火の国なんて滅んでしまえ!!   作:中津戸バズ

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火の国を訪れし危機

 

 

 ティガレックス亜種の脇腹に、ハンターが飛びかかる。

 左の剣を外から内へ。右の剣を振り下ろす。左の袈裟懸け。反動で弾みをつけ、腰の回転で切り返す。斬り上げ、一文字、逆袈裟。目にも止まらぬ連続攻撃の末、双剣を大上段から一挙に振り下ろす。

 血飛沫が舞い、鎧の赤に溶けていく。カモンはすぐさま、バックステップで距離を取る。

 

 直後、ティガレックス亜種は両腕を地面に打ちつけ、方向を変える。上体を反らし、大きく息を吸う。狙うはカモン。地響きを残しながら、カモンを追い立てる。

 カモンは走った。ティガレックス亜種のこの攻撃には、煮湯を飲まされたことがある。

 

 咆哮が轟いた。

 逃走も間に合わず、カモンは吹き飛ばされ火山灰土に転がった。強靭な声帯と発達した横隔膜が生み出すその咆哮は、もはや音の域を超え、周囲のものを破壊する。

 高い精度で追尾し、広範囲にわたるこの攻撃を、カモンはかわしきれなかった。

 

 全身が、まだ震えている。ティガレックス亜種の咆哮は、文字通りにカモンの腹の底まで響いた。

 鼓膜へのダメージが脳を揺らし、三半規管すら狂わせる。聴覚はほとんど使い物にならず、あたりの黒い岩すらも、彼にはどろどろに溶け出したように見えていた。

 

 ティガレックス亜種は、地面に横たわるカモンに正対する。小物だが、放置はできない。なにより、肉はうまそうだ。

 大きく口を開けた。鋭い牙が整然と並んだ捕食者の顎が、カモンへと迫る。

 

 その時、ティガレックス亜種の視界に、小さな獣が映った。素早く近づくその獣は、手に持ったハンマーでカモンを殴り飛ばした。

 噛み合った牙が、金属質な音を立てる。すぐさまもう一度、今度はその獣を狙い噛み付いた。だが小さな体を器用によじらせ、その獣は難を逃れる。

 

「カモン様、大丈夫ですかニャ?」

「ぐ……お前……は。確か、アトリの……」

 

 アイルーだ。しかも、見覚えがある。ジャカの家で、料理をしていたアイルーだ。

 

「ご心配はいりませんニャ。昔は、オトモアイルーをしていたこともありますニャ」

 

 そこまで言うと、そのアイルーは駆け出した。人間よりも素早い四足走行が、ティガレックス亜種を撹乱する。

 少し距離を取れば、痺れを切らしたティガレックス亜種が飛びかかる。巨体の腕が、岩の地面を大きく抉る。だが、アイルーには土埃がかかっただけだ。

 

 立ち上がりながら、カモンは回復薬の瓶を飲み干す。気つけの効果が、カモンの戦意を取り戻す。

 彼は声を張り上げた。

 

「お前、名前は!」

「ネココと申しますニャ」

 

 カモンは思考を取り戻した頭で推理する。

 

 ティガレックス亜種の咆哮を聞き、このアイルーは決戦場である東の崖ではなく、この場所へと駆けつけた。

 それに加えて、このアイルーは防具こそ一般的などんぐりネコシリーズだが、ハンマーはウラガンキンの素材を使った強力な逸品だ。

 

 腕利きのオトモアイルーであることに間違いはない。一体どんなハンターと共に戦っていたのか、なぜ今は料理番になっているのか。

 疑問は尽きないが、それを尋ねる余裕はない。

 

 両腕を地面へ打ち付けるように、ティガレックス亜種は駆け出した。標的めがけて、左腕を振り下ろす。

 

「ネココ……。すまん、手を借りるぞ」

「おまかせくださいニャ」

 

 限界まで引きつけて、カモンはその一撃をかわした。再びステップを踏み距離を詰めると、ティガレックス亜種の大きな顔を、次々に左右の剣で斬りつける。

 

