頭のおかしい四葉の双子 作:四葉のクローバー
真央と摩利が去った部活連本部には克人と真由美、そして二人に向かい合う形で真奈が残された。
「あのね、真奈さん。一つ聞きたいんだけど、真央さんってその……」
「入学式の時に真央の癖が終わってる、みたいな話をしたの覚えてますか?」
「え? ええ、確かに言っていたわね」
「もう隠しても仕方ないので言いますと、真央って少し……いえ、かなり感性というか精神が歪んでるんです」
既に真央がやらかしてしまった以上、無理に隠す必要もない。これからも迷惑をかけるだろうし、という事で真奈はある程度教えておく事にした。
「真由美さんは小説とか読んだりしますか? 殺人鬼とか出てくるタイプの」
「まぁ、詳しい訳ではないけど、人並みには読んだこともあるとは思うわ」
「たまにあるじゃないですか、痛みを感じる事で生きているという実感を得る、みたいな。あんな感じです。割と冗談抜きで」
そういう精神構造だからこそ、生まれつき持った構造情報同期を強力な攻撃手段に昇華させる事が出来たのだが、一般的に見れば普通に異常者である。
「矯正は出来なかったのか?」
克人の言葉には言外に、四葉でも矯正出来なかったのか、という意図が隠されているように感じられた。あるいは、真奈の精神構造干渉でどうにか出来なかったのか、という意図もあるかもしれない。
「あれは無理ですね。表面的な部分が歪んでいるのではなく、根本のところから歪んでしまっているので、一般的なカウンセリングなんて意味もありません。それこそ、洗脳レベルでやらないと。あるいは私の精神構造干渉を使うか。いえ、やりませんけどね?」
「真奈さん、出てる出てる」
「……気を付けます」
実際、真奈の精神構造干渉を使えば矯正する事は不可能ではないし、親子の中でその考えが浮んだ事はあった。しかし、それはしなかった。母の真夜へ伯母の深夜が精神構造干渉を使った事によって、その2人の関係は壊れてしまった。真央本人が受け入れたならば実行したかもしれないが、真央は拒否し、結局その話はなくなった。
「まぁ、とはいえ、別に日常生活中は普通に擬態しているので問題なく過ごせます。今回の件が例外だっただけで。殺傷性ランクBの魔法は普通に人を殺せますから、それを向けられた事でスイッチが入っちゃっただけですよ」
真央よりも桐原の方が悪いというアピールをしておく。
客観的に見ても、先に魔法を向けたのは桐原。より高い殺傷性ランクの魔法を使ったのも桐原。真央が十師族という特殊な立場にいて、結果的に桐原の方が重傷に見えても、過失の割合は桐原の方が高い。
「そうか……少し俺も冷静ではなかったようだ」
「克人さんの反応はもっともだと思いますよ。私も他の十師族の人が一般人相手に流血沙汰なんて聞いたら、何やってんだと思いますから」
ひとまず話は一段落。あとは真央が戻ってきてからだろう。
実のところ、もちろん桐原は悪いが、真央はもっと悪い。恐らく桐原は元々脅しで魔法を使ったのだろうが、真央は明確に相手を害するつもりで魔法を使った。そしてそれは、風紀委員の責務を全うするなどという理由ではなく、ただ自分の欲望のため。
真央は痛みや苦しみが快楽に感じてしまう究極の被虐嗜好と共に、相手が苦しむ様子を愉しむ加虐嗜好を持ち合わせていた。
◆◇◆◇◆◇
部活連本部からそう遠くない、人通りのない廊下。
「それで、話って何かしら?」
「それはだな……いや、具体的に考えていた訳ではないが……」
ある程度歩いたところで真央が足を止めた。
「その、だな……なんというか、お前はいつからあんな感じなんだ?」
「あんな感じ? ああ、これかしら」
そして指を口元へ持っていった真央の腕を摩利が止めた。
「……いくら魔法で元通りに出来るといっても、そんなに躊躇いなく自傷行為をするのは……その」
「あら、心配してくれているのかしら」
「……当たり前だろう。お前は私の直属の後輩なんだ」
意外な答えだった。真央としては部下が余計な事をしたら面倒だとか、そのような答えが返ってくると思っていたのだ。真夜の意向として双子は家庭学習で済ませるのではなく、私立の小中学校に通っていたのだが、そこで心配の眼差しを向けられるような事はなかった。
