ヘラ・ファミリア唯一無二の眷属 ~月下の貴公子は英雄を嗤う~ 作:ヘラニズム
【今日も綴ろう、営業日誌】
ヘスティア神がじゃが丸くんの新商品を持って来店。乞食と判断し帰宅を促したが、失敗した。結果として孤児院で晩飯となった。
眷属であるベル・クラネルについての惚気を延々と聞かされた。ゴブリン一体を倒して帰ってきた話が、なぜあれほど嬉しそうに話せるのか。理解できる部分と、できない部分がある。
ステイタスの更新も完了した。他の人のステイタスや成長速度を知らないから、何も話せなかったのは、意外と悲しかった。
なお、分身体が対応している間に、新顔が大量購入していった。引っ越しか、産業スパイか、あるいは近々大規模なイベントでもあるのか。用途を確認してみると「いい、すぐに欲しい!!」とのことだった。まあよしとしよう。売れる分には問題ない。
本日の収支
購入額:2,000万ヴァリス
購入品一覧:
月石暖炉×2・魔道コンロ×3・送風ネックレス×3・タッチブレスレット×5・
夜鴉冷却箱×2・振動器×3・恒明灯×8・簡易結界石×2・小型浄水器×2・携帯魔力炉×3
支払額:なし
備考:ヘスティア神の今後のバイト代については、別途協議する。
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昼過ぎ。
《夜鴉魔工具店》(ナイトレイヴン)の午後は静かだ。午前の客足が落ち着き、夕方の時間帯にはまだ早い。この時間に研究書類をまとめるのが、ここ最近の習慣になっていた。人に見せられない研究が大半だが、まあ、見るやつも覗き込む奴もいないので、そこまで気にせずにいる。遠慮のない神々は「み〜せ〜ゴフッ」となるのがいつものお約束だ。
お前のことだぞ、ヘルメス。
扉を叩く音がした。
(……ノックか)
来客の大半は扉を開けてそのまま入ってくる。ノックをするのは珍しい。分身体ではない。外だ。
立ち上がり、扉を開けた。
そこには、両手に紙袋を抱えた小柄な女神がいた。黒い髪。青い目。二つに結んだ特徴的な髪型。はにかんだような、申し訳なさそうな、しかしどこか期待に満ちた顔をしている。
「売れ残り、じゃなかった!! じゃが丸くんの新商品、チリペッパー味を持ってきたんだけどさ、これに合う料理を出してくれないかな。一緒に食べようZE!!」
「やはり乞食か。帰れ」
「えーっ、ひどい! 僕は神なんだぜ、もうちょっと敬意を持ってだね」
「では、神ヘスティア様、敬意を払うために先に負債をなくしませんか? 具体的には、諸々の魔工具の弁償代を、耳をきっちり揃えて返していただけると、すぐにでもふさわしい態度をお取りしましょう」
「……」
ヘスティアがしょんぼりした。神格が著しく下がっている。ツインテールも上向きから下向きへ。それどうやってんの?
俺は扉口でしばらく立っていた。紙袋の中からじゃが丸くんの匂いがした。
(……まあ、いいか)
「……孤児院に顔を出してこい。食堂でみんなで晩飯にする」
「やった!! 愛してるぜ、ノクス君!!」
ヘスティアの顔が即座に輝いた。切り替えが早い。
頭の中でネクスに連絡を入れる。食材の確認、人数の追加。問題なしとの返答が来た。
俺は珍しく作業台から離れ、孤児院へ向かうことにした。
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歩きながら、ヘスティアが話し始めた。本題はそこから始まった。
「ベル君がね、眷属になったんだよ!」
「知っている」
「知ってるの!?」
「……自分で手紙に書いてただろうが」
「あっ、そっか……でも、ちゃんと話を聞いてくれる神がいなくてさあ」とヘスティアが続けた。「ベルがね、ダンジョンに初めて行って、ゴブリンを一体倒して帰ってきたんだよ。一体だよ?」
「それが何だ」
「可愛すぎない!?」
俺はしばらく何も言わなかった。
「……そういうものか」
「そういうものだよ! 初めてのダンジョンで、一体倒して帰ってくる。もうそれだけで充分じゃないか。僕も最初はさ、『それで帰ってきたのかい?』なんて態度をとったけど、そのまっすぐな姿がさ、本当に嬉しくてさ……その想いを誰かに話したくなったのさ!」
ヘスティアが少し照れたように目を逸らした。
確かに微笑ましいと俺は思った。思っただけで、口には出さなかった。
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「あとね、ちょーっとだけ聞いてもらいたいんだけど」
「また漏らしてはいけない話をするつもりか」
「えっ!……なんでわかるの」
「声のトーンでわかる」
ヘスティアが少し口をつぐんだ。それからぼそぼそと続けた。
「ベルがね、アイズ・ヴァレンシュタインを好k、じゃなくて、そう、憧れてるみたいでね!! それで最近、特訓をしているんだけど……悔しいというか」
「悔しい」
「だって、強くなってる理由が、僕じゃないんだよ〜!! おのれ、ヴァレン某〜」
俺は少し考えた。これはヘラの書にあった項目だったかもしれない。いや、女神の家族愛は女心の範疇に入るのか?