 やや高い声をあげて、ティガレックスは退いた。頭を振り、カモンから距離を取る。痛みに怯んだのだ。

 

 腕の傷の借りを返す。カモンの負傷は大きいが、戦意は未だ旺盛だ。

 

 だが、ティガレックス亜種は鼻をひくつかせた。その嗅覚は、獲物の匂いを捉えていた。

 

 突如体の向きを変え、ティガレックス亜種は走り出す。

 方向は西南。南にも匂いはあるが、ティガレックス亜種の嗅覚は、より美味で、肉の柔らかい獲物を好んでいた。

 

「村へ行く気ですニャ!」

 

 まだ痛みの残る鼓膜に、ネココのニャアニャアした声が遠く聞こえる。

 なけなしの強走薬を飲み干して、その瓶を投げ捨てる。ティガレックスの走行速度は、人間よりはるかに速い。

 ずきずきと痛む腕、色濃く残る疲労。

 

「追うぞ!」

 

 カモンは走り出した。彼は火の国を去る。だからこそ、命に代えても、やらねばならないことだった。

 

 

───────────────────

 

 

 東の崖は、すでに地獄絵図と化していた。

 全身に溶岩を被った、焼けこげた死体。血溜まりの中、あらぬ方向に手足を折り曲げ、潰された死体。

 

 吐き出された溶岩は、崖下の平野のあちこちに溶岩だまりを作り、あたりを赤い光で満たしている。

 赤い甲殻に、鋭い嘴。燃え盛る炎のような背鰭。アトリは、崖の上からそれを睨みつけた。

 

「アグナコトル……!」

 

 巨大な竜は悠然と周囲を見回す。次の獲物はどこだ。

 地中からアグナコトルが這い出た穴からは、溶岩が溢れ続けている。

 

「ひっ、ひいいいい!」

 

 彼女の隣の角笛の男が、悲鳴をあげて逃げ出した。

 

「バカ! 逃げてどうするんだい!!」

 

 フラカンが彼の肩を掴む。だが、男の顔は怯えたままだ。

 もがく男の顔を、フラカンが殴りつけた。

 

「言っただろう! これは試練だよ! 火の山の神が、あたしたちを試してるんだ!」

「違いますよっ! あれが、あれが火の山の神ですっ!」

 

 砲架やわずかばかりの草木が燃える。炎の中、アグナコトルはこちらを見上げた。

 人ならざるもの。人間の天敵。神。

 フラカンが言い淀んだ隙に、男は彼女を振り払った。フラカンは尻餅をつく。

 安全なところなどない。彼は、夜の闇の中で悲鳴をあげて消えていった。

 

 フラカンは舌打ちした。

 

「火の山の神があいつなら、こんなに困ってないってのに」

「叔母様……!」

 

 アトリが彼女に駆け寄り、助け起こそうと手を伸ばす。

 その時、フラカンは目を見開いた。彼女はすぐさま立ち上がり、アトリを両手で突き飛ばした。

 

「アトリっ!!」

 

 よろめきながら、アトリはフラカンの視線を追う。崖下を見ると、アグナコトルは嘴を打ち鳴らし、その口から溶岩を勢いよく噴き出していた。溶岩の光線を、足元から真上まで振り上げる。

 

 溶岩が、フラカンを飲み込んだ。

 

 真横を通り過ぎた溶岩の熱に、アトリは顔を歪めた。その溶岩の下に、何が埋まっているか。彼女は顔を背けた。

 

 ハンターがいなければこんなものだ。崖下は、大砲、バリスタ問わず全滅。わずかばかりの崖上の防衛設備も、砲撃手が逃げ出してしまっている。

 

 ティガレックスの迎撃にハンターをやったのは、間違いではないはずだ。二頭のモンスターを相手取る事態を避けるための策。だがそれが、裏目に出た。

 

 力が抜けた。アトリの膝が、地面に落ちる。血と炎に満ちた崖下の光景は、火の国の未来だ。

 

 アグナコトルが、崖壁に向かって溶岩を吐きかける。壁を溶かして掘り進め、崖上に出るつもりだろう。振動が、音が、膝から伝わってくる。

 

