ブランシュという外部の反魔法組織が引き起こした未曾有のテロ未遂事件から、数日が経過した。
第一高校の校内は、表向きにはすっかり平穏を取り戻しつつあった。破壊された設備は魔法の力と業者の手によって速やかに修復され、授業はスケジュール通りに行われている。
しかし、目に見えない空気の層には、まだ微かなざわめきが残響のように漂っていた。
廊下を歩けば、すれ違う生徒たちの口から、様々な噂の断片が聞こえてくる。
放送室占拠事件の首謀者たちや有志同盟のその後。壬生紗耶香という剣道部のアイドルに対する、同情と批判の入り交じった声。そして何より、事件の鎮圧に大きく関わったとされる生徒会、風紀委員、そして「ある一年の二科生」に関する尾ひれのついた英雄譚だ。
僕は登校の足取りを進めながら、その騒々しい気配を肌で感じ取っていた。
ブランシュ編という、原作における最初の大規模イベントは終わった。
だが、校内の空気が完全に元通りになることはないだろう。生徒たちの間に横たわっていた不満が外部の悪意に利用され、実際に流血沙汰になりかけたのだ。一科生と二科生の間にあった見えない壁は、ある部分は崩れ、ある部分はより強固なものとして変質しつつある。
だが、そんな学校全体を巻き込む社会学的な問題よりも、水瀬悠という一人のしがない魔法式コレクターにとっては、もっと切実で直接的な大問題が存在していた。
僕は、司波達也に僕の最大の秘密を握られた。
十文字克人の『ファランクス』。
司波達也の《分解》と《再成》。
この神話級の魔法式たちが、今も僕の精神領域の最奥で仄白く輝いている。
達也との間に結ばれた絶対的なルール。
十師族系、血統魔法、秘匿魔法、軍用魔法は一切使用禁止。
当然、ファランクスや分解・再成は『絶対封印』だ。
僕は今日から、ただ一般魔法だけを愛し、授業で学んだことだけを不器用に応用する、健全で善良な二科生として生きなければならない。
自分の心にそう固く言い聞かせ、僕は1年E組の教室のドアを開けた。
「おはようございます、水瀬さん」
教室に足を踏み入れた瞬間、鈴を転がすような、完璧に美しい声が僕の鼓膜を打った。
声の主は、司波深雪。
彼女は、まるで一幅の絵画のような淑やかな笑顔を僕に向けていた。
声は優しい。表情も美しい。
だが、僕の生存本能が強烈な警報を鳴らしていた。
笑顔が綺麗だ。声も柔らかい。
けれど、圧倒的に『温度』が低い。
深雪さんの背後に、シベリアの永久凍土の幻影が見える。あの日の第3演習室での『抱きつき事件』について、僕はまだ、彼女から完全には許されていないのだ。
僕は背筋をピンと伸ばし、気をつけの姿勢をとった。
「お、おはようございます深雪さん。本日も大変お美しいですね。なお、本日の司波くんとの物理的距離は、半径二メートル以上を適切に保ち、不必要な接触を避けることをここに誓約いたします」
僕の早口の宣言を聞いて、深雪はフフッと優雅に微笑んだ。
「……それは何よりですわ、水瀬さん」
怖い。
まだ完全に監視対象だ。監視カメラのレンズ越しに狙撃銃で狙われている気分だ。
達也、頼むから妹様の機嫌取りをもっと頑張ってほしい。僕の生命維持に直接関わる問題なんだ。
僕が心の中で悲鳴を上げていると、当の達也はいつも通りの無表情で自分の席に座っていた。
彼が僕の顔を見て、周囲に聞こえないほどの小声で呟いた。
「昨日の件は、深雪には必要な範囲だけ説明しておいた」
「必要な範囲って……つまり、僕の命の保証はまだ保留状態ってこと?」
「深雪は理性的だ。心配しすぎる必要はない」
「あの日の演習室は、理性的で物理的な氷河期だったんだけどね」
「余計なことを言うな。墓穴を掘るぞ」
