マブラヴ・インサート IFルート集   作:きのこ大三元

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この前、ちいかわ映画を見てきました。
面白かったです。ぜひ、作品をあまり知らない方でもおすすめです…


純夏交信事故シリーズ② IFストーリー「BETAPhone…?」編
第6話 βPhone、届く


 スマートフォン。

 

 電話ができる。

写真が撮れる。

動画を見られる。

買い物ができる。

地図にもなり、財布にもなり、暇つぶしにもなる。

 

 現代社会において、それは単なる携帯電話ではない。

 

 人間の時間と視線を集め、情報と娯楽と購買を一枚の画面へ押し込んだ、小さな生活基盤である。

 

 そして今回。

 

 BETAは、そこだけを妙に正確に理解してしまった。

 

 人類を支配したければ――まず端末市場を押さえればいい。

 

 

12月某日 朝

国連軍横浜基地・香月副司令執務室

<< 神宮寺 真白 >>

 

「……もう一度、言ってもらっていいですか?」

 

 自分は、香月副司令の執務室で固まっていた。

 

 目の前には、いつもの白衣姿の夕呼副司令。

その隣ではピアティフ中尉が端末を操作し、少し離れた場所には、まるきゅうを抱えた霞がいる。

 

 そして部屋の端には、申し訳なさそうに小さくなっている純夏さん。

 

 机の中央には、厳重に封印したはずの自分のスマートフォンが置かれていた。

 

 この配置だけで嫌な予感しかしない。

 

 以前の事故で、BETAは「小さくてかわいそうなもの」を学習した。

 

 その結果、BETAは丸くなった。

かわいくなった。

突撃級まんじゅうが生まれた。

霞は小型戦車級ぬいぐるみの「まるきゅう」を気に入った。

 

 十分だった。

 

 本当に、もう十分だったはずなのだ。

 

「BETAが、真白のスマホを本格的に解析したわ」

 

 夕呼副司令は、何でもないことのように言った。

 

「……やっぱり聞き間違いじゃなかった」

 

 自分は額を押さえた。

 

「夕呼副司令」

「何?」

「自分のスマホ、危険物扱いで隔離したんじゃありませんでしたか?」

「隔離したわよ」

「では、何で目の前にあるんです?」

「必要だから持ってきたの」

「それを隔離とは言わないと思います」

 

 夕呼副司令は聞かなかったことにした。

 

 いつものことだった。

 

 ピアティフ中尉が解析画面を開く。

壁面モニターへ、BETA側の情報領域から抽出されたらしい文章が表示された。

 

対象情報:スマートフォン

分類:人類生活圏支配端末

用途:通信/娯楽/購買/映像記録/位置情報/感情誘導/時間消費

重要度:極めて高

BETA側推定結論:端末市場の制圧は、人類情報圏の制圧に直結する

 

「……端末市場を制圧しようとしてるんですが」

「そうね」

「そうね、ではないです」

 

 純夏さんが、慌てて両手を合わせた。

 

「ご、ごめんなさい……! 真白さんのスマホに入ってた情報が、また混ざっちゃったみたいで……」

「純夏さんは悪くありません」

 

 そこだけは即答する。

 

「悪いのは、毎回スマホを実験に持ち込む夕呼副司令と、学習する方向がおかしいBETAです」

「私も入るのね」

「入ります」

「否定できないのが腹立つわね」

 

 否定してほしかった。

 

 霞が、まるきゅうを抱いたまま画面を見ている。

 

「……BETA側、配布準備を完了しています」

「配布?」

 

 嫌な単語が増えた。

 

 その瞬間、執務室の通信端末が鳴った。

 

 ピアティフ中尉が応答する。

 

「こちら副司令室」

 

『正門より報告。基地外周に、大量の荷物が出現しました』

 

 夕呼副司令の眉がわずかに動く。

 

「荷物?」

『はい。段ボール箱です。数は現在確認中ですが……かなりの量です』

「表示は?」

『箱の側面に、妙なロゴがあります』

「何て?」

 