 だがその音を、甲高い高周波が遮った。アトリは思わず顔をしかめた。その直後、彼女の顔は輝いた。

 

 音爆弾が、アグナコトルを止めたのだ。溶岩と化した岩に飛び込んだアグナコトルは、驚きのあまりひっくり返っていた。

 貫通弾が、アグナコトルの赤い甲殻を撃ち抜く。赤く煌めく鎧を纏い、炎のゆらめきを赤く映すボウガンを構えた姿。

 

「エデッタ!!」

「来なよ、バケモノ!」

 

 挑発の言葉の意味など、アグナコトルはわからない。だが、自分を傷つけた敵が、自分の同族の死骸を身につけていることはわかった。

 音爆弾に驚いたアグナコトルは、後ろ足を崖壁に埋めたままもがいている。固まりかけた岩が、アグナコトルが身を捩るたびにこじ開けられる。抜け出すまで、十秒もかからないだろう。

 

 エデッタはしゃがみ込むと、ポーチの弾帯をヘビィボウガンに突き立てた。弾丸が飛んでいく激しい反動を利用し、次弾を装填。連続する激しい衝撃を、重心を低くして両腕と右膝で受け止める。

 貫通弾は溶岩の残る嘴を深く抉り、顔面から首へと、前足の付け根から胴体へと、深くその弾道を残していく。

 

 ようやく、アグナコトルが崖壁から抜け出した。体に残った銃創から血が溢れるが、アグナコトルの巨体に比べれば微々たるものだ。赤い竜は、咆哮した。

 怒りに任せた威嚇。思わず耳を塞いだエデッタを正面に見据え、アグナコトルは首を振りながらわずかに後退した。

 頭を地面につけ、滑るように突進する。猛スピードの嘴の先がエデッタを狙う。

 

「うおっ!?」

 

 巨体の突進を、エデッタはかわしきれなかった。地面を踏み締める前足が、エデッタの体を跳ね飛ばす。

 

 エデッタは、火の海の中を転がる。足が痛い。アグナコトルにぶつかった右膝が悲鳴を上げ、強かに背中を打った衝撃が、胃袋を突き上げる。

 込み上げる吐き気。エデッタはそれを堪えようとしたが、諦めた。

 鼻をつく異臭のためだ。

 焼ける肉の匂いと共に漂う、どこか火山の匂いにも似た、何かが腐ったような異臭。エデッタは覚えがあった。髪が焼けた時は、こんな匂いがする。

 

 彼女のすぐそばに、人間の死体が転がっていた。焼け爛れた顔は判別がつかず、下半身がちぎれ飛んだ胴体からは内臓がはみ出ていた。

 

 即座にエデッタは、胃の中身を吐き出した。これまでも何度も狩りをしてきた。辛いことは何度もあった。彼女はそれを、堪え切ることはできなかった。

 

 火の海の中に、赤い兜が揺れている。アグナコトルの背鰭を模した頭飾りも、胴を守る真紅の鎧も、高音の陽炎の中で炎のように揺れていた。

 口の端からは、まだ胃酸混じりの唾液が垂れている。だが彼女の目は、以前にも増して燃えていた。

 全てを吐き出したからこそ、戦意の炎はまた熱く燃え上がる。

 

「よくも……!!」

 

 アグナコトルがエデッタに気づいた。彼女は走り出し、アグナコトルを引きつける。

 彼女は、崖からアグナコトルを引き離していた。

 

「うおおおおおおっ!!」

 

 今度は、エデッタが咆哮した。怒りを込めた叫びが、彼女を奮い立たせる。

 

「よくもみんなをっ!!」

 

 発砲音が二発。痛みなど気にも留めずに、アグナコトルが近づいてくる。掲げた嘴を、勢いよく振り下ろした。

 次々に、地面には細い傷口が刻まれる。杭のように打ち込まれる連撃を前に、エデッタは背を向けて逃げ出していく。

 

 距離を取れば、振り返って反撃。エデッタのその戦法に、アグナコトルは腹を立てた。

 嘴が打ち鳴らされる。だが、すでにエデッタは、その技を見切っていた。

 

