英雄の誕生まで駆け抜けて 作:アベンチュリン
金の月が浮かんでいた。
日没を終え、オラリオの頭上には蒼い夜天が広がっている。魔石等の光が氾濫する迷宮都市は宝石箱をひっくり返したかのように輝いていた。
迷宮の直上に築き上げられた塔、『バベル』。
選ばれた神の住居でもある白亜の巨頭の、その最上階では、一人の女神が歩みを連ねていた。
こつこつと靴を鳴らしながら、その銀の長髪を両手でばっと背中へ流す。
「待たせたかしら?」
長い廊下を歩き終え、巨大な樫の木の扉を開けた『美の神』──フレイヤは、開口一番そう尋ねた。
広い室内には本棚をはじめとした
「いや、問題ないよ。時間をとってもらって悪いね、フレイヤ様」
足に林檎の意匠を施された精巧なテーブルについているのはヘルメスだ。おどけた口調で笑みを浮かべている彼の側には、緊張した面差しのアスフィが控えている。
二人掛け用のテーブルを挟み、二名の眷属と二柱の神が対面する。
「それで、用件は」
前置きなしに、ソプラノの美しい声が問いかけた。
「もう知っていると思うけど、タチバナ・コウスケがダンジョンから帰ってこない。オレはこれからヘスティア達と一緒に、彼を探しに行くつもりなんだ、フレイヤ様」
「それで?」
「だから、断りを入れておこうと思ってね」
「何故わざわざ、私に断りを入れるのかしら?」
浮かべている微笑を変えないフレイヤに、ヘルメスもまた笑う。
「
「……」
「実際のところは分からないけど、悪いものじゃないんだろう? 麗しの
十日ほど前、このバベルで開かれた
(
自らの『美』に取り込まれた
「そう」
ある程度納得がいったフレイヤは、銀の瞳で早く本題に入れと促した。
「貴方の
真剣な顔でそこまで力説したヘルメスは。
次には、泣き笑いのような表情をして懇願してきた。
「だから──オレの【ファミリア】に攻めかかってこないでくれぇっ、フレイヤ様⁉」
「……」
後生だと言わんばかりに泣きつく
保険をかけにきた、というのは事実だろう。ヘルメスも自分の【ファミリア】に愛着はあるようだ。
自らの『美』に取り込まれていても、その程度の思考は働かせられるのだろうと、考えた。
「まぁ、いいわ」
続いているヘルメスの哀願を聞き流していたフレイヤは、彼の行動に目を瞑ることにした。
♢
始めに布地の天井が見えた。
「天丼は三回までだっけ……」
18階層、知らない天井、デジャヴを感じる状況だが、今回の俺は意識を失うまでの記憶をちゃんと覚えている。あの後、【ロキ・ファミリア】に治療を施され、テントに運び込まれたのだろう。
「ヴェルフ、リリ……ベルは、先に起きてるか」
寝ているヴェルフとリリが見えたので、身を起こしてテントの外をうかがう。
「あ、コウスケさん! 目が覚めたんですね!」
「ベル……いまどういう状況?」
「えっと、フィンさん達にお礼を言って、事情の説明をしてきたところです」
「そっか、フィンさん達は何か言ってた?」
「周囲と揉め事を起こさなければこのテントは自由に使っていいそうです。あ、あと、コウスケさんの力を借りたいって言ってました」
「ンー、分かった」
ちょうどベルが戻ってきていたので状況も確認する。あー、なるほど、
「じゃあ、早速挨拶してくる。フィンさん達のテントどこにある?」
「あそこです」
ベルが示したのは、周囲と比べて一回り大きく、【ロキ・ファミリア】のエンブレム入りの旗が横に立つテント……扉があるから小屋か。なるほど、一目で分かるな。
「こんにちは、タチバナ・コウスケです」
「いいところに来たね。ちょうど君の話をしていたところなんだ」
「アッ、ソウデスカ」
【ロキ・ファミリア】の三幹部が俺のことを話題にしていた? 嫌な予感しかしない。
「ベル・クラネルからは話を聞いているかな? 君の魔法を見込んで頼みたいことがあるんだ」
なんだ
「
早速フィンさんに案内してもらい、負傷者達が休んでいる天幕に向かう。
「だ、団長⁉と、そちらの彼は?」
「君達も話を聞いていると思うけど、今日の
