行動。しかし、次の瞬間真由美は顔色を変えた。
「止めなさい! 何をしているの!?」
真央の指から血が流れた。
真由美の制止も聞かず、真央の歯がさらに食い込んでいき、少しも間をおかずに噛み千切り、そして肉片となった指先を飲み込んだ。
「普通に気色悪過ぎる……」
「気色悪いだなんて酷いわね。お姉ちゃん、あなたをそんな風に育てたつもりはないのだけれど」
「急なお姉ちゃん面止めて。どっちかと言うと私の方が面倒見てるし」
克人、真由美、摩利の三人が呆然としている中、真央は構造情報同期によって欠損した指を正常な構造情報で塗り潰した。
「この通り、怪我の心配は必要ないわ。死ななければ元通り。骨が折れる程度どうという事はないし、内臓が潰れてもすぐに死ぬという訳ではないのだから、問題ない」
「待て待て待て。ちょっと待ってくれ」
元に戻った指を見せびらかすように語った真央へ、堪らず摩利が割り込んだ。その手は頭を押さえている。
「済まない、十文字、真由美。一度こいつと二人きりで話させてくれないか。そっちで妹の方から話を聞いていてくれ」
そう言って摩利は席を立ち、そして真央の手を引いて部屋から出ていった。真央は特に抵抗しなかった。
さて、どうしたものか、と気まずさしか感じないその場における第一声をどうするか。真奈は頭を回転させた。