 横に転がったエデッタは、再びボウガンを構えた。溶岩の光線が、彼女の半歩右を焼き尽くす。その熱を感じるより早く、エデッタはまた引き金を引いた。

 

 彼女は今日、全力以上の力を出したと言っていい。身体的な不調もなく、気力も充実している。だがそれにも、限りはあった。

 

 三連射。だが最後の一発は上へとぶれて、背鰭を掠めて虚空へ消える。

 

 疲れを押して、痛みを堪えて走り回った彼女の体にも、限界は近かった。手足に力が入らない。息を整えようにも、炎に巻かれたこの状況では思うように呼吸ができない。

 刻一刻と、彼女の体には疲労の重い鎖が巻き付いていく。

 

 エデッタはポーチに手をやり、舌打ちした。

 彼女の指を、焦りが鈍らせる。彼女のガンナーポーチの残弾は、残りわずかだ。

 外してはならない。当てられる時に当てねばならない。

 その思考が、彼女をひどく焦らせていた。

 

 体力と、武器の限界。薬を飲む暇もない。

 

 アグナコトルは、再び突進を繰り出した。エデッタは、それをヘビィボウガンのシールドで受け流す。だが彼女は、それをすぐに後悔した。

 両足を地面に突き立て、アグナコトルは勢いを殺す。

 走り抜ければ、ガンナーの間合い。だが、アグナコトルは、エデッタから離れることなく突進を止め、背後と至近距離の二つを両立させた。

 

 嘴が、エデッタの背中を引き裂いた。肩甲骨の辺りからの出血が、鎧の外側へと溢れ出す。

 背中が、熱い。エデッタの体が、正気に戻る。戻ってしまう。限界を迎えた彼女の体は、これまで堪えてきた疲労と苦痛の信号を脳へと叩き込む。

 

「は……ぐ……うううっ!」

 

 奥歯を噛み締め、瞼を強く閉じて、彼女は前へと歩いた。地面が波打つような感覚。ふらつく手足。頭の奥を暗いもやが満たしていく。

 

 アグナコトルは勝鬨を上げた。両耳をつんざくその音量。エデッタは耳を塞ぐこともできずに、その場に倒れ込んだ。大音量は、人間の意識すら奪う。

 朦朧とした意識で、エデッタは暗い視界で耳鳴りを聞いていた。ただ本能的に、前へと前へと這いずっていた。

 かちり、かちり。その耳でも、不思議とその音は聞こえた。アグナコトルが、嘴を打ち鳴らす音。必殺の溶岩砲の前触れだ。

 

 エデッタは、寝返りを打った。それだけで逃れられるとは思っていない。ただ、背中から殺されるのは嫌だった。

 ヘビィボウガンも取り落とした。反撃の術はない。エデッタは、仰向けのまま這いずった。

 

 アグナコトルの顔面に、砲弾が着弾した。しゃくりあげるように体を振るわせ、最後には、うずくまるように身を丸めた。

 

 呆気に取られたまま、エデッタはその様子を見ている。足元から漂う熱気。アグナコトルは、溶岩を地面へと吐き出していた。

 だがそれも、いつものアグナコトルの様子とは違う。弱々しい勢いの、溶岩の嘔吐だった。

 

 必殺の高圧溶岩流の直前に受けた、激しい衝撃。それがアグナコトルの内臓筋肉を痙攣させ、溶岩の嘔吐を引き起こした。

 エデッタは慌てて体を起こして振り返った。砲架は完全に破壊され、撃つことなど不可能のはずだ。

 角笛の音が聞こえる。崖の上にエデッタは目を凝らした。

 

 アトリが、角笛を吹いているのだ。その横では、男たちが大砲を担いでいる。

 

「クレイ……!」

「オラぁ! 次ぃ!!」

 

 両足が、両膝が震えている。彼らは壊れた砲架に頼らずに、自らの手足で大砲を持ち上げていた。

 三人がかりで大砲を脇に抱える男たち。その先頭には、クレイが立っていた。

 

