締切で月に吐いた嘘が、王国予算になりました ~三流記者の適当な新大陸予言を、月蝕の魔女だけが嘘だと知っている~   作:喧々鰐々

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第6話 月の鳥を売る男

市場に昼飯を買いに行ったら、げんなりして黒パンを買った後、月見広場から新聞社へ戻る道を選び直したのは、自分の記事の切り抜きを見て、まっすぐ帰る気力が少し折れただけだ。

 

黒パンを二つ抱えたまま、東市場の端を抜ける。

 

魚屋、パン屋、靴屋、古着屋。どの店先にも、まだ俺の記事の匂いが残っていた。新聞そのものが置いてあるわけではない。けれど人々の視線が、時々空へ。月の方角を確かめる。商人の指が、客ではなく西の通りを指す。井戸端会議で月といった単語が聞こえる。

 

噂は、紙から離れて歩き始めていた。というか走り始めていた。

 

「さあ、月の羽根だよ!」

 

俺は立ち止まった。

 

東市場の曲がり角に、昨日まではなかった露台が出ていた。木箱を三つ重ね、青い布をかけ、その上に白っぽい羽根が束で並んでいる。横には小さな布袋と、皿に盛られた貝殻。手書きの札が、俺を愕然とさせた。

 

『月の羽根』

 

『オンドワナの香り袋』

 

『西海を渡った貝殻』

 

早い。あまりにも早い。

俺の記事(うそ)は生まれてからまだ昼飯も食べていないのに、もう便乗品は羽根と袋と貝殻に姿を変えて売られている。

 

露台の向こうにいた男は、赤い首巻きをした細身の露天商だった。片目を細める癖があり、笑うたびに胡散臭い金歯が光る。信用してはいけない人を絵に描いたようだ。

 

「月の羽根、一枚銅貨二枚! 窓辺に飾れば、月の民が夢で道を示す!」

 

「夢で?」

 

女が羽根を手に取った。

 

「夢はまだ税がかからん。今のうちだよ」

 

周囲が笑う。

笑いながら、女は銅貨を出した。

 

俺は思わず近づいた。

羽根は白い。白いが、根元が少し黄ばんでいる。しかも、かすかに獣の匂いがした。

 

「それ、鶏の羽根では」

 

口から出た。

露天商がこちらを見た。

 

「旦那、目が利くね」

 

どちらかと鼻じゃないのか。

 

「認めるんですか」

 

「鳥だもの」

 

「月のではなく」

 

「月の下で育った鳥だ」

 

逆に月の下で育っていない鳥を教えてほしい。

俺は言葉に詰まった。あまりに堂々としている詭弁に驚いてしまう。

露天商は羽根を一本つまみ上げ、空にかざした。

 

「見な。昼の月みたいに白いだろ」

 

「鶏肉の匂いがしますね」

 

俺は弱い嫌味を言った。バスティアンみたいな強烈な一言が言えないのでいつまでも三流記者なのかもしれない。

 

露天商は笑った。

 

「月の羽根に生活感がある。月で生活しているときについたにおいさ」

 

客たちも笑った。

効かない。

別の客が布袋を持ち上げた。

 

「オンドワナの香りって、どんな香りなの」

 

露天商は胸を張る。

 

「西風、乾いた草、遠い雨、少しだけ儲け話」

 

「最後のが強いね」

 

「香り袋は正直だ」

 

布袋からは、安い香草と木屑の匂いがした。どこがオンドワナなのか分からない。

 

「オンドワナから来たんですか」

 

俺が聞くと、露天商は片目を細めた。

 

「旦那、新聞を読んでないのかい。まだ船も出てないんだ。来るわけないだろ」

 

「ではなぜオンドワナの香り袋を」

 

「これから来る匂いだ」

 

未来の匂いを売り始めた。月の土地をそのうち売り出すんじゃないか。

人間の商売心(よくぼう)は、際限がない。

 

「詐欺では」

 

小声のつもりだったが、露天商には届いた。

 

彼は怒らなかった。むしろ楽しそうに、貝殻を一つ俺の手に乗せてきた。小さな白い貝だ。見覚えがある。王都の雑貨屋でも、港町サン=リュンヌ土産として安く売られている種類だ。