 通信先の衛兵が、一瞬だけ答えるのをためらった。

 

『……βmazon、と』

 

 部屋が静かになった。

 

 自分は、ゆっくり両手で顔を覆う。

 

「次の事故の伏線が、もう段ボールに印刷されてる……」

 

 夕呼副司令だけが楽しそうだった。

 

「面白くなってきたじゃない」

「ならなくていいんです……!」

 

 

12月某日 午前

国連軍横浜基地・搬入口

<< 神宮寺 真白 >>

 

 搬入口は、段ボールで埋まっていた。

 

 本当に埋まっていた。

 

 壁のように積まれた箱の全てに、同じロゴが印刷されている。

 

βmazon

 

 自分のいた世界の巨大通販サイトを、BETAが妙な形で学習した結果らしい。

 

 そのくせ配送品質だけは高かった。

 

 箱の角は潰れていない。

積み方も整然としている。

緩衝材まで入っているらしい。

 

「……物流でBETAに負けたくなかったです」

 

「世界各地でも同時に確認されています」

 

 ピアティフ中尉が手元の端末を確認した。

 

「国連軍、帝国軍、欧州方面、合衆国方面を含め、複数の人類拠点へほぼ同時刻に配送。受取人欄は――『全人類』です」

「宛先だけ急に雑ですね」

 

 搬入口には、安全確認のためA-01や旧207Bの面々も集められていた。

 

 伊隅大尉、水月中尉、遙中尉、宗像中尉、風間中尉、茜、柏木さん。

 

 さらに冥夜、榊さん、彩峰さん、たま、美琴。

まりもさんも、腕を組んで箱の山を睨んでいる。

 

 そして、なぜか武さんまでいた。

 

 原作オルタネイティヴ時空から、いつの間にかこの完全ギャグ時空へ混ざっている、2003年基準の現代人である。

 

「なあ、真白」

 

 武さんがβmazonのロゴを見上げた。

 

「これ、通販サイトみたいなものなんだよな?」

「たぶんです。かなり危険な通販サイトですけど」

「ネットで頼んで、家に荷物が来るやつだろ?」

「はい」

「俺の感覚だと、パソコンで注文して何日か待つ感じだけど」

「2026年だと、スマホで注文して、早ければ当日届いたりします」

「当日!?」

 

 武さんが本気で驚いた。

 

「未来すげえな!」

「今届いているのはBETA製品なので、未来へ感動する場面ではないです」

「線引き難しくないか?」

「自分もそう思います」

 

 夕呼副司令が横から口を挟む。

 

「白銀」

「なんだよ」

「あんたも一応現代人枠なのに、知識が古いのよ」

「古いって言うな!」

「2003年でしょう?」

「そうだけど!」

「真白は2026年。二十三年差は大きいわね」

 

 武さんが地味に傷ついていた。

 

「二十三年……」

 

 まりもさんが、箱へ近づこうとした美琴を視線だけで止める。

 

「鎧衣」

「はいっ」

「不用意に触らない」

「まだ触ってません!」

「『まだ』という表現が不安なのです」

 

 美琴が一歩下がった。

 

「まずは安全確認です」

 

 まりもさんの指示で、ピアティフ中尉と解析班が一箱だけ慎重に開封する。

 

 中から現れたのは、白い化粧箱だった。

 

 妙に高級感がある。

 

 中央に黒い文字。

 

BETA製汎用携帯情報端末

βPhone

 

「……出た」

 

 思わず声が漏れた。

 

「正式名称、BETA製汎用携帯情報端末。通称βPhone」

 

 夕呼副司令が箱を持ち上げる。

 

「名前の時点で嫌です」

「分かりやすくていいじゃない」

「分かりやすいから嫌なんですよ」

 

 読みは、おそらくベータフォン。

 

 スマートフォンではなくβPhone。

 