「おおおおおっ!!」

 

 弾が装填されれば、大砲はますます重くなる。血管が切れて、クレイの鼻の穴から血が溢れ出す。だがそれでも、彼らは大砲を担いでいる。

 

 二発目が着弾した。その爆音でようやく、エデッタは正面の敵を思い出す。

 立ち上がるために背中を丸めた。激痛。落としたヘビィボウガンに手を伸ばす。激痛。背筋を伸ばす。激痛。

 

 アグナコトルも同じく、痛みを堪えて立ち上がった。限界は近い。一撃で、この人間を殺す。

 嘴を打ち鳴らす。同時にエデッタも、ヘビィボウガンを構える。

 銃口がアグナコトルに向いた。アグナコトルは息を大きく吸い込み、首を下ろす。勢いよく吐き出される溶岩が、エデッタを焼き尽くすはずだった。

 

 アグナコトルの体内の溶岩は、枯渇していた。本来、アグナコトルに溶岩を生成する力はない。火山の中で、溶岩を飲み込み体に蓄え、地中の潜行や攻撃のために吐き出すだけだ。

 首を無意味に振り上げたアグナコトルは、隙だらけだった。エデッタはその一瞬の隙を突き、引き金を引く。

 

 かちり。金属音。ヘビィボウガンは、弾切れだった。

 嘴と銃口が、空の弾倉を背後に向かい合う。両者は睨み合った。これ以上は、もうない。死力を振り絞った両者は、動けなかった。

 

 一瞬が経ち、数秒が経った。先に動いたのは、アグナコトルだった。

 アグナコトルは、踵を返した。足を引き摺りながら、一歩一歩、火山へ向けて歩いていく。火山のモンスターは減った。獲物も減った。だが、これ以上ここで戦うよりは、火山に戻った方が生き残れる公算は高い。怒りと空腹に支配された脳で、モンスターはそう考えた。

 

 エデッタは、アグナコトルを追わなかった。振り返ると、崖の上の村人たちも、反動に耐えきれずに大砲を落としている。

 

「……二度と、来るなよ」

 

 エデッタはそう言い残し、その場にぐったりと倒れ込む。

 弾も、気力も、体力も、何もかもが限界だった。うつぶせのまま、震える手でポーチをまさぐる。指にかかった瓶を引っ張り出すと、体を横にし、無理やり口に流し込む。

 ハチミツのどろりとした甘みが、彼女の意識を繋ぎ止める。回復薬グレートの鎮痛作用も、今の彼女には足りない。だが、痛みに悶える体力すら残っていないのだ。

 

 地面づたいに聞こえるアグナコトルの足音は、だんだんと小さくなっていった。代わりに、人の足音が近づいてくる。

 

「おい、生きてるか!? おい!」

 

 エデッタの頬が叩かれる。顔をしかめて、エデッタは目を開けた。

 

「なんだよ……姫様がよかった」

「バカ野郎」

 

 クレイはそう言って、笑った。担いだ担架を地面に下ろし、エデッタの体に触れる。

 

「いててて!」

「すまん……どこが痛む?」

「背中と、足と、腕と、肩と……」

「どこ持てってんだよ!」

 

 心配するクレイの顔は、真剣だ。エデッタはそれがおかしかった。

 

「変わんないね、あんた」

「お前が変わっちまったんだろ……」

 

 一緒に遊んでいた頃を思い出す。エデッタは、口角を上げた。

 

「ん……?」

 

 クレイが顔を上げて、崖の方を見た。角笛の音色が変わっている。危険信号だ。

 大きく重い足音。彼らは、音の方を見る。

 青い巨体に、大きな赤い顎。先ほど迎撃部隊を半壊に追い込んだウラガンキンよりも手強い相手が、暗闇の中を歩いてくる。

 

 鋼鎚竜、ウラガンキン亜種が姿を現した。

 

「お……おおおおおおっ!!」

 

 エデッタの痛みにも構わず、クレイは彼女を担架に載せ、もう一人の男と共に持ち上げる。

 ウラガンキン亜種が彼らに気づいた。すでにエデッタは戦えない。走る彼らを追いかけて、ウラガンキンも地面を踏み締める。

 

