『学園黙示録:SILVER BULLET(シルバー・バレット)』 作:トート
東の空が、不気味なほどに鮮やかな、血の混じったような薄紫色の朝焼け――払暁(ふつぎょう)の光に染まり始めている。
インフラが完全に死に絶えた床主(とこなめ)市の臨海工業地帯へと続く直線道路。
銀が駆る大型トラックのフロントガラスの向こう側から、この街に生き残った最後の生者の肉を求めて集結した、言葉を失うほどの「死の質量」が姿を現した。
港へと続く唯一の橋の手前を、数千、数万の『奴ら』の黒い群れが、隙間なく埋め尽くしている。
「嘘……これ、全部を突き破るつもりなの……っ!?」
荷台で高城沙耶が絶望的な声を上げる。
「平野、小室、宮本! 荷台の鉄板に身を隠せ! 衝撃で振り落とされるなよ!」
銀は表情一つ変えず、ギアシフトを最高速のギアへと叩き込み、直結始動させたエンジンのアクセルを床まで踏み抜いた。
「冴子、来るぞ」
「ええ。いつでも」
助手席の毒島冴子は、南リカの部屋から手に入れた日本刀(真剣)の柄を両手で固く握り締め、白刃を胸の前に構えた。その瞳には恐怖など微塵もなく、ただの障害物を切り拓くための、冷徹な武人としての恍惚の光だけがギラギラと輝いていた。
キュリリリリ、ドゴォォォンッ!!!
エンジンの咆哮とともに、大型トラックは時速100キロを超える猛烈な速度で死者の津波へと突撃した。
ズガァンッ! バキバキバキッ!!!
強靭なスチール製のフロントバンパーが、最前列の『奴ら』を骨ごと粉砕し、肉飛沫をフロントガラス一面に浴びせかける。ワイパーすら動かない暗黒の視界のなか、銀はただ整備士としての感覚だけでステアリングを微調整し、トラックの質量を最も効率的に群れの中心へと叩き込んでいく。
車体を激しく叩く無数の死者の手の音、骨の砕ける不快な衝撃。
だが、群れの中心に差し掛かったその時、乗り捨てられていた大型コンテナトレーラーの残骸に激突し、トラックのスピードが急激に死に体へと陥った。
「ガァァァッ!」
「アアァォォ……!」
速度の落ちたトラックの左右から、何百もの『奴ら』が蜘蛛の子のように車体へと這い上がってくる。助手席の窓ガラスが凄まじい力で叩き割られ、白濁した目をギラつかせた化け物の手が、冴子の首筋へと迫った。
ザシュッ――。
冴子の放った電光石火の一刀が、窓から侵入した『奴』の首を綺麗に跳ね飛ばす。
「銀、左側は私が全て叩きます! 前だけを見なさい!」
冴子は割れた窓から身を乗り出すようにして、刀を流れるように振るい、車体に取り付こうとする死者たちの脳幹を次々と正確に切断していった。真剣の圧倒的な切れ味と、彼女の持つ破壊の狂気が、極限の死地を最悪の戦闘空間へと変えていく。
「平野、右のタイヤの周りを払え!」
銀が怒鳴ると同時に、荷台から平野コータのM1Aライフルが至近距離で火を噴いた。
ズドォン! ズドォンッ!
確実な射撃が、トラックの車輪を止めようとする化け物どもの頭部を次々と消し飛ばしていく。小室孝のバットと宮本麗の槍も、死に物狂いで車体へとすがりつく手を叩き落とした。
銀はステアリングの下、火花を散らす直結の配線を強引に掴み直し、アクセルをさらに踏み込んだ。
「動け、この鉄くずがぁッ!!」
ピストンが、歯車が、銀の冷酷な生存の意志に応えるように、再び牙を剥いて爆発的なトルクを生み出した。
大型トラックは、数万の『奴ら』の包囲網を肉片ごと強引に引き裂き、ついに死の津波を突き破って、霧の立ち込める床主港の岸壁へと滑り込んだ。
キキィィィッ!!! という激しいブレーキ音とともに、トラックは波止場の先端で停車した。
そこには、静香先生の言っていた通り、まだ動く民間の大型クルーザーが、エンジンをかけたまま係留されていた。
「全員、船へ走れ! 荷物をまとめるな、命だけ持っていけ!」
銀の鋭い命令に、孝が静香とアリスの手を引き、平野が沙耶と麗の背中を押して、次々と船のデッキへと飛び移っていく。アリスは最後まで声を出すことなく、銀の教えを完璧に守り通して船へと避難した。
最後に、血の海と化したトラックから、銀と冴子が同時に降り立った。
二人のツナギとシャツは、浴びた返り血で完全に赤黒く染まり、手にした銃と刀からは、死者たちの残滓が静かに滴り落ちていた。
「……やり遂げましたね、銀。私たちは、この地獄を生き残りました」
冴子は刀を鞘に収めることなく、朝焼けの海の光を浴びながら、ふっと妖艶な、しかしどこまでも冷え切った笑みを銀に向けた。
「ここが出発点だ。街を出たところで、世界中がこれと同じ地獄になってるさ」
銀は鋭い三白眼で、水平線の向こうから昇る、眩いばかりの太陽を見つめた。
二人の間には、最後の最後まで、男女の甘い情愛や温かい約束など、1ミリも交わされることはなかった。彼らはただ、この狂った世界の終わりを生き抜くための、最も冷酷で、最も信頼できる「最高の凶器」として、互いの存在を腹の底で認め合っているだけだった。
「ええ、分かっています。どこへ行こうとも、私はあなたの背中を守る盾であり、刃であり続けましょう」
「勝手にしろ。……行くぞ、船を出す」
二人は並んで、静かに動き始めたクルーザーのデッキへと飛び移った。
燃え盛る床主市の街並みと、岸壁で虚しく手を伸ばす数万の『奴ら』の影が、朝の光のなかで急速に遠ざかっていく。ただ「生き残る」という絶対的な計算と狂気だけを共有した二人の怪物の旅路は、終わりの先の新しい世界へと向かって、力強く漕ぎ出していった。
(『学園黙示録:SILVER BULLET』――完)
一旦これで終わります、これより先のプロットもあるにはあるのですが、マンネリしてきたので…要望があればコメントください、やる気になるかも…ご一読いただきありがとうございました!