 BETAが、人類の端末市場へ参入した瞬間だった。

 

「なんか普通に高級そうじゃない?」

 

 水月中尉が化粧箱を覗く。

 

「感心するところ、そこですか?」

「見てよ。開け方まで凝ってる」

 

 蓋を開ける。

 

 黒い全面ディスプレイ。

滑らかな側面。

薄い筐体。

 

 背面には、丸いハイヴ断面図のようなマークが描かれていた。

しかも、その一部だけが齧られたように欠けている。

 

「……りんごじゃなくて、齧られたハイヴ……」

 

「商標対策は完璧ね」

 

「そこを褒めないでください」

 

 箱の中には充電器、ケーブル、説明書、初期保護フィルム。

 

 ステッカーまでついていた。

 

「じゅ、充電器まで……」

 

 たまが驚く。

 

「丁寧ですね……」

 

 遙中尉が困ったように笑った。

 

「丁寧なBETA製品、嫌すぎます」

 

 美琴は既に端末へ興味津々だった。

 

「これ、本当に電話なの?」

「電話もできます。写真も動画も、地図も買い物も」

 

 武さんが反応する。

 

「携帯で動画!? 買い物まで!?」

「そこからなんですね、武さん」

「俺の時代だと携帯なんて電話とメールと、あってカメラだぞ!」

「2026年は大体なんでも入ってます」

「未来すげえ……」

「だからBETA製ですって」

 

 武さんは困ったようにβPhoneを見た。

 

「未来への感動とBETAへの警戒が同時に来る……」

「分かります」

 

 その横で、霞がβPhoneの電源を入れた。

 

 黒い画面に、齧られたハイヴマーク。

 

 その下へOS名が浮かぶ。

 

HIVE OS

 

「OSまで不穏……」

 

 夕呼副司令は気にせず画面を操作した。

 

「反応はかなり良いわね。演算性能も高い。小型端末としては、人類側の技術をかなり上回ってる」

「スマホ技術でBETAに負ける世界、嫌だなぁ……」

 

 伊隅大尉が、実物を真面目に観察する。

 

「軍事利用は可能ですか?」

「十分可能でしょうね。通信、位置情報、地図共有、撮影、暗号化、緊急通報。解析が済めば便利よ」

 

「便利だからこそ警戒が必要です」

 

 まりもさんが即座に釘を刺した。

 

「BETA由来の端末を軍で運用するなら、安全確認と使用規則を先に整備すべきです」

「その通りです、まりもさん」

 

 自分は大きく頷いた。

 

 夕呼副司令は既に画面の奥を探っていた。

 

「香月副司令?」

「安全確認中よ」

「開発者向け設定を探してません?」

「安全確認の一環よ」

「便利な言葉ですね……」

 

 画面には初期アプリが並んでいた。

 

βTube

βmazon

BETA Store

Hive Map

G Wallet

BETA Messenger

Camera

Memo

Emergency

 

「全部嫌な予感しかしない」

 

 特に上三つ。

 

「βmazonはもう事故を起こしてるわね」

「進行形です」

 

 霞がBETA Storeを開いた。

 

「……近日公開があります」

「読まなくてもいい気がします」

 

「……Gacha Hive」

「ガチャ……」

 

「……Betamon GO」

「ベタモン……」

 

「……Duel Link BETA」

「決闘するんですね……」

 

「……Hive Eats」

「フードデリバリーまで……」

 

 自分は頭を抱えた。

 

「この一台で今後の事故を全部予約してません?」

 

「便利ね」

 

 夕呼副司令が満足そうに言った。

 

「便利で済ませないでください!」

 

 

12月某日 昼

国連軍横浜基地・PX

<< 神宮寺 真白 >>

 

 βPhone到着から数時間。

 

 横浜基地の適応は、異様に早かった。

 

 夕呼副司令が解析班を立ち上げる。

ピアティフ中尉が配布管理表を作る。

まりもさんが使用規則案の作成を始める。

霞はアプリ権限と通知を監視する。

 

