『名探偵コナン』オリ主・銀編   作:トート

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『名探偵コナン』オリ主・銀編:エピローグ「白銀の檻に、花の咲く」

1. 24.3度の方程式

「――室温が24.3度。湿度が45%。人間の皮膚組織が最もストレスを感じず、衣服の繊維が静電気を発生させにくい最適な数値だ。蘭、君の空間管理能力は、僕の脳の演算速度を常に最高値に保ってくれるよ」

緑豊かな住宅街の角に佇む、小さな一軒家。

リビングのソファに深く腰掛けた白銀銀(しろがね ぎん)は、右手だけで厚みのある心理学の学術書をめくりながら、キッチンに向かってトーンの低い声を放った。

彼の左肩から先は、高校生の頃から変わらず、シックな黒いサポーターで固定されたままだ。数年前、廃ビルで蘭の身代わりとなって弾丸を受け、神経を完全に破砕された左腕は、今もピクリとも動かない。肉体的な欠損という消えない代償。しかし、大人の男としての体躯へと成長した今の銀からは、その不自由さを補って余りあるほどの、静かで圧倒的な支配力(カリスマ)が漂っていた。

「もう、銀くんったら。お部屋の温度を褒めるのに、そんな難しい数字並べなくたっていいじゃない」

キッチンから、エプロン姿の蘭がクスクスと笑いながら姿を現した。

彼女の髪は高校生の頃より少し短くなり、その表情には、かつて米花町で「届かない幻影」を待ち続けていた頃の悲痛な陰は、塵一つすら残されていない。あの病室で、自分のために未来を失った銀の左手になると誓ったあの日から、彼女の瞳には、穏やかで、深く、揺るぎない幸福な覚悟だけが満ちていた。

蘭は迷いのない足取りで銀の元へ歩み寄ると、ソファの隣にごく自然に腰掛けた。

そして、銀の動かない左腕を自分の両手で優しく包み込み、自らの膝の上へと引き寄せる。冷たく、感覚を失った銀の左手に、蘭の体温がじんわりと、けれど確実に染み渡っていく。

「はい、お茶淹れたよ。今日は銀くんの好きな、少し苦めのアールグレイ」

「すまないね、蘭。僕の左腕が出力を停止しているせいで、カップを持つという単純なタスクの際にも、君の肉体的リソースを消費させてしまう」

「いいの。私がやりたくてやってるんだから。……ねえ、銀くん。今日、園子から手紙が届いたんだよ」

蘭はフリーの右手で、テーブルの上の絵葉書を銀に見せた。

鈴木園子は大学を卒業後、鈴木財閥の海外事業を手伝うために世界中を飛び回っている。手紙には、相変わらずのハイテンションな文字で『そっちは相変わらず銀くんの檻の中でイチャイチャしてるわけ? たまには息抜きに海外にでも遊びに来なさいよ!』と書かれていた。

銀は葉書を一瞥し、フッと口元を歪めた。

「鈴木さんは相変わらず言葉のサンプリングが下品だね。これは檻ではなく、外の世界のあらゆる嘘やリスクから、君という至高の標本を守るための『安全な防壁』だ。不透明な事件や、守る質量を持たないアマチュア探偵がのさばる世界に、君をこれ以上露出させる必要性が論理的にどこにある?」

「ふふ、そうだね。私は、銀くんのこのお部屋の中にいるのが、世界で一番安心するよ」

蘭は銀の胸元に、そっと自分の頭を預けた。

銀の無事な右腕が、滑らかな動作で蘭の華奢な肩を抱き寄せ、自らの内側へと強く引き込む。

拒絶も迷いもない。蘭は、自分の未来をその動かない腕で縛り付けた男の心臓の鼓動(ピッチ)を耳元で聴きながら、静かに、深く息を吐き出した。

工藤新一という残像は、もう彼女の脳内のどこを探しても存在しない。スマートフォンの画面を見つめて涙を流す日常は死んだ。今、彼女の視界を、人生を、未来を満たしているのは、目の前で自分のために血を流し、その代償として一生モノの障害を背負った、この白銀銀という現実の男だけだった。

2. 境界線の外側で

その頃、世界の裏側。激しい雨がアスファルトを叩く、欧州の陰鬱な路地裏。

「――ターゲット、裏口から出てきたわ。江戸川君」

通信インカムから、冷淡で、けれど絶対の信頼を宿した灰原哀の声が響く。

路地裏のコンクリートの壁に身を潜めていた江戸川コナンは、大きめの丸眼鏡を雨水に濡らしながら、静かにキック力増強シューズのダイヤルを最高値へと回した。

彼らの指には、蘭との決別のあの日、非常階段で交わした「影のバディ」としての、目に見えない強固な同盟の契約が刻まれている。

彼らはあれから一度も『工藤新一』や『宮野志保』の姿に戻ることはなかった。組織の残党を根絶やしにするため、帰るべき日常を完全に焼き尽くした復讐鬼として、二人の影は今も闇を駆け続けている。

(蘭……お前が、あいつの隣で、あいつの名前を呼んで笑っててくれるなら……俺のこの18キロの肉体にも、ほんの少しは意味があったのかもしれないな)

コナンは一瞬だけ、遠い日本の、あの琥珀色のアンティークショップの光を思い出し、それからすぐに、探偵としての冷徹な脳でそのセンチメンタリズムを消去した。

今の自分には、隣で同じ闇を背負って銃を構える灰原哀がいる。それで十分だった。

「行くぞ、灰原。――チェス盤を、綺麗さっぱり片付けようぜ」

『ええ、江戸川君。あなたの地獄の果てまで、付き合ってあげるわ』

二つの影は、激しい雨の霧の向こうへと、音もなく跳んでいった。

3. 満開のロマンス

日本の、静かな一軒家。

リビングの掛け時計が、心地よい音を立てて午後6時の鐘を鳴らした。

「あ、もうこんな時間。銀くん、今日のご飯は何がいい? 栄養素の配合、完璧にしてあげるね」

蘭が銀の胸から顔を上げ、悪戯っぽく笑いながら尋ねる。

銀は眼鏡の位置を右手で直すと、蘭のその潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

「君が僕の隣にいて、僕のシステムを管理してくれるなら、メニューの規格は何でも構わないよ、蘭」

銀は動かない左腕の代わりに、無傷の右手を伸ばし、蘭の後頭部を優しく、けれど逃れられない力強さで引き寄せると、その唇を静かに重ねた。

窓の外では、冷たい冬の夜空に、無数の星が完璧な配置で輝いていた。

工藤新一への決別を経て、完全に施錠された現実の檻。しかしそこには、世界で最も優しく、最も暖かい、二人だけの永遠のロマンスが、確かに咲き誇っていた。

(了)

 

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