「くそっ! くそっ! 何匹いやがるんだよ、モンスターは!」

「ボウガン!」

「ああ!?」

「早く、ボウガン! あたしに!」

 

 息も絶え絶えに、彼女はそう言った。担架の上で体を起こし、彼女はヘビィボウガンを持つ。ポーチからなけなしの弾丸を取り出し、装填した。

 

 発射された弾丸は、大きく固い顎に阻まれる。決定打は不可能。彼女は舌打ちした。

 

 やるだけやった。打つ手はない。頭に浮かぶ諦めを、彼女は噛み潰す。

 ウラガンキンの足音が近づく中、彼らは走る。リオレウスの死体の傍を通り抜けた。

 火の海だった崖下も落ち着いてきている。先を走るクレイが、右に曲がった。その揺れが、エデッタの傷に障る。

 

「何!?」

「アグナコトルだよ、あいつが出てきた穴!」

「そう!」

 

 腹立たしげにエデッタは応じた。ヘビィボウガンの弾もほとんどない。何より、彼女はもう、走ることも不可能だ。

 

「急げ! あっちだ!」

 

 クレイたちは、アトリの声に驚かされた。アトリは、彼らの目の前にいる。安全な崖の上から降りてきているのだ。

 

「姫様!」

「崖を登れ! 早く!」

「姫様は!?」

「命令だ!!」

 

 有無を言わせぬ迫力だった。クレイたちは訳もわからず、崖上へ続く坂へ急いだ。

 

「姫様、なんで!」

 

 担架の上からエデッタが叫ぶ。アトリは笑った。その顔が、エデッタには、自分の母親に似ているように見えた。

 

 アトリはゆったりと歩いた。彼女は、アグナコトルの空けた穴の端に立つ。ウラガンキン亜種が足を止めた。

 

 元より、ウラガンキンは鉱物を食べる種だ。人を好んで襲うことはない。だが、新たな縄張りを探すウラガンキンにとって、目の前の小さな人間は敵だ。

 

 ウラガンキン亜種は咆哮した。アトリは顔を歪め、両手で耳を塞ぐ。地面を顎で叩く、独特の威嚇。だが、アトリは動かない。

 動かないなら、排除するだけだ。ウラガンキンは、一歩一歩近づいてくる。

 

 アトリは、懐に手をやった。小さな袋の口を解き、中の緑色の粉をあたりにばら撒く。

 エデッタはその粉に見覚えがあった。ドラグライト鉱石の粉末だ。

 

 ウラガンキン亜種の鼻息が荒くなる。縄張りを奪い合う敵が、突然ばら撒いた餌。混乱するのも無理はない。

 

 突然、地響きがした。地面が揺れる。火の国に住むものならば、誰もが覚えがある。火の山の噴火だ。

 

 だが、アトリは動じなかった。彼女に近づくウラガンキン亜種は、ようやく、自分の足元に、大きな穴があったことに気づいた。

 

 アグナコトルが掘り抜いた穴は、火の山へと繋がっている。その穴は、溶岩を噴き上げた。

 

 空高くまで溶岩を噴き上げ、火山弾を海まで飛ばす大噴火。周囲の石や岩を伴った、熱く赤い濁流が、ウラガンキン亜種に直撃した。

 その巨体が宙を舞う。数メートル、いや、数十メートル浮き上がったかと思うと、重力に従って、真っ逆さまに落下した。

 

 頭を強く打ったウラガンキン亜種は、ぴくりともしなかった。

 

 ウラガンキンは動かない。エデッタたちは、火の山の頂上を見上げた。夜と煙に閉ざされて、変化は見えない。

 

「……こっちだけの噴火ってこと?」

「……あるのかよ、そんなこと」

 

 エデッタが尋ねても、クレイも、担架を持つもう一人の男も首をひねるばかりだ。

 

 アトリはウラガンキン亜種の死体を見つめ、大きく息を吐くと、その場にへたり込んだ。

 