魔法師ではない人間にも四葉の名は知れ渡っているし、真央が上位者として振る舞っていたというのもある。ちなみにではあるが、ボッチであった真奈には一部教師陣から心配の眼差しが向けられていた。
「おい、なんだ。その顔は」
「そんな事を言う人なんていなかったもの。問いに答えるなら、生まれつきね。渡辺委員長は四葉家が恐れられるようになった事件を知っているかしら」
「昔、1つの国を滅ぼしたという話は聞いた事がある」
「そもそもどうしてそういう事になったのかと言えば。発端となったのは当時まだ幼かった母様が攫われて酷い事をされたのよ。詳細は省くけれど、その結果が大漢崩壊。その母様の娘である私たちは願われて生まれた。もし、同じ事が起きても、と」
普段ならここまで語ったりはしない。こうも語ったのは、摩利に対してそれに足りるだけの興味が湧いたからだ。
「私の構造情報同期は自分が受けた傷を決して許さず相手にも同じだけの傷を返す、まさに四葉を象徴した魔法だと思わない? そう望まれて生まれたのが、私と真奈よ」
「そう、なのか……」
とはいえ、急にこんな事を聞かされても困るだろう。一体どんな反応を返してくるかと真央は摩利を観察する。
「もし、何かつらいようだったら相談に乗るぐらいは出来るぞ。私は十師族ではないからな。真由美たちに言いにくい事でも……」
「フッ……」
「お、おい! 何がおかしい!?」
「アハハハッ!」
一体何を言い出すのかと思えば、摩利は相談に乗ると言い出した。きっと摩利の中では真央は四葉に歪められてしまった可哀想な少女なのだろう。それが全て間違いという事はない。真央がこのような精神構造で生まれてきたのも、構造情報同期という魔法を持って生まれてきたのも、四葉が、もっと言えば真夜が仕向けた結果だ。
しかし、真央は何も苦だとは思っていない。むしろ、楽しんですらいる。ゆえに、摩利の心配は的外れでもあった。あったのだが、とはいえ。
「まぁ、でも、そうね。たまにはそういうのも悪くないかもしれないわね」
自分を心配してくるような珍しい人種に、真央は思考を巡らせる。
「別に小さくないし、私の好みからは少し外れているけれど」
「な、なんの話だ」
真央は摩利の手を取り、そしてその手のひらを自身の頭の上に乗せた。
「その調子でこれからもお願いするわ。よろしくね、
「あっ、おい! 呼び捨てか!?」
そして、取り乱す摩利を横目に真央は部活連本部へ戻った。
◆◇◆◇◆◇
真央と摩利が出ていってから少し。特段話す事もなく、かといって雑談するような雰囲気でもなく、気まずい空間となった部活連本部に真央と摩利が戻ってきた。
「立ちなさい?」
「えぇ……」
戻ってきたかと思えば、真奈は座っていた椅子から追い出された。そして、元々真央が座っていた椅子に真央が、摩利は真央に促されて空いた椅子に座った。
なぜか二人並んで座りだした真央と摩利に、ため息をつきながら真奈は元々摩利が座っていた、真由美と克人の間に座る事にした。
「大体の事情は分かったと思うので、処分の話でもしますか」
「このまま続けるのね!?」
真奈が切り出すと、真由美が驚愕の声をあげた。
真由美、真奈、克人の三人の目線の先では、真央が椅子を寄せて摩利の腕を自身の肩に回させていた。
「確かに渡辺先輩がどうやって懐柔したのかは気になりますけど、まぁ、今は良いでしょう。元々処分とかそういう話での呼び出しですよね?」
「それはそうなんだけど……」
「ならば、話を続けるとしよう。渡辺、今回の件、風紀委員としてどう取る」
少し戸惑っている様子の摩利へ克人が問い掛ける。
「魔法で治せたといっても、魔法の不適切使用で大怪我をさせた以上、桐原に何のお咎めもなしとはいかないだろう。多数の目撃者もいた事だしな。最悪退学処分も止む無しではある」
「私たちは事を大きくするつもりはないので、ちょっとの停学ぐらいで済ませてあげてくれませんか? どうせ入院で少しの間学校には来れない事ですし、その期間を停学期間にするとか」