達也の冷ややかな忠告に、僕は口をチャックするジェスチャーをした。
とはいえ、この軽口のやり取りができる程度には、彼との間に奇妙な『共犯者』としての距離感が形成されつつあった。
「ちょっと、水瀬」
席に着くや否や、エリカが僕の机の前に乗り出してきた。
「で? 昨日、達也くんと空き演習室で何があったのよ。二人っきりでこそこそと」
「命が惜しいので、その件については完全な黙秘権を行使させていただきます」
僕が即座に視線を逸らして逃げると、エリカはジト目を向けてきた。
「その言い方、絶対に何かとんでもないことがあったでしょ。あんたのことだから、また達也くんをドン引きさせるようなマニアックなこと言ったんじゃないの?」
「俺もそう思うぜ。お前、昨日からなんか顔色がおかしいぞ。徹夜でゲームでもして、ラスボスにボコボコにされたみたいな顔してる」
レオまで身を乗り出してくる。
ラスボス──お兄様と妹様──にボコボコにされた、というのは比喩としては完璧すぎて反論できない。
「ゲームじゃないよ。僕のリアルな人生の危険度が、昨日から急激に二、三段ほど跳ね上がっただけだから、気にしないで」
「それ、全然大丈夫じゃない響きなんですけど……?」
美月が、本当に心配そうな顔で僕の顔を覗き込んできた。
「大丈夫だよ、美月。僕は今日から、ただ一般魔法だけを慎ましく学習し、平和を愛する善良な二科生として生まれ変わったんだから」
「自分で自分のことを善良って言うやつほど、腹の底が怪しいのよねぇ」
エリカが呆れたように肩をすくめる。
「ひどい偏見だ。僕はただ、世界に満ちる魔法式を純粋に愛しているだけなのに」
僕は大げさにため息をついてみせた。
達也との取り決めについて、エリカたちに話すわけにはいかない。これからの僕の学園生活は、彼ら友人の前でも、常に一枚の仮面を被り続ける必要があるのだ。
休み時間になると、達也が僕の席の横を通りすがりに、短く釘を刺してきた。
「水瀬。昨日決めたルールは、覚えているな」
「もちろん。一般魔法は観察と学習の範囲で応用可能。秘匿魔法、血統魔法、十師族系、軍用系は完全封印。君の《分解》と《再成》は絶対封印。ファランクスも封印。そして、深雪さんの前で達也に抱きつかない」
僕がスラスラと暗唱すると、達也はわずかに眉を寄せた。
「……最後の項目は、ルールの別枠だ」
「いやいや、僕にとっては最重要の生存ルールだけど?」
「軽く言っているが、必ず守れ。君のその能力の全容が漏れれば、本当に社会から消されるぞ」
「分かってる。守るよ。僕は命が惜しいし、自由を奪われるのはもっと嫌だからね」
僕が真剣な顔で答えると、達也は小さく息を吐いた。
「一般魔法の学習まで禁じたわけではない。だが、これからは応用の仕方には細心の注意を払え。周囲から『不自然だ』と思われない範囲に留めろ」
「了解。僕は合法的な範囲で魔法式を楽しむ、健全で善良な蒐集家です」
「その言い方が、すでに俺を不安にさせている自覚を持て」
達也はそれだけ言い残し、席へ戻っていった。
これで、僕の『使用禁止リスト』と『合法リスト』の境界線が明確になった。
封印系以外であれば、観察と学習は自由。僕の基本スキルである『表面制御』や『摩擦制御』の応用の範囲内であれば、怪しまれずに使用できる。
昼休み。
僕たちが中庭のベンチで昼食をとっていると、一人の上級生が近づいてきた。
壬生紗耶香先輩だった。
彼女は、以前の凛とした雰囲気はそのままに、どこか憑き物が落ちたような、すっきりとした、しかし少しだけ疲れた顔をしていた。
「司波さん、皆さん……それに、水瀬さん」
彼女は僕たちの前に立つと、深く、長いお辞儀をした。