「姫様!?」

 

 クレイたちが、担架を持ったまま駆け寄ってくる。

 

「ああ……無事だ。少し、気が抜けて、な」

「姫様、大丈夫ですか? さっきの噴火とか……」

「問題はない。わかっていたからな」

 

 アトリは首を振った。担架の上で、エデッタが起き上がる。

 

「……わかってたって、どういうこと?」

「聞こえたのだ。火の山の神の声が。それで、噴火が起こることも、なんとなくわかった」

「でも、火の山の神って……」

 

 エデッタが口ごもった。火の山の神は、彼女たちが殺したはずだ。アトリも頷いた。

 

「本物の、火の山の神かも知れぬ。幽霊が、詫びを入れたくなったのかも知れぬ。あるいは、ただの私の錯覚かも知れぬ」

 

 彼女は、火の山を見上げた。夜の闇ともうもうと立ち込める煙が、その表情を覆い隠している。

 

「だが私たちは、生き残ったのだ。この、未曾有の脅威を」

 

 だがそこに、火の山があることは確かだった。そして、彼女たちが生き残ったことも、また、確かなことだった。

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 春が来た。

 通い慣れた道端には、小さな花が咲いていた。アトリが目指す先は、火の国の東の崖だった。

 崖の下の平野はすっかり緑に覆われ、その向こうに、煙にけぶる火の山が見える。

 石碑が、そこに建っていた。

 

「お久しぶりです、叔母様。皆の者も」

 

 エデッタは片膝を突き、その杭に触れた。これは、その日の死者たちを弔うためのものだ。

 

「あれから、もう二年が経ちましたね」

 

 石碑は、春の陽に照らされて、少し暖かい。

 彼女から二十歩ほど離れたところにある岩に、クレイが腰掛けている。安らかな表情で、ぼんやりと崖の下を眺めていた。

 

「火の山からのモンスターの大移動……未曾有の脅威のために、多くのものを失いました。けれど今、我らは平和を勝ち取り、幸せに暮らしております。ギルドの運営も順調で……」

 

 強い風が吹いて、アトリは髪を押さえた。

 

「ただ……。あの頃ほど頻繁ではありませんが、危険なモンスターがまた現れたのです。あのハンターが居てくれればと、思わずにはいられぬのです」

 

 アトリは空を見上げた。薄く散った火山の煙は、白い雲に混じって、ほとんど見分けがつかなかった。

 彼女は、小さく笑った。

 

「お許しください。ここでしか、弱音を吐けぬものですから」

 

 言葉とは裏腹に、その表情は明るかった。彼女は立ち上がる。

 

「火の国を、民を……守ってみせます」

 

 

───────────────────

 

 

「どう? 見つかった?」

「エデッタさん」

 

 三人の若者が振り返った。彼らの視線の先には、エデッタが片手に煙管を持って立っていた。若者たちは、地面に膝をつき、野草を集めている。

 

「探せば忍耐の種とかもあるからね。ただし、取り過ぎは厳禁。あたしの分残しといて」

「はい!」

「そんじゃ、次行こっか」

 

 黒々とした岩に、空を覆う火山の噴煙。火山地帯は、手慣れたハンターでも苦戦する場所だ。

 アトリの背後から、アイルーが顔を出す。ネココだ。

 

「あっちにはよく虫が集まってますニャ。珍しい虫も多いですニャ」

 

 ネココの言葉に、教え子たちは熱心にメモを取る。エデッタが、洞窟を煙管で指す。

 

「で、ここからあの洞窟に入ると鉱石が……って、これはみんなわかるか」

 

 エデッタが照れたように笑うと、教え子たちも笑って頷いた。

 

「はい、来たことあります」

「火の国っ子だもんな、俺ら」

 

 教え子たちは自慢げだ。一番後ろの教え子は、手慰みにクーラードリンクの瓶をいじっている

 

「でも、今は入っちゃダメ。危ないからね」

「ああ……そうですよね」

 

 彼らの笑顔が翳る。エデッタは、元気付けるように苦笑いした。

 