「お前の眷属が強くなっているのに、何が不満なんだ」
「不満じゃないよ! ただ……なんかこう、複雑な気持ちってあるだろ!」
「ふむ。それはそれ、これはこれの精神だな。強さは強さだ」
「本当に冷たいなぁ、君は」
でも、ヘスティアは笑っていた。本当に嬉しそうだった。悔しそうで、嬉しそうで、自慢したくて、誰かに聞いてほしくて。その全部が顔に出ていた。
「誰を愛そうがどんなに汚れようがかまわぬ、最後にこのヘスティアの横におればよい、という精神でいればよいのでは?」
「あぁー、それはちょっと解釈違いかなぁ〜」
話があっちこっちに飛び交う。神が嫌いなノクスには、かなり珍しい光景だった。そこら辺も、ヘラと似ているのかもしれない。ヘルメスがこの光景を見たら、そう言っていたかもしれない。
「ベル君の突破階層なんだけど、結構早いと思わない?」
「どの程度だ?」
「まだ冒険者になって二週間も経っていないのに、一人で六階層まで行けるようになってね」
「……そうか」
知っている。というか、手助けして一緒に帰った。というか、一緒にいたのは知っているはずだろう。あぁ、いや、地上で送迎したとだけ伝えていたか。
俺が初めてダンジョンに入ったのは、Lv.5の頃だった。影分身の人海戦術によって、一応、単独で三十七階層まで到達できた。Lv.1の人間がどの程度のものかは、あまりよく知らない。
「速いのか遅いのか、俺には判断できないが……たぶん、かなり速いのだろうな。まあ、死ぬ前に帰ってこれる範囲なら、問題ないだろう」
「そりゃそうだけど……でも、こういう冒険を見るとさ、ノクス君は心配にならない?」
「俺が心配する理由がない」
「えー……そっけない。一応は君の後輩なんだぜ?」
それ以上は答えなかった。
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「そうだ、ステイタスの更新、併せて今日やっとかないかい?」
「……そうだな。孤児院についてからでいいか。ここでも見られないだろうが、対策はしておきたい」
「うん。あと、ベル君へのアドバイスとか、何か良いプレゼントとかってないかな。あの子、何でも一生懸命で、昨日も」
「お前の眷属に俺が何かを渡す理由がないんだが」
「えー、でも、せっかく縁があるんだからさぁ〜、なんとかならないかい?」
「縁があるなら、ヘスティアが何とかすればいい。それがファミリアとは、親とはというものだろう?」
するとしても、社員割というやつ程度だ。
魔工具を期待しているのかもしれないが、あれは地上での日常使用を想定したものであって、ダンジョン内での使用は前提にしていない。それは口頭説明と指南書に必ず記載している。仮に文句をつけてきても、《アーカイブ・ムーン》で原因がわかるので、「知るか、自己責任だ」で黙らせる。
魔工具店の店主としては、特にない。魔道具師としても、そんな義理はない。
ヘスティアがしばらく黙った。
「……そうだね」と、今度は少し真剣な顔で言った。「僕が何とかしないといけないんだよな。神として」
その言葉の重さが、少しだけ違って聞こえた。どうやら、改めて覚悟を決めたようだった。
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──孤児院──
孤児院の扉が開いた瞬間、波が来た。
「ノクスさんだ!!」
「おかえり!!」
小さな声が、いくつも重なった。ライ、フィーナ、ルゥ、それから、たくさんの子どもたちが、こちらに向かって駆けてくる。
(ここは今、お前らの場所であっても、お前らの居場所じゃない)
そう思った。思ったのに、その声がひどく懐かしかった。
かつて、同じような声を聞いたことがあった。「おかえり」と言ってくれる人たちがいた。今はどこにもいない。誰一人として、ここにはいない。見える建物は一緒なのに、目線の高さと、目に映る人たちが全く異なる。
(それでも)
一瞬だけ、表情が変わった。自分でもわかった。変わったのを止められなかった。
「うわ、ノクスさんが笑った!!」とライが言った。
「笑ってない」
「笑ったよ! ネクスさん、見た!?」
孤児院の奥からネクスが出てきた。俺の顔で、俺より少しだけ表情が柔らかい。
「…………気のせいだ」とネクスが言った。どちらに向けた言葉かは、分からない。
