晩餐が終わり、ダンブルドアからの注意事項も済んで生徒達は寮に戻る時間になる。一年生達は監督生に連れられて初めての寮入りとなる。
スリザリンの長テーブル前へ、一人の上級生が歩み出た。細身で青白い顔の青年。胸元には監督生のバッジが光っている。
「一年生は私について来い」
低く落ち着いた声。スリザリンの一年生達が立ち上がる。
「では行くぞリオラ、オーラ」
「はいお嬢様」
オーロラも静かに椅子から飛び降りた。その瞬間、近くにいた一年生がビクリと肩を震わせる。
「ま、まだ慣れない……」
「安心しろ。余程のことをしなければ襲わん」
「余程って何!?」
ドラコが半ば悲鳴のような声を上げる。セラフィーナは少し笑いながら歩き出した。
大広間を出ると、ホグワーツの石造りの廊下には静かな夜の空気が流れていた。壁に掛けられた肖像画達が新入生達を興味深そうに見つめている。
「今年の一年生は随分濃いな」
「レガリア・アウルムだって?」
「アウレリウス家までいるぞ」
ひそひそ声が聞こえる。
そして監督生に導かれるまま、一行は地下へ向かっていった。
石造りの通路を抜けた先。地下深く、黒い湖の底近くに作られたスリザリン寮の談話室は、薄暗い緑色の光に包まれていた。黒い革張りのソファ、銀細工の装飾。そして静かに揺れる暖炉の火。窓の向こうには、湖の水がゆらゆらと揺れている。
派手さはない。だが落ち着きと重厚感がある。一年生達から、小さな感嘆の声が漏れる。
「これは凄いな。気に入った」
「落ち着きますねお嬢様」
オーロラがぐるりと部屋を見渡し、真っ先に暖炉の前を陣取って丸くなる。
「オーラも気に入ったか」
その時──
「随分と大物気取りだな、一年」
低い声。談話室の奥、暖炉近くに座っていた上級生の男子生徒が口を開く。銀色の短髪に鋭い目付き。胸元にはクィディッチチームのバッジが付いていた。
「……」
談話室の空気が少し静まるが、周囲の上級生達は止めないどころかむしろ興味深そうに様子を見ている。スリザリンでは珍しくない光景なのだ。
新入りが、どれほどの器か値踏みされている。
「レガリア・アウルムだか何だか知らないが、随分と好き放題しているらしいな」
その視線がオーロラへ向く。オーロラは暖炉前で丸くなったまま動かない。
「……ふむ、それは私に喧嘩を売っているという解釈でいいのか?」
「だったらどうする?」
その直後、セラフィーナの姿が消える。強烈な踏み込みで姿が消えたと錯覚するほどの速度で上級生との間合いを詰め、懐に潜り込む。そして軸足を捻り込み、腰の回転と共に放たれた強烈な右拳がドスッという鈍い音を立てて上級生の鳩尾に突き刺さる。
「がっ……あっ……」
突然のことに上級生は何が起こったかも理解せぬまま強烈な痛みと息苦しさ、吐き気に襲われて腹を押さえて蹲る。
「立て軟弱者が」
蹲った上級生の頭を蹴り飛ばす。上級生の頭が真横に跳ね飛び、壁に激突して崩れ落ちる。
「喧嘩を売っておいてその程度か?」
崩れ落ちた上級生の髪の毛を掴んで強引に引き起こす。
「ガハッ……や、やめ……」
「貴様が何年生かは知らんが無様だな。自ら挑発した1年生の小娘に痛め付けられるのだから」
「そ、それ以上は止めろアウレリウス!」
監督生が声を荒げる。だがセラフィーナは上級生の髪の毛から手を離さない。
だが──
「何を騒いでいる?」
空気が凍る。黒いローブに蝙蝠のようなシルエット。
セブルス・スネイプだった。談話室に居た全員が即座に静まる。スネイプの黒い瞳が、真っ直ぐセラフィーナへ向く。その視線は鋭い。
「入学初日に上級生を半殺しかミス・アウレリウス」
「身の程を弁えず喧嘩を売ってきた愚か者に制裁を加えていただけです」
スネイプの黒い瞳がセラフィーナと上級生を交互に捉える。
「制裁?」
スネイプが低く繰り返す。
「なるほど。実にアウレリウス家らしい」
その声音には明確な皮肉が滲んでいた。
「父親そっくりだ」
セラフィーナの眉が僅かに動く。
「だが勘違いするな、ミス・アウレリウス。ここは戦場ではない……ホグワーツだ。入学初日に退学にされたくなければ今すぐに手を離せ」
「……はいスネイプ教授」
セラフィーナから解放された上級生は腹を押さえて再び蹲る。スネイプは冷たい目でその様子を見る。
「愚か者め。無意味に1年生を挑発した挙句に完膚なきまでに叩きのめされるとは。それも杖すら抜かずにな」
蹲る上級生の顔が真っ青になる。それは恐らくダメージからくるものだけではない。
「無意味な挑発と過剰な暴力に対する罰として本来なら50点減点ものだが……4年生が1年生に叩きのめされた無様さに免じて20点の減点としておく」
スネイプは踵を返して寮から出ようとして立ち止まる。
「アウレリウス。言葉で場を収めるということを学ぶとよい」
「父から甘く見られたらぶん殴れと教わったものでして」
その言葉を聞いてスネイプはゆっくりと目を閉じ、ホグワーツ在学時代のレジナルドが頭を過り頭を抱えたくなる衝動に駆られる。
「……レジナルドめ」
小さな声でそう呟いてスネイプは寮を出ていく。談話室では大半の生徒がセラフィーナから距離を取り、誰も話し掛けようとはしない。4年生の男子生徒は仲間に肩を借りて何とか立ち上がり、男子寮の方へヨロヨロと歩いていく。
「お嬢様、紅茶が入りました」
「良いタイミングだリオラ。ちょうど喉が渇いていたところだ」
セラフィーナはリオラからティーカップを受け取り、静かに紅茶を飲む。先程まで上級生を半殺しにしていたとは思えぬほど、優雅な仕草だった。
ちょっと絡んだだけでボコられた四年生君かわいそう