「ごめんね。ちょっと手強い相手だから。大事な大事な一期生たちを危険に晒しちゃダメなの」

 

 若者たちは、ハンターの候補生である。それも、この火の国のハンターズギルドで育成された、いわば一期生だ。

 一番大柄な教え子が進み出た。彼は背中に大剣を担いでいる。

 

「やっぱり、エデッタさんでも苦戦するんですか」

「そりゃそうでしょ。ブラキディオスに、ジンオウガ亜種……。二頭同時なんて、ねえ」

「かなりの強敵ですニャ」

 

 ネココが同意する。どちらのモンスターも、アグナコトルやウラガンキンを上回るとすら目される、危険なモンスターだ。

 

「そんな……」

「ま、いざとなったらあたし一人でなんとかするよ。あたし、火の山の神より強いんだから」

「またまた〜」

「ホントだよ?」

 

 エデッタの冗談に、教え子たちは笑った。頷きを返しながら、エデッタの目は、また洞窟に引きつけられた。

 

「あいつが居てくれたら、もっと楽だったんだけどね」

 

 ぼそり、とエデッタは言い、煙管に口をつける。今はいない、戦友のことだ。

 

 

───────────────────

 

 

「ああ? なんだこの依頼」

 

 大きな角の生えた頭蓋骨が特徴的な、ボーン装備のハンターが声を上げた。彼の仲間であろう、ジャギィの毛皮の鎧のハンターが、彼のすぐ隣に寄ってきた。

 ジャギィ装備のハンターは、ジョッキを片手にクエストボードを覗き込む。

 

「なんだこりゃ。ブラキディオスに、ジンオウガ亜種?」

「四人でパーティ組んでも無理だわ、こりゃあ」

 

 ボーン装備のハンターは、そのクエストの張り紙を指差す。依頼文と狩猟ターゲットを見て、彼は嘲笑った。

 

「見ろよ。火の国のギルドから応援要請だって」

「バカだねえ、こんなの受けるやついるわけねえだろ」

 

 ジャギィ装備のハンターは、ジョッキを一気に傾ける。

 

「だいたいよぉ、あんな田舎のちっちぇえ国に、命なんて懸けられねえって」

「おっ、いい事言った!」

 

 相棒の合いの手に、ますますボーン装備の男は気を良くした。

 

「火の国なんか滅んでしまえ、ってな!」

「がははははは!」

 

 二人のハンターの笑い声も、喧騒に消えていく。

 タンジアの集会所には、いつもハンターが集まる。だが、命知らずのハンターたちも、その依頼には躊躇しているようだ。

 

 二人組がクエストボードから離れると、赤い鎧の男がその張り紙に目を留めた。しばらく眺めていると、張り紙を剥がして、クエストカウンターへ向かう。

 彼は受付嬢の目の前に、その張り紙を突きつけた。

 

「あ……それ、ですか」

「ああ」

「火の国のハンターズギルドからの依頼です。ブラキディオスとジンオウガ亜種の同時狩猟。あちらのハンターと協力して、という形になりますが……」

「俺がやる」

 

 赤い鎧のハンターはそう言った。受付嬢は目を丸くする。このクエストに関しては、冷やかし以外のハンターは初めてだ。

 

「えっ! その……かなり危険ですが……」

「いい」

 

 ぶっきらぼうに、赤い鎧のハンターは答えた。受付嬢は頷いて、クエストをまとめた分厚いファイルを開いた。

 

「わかりました、では、ギルドカードを……」

 

 赤い鎧のハンターは、ギルドカードを取り出す。

 

「確認いたします」

「それから、火の国のギルドに伝えてくれ」

「……はい。何と?」

 

 受付嬢は、確認を終えたギルドカードを返しながら、ハンターの顔を見た。

 そのハンターは、はちみつ色の髪の下で、少し照れ臭そうに笑った。

 

「『カモンが行く』ってな」

 

 

 




これにて「火の国なんて滅んでしまえ!!」完結となります。
感想とか振り返りとかを活動報告に上げておきます。

最後になりますが、ご愛読ありがとうございました。
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