「あの時は、本当にごめんなさい。……水瀬さん。あなたは私に『利用されるな』と忠告してくれたのに、私はそれに耳を貸さず、あんな愚かな事件を引き起こしてしまった。本当に……ごめんなさい」
彼女の震える声に、僕は少し困って頭を掻いた。
「頭を上げてください、壬生先輩。僕の言葉が足りなかっただけです。それに、先輩が全部悪いわけじゃありません。先輩の怒りを利用した連中が、一番悪いんですから」
「……それでも、私は自分の怒りを、自分ではない誰かに預けてしまった。あの人たちの用意した耳障りの良い言葉に酔って、自分で考えることを、途中で放棄してしまったんだと思います」
壬生先輩は、自嘲するように笑った。
その顔には、自分が犯してしまった罪の重さと、剣道部という居場所を傷つけてしまったことへの後悔が色濃く表れていた。
僕は、彼女の目を真っ直ぐに見て、少しだけ真面目な声を出した。
「怒ること自体は、決して悪いことじゃないと僕は思います。先輩の、二科生が理不尽な扱いを受けていることへの怒りは、正しかった」
「水瀬さん……」
「でも、その怒りを、顔の見えない誰かに預けるのは危ないです。他人の用意した台本で怒りを表現すれば、今回のように簡単に利用される。……だから次は、ちゃんと自分の言葉で、自分の責任で、怒ってください」
僕の言葉を聞いて、壬生先輩は少しだけ目を丸くし、やがて、救われたようにポロポロと涙をこぼしながら頷いた。
「……ありがとう。次は、絶対に間違えません。ちゃんと、自分の言葉で話します」
彼女のプシオンの乱れは、完全に消え去っていた。
これで、僕から壬生先輩への勝手な忠告の責任は、ようやく一段落したような気がした。
その日の放課後。
今度は、全く予想外の人物から声をかけられた。
「……おい、水瀬」
僕が下駄箱で靴を履き替えていると、背後から不機嫌そうな声がした。
振り返ると、剣術部の桐原武明先輩が、腕を組んで立っていた。
僕は一瞬身構えた。
「はい。何でしょう、桐原先輩」
桐原先輩は、僕の顔を見ずに、気まずそうに視線を明後日の方向へと逸らした。
「……壬生を、助けたらしいな」
「え?」
「図書館の特別閲覧室で、壬生が巻き込まれそうになった時、お前が魔法で防いだって聞いた」
僕は少し驚きつつ、首を横に振った。
「僕は大したことはしてませんよ。達也……司波くんたちが主に動いて、敵を制圧してましたし。僕はただ、後ろでちょこちょこ動いていただけです」
「……それでも、あいつを守ってくれたんだろ」
桐原先輩は、依然として僕を見ないまま、ボソリと言った。
「……礼は、言っておく」
明日は槍が降るのではないか。
あのプライドの塊のような一科生の桐原先輩が、二科生の、しかも1年である僕に頭を下げたのだ。
僕が驚きのあまり無言で見つめていると、桐原先輩が耳まで赤くしてこちらを睨みつけてきた。
「なんだ。何か失礼なことを考えていないか」
「いえ。魔法式が実戦的で綺麗な人は、お礼の言い方も不器用で真っ直ぐなんだなと、感心していただけです」
「……意味が分からん」
「僕にもよく分かりません」
僕がふざけて答えると、少し離れた場所で待っていたエリカが吹き出した。
桐原先輩は舌打ちをして「二度と言わねえからな」とだけ言い残し、足早に去っていった。
性格はともかく、やはり彼も根は悪い人間ではないのだ。
こうして、僕と桐原先輩との関係も、ほんの少しだけ改善されたのだった。
◆
(生徒会室 視点)
同じ頃、生徒会室では。
七草真由美、渡辺摩利、中条あずさの三人が、ブランシュ事件の事後処理の報告書をまとめ終え、ようやく一息ついていた。