桐原は規則的には退学処分も視野に入る事をしたのかもしれないが、止めようと思えば止められたのを真央がわざと止めなかったという面もある。そういう事情もあって、真奈は桐原の擁護へ回る。何より、真央を退学させる事は望んでいないだろう。
「妹はああ言っているが、お前はどうなんだ? 真央」
「私も同意見ね。この件で波風を立てるつもりはないわ。むしろ、桐原さんとは仲良くしたいと思っているもの」
「そうか。本人がこう言っている事だし、処分なしとはいかないが、規定の範囲内で重くない処分になるように掛け合っておく。まぁ、怪我をさせたのは真央も同じだが、魔法の性質上そう強くも咎められん。生徒が生徒へ向けて大怪我をするレベルの魔法を使ってくるのを予測するというのも難しかったかもしれないからな。ただ、あくまで今回は、だぞ。一定の有用性があるのは認めるが、ややこしくなるから、学内では使わないでくれ」
「ええ、分かったわ」
「えっ、いいの!?」
摩利の言葉へ何の抵抗も見せる事なく了承した真央を見て、真由美は再び驚愕の声をあげた。同時に、声こそ出さなかったものの、克人も驚いている様子を見せていた。
「よく考えてみれば、わざわざ身体を盾にしなくても領域干渉でも使っていれば良かっただけの話だもの。凶器を持ってくるならともかく、学内なら危険な攻撃は大抵魔法由来でしょうし」
「やけに素直だな。さっき十文字と睨み合ってた奴とは思えないぞ」
「睨み合うなんて、そんな野蛮な事しないわよ」
多数の目撃者がいたとの事であるし、そもそも四葉なので少なくとも真央に向けて真央が望むような攻撃が向けられる事はもうないだろう。それは分かるが、真奈としては先ほどは流したものの、急に摩利に対して従順になった事に対しての方が気になっていた。
「では、真央はどうしますか? 取り押さえ、というか生徒を庇った時に相手に怪我をさせた訳ですし、何か処分とか」
「処分なぁ……とはいえ生徒を庇って斬られたのを大人数が目撃している中でこいつに処罰を与えるのは外聞も悪い。さて、どうしたものか」
そして、一応真央の処分について尋ねてみれば、摩利から返答があった。しかし、仮にも取り押さえる相手を大怪我させた事を考えれば甘い判断とも言える。というより、摩利がいきなり真央に対して甘くなっているような気がした。
「仮に謹慎するにしても、今抜けられるのは風紀委員としては困る。ここは1つ、厳重注意で済ませる事は出来ないだろうか」
「十師族贔屓とか、四葉に忖度したとか言われないですかね?」
「それは大丈夫じゃないかしら。喧嘩をしたという訳じゃないし、高周波ブレードは使い方を誤れば自分も怪我をする魔法だから。実際はどうあれ印象としては、ね」
摩利だけでなく、真由美もどこか甘いような気がしたが、治ったとはいえ真央も一応大怪我をしたという事を考えれば仕方がないのだろうか。
「克人さんはどう考えますか?」
「桐原への寛大な措置に感謝する。そうなった以上、四葉の処遇について俺から口を挟むつもりはない」
「では、そのように。生徒会、風紀委員、部活連の三組織の決定として桐原先輩は入院期間を事実上の停学、真央は厳重注意と。懲罰委員会へ持ち込むのは桐原先輩の不適切魔法使用のみとなりますが、よろしいですね?」
「構わない」
「私も構わない」
「私も全然良いんだけど……いつの間にか真奈さんが議長みたいになってる……」
「話も纏まりましたし、この辺りでお開きという事で」
「少し待ちなさい」
生徒会の仕事を途中で放って来ている事もあって、真奈が締めようとすると、真央が待ったをかけた。
「まだ何かある?」
「さっき私と克人さんが模擬戦をする流れになっていたでしょう?」
「どこかの誰かさんのせいでね」
「せっかくだから真由美さんと摩利も一緒にどうかと思ったの。3対1になるからあなたも参加しなさい」
「なんでそうなるの……?」
その後、なぜか親睦を深めるためなどという割とよく分からない理由で、翌日にその場にいた者全員で模擬戦を行う事となった。
◆◇◆◇◆◇
その日の夜、四葉家本邸。
「なんで私まで巻き込むの? 別に真央1人であの3人ぐらい蹴散らせるでしょ」
「言ったでしょう? 親睦を深めるためだって」
