【あらすじ】
星熊勇儀ちゃんと楽しく相撲大会するお話……なら良かったのに……!
地底の酒場で、鬼を見て、酒を飲み、自縄自縛するお話です 性的客体化もあるよっ(^^♪☆

【……真面目なあらすじ】
オリジナル主人公男による一人称視点の小説です。
勇儀に対して邪なまなざしを抱く主人公が、そのまなざしに絡めとられたあげく、勇儀に一刀両断されるお話です。
性描写はほとんどありません。
主人公はある意味ではメアリースー的かもしれませんが、だいたいはその否定です。


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鬼火

 胃に放り込んだ飯をすべて戻してしまいそうなほど、不快な気持ちの塊が自分の心を覆っていた。心臓に細かな毛が生えていて、その表面を、立てた爪で執拗に引っ掻かれているようだ。私は気分転換のため、光が入らず薄暗い陰鬱な空気の漂う家を出ると、砂埃の舞う中、大通りへと向かった。しかし、陰鬱であることに変わりはない。

 

 陰鬱と言っても照度が低いのではない。通りに面した飲み屋や商店の軒下には提灯が掛けられており、赤い光を放っている。その光は陽気なように見えて、空元気のような印象を見た者に与え、陰鬱さを生む。これは、地底という場所の性質に起因しているのだ。地底は、地上から追いやられたものが行く場所と相場が決まっている。思うに、旧地獄や地霊殿などの陰険そのもののランドマークを擁している地域が陰鬱でないわけがないのだ。

 

 私が這入った酒場は、この大通り一帯でも有名な店で、地底の妖怪が集まる店だ。有名な鬼が、酒を飲んでいるのが見えた。星熊勇儀が、五歳ほどの子供なら入れそうな酒瓶の縁を片手で掴んで、口から溢れんばかりに酒を呷っているのだ。下卑た奴だと思った。鬼が居なければこの店は落ち着いて良いのに、これでは酒をゆっくりと飲めぬではないか。

 

 空いている席を適当に見つけると座り、地酒と地魚を頼んだ。地酒は、地底の妖怪が作るのだが、虐げられたものが作る酒はうまい。それは薄く白濁しているが、意外にもすっきりとした味わいで飲みやすく、わずかに炭酸めいた刺激もある。これが地魚に合う。地魚の出所は詳しくは知らぬようにしているが、地底に来ていた守矢の神が、ニヤニヤしながら、「あの魚はね、血の池地獄で獲ってるんだよ……」と脅かしてきたことがある。が、旨味を大いに含んだその味わいは舌鼓を打たさずにはいられぬ出来だから、その無神経な冗談を思い出したとしても、やはり頼んでしまう。

 

 頼んだものが来る間に、私は横目で勇儀のほうを見ていた。何やら馬鹿げた話をしているらしいことは分かる。豪気さの化身のような振舞い方が、煩わしい。だが、私は、私のまなざしに、勇儀の躰をいくばくか客体化するものが含まれていることに自覚的だった。勇儀の躰は鬼らしく引き締まっているが、臀部や胸部は女性の曲線を示している。その豊かさに性的な魅力を感じないというのは難しいことだった。だが、性的に見るべきではないし、そもそも奴は馬鹿げた鬼なのだ。そんなことを考え、決心して目をそらし、壁のほうを見ると「鬼との相撲大会 受付中」と豪快な筆で書かれた張り紙があった。細かく丁寧で神経質な字で説明が書いてあり、どうやらあの星熊勇儀との相撲ができるらしいのだが、トーナメント制となっており、優勝者が勇儀との対戦権を得るようだ。勇儀との相撲を想像した。彼女と取っ組み合い、肉と肉がぶつかりあう。私はその言葉に官能的なイメージを抱いたが、すぐに打ち消した。彼女の筋力がすさまじいことは、あの酒瓶の異様な持ち方を見ても明らかだ。彼女に勝てるわけはない。だが、彼女と肉のぶつかり合いをするやつが一人はいるのだ。私はその男のことを想像して嫌な気持ちになった。そこまで勝ち進めるということは、筋骨隆々の男性に違いない。その男が、あの勇儀と取っ組み合うのは、ほとんど性行為に近いように思われたのだ。

 

 私が自分の世界に入っている間に飯と酒が用意されたようで、不意に店員がそれらを運んできた。見事だ。焼き魚だが、焼き加減が見事で、旨そうにのった油がてらてらと光っている。小さく分けて口に運ぶと、身がほどけ、旨味が口の中に広がった。それに乗じて飲む。少々炭酸めいた感覚もあった。口の中でうまい具合に調和され、酒に弱い私はすぐさま上機嫌になってきた。

 

 ──記憶があいまいになるほど、飲んでいた。私は一合程度ですぐに心地よい酩酊感が訪れる程度の耐性しかないが、四合は飲んでいるようだった。突っ伏していて、店員がお客さん困るよと言ってきた。

 

 ──誰に、肩を抱かれているのか。断片的にしか、わからなかった。

 