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食事の準備をネクスと一緒に進めながら、ヘスティアが子どもたちの相手をしていた。
ヘスティアは、子どもに対する扱いが上手かった。押しつけがましくない。遊んでほしいなら遊ぶ。話を聞いてほしいなら聞く。同じ目線で、ただそこにいる。炉の神として、暖炉のそばのような、いるだけで温めてくれる。そういうあり方だった。
(ヘラとは、真逆だ)
ヘラは「そこにいる」だけで場を支配する神だった。誰もがヘラを中心に動いた。ヘスティアは違う。ヘスティアは、子どもたちの中に溶け込んでいた。
(なるほど、確かに。同じことを是とするような類似性はあるのに、ここまで違うのか。ヘラが尊敬していた理由が、少しわかる気がする)
そこまで思考して、俺は鍋の火加減に集中することにした。普段はデメテル・ファミリアが世話してくれることが多いのだが、たまにはいいだろう。
あの子達、性癖歪まないかな?いつか誰かに「どんな女がタイプだ?」と聞かれて、「胸が大きく、タッパが小さい」と答えて、「退屈だよ、〇〇」と殴られない?大丈夫?
そう、一瞬思ったが、処女神ゆえか、浄化を司る面があるからか、そういう目で見られないのかもしれない。少し興味が湧く。
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夕飯の食卓は、それなりに賑やかだった。
子どもたちは、じゃが丸くんをむしゃむしゃ食べながら、ヘスティアにくっついていた。ヘスティアは神としての威厳を何一つ発揮せずに、子どもたちと同じ目線で話していた。
俺とネクスは少し離れたところに座っていた。
子どもたちの笑い声が、食卓に満ちていた。
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食事が落ち着き、子どもたちを部屋に帰す。
場所を離れ、ステイタス更新のための別室へ移動する。窓はなく、灯りは恒明灯の魔石照明のみ。最低限の家具のみ。ベッドと机と椅子と。窓があれば、病室と似たような設備と言えるだろうか。
歩きながら、俺はヘスティアに問いを投げた。
「なぜ、地上に降りたんだ」
ヘスティアが少し意外そうな顔をした。
「珍しい質問するじゃないか。ノクス君が神に興味を持つとは思わなかったよ」
「答えたくないなら構わない」
「いや、答えるよ」とヘスティアは言った。歩きながら、続けた。
「家族が欲しかったから。神界にいた時、ずっと一人だったから」
俺は何も言わなかった。
「笑う?」
「笑わない」
「……そっか」とヘスティアが言った。「神の数だけ理由がある、ってよく言うけど、僕の理由は本当に単純でさ。誰かのそばにいたかっただけなんだよ。炉端に座って、暖かいものを食べて、おやすみって言える相手がいれば、それでよかった」
俺はしばらく黙っていた。
「ノクス君は? なんで魔工具屋をやってるの?」
「……面倒くさいから」
「面倒くさいから、お店を始めたの?」
(いや、実際どうなんだろうか。俺は、この行為を通じて、誰に何をしたかったのか)
「全部は言わなくていいよ」とヘスティアが言った。責めるような声ではなかった。ただ、柔らかく、そう言っただけだった。
「面倒くさいから、これで十分だと判断した。魔工具を売れば、最低限誰かの役に立てる。義理は果たせる。それ以上のことはしなくていい」
俺はそれ以上は何も答えなかった。
答えなかったが、ヘスティアは「そっか」と、否定も肯定もしなかった。
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──ステイタスの更新──
別室に到着した。
ステイタスの更新は、眷属が神に背中を見せ、神血(イコル)を使用し、神が恩恵を操作して内容を写し取る形で行う。
「……ノクス君、いつも通り、共通語(コイネー)に直さなくてよいんだよね? 神聖文字(ヒエログリフ)のまま写すよ」
「あぁ。どうだ、何か変わったか?」
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ノクス・ヘルレイヴン
レベル 7
| 力 | D(570) |
| 耐久 | S(930) |
| 器用 | SS(1100) |
| 敏捷 | A(823) |
発展アビリティ