「それにしても、今回の事件は本当に司波くんに助けられたわね」
真由美が、端末のデータを見ながら微笑む。
「彼の実力は、私たちの想像を遥かに超えていたわ」
「ああ。だが、だからこそ厄介でもある」
摩利が、厳しい顔つきで腕を組んだ。
「司波の能力は底が知れない。そして、もう一人。彼と常に行動を共にしているあの女子生徒……水瀬悠も、普通じゃない」
真由美が興味深そうに目を細める。
「水瀬さんが?」
「図書館での戦闘の報告データだ」
摩利は、コンソールを操作してホログラムモニタに現場の状況を表示した。
「彼女は、攻撃魔法で目立ったわけではない。敵を倒したのは全て司波たちだ。だが……戦闘中の味方の『導線』が、不自然なほどに完璧に整っていた」
あずさが、モニタの数値を分析しながら口を挟む。
「……本当ですね。敵の足元だけが瞬間的に摩擦を失って転倒し、味方の踏み込みの際には床の反発係数が最適化されています。飛散した瓦礫の軌道も、味方を避けるようにわずかに曲げられている。……これ、誰かが裏で、極めて細かく環境を制御していたとしか思えません」
「複数の微細な制御魔法を、戦況に合わせて無詠唱に近い速度で同時運用していた可能性がある」
摩利の指摘に、あずさが息を呑む。
「そんなこと……一年生の、しかも実戦経験のない生徒の並列処理能力で可能なんでしょうか。異常です」
真由美が、ふふっと笑い声を漏らす。
「本人は、『魔法式の構造を見るのが好きなだけ』って言っていたけれど」
「それで済ませていいレベルではない。司波といい水瀬といい、今年の一年E組は危険物倉庫か何かか」
「でも、頼もしいじゃない? 面白い子たちが入ってきてくれて」
「……真由美、あまり面白がるなよ。手綱を握り損ねれば、火傷をするのはこちらだぞ」
生徒会トップの三人の間で、水瀬悠という生徒に対する警戒と関心は、確実に高まり続けていた。
だが、彼女の本当の能力が『他者の魔法式の完全な複製』であるという事実にまでは、まだ誰も到達してはいなかった。
表向きは、彼女は『異常に器用な補助魔法の使い手』として認識されつつあった。
◆
(水瀬悠 視点)
ブランシュ事件の余波が少しずつ薄れていく中、校内の空気は、次なる巨大なイベントへの期待感へと塗り替えられようとしていた。
校内の電子掲示板や、生徒会からの告知、そして生徒たちの雑談の中に、ある単語が頻繁に登場するようになったのだ。
『全国魔法科高校親善魔法競技大会』──通称、『九校戦』。
夏の盛りに開催される、全国の魔法科高校から選りすぐりの精鋭が集まり、魔法の技術と技量を競い合う、魔法科高校生にとって最大の晴れ舞台。
選手の選抜、競技種目の解説、CADの調整を担当する技術スタッフの話題。
一科生たちは「今年の代表は誰になるのか」と期待に胸を膨らませ、二科生たちは「自分たちには関係のないお祭りだ」と少し冷めた目を向けている。
僕は、その話題を耳にするたびに、内心で静かに狂喜乱舞していた。
来た。
ついに九校戦編だ。
魔法科高校の精鋭たちが、持てる技術の全てを注ぎ込んで構築する『競技魔法』。
無駄を削ぎ落とした高速起動式。選手ごとの肉体や癖に合わせた究極の最適化。各校が誇る流派や秘伝の技術。
それが、白日の下に公開されるのだ。
つまり、九校戦とは、僕にとって『合法的な魔法式観測天国』に他ならない。
達也とのルールを思い出す。
秘匿系は使わない。血統系は封印。十師族の奥義も封印。
でも、『見る』のは自由だ。そして、一般の競技魔法であれば、それを学習の範囲で応用することは許可されている。
つまり、九校戦で観測する魔法式は、基本的には合法!
合法なのである!
