黒麒麟は虚海を越える(未完)   作:冬乃菊

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旅路

 二人は、汕子の示す方へとただ歩いた。道中にはやはり、凶悪な姿をした妖魔が幾度となく姿を現した。その度に陽子は剣を振るい、血飛沫を浴びた。そして要は、必ずその場では気を失ってしまう。

 陽子の手。指。共に過ごしているとどうしても目につく。女子高生らしいささくれ一つなかった指は、今では硬くカサついてみえる。慣れない事をして、陽子の手にはいくつもの小さな水膨れができていた。それがやがて硬い皮膚となる。一方で要はというと、ただ日毎に、やたらと髪が伸びていくだけだった。毛先はもう鎖骨を過ぎている。無造作に流された暗い鋼色の髪は、陽子の目にも不思議と馴染んで見えた。これが学生服のままであったなら、そうはいかなかっただろう。

 

 日が経つにつれて、陽子は妖魔の出現に規則性があることに気づいた。妖魔が襲ってくるのは必ず光のある時だ。今のところ、夜更けに妖魔がやってきたのはあの村の襲撃の時だけだ。あの日は暗闇ではなく月の光があった。

 もう一つ、気がついたことがある。

「まただ……」

 一歩進むにつれて要の顔色が悪くなっていくため、もしやとは思っていた。道中にはまだ新しい血痕と血濡れた毛のようなものや妖魔の手や足のような残骸がぽつり、ぽつりと散在していた。

「うっ……」

 陽子にも分かるほどの血の匂い。要にはもっと濃く感じられるかもしれない。少しでも要がふらつこうものなら、汕子が側に寄って腕を抱く。

「急ごう」

 この血の匂いのする場所に留まるのは気がすすまない。それに、獣は血の匂いに釣られて集まるのだと、何かのテレビ番組で観たことがある。

 こういう事は、時々あった。その後は決まって妖魔は襲ってこない。昼間でも先へ進むことができる。

 あの村を出てからというもの、寝具は地に生える緑の草だった。重く張った四肢を十分に休ませることができるはずもなく、法も風俗も馴染みのないこの見知らぬ土地は、容赦なく二人の体力も気力さえも奪う。

「高里くん、これ」

 陽子は首にかけていた玉を要に差し出す。要は少し困ったように眉を歪めたが、差し出されたその玉を受け取り首にかける。途端に、今まで背に乗っていた何かが取り払われたかのように身体が軽くなるのを感じた。

 先を行く陽子の後姿が逞しく見える。こちらに来てまだそう長くはないが、彼女の立ち立ち居振る舞いは驚く程に大きく変わっている。こちらに順応するかのように。一方、自分はどうだろうかと要は黙々と足を動かしていた。

「中嶋さんは、凄いですね」

「え?」

「僕は、なにも変わっていません。中嶋さんは僕を気遣ってくれるのに」

「それは、だって……帰りたいから」

 要の目が泳いで伏す。陽子はこれまで要も自分と同じく、この可笑しくも少しも笑えない世界での生活から元の生活に戻りたいのだと、そう考えているのだと思っていた。しかし、いつ彼がそのような願望を口にしただろうか。いや、少しも口にしたことがない。

「高里くんは……帰りたくないの?」

 陽子の問いは質問ではなく、否定を求めるものだと分かる。だが、要は首を横に振ることなく俯いた。

「僕は……戻っても」

 やがて陽子は自分が不躾な質問をしていることに気がついた。

 家族とはこういうものだ。子供とはこういうものだ。女性とはこういうものだ。そういった考えが陽子にはあったが、それが要にもあてはまるものかはわからない。

 元の世界に戻る。彼はそのように考えて行動していないのかもしれない。ならば、行動を別にするか。いや、それは現実的ではない。二人とも自分の立っている場所がどこかさえわからない。もとの世界に戻るためではなく、今は生きるために陽子は要の力が必要だ。サンシという得体の知れないものは、何故か彼を守るようにいつも影に控えているのだから。

 

 

 外で寝起きするようになってしばらくして気がついたことがある。森の中には所々、白い光を放っているように見える巨木があり、その木がみえると汕子は決まってその木の又に寄って休息する。汕子に説明を求めても、理解できる答えが返ってくるとは思えないこともあり、陽子はそれが神社にある御神木のようなものの類で有難いものなのだろうと納得していた。ここで休むと、要の表情もいくらか和らぐ。陽子も久々に緊張をとき、微睡んだ。

 

 

「おや、珍しいね。先客がいるよ」

 深く眠っていたようだが、聞き慣れない女性の声とその気配により一気に現実に引き戻された。夢ではない。また同じ鬱蒼とした木々が見える。

「あ……ええと」

 




ここで終了。だれか続き書いてください。読みに行きます。
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