C / 《魔眼》F / 《並列思考》D / 《調合》G / 《鍛冶》G / 《耐異常》H
魔法
《アーカイブ・ムーン》
短縮詠唱:「視せろ」
完全詠唱:「月は識る。魂は刻む。神秘は隠せない。暴け、解け、記録せよ。」
・解析/鑑定魔法
・詠唱文で効果を使い分ける。
《ニヴル・レプリカ》
短縮詠唱:「分かたれよ。孤独を埋めるために」
完全詠唱:「我は独り。故に分かつ。我思う故に我あり。他が思うゆえに我の影見えり。我が孤独を埋められるのは、我しかおらず。喪われた声を繋ぐため、欠けた記憶を埋めるため、今、我が影を以て我が世界を満たせ。」
・影分身魔法
・詠唱文で効果を使い分ける。
《ヘラズ・レクイエム》
完全詠唱:「愛した。憎んだ。呪った。それでも家族だった。あぁ、母よ姉よ、私の孤独を見ないでくれ。求めてやまぬ我が月よ。我が身に刻まれた神代よ。今一度、その残響を鳴らせ。世界が忘れたとしても、私だけは忘れてたまるか。」
・魔法継承/家族再現魔法
スキル
《愛執の残火 ヘラ・レムナント》
効果:【力】【耐久】【魔力】アビリティに高補正
《群体思考 ノクティス・マインド》
効果:分身体に質量を持たせ、分身が習得した経験は本体に蓄積される。
《神代回帰 アンシェントメモリー》
効果:夢の経験をステイタスに反映(+【発展アビリティ】の高成長補正)
《亡者の灯台 デッドマンズ・ライトハウス》
効果:分身を使用していない場合にのみ発動する。
・戦闘時、発展アビリティ《剣士》が一時的に発現。補正効果はLv.に依存する。
・戦闘時、発展アビリティ《魔導》が一時的に発現。補正効果はLv.に依存する。
・守るべき対象が背後にいる時、【魔力】【耐久】に高補正。
《詰将棋の法則 グランドマスター》
効果:戦闘前・中の準備行動を一定以上行い、想定通りに進んでいる最中は、各アビリティに内容ごとに補正。
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「相変わらず、凄まじいね。レアのバーゲンセールみたいなステイタスしてるよ。そして、Lv.7。これって、都市最強って言われてる猛者(おうじゃ)君と同レベルなんだよね」
「合っている。内容は、まあ……こんなものか。相変わらず、純粋な戦闘職と比べると、ステイタスはともかく、その他はほぼ器用貧乏というか」
「僕はベル君以外のステイタスをよく知らないし、そういうものを司っているわけでもないけど、それでもこれが凄まじいものだってわかるよ。……ていうか、冒険者登録もしてないのに、どうやって」
「それは知らなくていい」
「う、うん」
己の眷属のために何か参考になるものはないかと思うところはあった。しかしヘスティアは、ノクスのレベルを含めた詳細を、ヘファイストスから「あまり触れるな」と言われていた。理由は教えてもらえなかった。ただ、「それだけ複雑な事情がある」と。
ノクスの事情を、ヘスティアは正確には知らない。ヘラの眷属だったこと。ヘラと一緒に、かつてオラリオを追放されたこと。それから何があったのか。何も知らない。その中で、様々な苦労があったということだけが推測できるのみだ。でなければ、世界最強の一人として大きな名声を得ていただろう青年が、このように誰にも知られず、冒険もせずに、ひっそりと暮らしていることの説明がつかない。
(彼は、いつもここではないどこかを、寂しそうに見つめている)
その姿は、生きるのに疲れているようにも見えるし、ここにはない何かを求め、彷徨っているようにも見える。
でも、ヘファイストスが「信頼できるし、あんたの方が向いてる」と言ったから、引き受けた。それだけだ。
(ただ、それでも……ベル君のスキルの件もだけど、それ以上に周りの神に知られてはいけない特大の案件って、安請け合いした僕も悪いが、もっとちゃんと説明して欲しいぜ、ヘファイストス〜!! 胃が痛い)
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少しだけ、初めて会った時のことを振り返る。
ヘスティアは、下界に降りてから、ヘファイストスの下で、天界の頃と同じように過ごしていた。詳細は省くが、その姿はまるでニートそのものだった。「明日から頑張る〜」と言い続け、ヘファイストスの部屋でごろ寝していた日々。ついに堪忍袋の尾が切れたヘファイストスに追い出され、自分の力で眷属を集め、生活費を稼がなければならなくなった。
