メルトリリス(偽)、呪術の世界に降り立つ   作:ひのき

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 この世界がFateではないと知った日から、一週間。

 

 週末に再び呪術高専へとやってきた私は、夜蛾さんから先週の続きとなる説明と。

 簡単な、呪術の指導を受けることになった。

 

「まずは術式だな」

 

「術式?」

 

「正しくは生得術式と言う。生まれながらにして呪術師の肉体に刻まれている力だ。個々によって生まれ持つ術式は違う。呪術師が実力を上げるには、自らの術式を深く理解し、使いこなさなければならん」

 

 個々によって違う力。

 つまり、特殊能力とかスキルみたいなものだろうか。

 

「夜蛾さんの術式はなんですか?」

 

「これだ」

 

 そう言って、夜蛾さんが取り出したのは可愛らしいデフォルメされた猫のようなぬいぐるみ。

 彼が術式を発動すると、ぬいぐるみが動き出す。

 

「わあ」

 

 なんともファンタジーで、ファンシー。

 厳つい顔をした夜蛾さんがかわいいぬいぐるみを動かしてると思うと、なんか面白い。

 

「傀儡操術という。物体に呪力を込めて動かす術式だ」

 

 物体を動かす術式。

 すごくシンプルだ。動かす対象がぬいぐるみなのは、夜蛾さんの趣味なのかな。

 

「私にも術式があるんですか?」

 

「さてな。呪術師が生まれ持つ力とは言ったが、すべての呪術師が術式を持って生まれるというわけでもない」

 

 術式を持たない呪術師もいるんだ。

 でも、それだったらどうやって自分が、どんな術式を持ってるのかって判断するのだろうか。

 

 私はそんな疑問を抱くが、夜蛾さんはそれを見越したかのように続ける。

 

「術式は基本、四歳から六歳程度の時期に自ずと自覚するケースが多い」

 

「…………私、十歳ですよ?」

 

「何か、自覚しているものはないか」

 

 夜蛾さんの言葉に考える。

 

 術式、か。

 自覚している力というのは実際ある。

 id-es(イデス)である『メルトウイルス』と、それに起因するオールドレインがそれだ。

 だけどそれが術式かというと、それは違うんじゃないかとも思ってしまう。

 『メルトウイルス』は鋼の足と同じく、メルトリリスである私の身体機能だ。

 人間の体に血が流れているように、私の体には『メルトウイルス』という毒が流れている。

 呪力や術式がどうこうとはまったく別口の話だ。

 

 四歳から六歳。

 その期間、この体の持ち主は()ではなく裏月桜(わたし)だった。この体を譲り受けたのはまだ少し前のことで、それから時間はあまり経っていない。

 だから私は、私自身の体を未だちゃんと理解できていないのかもしれない。

 

 この体がメルトリリスであるという思いが先行していて、『メルトウイルス』やオールドレインといった力にばかり目を向けていた。

 それらに覆い隠されて、他に力があることに気づいていなかった?

 だとすれば、と私は自分の内側へと意識を向ける。

 

 三柱の女神の神核と性質を組み込まれた肉体。

 サーヴァントではなく生身の人間としてこの世界に生まれたため、いくらか本来のものとは違っているし、まだまだ実力は本物のメルトリリスには及ばない。

 でも、その能力(スキル)の本質は変わらない。

 だから術式があるとするならば、それは本来のメルトリリスは持ち得ない異物のようなもの。

 気づけるはずだ。

 

 一つ一つ、自身の内を探っていく。

 その中に――あった。

 生身の人間として生まれたが故に、メルトリリスというアルターエゴには本来搭載されていない力。

 頭の中に刻まれていた術式。

 

 私はそれを今、ハッキリと自覚した。

 

 自覚したばかりの術式を発動する。

 すると、私の横に()()は現れた。

 

「ほう、式神か」

 

 それはクラゲのような姿だった。

 

 薄らと青みがかった透明で、丸っこい傘の部分とその下から伸びる八本の触手。

 タコクラゲが近いかな。

 全体的にかわいらしいフォルムだ。

 

 ただしサイズは大きく、私の身長と同じくらいだった。

 

「それがお前の術式だな」

 

「そうみたいです」

 

「何ができる?」

 

「毒が使えるみたいです。というより、この子は私の毒を媒介して行使するための式神ですね」

 

「ならば、本質は式神ではなく毒の術式ということか」

 

「そんな感じです」

 

 夜蛾さんの言葉にうなずく。

 自覚すると同時に、それがどのような術式であるのかをおおよそ理解することができた。

 不思議だけど、そういうものなのだろう。

 

 ただ、厳密に言うと夜蛾さんにした説明は少し違う。

 私に刻まれている術式は毒の術式ではなく、正真正銘このクラゲの式神を呼び出す術式だった。

 式神が媒介する私の毒、というのは術式によって生成される毒ではない。

 ――『メルトウイルス』のことだ。

 

 このクラゲは、体自体が『メルトウイルス』によって構成されている。

 つまり、『メルトウイルス』が術式によって形を成したような存在と言ったところだろうか。

 当然、このクラゲの式神が『メルトウイルス』を行使して他の存在を溶解させることはできるし、オールドレインによって吸収し私に還元することもできる。

 