 ──目を覚ますと、自室に横たわっていた。窓が開いていて、地底の空気が直接部屋の中に流れ込んでいた。私は甕の中から水をすくうとなんども飲んだが、しばらくすると厠にすべて戻してしまった。最悪の気分だった。脳みそに心臓があるようにズキズキする。眼も乾いていて、小便の色も濃い褐色に近かった。また水を飲み、また飲んだ。吐いたことが作用したのか、二時間ほど掛けてではあるが次第に明晰になってきた。どうあがいても記憶の一部が欠損しており、どう支払ったのか覚えていない。財布を確認すると、予想通りの金額が減っていた。私が払ったのだろうか。いや、誰が払ったのか、思い出した。よみがえる記憶に含まれた金髪と白い服という断片は、その人物が星熊勇儀であることを示していた。私は、そのことに気付いたとたんに胸が苦しくなってきた。倫理的な反応だった。見下していて、かつ、性的に客体化した女が、私を親切にも介抱し、家に連れてきてくれたのだ。そのことが分かり、酷い自己嫌悪に陥った。家の前に出て、空を眺める。鬱屈とした岩石が遠い彼方を覆っており、所々で青白い鬼火の光が鉱石に反射しては煌めく紛い物の星空が見えた。

 

 地上で言えば翌朝にあたる頃、布団で目覚めた私は例の相撲大会のことを思い出して興味を持った。その前に勇儀に礼を言うべきだった。またあの砂埃の舞う通りを歩き、店に這入った。店には勇儀は居なかった。だが、私が以前から目障りに思っている下卑た男どもの集団が目立つ位置で飲んでいるのが見え、気分を害した。勇儀が居ないのならばここにいる意味もないが、飲んでいるうちに来るやもしれぬ。それに、昨日たがを外して飲んでしまったのは、勇儀が居たからだとも思えた。私は再び飲酒していた。男どもの話が聞こえている。「なあ、相撲、どうするよ」と禿げ頭の肥えた男の妖怪が言うと、見るからに屈強な、鬼に似た角を持つ亜鬼の男が「犯しちゃうか?」と下卑た笑いを浮かべた。犯すという語は、明らかに星熊勇儀のことを言っている。確かにあの神経質そうな注意書きに「鬼に勝った貴方は、好きなことを一つ鬼にさせられます」とあった。規則の上では認められた形で、この男が星熊勇儀の躰をもてあそぶと考えると、不愉快な気持ちになった。この眼前の食器を投げつけ、その醜く突き出た亜鬼の角を砕きたいと思った。が、そんな力は私にはない。私は臆病にもちびちびと酒を飲んでいた。このままでは星熊勇儀があの下卑た糞ッたれに犯されてしまうと気を病んでいた。

 

 結局、その日は勇儀を目にすることなく家に戻ったが、次の日になって星熊勇儀に会うことができた。カウンターに、あの頼りがいがある一方で女性的な曲線を有した体のフォルムを見出し、話しかけた。カウンターに腕を載せながらもいつも通り豪快に酒を飲んでいた勇儀は、私の姿を認めるとじとっとした目になったが、「ああ、あんたか。なんだ、礼なら酒と飯の金を払ってくれ」とすぐに冗談めかした声色で酒を催促した。当然、先日のことで世話になっている礼として元から酒を奢るつもりだったので、「あの日はありがとう。もちろん奢るよ」と言って隣の席に座った。間近で見ると勇儀の髪の毛は、元来の質は良いように思われたが、手入れを怠っているせいでがさがさだった。が、隣の席まで来ると酒臭さに混じって女性の肌の匂いが幽かに漂っていて、この匂いをより間近に嗅ぐことができる優勝者のことを思い、不快になった。私はあれこれとすぐに余計なことを考え始めていたが、より深みに入る前に、勇儀に「この間は本当にありがとう。あなたは本当に親切な人なんですね」と言った。勇儀は、「ああ? あんた、この間も同じこと言ってたよ。勇儀さん~、あなたは本当に親切です、本当におれの恩人です、大好きだってな」と軽く返した。が、私は最後の言葉が聴き捨てならなかった。私はこの女に大好きだと言ってしまったのか。私はこれを好機ととらえた。

「え、大好きだなんて言っていましたか」

「言ってたよ。勇儀好き好きって」

勇儀はあっさりと言った。ぞっとした。ぞっとしてしまったのだ。「大好きと言ってしまったこと」を話題とすることで、何気なく彼女への好意を伝える狙いがあったが、ここまで明け透けに言ってしまったのなら、すでに彼女に好意は伝わっているはずで、彼女がその割に拘泥せず話すのは、私の好意など適当に受け取っては、どこかへ流してしまう鷹揚さがあるからだし、畢竟どうでもいいからなのだ。私はそのあと、口数が減ってしまい、勇儀からは「あんたはつまらない人だねぇ……。もうあんな無理すんじゃあないよ」と言われてしまい、解散となりかけた。

 

 ──ああ、私は、勇儀に本題を切り出すのを忘れていた。相撲だ、相撲大会のことを尋ねばならぬ。私は話題の流れに拘泥せず、勇儀に問う。

「勇儀さん、相撲大会って何なの」

「あれはな、ここを盛り上げるための興行さ」

「あなたが負けたら、何か言うことを一つ聞くって書いてあったが」

「ああ、そうだ。それが何か? まさかあんた狙っているのかい?」

「いや、俺じゃない。俺じゃないが、ああ、もう、言ってしまうけど、あなたが誰かに負けるかもしれないじゃないか! そうしたらあなたは、きっとその下卑た勝者の言うことを聞いて、下卑た真似をさせられて、汚されるんだ!」

私は唐突に興奮して早口で怒鳴り始めると、店内を静まり返らせてしまった。言うことを言ってしまったなと思った。静寂の中、勇儀は、「あんた、童貞過ぎるよ」とだけ言って再び酒を飲み始めた。

 

 帰り道に空を見上げたが、紛い物の星空の幻想が消えていた。青白い鬼火の光を鉱石が返しているだけの、単なる物理現象としか思えなくなっていた。


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