ラインハルトが逝く 作:ラインハルト
何かが授かった。
ラインハルト・アストレアは新しく授かったものに意識を移した瞬間、意識が落ちた。
その次の瞬間。
ラインハルトは驚愕した。
いえ。
驚愕したのはラインハルトではない。
名前も知らない転生者は驚愕した。
汗が噴出し、筋肉が無意識的痙攣し始め。
『平静の加護』
『好調の加護』
『初見の加護』
『分析の加護』
『予測の加護』
『夜天の加護』
『冗談の加護』
常人ではありえない加護の複数発動、転生者の精神を強制的に平静にさせられた。
世界が違う。
今までに認識した世界と、今目にした世界が文字通りに違う。
「あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!おれは寝てたと思いたらいつの間にかラインハルトになってしまっただぜ、な… 何を言ってるのかわからねーと思うがおれも何をされたのかわからなかった… 頭がどうにかなりそうだった…」
催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ…
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…
『無駄知識を思い出す加護』
脳内に溢れ出した存在しない記憶。
ラインハルト・アストレア
剣聖ラインハルト・ヴァン・アストレイア
生まれながら世界に愛された男。
公認最強。
スバルきゅんを多少鍛えてる一般的な高校生として比較した場合、ラインハルトはゴジラ程の差があるらしい。
先から何か新しく加護を授かったらしく、
その後僕の意識が誕生した。
どうやら僕はラインハルトに憑依転生したらしい。
いえ、死んだ覚えはないですけど。
「それにしても流石は世界に愛されるラインハルト、皆大好きラインハルト、ゴジラの如くラインハルト。知らない間に新しい加護を得られるなんて、チートやん、チーター!」
よし!今持っている加護を見てみよ!
『加護を把握する加護』
便利な加護だな、今授かった。
「うん……」
『剣聖の加護』
!?
やばいやばいやばいやばいやばい
ラインハルトではない誰かが最初にこの加護を認識した瞬間、思考が一瞬停止した。
だが、その意識の復活は異常に早かった。
流石ラインハルトボディ。
瞬時に今の状況把握に移行し始めた。
『年齢を思い出す加護』
僕の年齢は5歳、新しく授かった加護は『剣聖の加護』、まさかまさか原作の先代剣聖が死んだあの日ではないですか?
先代剣聖、テレシア・ヴァン・アストレイアが大征伐に参加し、白鯨と魔女に敗れたあの日。
敗れた原因は孫ラインハルトによる加護の譲渡だった。
『剣聖の加護』は相応しいときになれば身勝手に次代に引き継がれる。
せめてテレシアさんが『剣聖の加護』を持っていれば、逃げ切ることはできたのに
まさしく作為的な不幸。
今は相応しいとき?
ラインハルトではない誰かが怒りを覚えた。
『平静の加護』でも抑止できなかった怒りだ。
ふざけるな。
おれは最強なんだ、最強を引き継いだんだぜ!
家族を踏み台にする最強なんて、ありえない。
この思考の時間は僅か1秒。
次の瞬間、ラインハルトではない誰かが窓を破り、アストレイアの屋敷から走り出した。
『風避けの加護』
『早駆けの加護』
『道が判る加護』
『悪路踏破の加護』
悲劇を防ぐ為に、
ラインハルトは逝く。
ラインハルトではない誰かが、今、そう決めた。
おれは決めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
テレシアは驚愕した。
いえ、テレシア・ヴァン・アストレアには驚愕する暇などはない。
白鯨出没の情報を受け、息子に代わり、剣聖テレシアは出動の命令を受けた。
最愛の人を王都に残し、一人で参加した大征伐。
霧の中に、突撃した最中、何かが欠けた感覚をした。
世界は今までに認識した世界と違っていた。
まるで、そう、まるで子供の頃、『死神の加護』に恐れて、剣を振ることすらままならないあの時と同じ。
「『剣聖の加護』が!」
次の瞬間。
前陣から兵士の悲鳴が聞こえた。
そう、白鯨と接敵した。
そして次から来たのは衝撃波であった。
テレシアは地竜から落ちた。
いえ、剣聖の加護はあくまで本人の剣才を限界までに引き出すだけの加護であって、失ったとしても、たかが魔獣の衝撃波を防げないはずがない。
だって加護なしでも歴代剣聖レベルまでに登り詰めた男はテレシアが一番知っているだもの。
だから、やっぱり、テレシアには驚愕する時間などはない。
『剣聖の加護』がなくなった。
「ラインハルト?」
テレシアは直覚でわかった、次代の剣聖は孫のラインハルトに引き継がれた。
思考が混雑し、上手くまとまらない。
見渡す限り、陣形は崩れ、負傷していない人は一人もいない。
周りに聞こえるのは悲鳴の声、見えたのは抉れた地面。
白鯨はどこだ。
視野の十メートル先は霧に覆われたまま。
だがその圧倒的な存在感はひしひしと感じる。
無意識的に竜剣レイドに手を伸ばす。
だめだ、抜けない。
「あら、嫌われてしまいましたね」
どこから、声が聞こえた?
人か?
いえ、テレシアが目線を移した時、少女が立っていた。
だが、少女などではない。
「こんなところに女性が一人で残るなんて、随分と勇ましいですね」
魔女である。
白い衣、白金の髪。
白金の魔女が立っていた。
無機質な声は肌をゾワゾワする。
テレシアは最悪の状況と確信した。
逃げなければ。
兵たちを逃さなければ。
ラインハルト、ハインケル、そして、ヴィルヘルム。
テレシアの精神は戦闘状態に完全に切り替わった。
だがそれは悪手であった。
真に大切な人たちを重要視しているなら。
優先順位を決めなければならない。
だって、テレシアはもう剣聖などではないですから。
テレシアはいつもの長剣を抜いた、亜人戦争からの相棒はいつもと違い、心細かった。
だが、テレシアは剣聖だった、加護を失って、三分すら経過していない元剣聖である。
だから、今回の切込みはテレシアから見ても、十分な一撃であった。
魔女は異様な雰囲気とは違い、反撃する素振りはなかった。
手応えは完璧だった。
確実に首を切り落とした。
『死神の加護』は敵に癒えない傷を与える。
テレシアは勝った。
だが次の瞬間。
背後に、耳元に、声が聞こえた。
「貴方を、理解したいのです。」
背後を振り返り、回転撃を撃ち出す。
何も切れなかった。
霧のように手応えはなかった。
いつの間に、霧はまた濃くなった。
視程は1メートルすら確保できなくなった。
「どうして剣を振るのです?剣聖ではなくなった貴方が?」
テレシアは何も返答はしない、元剣聖の神経は今、かつてないほど、戦闘に集中していた。
だが、テレシアの心の中に渦巻いたのはやはり、大切な人たちだった。
「愛する人を守るために剣を振るのですね。素晴らしいですね!」
魔女はテレシアの心を覗いたのかのように、心からの賛辞を発した。
「『だが、貴方の愛する人は既に亜人戦争のときに、いなくなったのではありませんか?』」
そう、剣を振らなかった貴方が、彼を守れなかった。
家族と同じく。
守らなかった。
魔女の言葉は真実に変わる、世界を都合よく虚飾するのだ。
テレシアは剣を手放した。
「なんて、ただの冗談ではありませんか?」
テレシアは再び剣を振ることはできなかった。
巨体が迫ってくる。
白鯨の攻撃はテレシアは避けられなかった。
いえ、避けることはしなかった。
「......ヴィルヘルム」
そしてテレシアは最後の呟きを残した。
続かないかも