「戦って深める親睦って何」
「感謝してほしいぐらいなのよ? せっかくボッチのあなたに友好を広める機会を作ってあげたのだから」
「ボッチじゃないし。というか、仮にそうだとしても真由美さんも克人さんも前から知り合いだし」
「摩利はそうでもないでしょう?」
「それはそうだけど、なんでそっちは急に仲良くなってる訳?」
「ああいうタイプは珍しいから手元に置いておこうと思って」
「あの人ペット枠なの?」
「そんな事は良いからCADの調整をしてちょうだい」
「なに、特化型でも使うつもり?」
「面白いでしょう?」
「面倒くさいんだけど」
◆◇◆◇◆◇
翌日、放課後。既に日も沈んで勧誘が落ち着いてきた頃。
「渡辺先輩、何故自分がこの場に呼ばれたのか説明してもらっても?」
「いやぁ、私も迷ったんだがね。真央が君なら任せられると言うから」
貸切られた演習場に、模擬戦をすると決まった三巨頭に四葉の双子、そして観戦メンバーとして生徒会メンバーと真央に誘われたエイミィに鋼、さらには真央に審判として指名した達也とそれに同行した深雪が集まっていた。
「どう考えてもおかしいでしょう。渡辺先輩1人ですら俺の手には余ります。そこに十師族が4人も加わっては、万が一の際に収拾をつけられる訳がない」
「そこはまぁ、万が一の事にはならないように気をつけるさ。そもそもこのメンバーが本気でやり合う事になれば止められる人間などいないしな。当然、私にも無理だ。だから、ジャッジだけしてくれれば良い。審判が止めに入るような事態にはならないさ。……ならないよな? おい、真央。目を逸らすな」
「大丈夫ですよ、渡辺先輩。本当に万が一の場合は達也さんがきれいに収めてくれますから」
「君たち双子の謎の達也くんへの信頼は何なんだ……」
一応の抵抗を試みる達也だが、強制的に指名された審判という役目からは逃れられない。
そんな様子を横目に、真奈はポニーテールに纏めている髪を結び直した。真央は肩の上で切り揃えられた黒髪をバサリと揺らすのみである。
「安心して? 達也くん。私も十文字くんもちゃんとわきまえているから」
「自分としては、先輩方よりもこちらの方が心配ですが」
真由美に答えた達也の目線の先には珍しく拳銃型の特化型CADを手に準備をしている姉の真央と、両手にそれぞれ端末型の汎用型CADのストラップを装着している妹の真奈がいた。
「真奈さんは2つもCADを使うの?」
「まぁ、一応念の為に。99個だと足りないかもしれないので」
互いのCADの干渉波によって自身の魔法が妨害されやすいCADの同時操作は高等技術とされている。とはいえ、難しいだけで不可能でないのなら、真奈にとっては問題ない。
準備のための時間中、摩利は達也に今回の模擬戦のルールを伝えた。
「準備は良いか」
そして克人、真由美、摩利の三巨頭組、真央と真奈の四葉双子組が向かい合うように立った。
「ええ、いつでも」
代表して声をあげたのは克人。答えたのは真央だ。それを聞いた克人は全員の様子を見渡し、達也へと視線を向けた。
「司波。頼む」
「……それではルールを説明します。まずは先輩方に対して。殺傷性ランクによる制限はありませんが、相手を即死させる使い方は禁止。魔法によりどのような怪我も回復出来るため、後遺症を考慮する必要はありません。魔法攻撃だけでなく、素手武器問わず直接攻撃も許可されています。相手が負けを認めるか、相手を取り押さえる、審判が続行不可能と判断する、あるいは本来なら致命傷だったという攻撃が当たった場合、その相手は脱落となります」
摩利に説明されたルールを改めて審判として、達也が述べる。
「次に四葉組に対して。殺傷性Aランク相当以上の魔法は使用禁止。相手を死に至らしめる術式及び回復不能な障碍を負わせる術式も使用禁止。素手武器問わず直接攻撃は許可されますが、捻挫以上の負傷を与えない範囲であること。相手が負けを認めるか、相手を取り押さえる、審判が続行不可能と判断した場合にその相手は脱落となります」
明らかに双子側が不利な条件だ。その上、人数でも劣っている。さらには相手は上級生のトップ。普通であれば勝ち目はない。