 そしてPXは、もう周辺グッズを売り始めていた。

 

「人類側の商業適応だけ、異常に早くないですか……?」

 

 棚には既に商品が並んでいる。

 

 光線級レンズ風スマホカバー。

重光線級カメラ保護フィルム。

突撃級耐衝撃ケース。

戦車級もちもちスマホリング。

まるきゅうストラップ。

要塞級触手型充電ケーブル。

斯衛レッドケース。

A-01部隊ステッカー。

京塚食堂スマホスタンド。

 

 そして。

 

 ましろチャンネル予定地スマホケース。

 

「最後のは何ですか?」

 

 京塚のおばちゃんが元気よく笑った。

 

「真白ちゃん! 動画を見ながら飯を食べる人が増えそうだからね。立てて使えるようにしたのさ!」

「食事中のスマホはまりもさんに怒られそうですが……」

「なら食後用だね!」

「切り替えが早い」

 

 夕呼副司令も呆れたように棚を見ている。

 

「商魂たくましいわね」

「戦争中でも、便利な物には便利な小物が要るからね!」

 

「間違ってないのが困ります」

 

 まりもさんは軍用耐衝撃ケースを確認していた。

 

「これは悪くありません」

「買うんですか?」

「教材です」

「みんな教材と言えば許されると思ってません?」

 

 水月中尉は光線級レンズ風ケース。

 

「これ、カメラ部分が光線級みたいになるのね」

「見た目が物騒すぎます」

「でも格好いいじゃない」

「そう思ったら負けです」

 

 彩峰さんは、まるきゅうストラップをじっと見ている。

 

「……かわいい」

 

 隣の霞も頷いた。

 

「……まるきゅうです」

 

「霞は買いましょう。それは安全です」

「……はい」

 

 たまは小型モデルを手にしていた。

 

「わ、私はこのβPhone SEくらいが持ちやすいです」

 

 美琴はβPhoneを上下に振ろうとして、まりもさんに止められる。

 

「鎧衣。振らない」

「振ったら画面が変わるかなって」

「戦術機内では絶対にやらないこと」

「はーい」

「返事が軽い」

 

 冥夜は端末そのものを真面目に見ていた。

 

「これほどの端末が全人類へ配布されたとなれば、情報伝達の形そのものが変化するな」

 

 榊さんも頷く。

 

「便利ではありますが、依存や情報漏洩も問題になります。基地内の利用範囲は明確にすべきですね」

「榊さん、完全に正論です」

 

 一方で武さんは、まだ基本操作に感動していた。

 

「画面を指で動かせるの、すげえな……」

「そこですか」

「ボタンないんだぞ!?」

「今は普通です」

「俺を置いて未来に行くな」

「自分も未来側の人間なので……」

 

 武さんがカメラを起動する。

 

「うわ、画面きれい!」

「2026年基準でも相当高性能です」

「BETA製なのが悔しいな!」

「本当に」

 

 夕呼副司令が販売一覧を開いた。

 

「G元素投入でモデル変更が可能みたいね」

「スマホへG元素を入れないでください」

 

「無印、SE、Pro、Pro Max、Military……」

「完全に市場を取りに来てる」

 

 伊隅大尉はMilitaryモデルの説明を読んでいた。

 

「耐衝撃、防水、防塵、暗号通信、位置共有、緊急ビーコン……軍用としては有用ですね」

「大尉まで真面目に評価しないでください……」

 

「管制用なら、画面が大きい方が便利そうですね」

 

 遙中尉はPro Maxを見ている。

 

「涼宮中尉まで……」

 

 宗像中尉が楽しそうに笑った。

 

「真白少佐専用もあるんじゃない?」

「絶対嫌です」

 

「……あります」

 

 風間中尉が説明書から顔を上げた。

 

「あるんですか!?」

 

 表示された商品名を見て、嫌な汗が出た。

 