「……まさか!」
「【
「そういう訳だから、彼も通してくれるかい?」
「は、はいっ!」
幕をくぐり、中の様子を確認する。苦悶の表情をうかべる患者達と、彼らを看護する数名の団員の姿があった。うーん、訝しむ視線を感じる。フィンさんがいなかったらどうなっていたか。
「フィンさん。いずれバレるとは思いますけど、それまで俺の魔法の情報は口止めしてくれませんか」
「構わないよ。ここにいる者達には僕の方から言っておこう」
「ありがとうございます。うっし、じゃあやりますか。【不変の王。無窮の旅人。万象は廻り、地は砕け、天球は失墜し、開闢を言祝ぐ。尊き叡智よ、我が声を聞け。我が手に
「う……?」
寝込んでいる
複雑な文様の
「【癒しの滴、光の涙、永久の聖域。薬奏をここに。三百と六十と五の調べ。癒しの
視線が驚愕のものに変わっていくのを感じる。
「……」
体を苦しめていた原因が取り除かれた者から、安らかな寝息へと変わってゆく。
魔法を維持しながら天幕の中を動き回り、1時間も経たないうちに、全員の治療が完了した。
「……期待以上だよ。タチバナ・コウスケ」
「【
「ああ、助かったよ」
テントに戻り、少しすると、ダンジョンの『昼』が終わり、『夜』が始まろうとしていた。
おぉ、夜はこんな感じか。ベート達と来た時はゆっくり見る余裕なんて無かったからなぁ。
「……コウスケさん!ヴェルフとリリが目を覚ましました」
「そうか、ようやく一安心だな」
覚醒直後で少し
「申し訳ありません、ベル様、コウスケ様……」
「すっかり足を引っ張ったな……悪い」
「いや、俺も分断されて迷惑をかけた。リリにパーティの心臓って言われてたのにな」
「そ、そんなことないよ!」
がーっ、とベルが怒涛の勢いでまくし立てる。
「リリがいなかったら18階層まで下りるなんて考えられなかったし、ヴェルフがいなかったらヘルハウンドに丸焼きにされてた。コウスケさんも最後には合流して、一緒にゴライアスを倒してくれた。パーティ全員がいたからっ……だから生き残れたんじゃないの?」
「……だな」
「誰か一人欠けても駄目だった、ですね」
「ベルがそう言ってくれると助かる」
苦い空気が晴れ、すぐに全員が無事だったことに笑い合った。
「……食事の用意ができたけど、大丈夫?」
「あ、はい!」
外からかけられた声に、ベルが返事をすると、幕を除けて【
彼女の姿に、リリもヴェルフも驚きの表情をあらわにした。
「す、すいません、本当にご飯まで頂いて……」
「平気だよ……外には、出てこれる?」
ベルが視線で問いかけてきたので、鷹揚に頷いておく。俺自身は【ロキ・ファミリア】の幹部陣とガッツリ関わってしまっているから、今更遠慮するのも変な話だろう。
四人並んでアイズの後ろに従う。すぐに野営地の中心へと到着した。
「し、失礼します」
人気が少ない場所に右からアイズ・ベル・リリ・ヴェルフ・俺の順に座る。
「みんな、聞いてくれ。もう話は回っていると思うけれど、今夜は客人を迎えている。彼等は
「はぁ、上手いもんですねぇ……」
「あぁ、俺も見習わないとな……」
フィンさんが一人立ち上がって俺達の紹介をする。揉め事を防ぐため、冒険者の自尊心に訴えかけるような口上に、俺とリリは感心しきりだった。
やがて食料が配られる。一人につき二つ、三つの
ベル達が
……そういえば、そろそろヘスティア達がこの階層に到着する頃か、しょうがない。迎えに行ってやろう。
「すいません。少し失礼します」
食事を終え、ヒリュテ姉妹にその場を譲るようにその場を離れ、17階層へ続く連絡路に向かう。
洞窟前に着く頃には、ちょうどヘスティアを含む7つの人影が17階層から降りてきたところだった。
「ヘスティアー!こんなところで何してるんだー!」
「⁉ コウスケ君!!」
「危なっ!」
一直線に飛び出してきたヘスティアを回避し、残りの人達の方へと向かう。
「お久しぶりですアスフィさん。
一息で言い切り、地面でピクピクしているヘスティアを回収する。……お姫様抱っこでいいか。