「どちらかの選手の全滅により勝敗が決します。また、ルール違反があった場合、残りの人数に関わらず全員脱落とし、敗北となります」
「ただ模擬戦をするというのも面白味に欠けるわね。何か賭けましょうか?」
「話ややこしくしないで。あと何かさせられる真由美さんたちが可哀想」
達也のルール説明に付け加えるように、真央と真奈が言った。対する摩利の額に青筋が浮かぶ。
「おい、めちゃくちゃナメられてるぞ。特に妹!」
「ほらぁ」
「何でもかんでも私のせいにするのはやめなさい」
と、ひと悶着あったものの、最終的に克人の「始めるぞ」の声と共に、互いに構えて始まりの合図を待つ体勢となった。ちなみに賭けは、三巨頭組が勝ったら真奈が、四葉組が勝ったら摩利がメイドをするという事で決着がついた。どちらも期間は一週間だ。
「それでは……始め」
基本的に魔法戦は先に魔法を当てた方が勝ちだ。故に、こうしてよーいどんで始める場合、いかに相手より早く魔法を発動出来るかが勝負となる。
達也の合図に合わせて三巨頭はそれぞれ魔法を発動しようとする。真由美と克人はその場で、摩利は前方に飛び出しながら。摩利の手には竹刀が握られている。
しかし、どの魔法も発動しなかった。
「本当の殺し合いなら、これで終わりなのだけれど」
真央が特化型CADとは別に用意していた樹脂製のナイフを自身の首の上を滑らせた。刃の付いていない玩具のようなものだが、摩擦で皮膚の表面を軽く傷付ける程度なら出来る。
真央の首に一筋の赤い傷ができ、それと同じ傷が三巨頭のそれぞれの首にも現れた。
「今回は、これは相応しくないわね。学校では使わないと言ったばかりでもあるのだし」
飛び出した摩利はその場で止まり、入れ替わるように克人が魔法を使わず真央に向かって飛び出す。真由美はさらにCADを操作するが、やはり魔法は発動しない。
「まさか、部屋全体にこの強度の領域干渉!?」
「面白くないから、領域干渉は使わないでいなさい」
「はいはい」
真央の言葉によって、誰よりも早く発動してた領域干渉を真奈は解除した。基本的に魔法はエイドスと呼ばれる情報体を改変する事で事象改変を行うが、領域干渉はエイドスを改変させないようにする対抗魔法だ。
領域干渉下で他者が魔法を使用するためには、エイドスを改変しようとする力と改変させないようにする力の綱引きで勝利する必要がある。つまり、改変しようとする力、すなわち魔法の干渉力で真奈を上回らない限り、領域干渉が張り巡らされた演習場の一室では魔法を発動させる事が出来なかったという訳だ。故に、三巨頭の魔法は発動せず、しかし上手く調整された領域干渉の干渉力を上回った真央の構造情報同期の効果は発動したのだ。
「随分と余裕だな!」
「余裕というか、張り合いがないというのは事実です。渡辺先輩は剣術で戦う訳ですから、例え魔法が使えなくても足は止めない方が良いと思いますよ」
「戦いになった途端生意気になったな!?」
「気のせいです」
領域干渉が解かれ、自由に魔法を発動出来るようになった三巨頭が動く。
魔法に見切りをつけ、体術による制圧に切り替えていた克人が自身の身体の前方に対物障壁を形成する。真由美は得意のドライアイスの弾丸を発射するための銃座を形成し、摩利は自己加速を用いて真奈に迫る。
「さすがは克人さん。判断が早いわね」
「油断するつもりはない。最初から全力で行かせてもらう」
「ええ、良いわ。それでこそ」
克人が行なったのは、対物障壁を盾としたシールドチャージ。真奈の領域干渉が解かれ、魔法が使用出来るようになった今も、万が一再び魔法が使えなくなっても問題ない魔法と物理の両方から攻められる形だ。
そんな克人へ、真央は特化型CADの銃口部を向けた。
「でも、ファランクスは使わないのかしら」
引き金を引く。直後、克人の対物障壁が霧散した。
「
「ご明察。と、言っておこうかしら」
魔法による効果を発動させるためには、情報体の次元であるイデアを経由して対象に魔法式を投射する必要がある。その魔法式にサイオンの塊をぶつけて吹き飛ばしてしまうのが
「竹刀にも情報強化はちゃんと掛けておいた方が良いですよ」