βPhone Mashiro Edition

白を基調に紺と紅の差し色。

ましろチャンネル最適化済み。

困り顔サムネ自動補正機能搭載。

 

「要りません!!」

 

「採用」

 

 夕呼副司令が即答する。

 

「何を採用したんですか!」

 

 霞が端末を見て、ぽつり。

 

「……似合うと思います」

「霞まで……!」

 

 

12月某日 午後

国連軍横浜基地・シミュレーター室

<< 神宮寺 真白 >>

 

 βPhone配布から数時間。

 

 最初の問題は、思っていたよりずっと早く発生した。

 

「彩峰」

 

 まりもさんの声が低く響く。

 

「はい」

 

 A-01と旧207Bによる簡易シミュレーション。

βPhoneの軍用連携機能を試験していた時だった。

 

「今、通知を見ようとしましたね?」

「……見てない」

「手が動きました」

「通知が来た」

「見る必要はありません」

「BETA Storeに新アプリが……」

「訓練中です」

「……はい」

 

 まりもさんが深く息を吸う。

 

 嫌な予感がした。

 

「全員、聞きなさい」

 

 A-01も旧207Bも、自然と姿勢を正した。

 

「βPhoneは便利な端末です。通信、位置情報、戦術共有、記録、緊急通報。使い方次第では有効な装備となるでしょう」

「はい!」

 

「ですが、戦闘中に通知を見る者は、BETAを見る前に死にます」

 

 一気に空気が引き締まる。

 

「今後、戦術機搭乗中の私的操作は禁止。訓練中も同様です。通知は後で確認しなさい」

 

 一拍。

 

「既読より生存です」

 

「既読より生存……」

 

 思わず復唱してしまった。

 

 水月中尉が口元を押さえる。

 

「標語として強いわね」

 

「本日よりβPhone使用規則を制定します」

 

 ピアティフ中尉は、既に文章を打ち始めていた。

 

「第一条」

 

 まりもさんが、はっきり宣言する。

 

「やめよう、ながら戦術機操作」

 

 沈黙。

 

「ポスターになりそう」

 

 水月中尉が小声で言った。

 

 直後、夕呼副司令の通信が入る。

 

『もう発注したわ』

 

「早いです!」

 

 大型モニターに仮デザインが表示された。

 

やめよう、ながら戦術機操作

その通知、一秒待てば命が残る

βTubeより前方確認

高評価より安全確認

戦場でスクロールするな

監修:神宮司まりも

 

「まりもさん監修になってます」

 

「……本当に?」

 

 まりもさんが額へ手を当てた。

 

「ですが、書いてあることは正しいです」

「正しいから余計に困ります……」

 

 霞も端末を見ながら呟いた。

 

「……視聴維持率より、生存率です」

 

「霞、上手いですね」

 

『採用』

 

 即座に夕呼副司令。

 

「採用しないでください!」

 

 武さんだけが、ポスターを真顔で見ていた。

 

「いや、でも普通に大事だろ」

「大事です」

「携帯見ながら戦術機動かしたら、そりゃ死ぬだろ」

「完全に正論です」

「じゃあこの標語正しいじゃん」

「正しいからギャグとして処理しづらいんです……」

 

 

12月某日 夕方

国連軍横浜基地・香月副司令執務室

<< 神宮寺 真白 >>

 

 一通りの騒動が落ち着いた頃。

 

 自分は再び、副司令執務室でβPhoneを眺めていた。

 

 薄い筐体。

齧られたハイヴマーク。

HIVE OS。

BETA Store。

βmazon。

βTube。

 

 便利だ。

 

 認めたくないが、かなり便利だった。

 

 情報伝達の速度は確実に変わる。

地図や位置共有を軍用へ転用すれば、横浜基地内だけでも使い道はいくらでもある。

 

 だが。

 

 便利と安全は、全く別だ。

 

「夕呼副司令」

「何?」

「この通信、本当にハイヴから飛んでるんですか?」

「解析上はね」

 