先導するように歩き、全員を【ロキ・ファミリア】の野営地へと連れていく。
野営地に戻った時にベル達と【タケミカヅチ・ファミリア】の間で一悶着あったが語る必要は無いだろう。
♢
「コウスケ君、少しいいかい?」
明日以降の予定について話し合った後、ヘルメスに呼び止められた。
肩を組まれて人気のない場所へと連れ込まれる。
「で、なんの用ですか?」
「君と話がしたかったんだ。
「!」
神に嘘は通じない。沈黙を保ってもいいが、それは無言の肯定と受け取られるだろう。
面白半分でベルの名前を使ったが、効果は薄かったらしい。
「けど、その前にお礼を言わせてくれ。君のおかげでオレの
「いえ、俺も結局アスフィさんの
「謙虚だなぁ君は、もう少し調子に乗っても
「リューさんにも似たような事を言われました。自己評価の低いところが俺の悪いところだって」
そうして一日が終わり、また『朝』が来た。
ベル達はアイズの案内でリヴィラに行くらしい。俺は行ったことある、物価は高い、無法者達に絡まれたくない、の三拍子がそろったのでパスした。それよりも水浴びがしたい。
リヴィラの街の反対側、18階層東部に広がっている水晶の森を歩くことしばらく。滝の音を頼りに、原作でベルが覗きをする泉にたどり着いた。
「おおー」
美しい景色に感心するのもそこそこに水浴びを始める。この階層はモンスターが産まれないというだけで、他の階層から侵入してくるモンスターが存在している。
俺には速攻魔法があるが、だからと言って無防備になりたいわけじゃない。
すっかり冒険者の生活に染まってきている自分に呆れつつ、汗なんかのべたつきを体から洗い流した。
「よし、戻るか……野営地ってどっちだっけ、まあ上から見ればいいか【テンペスト】──【エアリエル】」
風を纏い跳躍、枝を足場にもう一度、そうして木々の上へと躍り出れば、階層中心に生える巨大樹を見つけることができた。
現在位置にある程度のあたりをつけた俺は、木の上から飛び降り……このまま木々の上を跳んでいった方が楽じゃないだろうか? そう考えた俺はそのまま木々を伝ってロキ・ファミリアの野営地に帰還した。
「ベート、どうもご苦労だった」
「ったく。解毒薬の運搬なんて、面倒な事させるんじゃねぇよぉおおお⁉」
「うん、無駄足になってしまった事についてはすまないと思っているよ」
「なんで兎野郎がここに居んだぁ⁉」
「ベートさぁん。俺もいますよ~」
「あぁ⁉」
ちょうどベートもヘスティア達も戻ってきていた。驚いているベートの後ろから俺も声をかける。
「……………………………」
「うわ、この顔写真に撮りたかった」
とうとう言葉を失い、面白い表情のままベートは固まった。今度カメラみたいな
「あ、フィンさん。できればでいいんですけど、少しだけお酒を分けてもらえませんか?」
野営地に戻ってくるまでに森の中で見つけた墓標、彼女達に俺も会いに行くとしよう。アリーゼ・ローヴェルの魔法には世話になっているのだから。
♦
リューは神ヘルメスに騙され、覗きをしてしまったという
そこには黒髪の先客がいた。
「……コウスケさん?」
同じ【ファミリア】同士、その後ろ姿は見慣れていたのだろう。先に口を開いたのは少年だった。
「………………ベルか、それにリューさんも」
祈りを捧げ終えた黒髪の少年はリュー達の姿を目にすると、何でもないように話しかけた。
「……タチバナさん。何故あなたがここに」
「リューさんと同じですよ。【ロキ・ファミリア】からお酒を分けて貰えたので、彼女達に供えにきました」
「……神ヘルメスから私の話を聞いたのですか?」
「いや、俺がただ知っていただけですよ」
「……なるほど、鋭い貴方のことだ。それならば納得できる」
その答えに、リューは豊穣の女主人で
「あの、リューさん、これって──」
「私が所属していた、【ファミリア】の仲間達の墓です。……タチバナさん、クラネルさんに私のことを話しましたか?」
「話してませんよ。人には隠し事の一つや二つあるものですから」