対して真奈に対して竹刀を振るった摩利は、その一撃を克人のような対物障壁で防がれた。
「……一応何のためにと聞いておこうか。無論、情報強化は施してあるが」
「防御ではなく攻撃のためです。特にこういう魔法の防御を破るための」
まるで講義のように語る真奈に向かって、360度様々な角度からドライアイスの弾丸が迫った。真由美のドライ・ブリザードだ。
真奈は同じくドライアイスの弾丸を魔法で作り出し、真由美の弾丸とぶつける事で相殺した。
「情報強化は魔法から受ける影響を抑制する訳ですから、障壁魔法から受ける干渉を抑えれば貫けます。こんな風に」
領域干渉、対物障壁、ドライ・ブリザードと、ここまでの魔法は右手に持ったCADで発動してきた。対物障壁を維持しつつ、そして降り注ぐドライアイスの雨を相殺しつつ、真奈は左手のCADを操作した。
魔法師は無意識のうちに、身体に領域干渉や情報強化を施している。そしてそれは魔法師が持つCADや武器にも適応されるため、通常魔法師が持つ武器に事象改変を行なうのは難しい。しかし、真奈はそれを可能にするだけの干渉力を持つ。
「なっ!?」
竹刀が真奈の加速・移動の魔法によって、摩利の手から離れる。
向かう先には克人。飛来物を感知した克人が自身との間に障壁を生み出す。しかし、それはあっさりと障壁を貫いた。
「ぐっ……」
「ちょっと。せっかく良いところなんだから、邪魔しないでくれるかしら」
「はいはい」
克人の腹にヒットした竹刀は再び真奈の移動魔法によって、摩利の手元に飛んで戻った。
「ただの情報強化で十文字の守りを抜くか……冗談がキツいぞ」
「ファランクスではなく、ただの対物障壁ですから。結局は干渉力勝負ではありますが。領域干渉なんかに比べると情報強化は少ない干渉力でも応用が効きますよ」
「まるで講義でも受けているようだな」
「すみません、つい。では、本気でやりましょう」
模擬戦で戦っている途中であるにも関わらず、相手にアドバイスをする。侮っていると受け取られても仕方ない態度だ。とはいえ、真奈にも言い分はある。
三巨頭とは呼ばれているものの、克人と真由美の両名に比べると摩利は言い方を選ばなければ一歩劣る。頑張って肩を並べようとしているのなら、手助けをしたいと思うのが自然のはずだ。
それに、真央のお気に入りでもある。
ちなみにだが、この間も真由美によるドライアイスの弾丸は常に降り注いでいる。全て同じくドライアイスの弾丸で迎撃しているが。
「いい加減鬱陶しいので、真由美さんから先に片付けますね」
摩利の竹刀を防いでいた対物障壁が動く。
壁際から遠距離攻撃を繰り返していた真由美の方へ。その速度は時速100kmを超える。
「なっ!? 避けろ真由美!」
その場にいれば部屋の壁と対物障壁によって圧殺されてしまう。領域干渉などの守りはあるが、真奈はつい先ほどとんでもない干渉力を見せたばかりだ。
無論、そのまま圧殺するつもりはないが、模擬戦である以上は勝利条件を満たさなければならない。
「え──」
続いて真奈が発動したのは、真由美の足元の床に対する振動系魔法。ただ床を揺らすという単純な魔法でありながら、咄嗟の動きを阻害し一瞬の隙を作る致命的な一撃へと繋がる魔法だった。
本来なら真由美はこのような状況になるのを防ぐため、身体の周囲至近距離の場所には領域干渉などを展開して敵の魔法から身を守っているのだが、それも相手に干渉力で上回られては意味をなさなくなってしまう。そして、真奈の魔法は体勢を崩しながら避けられるほど甘くは設定していなかった。
対物障壁は真由美の領域干渉による装甲を容易く貫通し、そして真由美の鼻先へと触れた瞬間に停止した。
「達也さん。これって真由美さんは脱落で良いかな?」
「七草先輩が敗北を認めた場合、脱落となりますが、とうしますか?」
「……この状況で続けられるほど厚かましくはないわよ。というか、鼻血とか出てないわよね!?」
「少し鼻先が赤くなっている程度ですよ。では、七草先輩は脱落とします」
真由美は脱落となり、2対2。これで数的な不利もなくなった事になる。
「十文字か、お前は……」