ヘファイストスは、怒りのまま放り出そうとしていた面もあったが、それでもヘスティアに甘く、放り出すことを心配してもいた。最低限の手助けとして住居は与えると説明し、案内しようと歩いていた時、その存在をふと思い出した。
(そういえば、あの教会って、今私の持ち物件じゃなくて、ノクスのものだったわね)
目安をつけていた場所は、最初、管理人のいない教会だった。そしてノクス・ヘルレイヴンに権利を渡した場所だった。
ノクス・ヘルレイヴン。知らないうちにオラリオに来ていた、かなりの実力者。最初会った時の印象はそんなものだった。顔繋ぎをした神がヘルメスであったという部分で、何かあるんだろうなとは思い、その神意を確かめると、「今回は、俺はただの協力者でしかないさ。彼にはかなり嫌われていてね。詳しいことは自分で話すから、アポ取り以外はするなと念押しされている」とのことだった。
ヘルメスという神を知っている人間なら、そうするかと思う一方で、最低限は情報が欲しかったと思うヘファイストスであった。聞き出そうにも、この手の話し合いにおいて彼に勝てるとは思えず、飲み込む。日程を伝え、帰るヘルメスは「できれば、どんな話をしたのか後で教えてくれると嬉しいな」と言葉を残して去っていった。
そして、出会い、話をし、飛び出してくる様々な爆弾発言と重大情報に、ヘファイストスは頭を抱えることになった。さらに改宗を願われ、事業プランの説明に、その協力と提携の話。それらが終わると、ステイタス更新をどうするかという話になり、拠点場所などを聞くと、自分の名義の教会であり、勝手に修繕と改築をしていたことを知った。一回だけでは話が終わらず、また後日となりはしたが、結論としてヘファイストスは彼を眷属に迎え入れ、教会の管理をノクス・ヘルレイヴンに任せたのだった。
今や旧ヘラ・ファミリア跡地に城を構える彼であり、教会は誰もいないという状況だ。それゆえに、すっかり忘れていた。
途中で進路を変えたヘファイストスは、行先変更の理由をそう説明してから、こう言ったのだ。
「ちょうどいいわね。ヘスティア、最初の眷属候補に、彼を誘ってみたらどう? ヘラの子だったから、多分あなたの方が相性良いと思うわ」
その後、店につき、ヘファイストスが説明している間に、ヘスティアが魔工具に興味を持って物色し、落として壊してしまった。そんな出会いから始まり、最初の眷属となった彼は、眷属というよりも、雇用主とアルバイトという関係が先にできてしまった。
ゆえに、期間としてはベルよりも長く、しかし関係性としてはベルよりも遥かに浅い。会話した回数よりも怒らせた回数の方が多かったかもしれない。タケミカヅチが来てからは、魔工具店の方は危うくクビにされそうになったなんてことも思い出す。
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「ノクス君、一つ聞いていい?」
「内容による」
「僕は、ノクスの主神として、ちゃんとやれてる?」
俺は少し考えた。
「俺は、神ヘスティアに主神としての役割を求めていない」
「それは……そうかもしれないけど」
「まあ、不安になるのもわかる。魔工具店では、売った数より壊した数の方が多いし、働けば働くほど貧乏になるアルバイトという未知の存在だった」
「うぐっ」
「それに比べれば、孤児院の方は、ちゃんと有益なアルバイトだった。子どもに好かれ、彼らにとっての母代わりとして、貢献してくれていたとも」
「ノクス君!」
「まあ、そっちでも、子どもたちそっちのけで我先にと食事を確保し、仕事中に昼寝して、平気でサボって、一回、食堂のキッチンを爆破しかけるなどもあったなぁ……」
「グハァっ」
「だが」と俺は続けた。「ヘファイストスが、ヘラも尊敬していた神だと言っていた。俺もそう思っている」
「ノクス・ヘルレイヴンにとって、母はヘラであり、主神もヘラだ。死してなお、俺の家族は、ヘラ・ファミリアなんだ。だから、そこはどうしても譲れない。けど、俺は、ちゃんとあなたを信用し、今あなたの眷属であることを不満には思っていない」
(先に会っていれば、違う未来もあったかもしれないと、一度考えたくらいには)
ヘスティアがしばらく黙った。
「……ありがとう」と言った。声が少し小さかった。
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──夜、帰り道──