「そうですか。……クラネルさん。身勝手ですが聞いてもらえますか?」
ベルが頷く。
「タチバナさん、貴方にも私の口から話しておきたい」
続くリューの言葉にコウスケも頷いていた。
♢
「ヒェッ」
リューの話を聞いた後、ベルと共に野営地に戻ってきたのだが、どうにも雰囲気がおかしい。尋常じゃないほどの殺気がベルへと向けられている。一体何が……あ。
「……ベル、男の浪漫の事を謝ってこい。今夜寝込みを襲われても、俺は助けれないぞ」
「い、行ってきます!?」
駆け出していくベルを見送る。やっぱり余計なことばかりするな
さぁて、やる事無いしステイタスの更新でもしておくか。
タチバナ・コウスケ
Lv.2
力:G289→E483
耐久:E404→C601
器用:G293→D523
敏捷:G217→E472
魔力:F300→C613
魔導:I
《魔法》
【スペルズ・マギナ】
・召喚魔法
・行使条件は詠唱文及び魔法効果の完全把握
・召喚魔法、対象魔法分の精神力を消費
《スキル》
【
・
・魔法発動時、任意による詠唱破棄権
消費精神力マインド増大
魔法効果減衰
「終わったよ。もう驚きを通り越して呆れてしまうよ、
「おおぅ。マジで? ゴライアスを倒したからメチャクチャ伸びるとは思っていたけど」
ヘスティアから口頭で伝えられたステイタス更新の結果は、アビリティ上昇値トータル999オーバー、さらにもうランクアップが可能な状態らしい。
通常のゴライアスのポテンシャルはLV.4相当、最後はベルが決めたとはいえ、ほとんどの【
原作でも黒いゴライアスの【
「どうする?今ここでランクアップしてしまうかい?」
「いや、ランクアップはアビリティがオールSになってから考える。……ちなみに発展アビリティは何が発現できそうだった?」
「『治療』だけだったよ」
「なら、なおさらランクアップは保留だな。できれば『耐異常』が欲しい」
ダンジョンでより深い階層を目指すなら『耐異常』の発展アビリティは必須だ。というか持っていないと18階層より下の階層が怖い。なんなら俺が知っている上級冒険者の人達はみんな持っていた気がする。
「ならステイタスの更新はおしまいさ。ベル君のも更新したいから呼んできてくれるかい?」
「わかった」
さてさて、今頃ベルはどこにいるかな~。
♢
野営地を一通り探したがベルの姿は見つからなかった。であれば今頃はレフィーヤと一緒に大森林で
「そう思って来てみたけど、何も見つからん」
既に
「タチバナさん。こんな夜遅くに何をしているのですか?」
「リューさん。ベルが野営地からいなくなったんですけど見ていませんか? さっきから探しているんですけど見つからなくて」
そこに妖精が現れた。
「クラネルさんが? 申し訳ありませんが見ていません。しかし事情は分かりました。この森でのクラネルさんの捜索は任せてください。この森に慣れていない貴方では迷ってしまうでしょう」
リューの正論に返す言葉が無くなったその時。
突如として光の奔流が姿を現した。
「リューさん、あそこにベルがいる気がするんですけど」
「私も同じことを考えていました。 タチバナさん、私が先行するので後をついてきてください。もしクラネルさんが何らかのトラブルに巻き込まれているなら、貴方の魔法が役に立つはずだ」
「分かりました!」
♢
現場に急行し、ちょうど開花していた食人花をリューが薙ぎ飛ばしたところで声を上げる。
「
リューが『並行詠唱』を始めた。ならば俺も俺のやるべきことをしよう。
「二人とも治療するからじっとしてろよ。【癒しの滴、光の涙、永久の聖域。薬奏をここに。三百と六十と五の調べ】──────【ディア・フラーテル】」
「【ルミノス・ウィンド】」
純白の光輝が立ち上がり、案の定その場にいたベルとレフィーヤの傷と体力がたちまち癒えていく。
それとほぼ同時にリューの魔法が炸裂し、モンスター達の肉体は灰へと化す。『魔導』の発展アビリティを持たないにもかかわらずあの威力、やっぱり