 だから厳密には毒の術式ではない。

 

 でも、やってること自体はめちゃくちゃ強力な毒を生成し、それを媒介する式神を呼び出す術式と言っても特に違和感なんて感じないだろう。

 別に間違っているというほどのことでもないし。

 

「術式はただあるだけでは意味がない。鍛え、理解し、使いこなす。そうして初めて、真に自らの力とすることができる。精進あるのみだ」

 

「はい!」

 

「良い返事だ。とはいえ子どもであるお前は、まだ実戦に出る必要はない。呪力の扱い、術式の扱い、体術もだな。時間はある。焦らず着実にやっていけ」

 

「実戦に出ないんですか?」

 

「当たり前だろう。お前は幼すぎる。今までやっていた深夜の呪霊祓除も今後は禁止だ」

 

 キッパリと、夜蛾さんは告げた。

 有無を言わさない感じだ。

 実戦に出ないことは当然として、私が夜な夜なやっていた呪霊退治も禁止されてしまう。

 

 まあ、そりゃそうだよねと納得。

 呪霊との戦いは命懸けだ。

 如何に私が今までそれなりの数の呪霊を倒していたとしても、メルトリリスの力があったとしても、十歳の子どもであるという事実は変わらない。

 当然だよ。

 まともな大人なら止めるよね。

 

 だけど、困ったな。

 呪霊と戦えなくなってしまうと、オールドレインでの自己強化もできない。

 呪力の扱い、術式の扱い、体術の鍛錬。

 夜蛾さんの言うそれらは強くなるためにどれも大事だとは思うけど、オールドレインで強化するのはもっと手っ取り早く効率的に強くなれる方法だ。

 それに呪術のことを知った現状、オールドレインで強化する対象として、呪術関係の能力を上げることもできそうだし。

 多分、呪力の量とかも増やせるよ。

 

 それに、他人を助けるという目標を掲げたわけだから、人に悪意をもたらす呪霊を積極的に倒したい。

 

 でも。

 

「わかりました。今後は、許可なく呪霊を倒しに行かないようにします」

 

 私は素直にうなずいた。

 

 たしかにオールドレインできなくなるのは困ってしまうけど、夜蛾さんの言っていることは真っ当だ。

 常識的で当然の判断だ。

 そもそも私のためを思ってのことだろうし。

 

 大丈夫。

 オールドレインで強くなれないとしても、それならそれで夜蛾さんの言った通り焦らず着実に、まずは基礎を固めていくのも悪くないだろう。

 それも間違いなく、必要なことだもんね。

 

 そうしてしっかりと強くなってから、他人を助けるのだ。

 

「…………裏月は、本当に聞き分けが良いな。どうかそのまま、真っ直ぐ育ってくれよ」

 

 そう、夜蛾さんはとても優しげな顔で言う。

 

「えっ、と?」

 

「教職をしていると色々あるんだ。お前は問題児にはならなさそうで安心してる」

 

「は、はあ…………そですか」

 

 問題児かあ。

 よくわからないけど夜蛾さんも大変らしい。

 

「でも、手のかかる子ほどかわいいって言葉もありますよ?」

 

「………………まあ、その言葉自体を否定はしないが。そう思えるレベルの問題児であれば、な」

 

 眉間に皺を寄せ、苦虫を噛み潰したような顔をする夜蛾さんであった。

 苦労してるんだなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 私はいま、空を飛んでいます。

 

 正確に言うと、空を飛んでいる()()に横脇に抱えられ。

 命綱もなしに空へと誘拐されています。

 

「あの辺かなー」

 

 私を抱えている()()が、空から地上を眺めてのんきな声音で言う。

 

「桜、とりあえず二級からいこうか!」

 

「…………私、夜蛾さんから実戦をするのはまだダメだって、禁止されてるんですけど」

 

「まあまあ、大丈夫でしょ! 君、今でもかなり強そうだし。現役の呪術師と遜色ないよ」

 

「あの、実力とかの話ではなくて」

 

「ハハハ、桜は真面目だなあ。君だって、せっかく呪術習ったんだから試したいでしょ?」

 

 それはまあ、否定はしないけど。

 

「これでもし怒られるとしても僕だけだから、桜はせっかくの機会を楽しみなよ」

 

「でも、二級呪霊って結構強い方なんですよね?」

 

「何、不安? 大丈夫だよ。二級呪霊と比べたら今の桜の方が強いよ。もしも危なそうだったら僕が助けに入るし。心配はいらない。僕は最強だからね」

 

「あなたが?」

 

 この人、強いのだろうとは思う。

 それもすごく。

 最強と自称しているのが本当にそうなのかは知らないけど、強いことは間違いなさそう。

 私の感覚がそう伝えてくる。

 

 この軽薄で、夜蛾さんが少し目を離した隙に私を誘拐していくような不審な男が、最強?

 それはとても、ひどい話だと思う。

 

「心の準備はできたかな? 行っくよ〜!」

 

「うぅ……ごめんなさい夜蛾さん…………」

 

 そんな懺悔をこぼしながら。

 

 私は最強を自称する男に抱えられたまま、空から急降下させられるのであった。

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