「魔法力にものを言わせただけの真似事ですよ。真由美さんは脱落になりましたし、渡辺先輩はどうしますか?」
「何が言いたい?」
「1対1ではアレですし、克人さんと共闘とか」
一応向こうのメンツも考えて瞬殺してしまわないように、真奈はわざと防戦一方を演じていたが、その偽りの拮抗も崩れた。
そして、真奈の言った克人と真央の戦いも激しくなっていた。
複数の板状の物体が真央へと弾丸のように迫り、それを圧縮されたサイオンの塊が吹き飛ばす。
まるで真奈がやった事を再現し、見本を見せるように、いくつもの対物障壁が放たれてはかき消されていく。
「……あの間に入れと言うのか?」
「ですね」
克人と真央の周囲にはサイオンの奔流が吹き乱れている。特に摩利のような近接戦闘を得意とする人間には厳しいだろう。
今度は対物障壁を摩利へと飛ばす。
一度見たというのもあるだろう。自己加速術式を交えて摩利は躱す。足元にも意識を払っている。
「そればかりでは芸がないぞ」
「そうですね……じゃあ、私の得意分野を」
そう言って、真奈は右手のCADを手放した。とは言っても、ストラップを手首につけていたため、床に落ちる事はない。
そして、空いた右手で人差し指を一本立てた。
「例えば。そう、例えばの話ですが、戦闘中にこの指に相手の意識を釘付けにしてしまう事が出来れば、勝敗は一瞬で決する事になります。特に、渡辺先輩のようなスタイルなら」
「精神干渉系か……?」
「まさか。でも、知ってますか? 公的に精神干渉系魔法に分類されていなくても、それと同等の効果を再現出来る魔法があるって」
「──!!」
左手のCADを操作する。
同時に、流れるように右手の人差し指を摩利へと突き付け────
「うぐっ!?」
摩利は背後から不可視の空気の弾丸に襲われ、膝をついた。
「ダメですよ、敵の言う事にそんな簡単に惑わされたら」
「真奈さんが迫真すぎて誰でもそうなると思うの」
外野から真由美が茶々を入れてくるが、真奈は一旦無視して摩利へと告げた。
「たぶん渡辺先輩が動くよりも私の魔法の方が速いと思いますが、どうします?」
「……純粋な干渉力勝負になれば勝ち目はない、か。お手上げだ」
いくら相手の干渉力が強くとも、魔法が座標指定で発動される以上、摩利のようなタイプの魔法師であれば高速移動によって回避する事は出来る。無論、逃れられないほどの大規模な範囲を対象とした魔法であればその限りではないが、それに加えて床に膝をついた状況だ。
摩利は両手を上げて降参の意思を表明した。
そして、こちらの決着がついたため、真央と克人の方を見る。
術式解体を前に魔法だけでは埒が明かないと思ったのか、克人は再び対物障壁を伴っての突進。魔法と物理の両方から攻める手だ。
それに対して、真央は拳銃型の特化型CADを握った腕を振りかぶっていた。まるで武器を叩きつけるかのように。
叩きつけられたCADは克人の対物障壁を貫き、直後に真央が引き金を引く。
そうして、至近距離で術式解体による膨大なサイオン流に晒された克人は精神と肉体の連結を揺るがされ、膝をついた。
「武装一体型でもないのにCADで殴りかかったぞ、あいつ……」
「物理的な物体ではなく、魔法相手だから出来る事ですね。一応あれも情報強化によるものですよ」
まだ克人は戦闘不能になった訳ではないが、摩利よりも大きな隙を晒している。これで終わりだろう。
「ここまでね。克人さんがファランクスを使わないから、つまらない結果になってしまったわ」
「……お前も、『夜』を使わなかっただろう。俺の負けだ」
「だって、使ったら克人さんが穴だらけになってしまうでしょう? 私の反則負けになってしまいますわ」
「ファランクスを破るのは前提か……」
「当然でしょう? 克人さんは『夜の女王』の
克人が正式に負けを認めた事で、この模擬戦の勝者は双子となった。
そして予め決めた罰ゲームの通り、一週間摩利がメイドをする事となった。
とは言っても、家に連れて帰る訳にもいかないため、昼休みや放課後の生徒会室に限定し、頭にホワイトブリルだけ装着して、飲み物などを入れる雑用係のようなものをする事になった。
魔法力にものを言わせてナメプしながら無双する新入生の図