子どもたちに「おやすみ」を言って回るヘスティアの背中を見ながら、俺は孤児院の玄関に立っていた。
一人一人に声をかけていた。「おやすみ、良い夢を」。名前を呼んで。目を合わせて。
それは、特別なことをしているわけではなかった。ただ、当たり前のことを当たり前にやっていた。そこに神格とか威厳とか関係なく、ただ「そこにいる」人間がいた。
「ライ、ちゃんと歯を磨くんだぞ」
「はーい! ヘスティア様またきてね!!」
「来るよ。絶対来る」
その言葉に、嘘がなかった。
挨拶を終え、二人で外へ出た。ヘスティアの足が止まった。
「ノクス君、お願いがあるんだ」
ヘスティアは小さい。だがその神格は大きく、何より、子どもへの慈愛と愛情はどんな神よりも強い。
「拝聴いたしましょう、今の我が神」
「僕は、ベル君のために武器をあげたいと思っている。明日開催の『神の宴』でヘファイストスにお願いするつもりなんだ」
「……」
「彼は今、強くなろうと必死に足搔いてる。そんな彼を僕は支えたい。だから、しばらくの間、休みが欲しい。できることなら、君にも何かを作って欲しいとお願いしたいし、何より、ベル君を近くで守り、導いて欲しいと思っている」
「それは」
「あぁ、後者の内容は、頼まない。まず、君が嫌がることを強要したくない。何より、親として、あの子のためにするべきことはそれじゃない。ファミリアの主神として、僕のやるべきことをしたい。だから、時間が欲しい」
そう言って頭を下げる。
「……少々お待ち願えますか」
俺は《夜鴉魔工具店》に入り、すぐに出てきた。
「俺の返事は三つです」
「うん」
「一つ。休みのことは承知しました。店の方は、もともと一人で大丈夫ですし、問題ないです。孤児院の方も、神タケミカヅチに話をしておきます。向こうも、本格的なダンジョン攻略のために入り用だそうですし、引き受けてくれると思います」
「ありがとう! ノクス君!!」
「二つ目、こちらをどうぞ。俺からの祝いの品です」
そう言って、持ってきたバッグをヘスティアに渡す。
「これは? って、うぉっ! 結構重いね」
「でしょうね。その中身、二千万ヴァリスなんで」
「にせんまっ、えっ、すごい!! いや、こんなのもらえないぜ!?」
「まあ、そういうと思ったので、気にされるなら、今後のアルバイト代の前借りとでも思ってください。まとまったお金が手元になかったので、午前中に渡された売り上げをそのまま渡しただけですし」
「えぇ〜、思い切りが良いというか、お金に関心がないというか。いや、羨ましいほどに十分なお金を持っているんだろうけど、一体どうして」
「いえ、研究費というのは結構かかるので、そこまで蓄えがあるわけでもないですが。そのお金が何用かと言いますと、武器の頭金です。誰に頼むのかわかりませんが、武器を作って欲しい。お金がないですでは、筋が通らないでしょう?」
「あぁ〜、いや、そこはヘファイストスに借金をすればいいかなぁ〜って。いや、軽い気持ちで言ってるわけじゃないぜ? どれだけ時間をかけても、自分の力で絶対に返済することを僕の名に誓うつもりだぜ!」
「……あぁ、なるほど。あなたなら、それができるのか」
(けど、あの神が強い覚悟を持っても、眷属の作品を、自分たちが矜持を持って作成した我が子のような武具を、一旦だとしても対価なしで渡すだろうか? 義理堅いというか、正当な努力には正当な対価を、という公平な取引を是とするタイプだったと思うが)
「だとしても、何もなしというわけにもいかないでしょう? せめて覚悟の証とか、今までとは違うということを示さないと、軽くあしらわれるかもしれませんよ? 『もうお金は貸さないわよ』みたいな感じで」
「うぐっ、それは確かになるかもしれない……けど、ちゃんとわかってもらえるように頑張るんだよ!! タケに教わった、DO・GE・ZAを駆使して頼み込むさ」
「ふむ、これは俺のミスですね。わかりました。では、こうしましょう。金額は……そうですね、四分の一の五百万ヴァリスにしましょうか。そして、あげるのではなくお貸しします。使わなかった分は返しにきてください。使ったなら、使った分はちゃんとバイト代から天引きします」
「四分の一なら、まあ、ってそれでも五百万ヴァリスじゃないか!! 違うんだよ、そうじゃなくて、これは僕の覚悟で、僕だけの力で叶えたいことなんだよ!!」