想像するだけで、涎が出そうになる。
僕は思わずニヤけそうになる顔を、必死の作り笑いで隠した。
油断すると、視界の端から深雪さんの氷点下の視線が飛んでくるからだ。
放課後。
図書室の前で本を返却し終えた達也と深雪を見つけ、僕は小走りで駆け寄った。
周囲には、他の生徒の姿はない。
「達也! 深雪さん!」
「水瀬か。どうした」
「いや、最近校内が九校戦の話題で持ちきりだからさ。達也、九校戦頑張ってね!」
僕が軽いノリで拳を握ってみせると、達也は怪訝な顔をした。
「……何を言っている。俺は二科生だぞ。九校戦に選手として出場する予定など、万に一つもない」
「いやいや、君は確実に巻き込まれるのさ……運命の歯車にね」
「……水瀬」
達也の目が、スッと細くなった。
ヤバい、調子に乗った。
僕は即座に両手を顔の高さまで上げ、降伏のポーズをとった。
「言い方が悪かった! 君みたいに異常な技術力を持った優秀な人材は、学校の大きな行事には必ず裏方として引っ張り出される運命にあるという、人生の一般論を述べただけだよ!」
「その一般論は、妙に具体的で確信めいているな」
「僕は観測者だからね。事象の流れや、人々の思惑のベクトルを見るのが得意なんだよ」
僕が苦しい言い訳をしていると、隣で聞いていた深雪の瞳が、キラキラと輝き始めた。
「まあ……。お兄様が、九校戦という大舞台でご活躍なさる可能性があるのですね」
「深雪、まだ何も決まったわけではない。期待しすぎるな」
達也は妹を窘めつつ、僕の方をジロリと睨みつけた。
「水瀬。お前、余計なことは言うなよ」
「はい、申し訳ありません」
妹様のブラコンゲージを上げてしまった。これは後で達也に確実に絞られるやつだ。
僕はコホンと咳払いをして、姿勢を正した。
「とにかく、僕の九校戦での立場を明確にしておくよ。僕は競技に選手として参加する気もないし、運営の技術スタッフに立候補して介入する気もない。僕はただの『魔法蒐集観測者』に徹するから!」
「……相変わらず、怪しい肩書きだな」
「魔法蒐集観測者、ですか……?」
深雪が不思議そうに小首を傾げる。
「そう。観客席から、競技で公開される最先端の魔法式をひたすら観測し、一般魔法として健全に学習する。秘匿系、血統系はルール通りに封印するし、競技の勝敗には一切介入しない。僕はルールを守る善良な二科生の観客だよ」
僕が胸を張って宣言すると、達也は疑り深い目を向けてきた。
「……本当に、ただ見るだけで守れるのか」
「守るよ。僕は命が惜しいし、何より深雪さんの絶対零度の冷気が怖いからね」
「あら、水瀬さん?」
深雪の笑顔が、少しだけピキッと凍った。
「あ、いや! 今の僕にとって最大のストッパーであり、畏敬の念を抱く対象であるという、最大級の褒め言葉です!」
「水瀬。もう黙れ」
「はい」
こうして、僕の九校戦における『観測者』としての立ち位置は、彼らの前で明確に宣言された。
帰り道。
一人で駅へ向かって歩きながら、僕はもうすぐ始まる夏の祭典を想像していた。
九校戦。
全国の魔法科高校から精鋭が集まる、魔法式の祭典。
一般競技魔法の限界突破、選手ごとの特性に合わせたCADの狂気的な調整、学校ごとの思想が反映された術式の癖。
観測するだけで、僕のライブラリがどれだけ豊かで賑やかなものになるか、想像もつかない。
でも、同時に。
その中には、僕が『使ってはいけない魔法式』も大量に含まれているはずだ。
見たい。集めたい。でも、使えない。
使えば達也に止められるし、社会から消される。
九校戦は、魔法式蒐集者である僕にとって、知識の宝庫である『天国』なのか。
それとも、目の前に極上のご馳走を並べられながら、決して口にすることを許されない『地獄』なのか。
ブランシュ事件は終わった。
有志同盟の騒動も、一応の決着を迎えた。
僕は司波達也と秘密を共有し、神話級の魔法式を心の奥底に封印し、妹様の冷たい笑顔に怯えながら、一般魔法だけを愛する善良な二科生として生きることを決めた。
……はずだった。
校内に流れ始めた次の大きな話題。
司波達也は「俺には関係ない」と言った。
けれど僕は知っている。お兄様は、絶対にこの騒動のど真ん中に巻き込まれる。技術スタッフとして、あるいはそれ以上に厄介な役割として。
そして僕は、選手でもなく、技術スタッフでもなく、ただの観測者として、観客席という特等席でその大舞台を見届けるのだ。
魔法科高校の劣等生、次章。
観測者の心躍る、そして胃の痛くなるような夏が、すぐそこまで迫っていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!