 夕呼副司令が世界地図を表示する。

 

 通信強度を示す色が各地へ重なった。

 

 佐渡島。

鉄原。

ユーラシア各地。

 

 ハイヴの近くほど強い。

 

 反対に、人類側の安全圏ほど弱い。

 

「……安全な場所ほど圏外に近づくスマホって、最悪ですね」

「BETA支配圏の方が通信インフラが優秀。笑えない話ね」

 

 ピアティフ中尉が報告を読み上げる。

 

「合衆国方面では通信環境改善のため、中継機能を持つ小規模ハイヴ設置案が、一部技術者から提案されています」

 

「中継基地じゃなく、中継ハイヴなんですか!?」

 

 武さんが目を剥いた。

 

「アメリカ正気かよ!」

 

 夕呼副司令が肩をすくめる。

 

「米国なら検討くらいはするでしょうね」

 

「絶対に認可してはいけません」

 

 まりもさんが即答した。

 

「当たり前です……」

 

 その時、霞がβPhoneを見た。

 

「……BETA Storeに通知です」

 

「もう嫌な予感しかしません」

 

 画面が光る。

 

BETA Storeに新しいアプリが追加されました

 

 恐る恐る覗き込む。

 

 そこには、大きな文字。

 

βTube Studio

あなたも今日から、配信者。

 

 部屋が静かになった。

 

「……βTube Studio」

 

 震える声が出た。

 

「なるほど。動画投稿者向け管理アプリね」

 

 夕呼副司令の食いつきが早い。

 

「その理解力を今だけ失ってください」

 

 霞が続ける。

 

「……βTubeに、新規チャンネル作成機能も追加されています」

 

「まさか……」

 

 ピアティフ中尉がβTube側を確認した。

 

「副司令。BETA側による動画投稿数が急増しています」

 

 壁面モニターにβTubeが表示された。

 

 既に、サムネイルが並んでいる。

 

【密着】ハイヴの朝ルーティン

投稿者:兵士級の日常

 

【検証】戦車級一万匹を一列に並べてみた

投稿者:ベタキン

 

【毎日G元素生活】濃縮G元素ラーメンをすする

投稿者:ベベルTV

 

【ゆっくり解説】光線級が航空戦力を終わらせた理由

投稿者:ゆっくりベータ解説

 

【大型企画】最後まで生き残ったハイヴにG元素1億トン

投稿者:ミスターブレイン

 

「……もう始まってる」

 

 夕呼副司令の目が変わった。

 

 完全に研究者の目だ。

 

「ピアティフ。投稿数とBETA活動の相関を取って」

「了解しました」

 

「霞はコメント欄を監視。精神干渉や情報逆流がないか確認」

「……はい」

 

 自分はβPhoneを見た。

 

 人類全員へ届けられた、小さな板。

 

 その中で。

 

 BETAが動画投稿を始めている。

 

 次の事故になる。

 

 いや。

 

 もう事故は始まっている。

 

「真白」

 

 夕呼副司令がこちらを見た。

 

「はい……」

 

「場合によっては、人類側にも公式チャンネルが必要になるわね」

 

「……まさか」

 

「まだ決定じゃないわ」

 

「夕呼副司令がそう言う時、大体決まってます」

 

 夕呼副司令は、にやりと笑った。

 

「その時はよろしく」

 

「よろしくしたくありません……」

 

 βPhoneが、また振動した。

 

βTubeからのお知らせ

人類側公式チャンネルの開設申請を受け付けています。

 

 自分は一度、大きく息を吸った。

 

「受け付けないでください!!」

 

 それは、BETAが人類の端末依存を学習した日。

 

 全人類が、齧られたハイヴマークの小さな板を手にしてしまった日。

 

 そして――。

 

 ましろチャンネルという、新たな戦場の準備が始まった日だった。

 

純夏交信事故シリーズ②

IFストーリー「BETAPhone…?」編

第1話「βPhone、届く」 END

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