「なら、持っておくだけで、使わずに返しに来てください。そういう覚悟で頼んでいるということと、その覚悟と願いを認めて、ノクス・ヘルレイヴンも母の名に誓って同意し、同じように願っている。そう、神ヘファイストスにお伝えしてください」
「ノ、ノクス君……君ってやつは! ありがとう。じゃあ、一旦預からせてもらうよ。そして必ず返しにくる」
「よかったです。では、最後に」
ここで、軽くベシッとチョップする。
「ぐふぇっ!〜〜〜!!! 痛っ、何するんだ!!」
「何って、お仕置きですけど?」
「なんでだよ! さっきまでの感動的なやり取りで泣きそうになってた涙が、痛みで出てきちゃったじゃないか!?」
「いえ、そこはあなたが強情でしたので」
おっほん、気を取り直して。
「最後の三つ目です。仮にも自分の眷属に、そこまで気を使わなくて結構です。私は今でもヘラの子ですが、同時に今は、あなたの子でもあるのですから。できる範囲では協力します。もっとわがままを言ってください。やりたくないことはちゃんとNOと言います」
軽口が出てくる。
「ご存知の通り、私はわがままで、理不尽で、傲慢不遜な神ヘラのもとで、同じような理不尽を言う家族の中で育ってきた子どもですよ? そんな重苦しい頼み方をされると困りますし、気持ち悪いです」
まあ、あの人たちはNoを言わせてくれなかった。そういう意味では、本当に、良い神様だな神ヘスティア。。。
「くぅ〜、ほんと、君って子は〜〜!! 可愛くないぜ全く!! ありがとね!! 僕はもういくよ!!」
そう言って、大股でずしずしと歩いて帰っていく。
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そうして今日は解散となった。
今日は騒がしい夜だった。そして、家族のぬくもりと母の愛を思い出す日だった。
少し歩いたところで、足が止まった。
「ヘラは……こんな神とは、真逆だったな」
独り言だった。
ヘラは何事も大きかった。感情も、声も、愛情の形も、怒りも、全部。あの神の傍にいると、世界の全てがその神を中心に動いていた。ありのままの姿を晒し、それを押し通してきた。それは窮屈であり、それは安心でもあった。
ヘスティアは小さい。声も小さい。存在も小さい。ただ、確かにそこにいる。
子どものそばに、炉端に、当たり前のようにいる。
「あっ、ドレスの説明するの忘れてた」
あの神、公式の場用の礼服を持っていないだろうからと思って、目測ではあるが、ざっくりとしたサイズ感の青いドレスを作成していた。いつかちゃんと採寸してから、専門のところにサイズ調整をお願いしてもらえとか、そういう感じで渡そうと思って、ずっと後回しにしていた。いい機会だからとこの後渡そうと思って、家に着いてきてもらおうと思っていたのだが、普通に見送ってしまった。
まあ、また来る。あの神は必ず来る。
その時に渡せばいい。
俺は《夜鴉魔工具店》に戻った。
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【後日譚を記そう、営業日誌】
しまった。
駄女神ヘスティアの善性と、考えなしさを見誤っていた。
本当に渡したお金は使っていないようで、全額返ってきた。また、『神の宴』の中で、魔工具店の話が出て、どこのファミリアなのかという話も出たそうだ。みんなわからず、ヘラ様のままだろうという昔を知っている神々の声が上がったようだが、サラッと流され、次の話題に行ったという。
そこは良い。しっかり約束を守っているようで何よりだ。
だが、あの野郎。野郎じゃないな。あの女郎め、ノクスのLv.7をベルにバラしやがった。何をしているのか。持っていた尊敬レベルを三段階くらい下げてやる。
言ってから気づいたのか「誰にも言っちゃダメだぜ!」と念を押していたそうだが、しばらく時間が経ってから、孤児院バイトで来たヘスティアに同伴してきたベル・クラネルは、開口一番こう言った。
「ノクスさんって、第一級冒険者なんですね!!」
ヘスティアが青ざめる。
神で女性で女神だろうと、そんなことは関係ない。
お望み通り、Lv.7としての力をヘスティアに梅干し(両手でこめかみをぐりぐりする)してやった。そして言った。
「知っているかい? 話す口がなくなれば、秘密というのは漏れることはないんだよ?」
実際に体験してみるかい?