 

「詐欺は、ないものをあると言って売る商売だ」

 

「まさに今の話では」

 

「いいや。ここに羽根がある。袋がある。貝殻がある。客はそれを買って、月の話を家へ持ち帰る」

 

露天商は、俺の記事が切り抜かれた紙片を露台の端から取り出した。札の下に貼ってある。大見出しだけ。

 

『月の民、西の大陸オンドワナを示す』

 

また切り取られている。

 

俺の文章は、王都で物理的に切り刻まれ続けているらしい。

 

「この記事が風を吹かせた。俺は風に合わせて帆を張っただけさ」

 

「風が嘘だったら」

 

「嘘だと分かる前の噂の段階が、一番よく売れる」

 

俺は貝殻を露台へ戻した。

 

「でも、買った人が本物だと思ったら」

 

「本物だよ」

 

「どこが」

 

露天商は羽根を買った女を指した。女は連れの子どもに羽根を渡し、子どもはそれを耳の後ろに挿して笑っている。

 

「あの子は今夜、月の民の夢を見るかもしれない。明日は友だちに話すかもしれない。母親は窓辺に飾るかもしれない。それで銅貨二枚なら安い」

 

俺は反論しようとして、止まった。

それは、新聞と同じ構造だった。

事実を報道している顔をして、読者が読みたいものを探しだして記事にする。見出しで肩を叩き、本文で逃げ道を小さく残し、読者が勝手に夢を投影する。

 

俺が材料を刻んだ料理を、バスティアンが闇鍋で煮て、別の商人が屋台で売っている。

腹を壊すのは、誰だ。

 

「いい商売の風を吹かせてくれたよ」

 

露天商が言った。

 

「あの新聞の筆者には感謝してる」

 

俺は黒パンを抱える手に力を込めた。

 

「本人に会ったら、どうします」

 

「握手するね」

 

「殴るのではなく」

 

「なぜ殴る。金貨の匂いがする男だぞ」

 

金貨の匂いがする男。

人生で初めて言われた可能性のある褒め言葉だ。

 

「その筆者は、たぶん困っていると思います」

 

「困るのは風を止めようとするからだ。自然現象には逆らえない」

 

露天商はオンドワナの香り袋を揺らした。

中で木屑がかさりと鳴る。

その音が、妙に新聞紙の擦れる音に似ていた。

 

「旦那も一つどうだい。月の羽根なら筆者除けにもなる」

 

「筆者除け?」

 

「この記事の筆者が来た時、窓辺に吊るしておく。自分の記事がここまで育ったと見て、怖くなって逃げる」

 

俺は黙った。

効いている。

今まさに効いている。

とても効いている。今すぐに逃げ出したい。

 

「買いません」

 

「なら見物料を」

 

「取りませんよね、普通」

 

「普通じゃない日だからな」

 

露台の前で、また客が足を止めた。

 

「これ、教会前でも売るのかい?」

 

俺の背中が冷えた。

露天商は金歯を見せて笑った。

 

「もちろん。月の話は教会前が一番よく売れる」

 

「やめた方がいいです」

 

今度は、声がはっきり出た。

露天商が俺を見る。

 

「なぜ」

 

「教会前で月を売ると、売れる前に燃えるかもしれません」

 

「燃えたら、灰を『月の鳥の祝福灰』で売る」

 

あまりにバイタリティがありすぎる。

俺はこの人を止められない。法律でも良心でもなく、商売っ気がありすぎる。

 

遠くで、月と太陽の教会の鐘が一つ鳴った。

昼を知らせる普通の鐘だ。

普通のはずなのに、俺の耳には妙に長く残った。

 

露天商は羽根の束をまとめ、布袋を箱へ詰め始めた。

 

「さあ、次は教会前だ。月の羽根は信心深い場所でよく光る」

 

俺は黒パンを抱えたまま立ち尽くした。

俺の記事は、もう新聞紙の上にはいない。

羽根になり、香り袋になり、貝殻になり、次は教会前へ歩いていく。

止める方法が分からない。

 

分かるのは一つだけだ。

 

昼飯のパンが、焼き立てから完全に冷めた。

 

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