「「イェス、ボス、サーイェッサー!!」」
二人揃って敬礼し、口外禁止を再度約束させた。そして、ヘスティアのバイト代の減給を決める。
「そんな、ご勘弁を〜。お慈悲を〜」
ヨヨヨ、と泣き崩れる女神を、当然無視する。
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さて、どこまで聞いたのかを確認すると、ベルが把握していたのはこの程度だった。
魔法を複数持ち、冒険者ではない。店の経営者で、自分の雇用主。孤児院を開いている良い子。
……良い子?
まあいい。問題は、気づかれてはいないが「ノクスが二人いるかもしれない」という疑問をベルが持ちかけたことだった。
「こちらは縁あって雇用している護衛、改め専属で採掘依頼を出しているザクス君です。えっ? 声が似てる? 顔が全く一緒のような気がする? あぁ、世の中には似た顔の人間が三人はいるという説がありましてね」
とまあ、雑に信じ込ませた。
意外と騙されやすいというか、素直な少年だった。魔道具《リバースフェイク》をそこまで上手く使えていないのが問題だが、今回は助かった。被るタイプの魔道具で、魔力を流して他人の顔に似せたり、自分の顔を基準に改変することができる。ただ、どうしてももう一歩、変装道具としての完成度が低い。変装の達人はどこかにいないものか。変身できる魔法があれば、それを解析して魔道具で再現できるはずなのだが。理想の《リバースフェイス》にはまだ程遠い。
ほんと、そう言う魔法が使える人間が欲しい。対価はちゃんと出すので、実験させて欲しい。切に願う。
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よかった点を記録しておく。
ヘスティアが来たことで、ネクスを孤児院から回収し、分身体を一体減らせた。そして、ベルは意外と子どもと相性が良かった。年齢が近いからか、孤児院で人気者になっていた。毎日ダンジョンに篭っていたベルが休息を覚え、子どもと遊ぶようになったとヘスティアが喜んだ。バイト代は出ないが、人手が増えた。代わりに現物支給の飯を提供する。
孤児院の大人役は、常に二人以上と決めていた。ネクス+神一柱、あるいはネクス+マリア・マーテル、という組み合わせが基本だ。そこにベルが加わったり、他の冒険者が来たりして、ネクスがいなくてもなんとかなる環境が整いつつある。神は神で自分たちで持ち回りの日程を決めている。悪くない。
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残念な点も記録しておく。
子どもたちは、より純粋に、分身のことをバラす。分身数の上限は二人程度と認識させているし、会わせているのも第三級冒険者相当の実力どまりにしてある。
するとどうなるのか。
ベルvsネクスの模擬戦・戦闘訓練をやってくれという要望が求められ、実行する羽目になった。他のボランティアの冒険者たちは、うまく回避するのに、ベル・クラネルという少年は断れない。まさかの子どもたちに言い負かされていた。
嘘だろバニー。
一般人が冒険者の動きを見えるのかという話だが、タネがあった。この孤児院には、無能なバイト戦士ヘスティアと異なり、有能なバイト戦士、神タケミカヅチがいる。定住してからの期間は短いものの、タケミカヅチ・ファミリアの眷属たちと一緒に鍛錬をすることもある。武神が遊びながら武の基礎を子どもに教えるのはわけないことで、冒険者を目指す子どもたちはその鍛錬にのめり込んだ。だから少しは見えるのだ。
なんなら普段のネクスvsタケミカヅチの体術の組み手の方が激しいので、ベルvsネクスなど余裕で見えてしまう。ネクスvsタケミカヅチは完全に修練であり、型に合わせて舞い、問題点を修正するという流れなので、子どもからすると退屈らしい。見取り稽古を是とするタケミカヅチ様は、そんな反応に落ち込んでいた。
一方、武器と武器をぶつけるベルvsネクスのほうが評判が良い。それを見たタケミカヅチ様はちょっと落ち込んで、ベルの武器の持ち方や動かし方の指導に熱を入れるようになった。それを見たタケミカヅチ・ファミリアのヤマト・命が嫉妬と負けん気で二人で稽古をすることになったりと、連鎖が起きている。
その音が店内に聞こえてくるのが、普通にイライラする。
(以下、日誌ではなく日記の内容がひたすらに続く)
あぁ、また日記になってしまった。
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次回。穢れた精霊の話が動く。そして店に、少し不思議な客が来る。
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