パラレルオラリオを疑うのは間違っているだろうか 作:サイダー好きな白鷺
オラリオで第一級冒険者として名を馳せている今の自分。それとは別に、無力で何も出来ない恥ずべき自分を知っている。今の自分とは違う道を辿った自分の姿が、物心ついた時には頭の中にあった。
未来予知なのか単なる妄想の産物なのか。
それはわからなかったけれど、強くなるための動機とするには十分であった。
存在しないはずの記憶の中で、弱々しい自分はある男性に恋をしていた。ベル・クラネルという、命をかけて命を助けてくれた白髪の少年。春姫は献身的に彼を支えようとしていたようだが、ベルは最終的に想い人と一緒に消えてしまった。駆け落ちとかではない。世界をかけた戦いの中で、
世界は救われ、ベルは想い人と一緒に最後を過ごせてハッピーエンド(失笑)。実際、彼は満足そうな顔をしていたが、周りからすれば堪ったものではなかった。
「ですので、
「は、春姫さん……!?」
春姫はオラリオで彼を待っていた。
いつまで経っても姿が見えなかったから、正直、待ちくたびれそうになっていたが……十七歳になった翌日、ようやくその時はやって来た。
なにやら様子がおかしい。というか向こうは
「僕がアイズさんと心中したって、それ、何の冗談ですか……僕はそんなことしてません!」
少年は必死に潔白を主張しているが、
春姫はこれまで、自分と同じ状況の人物達に会ったことはなかった。だから
「僕はそんなことしてない!」
「
冷笑を向けると、少年の肩がびくりと跳ねた。
彼からすれば今の春姫は、さぞ醜く見えていることだろう。誰かが化けているとでも思われるかもしれないが、残念ながらこれが現実だ。自分は彼が知っている春姫ではない。弱々しく花のように笑う女には育たなかった。それどころか派閥の団長を軟禁して調教を施し、女神イシュタルをうっかり送還しかけるような危ない女。それが現在の春姫である。
「覚えていない貴方を責めるのは酷かもしれない。それはわかっていますとも。しかし、心中の件を抜きにしても貴方の所業は、
「っ!?」
焦げた鉄の匂いが鼻の奥にこびりつく。
周囲は
場所はオラリオ最西端。新しく建てられた『塔』が爆発炎上したのを目にして、春姫は仕方なしに駆けつけてきたが、
ノコノコ現場にやってきた少年を見つけることができたのだから、災い転じて福となったと言える。
「もしや、はーれむ気分を堪能でもされておられましたか? いくら純情だと言っても、全て気づいていなかったわけがないでしょう? それなのに、仲間だ家族だ一途だと、都合の良い言葉ではぐらかす……憧憬の奴隷とは言い得て妙でございますね」
春姫の口から「くすくす」と意地の悪い声が漏れた。
こうしていると加虐心が湧いてくる。ついつい笑ってしまうのも無理はない。
「何を言っているんですか!? ──何を言っているんですか!?」
彼も彼で大変そうだが、春姫は親身に寄り添ってあげる気持ちにはなれない。落ち着いて話し合うにしても、まずは
あまねく好意をはぐらかし続け、最終的には想い人の心中を選んでフライハイ。そんな現実を満足して受け入れたであろう心根。腕の一本や二本は切り落としてやらないと、春姫は腹が立って仕方がない。幼い頃はここまで思わなかったが、ずっと彼のことを妄想していたら気付いたら憎悪が爆発していた。もしここでも同じことをしようとしたら、春姫は世界を滅ぼすことを選ぶだろう。
「──
「うぉあァッ!?」
春姫は豪快に踏み込むと、殺すつもりで腕を振った。横十文字に鋭い軌跡を描くのは黒い柄の
少年はすんでのところで後ろに飛んで回避。脆くなっていた床を、春姫の下駄が蹴り砕いた。
「なぜ逃げるのですか? 冒険者ならまずは
「そこからってどこから!? っ、ちょ! 嘘だろ春姫さん早い! 強い! おかしいですよこんなのっ!?」
ベルは炎の中を突っ切って逃げの一手。狭い通路に飛び込んだ刹那、通過したばかりの
「い゛っ!?」
それだけではなく、壁が斜めに
そして次の瞬間、
「
「だああっ!?」
ベルの長刀が赤黒い刀身を受け止める。力比べの格好に移行すると、春姫は思わず歓喜の声をあげた。狐耳がひくひくと震える。
「あはっ! ふふ……失礼、まずは片腕を頂きましょうか。そうすれば落ち着いて話し合うこともできるというもの……!」
「
細かいことは抜きにして、とにかく愉しい。心の奥底から陽の感情が溢れてくる。こんな気持ちは初めてだった。愉しい、愉快だ、湧き上がる悦が止まらない。
なんと興ざめなことを抜かすのだろうか、この少年は。あからさまに動揺している
「……チッ」
「舌打ちした!? いま舌打ちしましたよね!?」
それがどうしたというのか!
春姫だって人間だ。舌打ちくらいする!
煮詰めに煮詰めた感情は体の隅々まで燃え広がっていき、もはやとどまるところを知らない。
翡翠の瞳があらんばかりに見開かれた。積年の憎悪を──いや慕情を──もはやグチャグチャのドロドロでよくわからないが、とにかく今ここで晴らさせてもらう! そうしないと頭がおかしくなる! 春姫は甲高い声を響かせた。
「さあ、本気で
「ちょ、つよっ、ほんと強っ──う、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!?」
今度は斬ではなく突き。
突き、突き突き突き突き突き!
どうして反撃しないのか。防戦一方の
サンジョウノ・春姫はLv.
▼
──英雄ごっこは楽しかったかい?
一年ほど前、ベルは不思議な声を聞いた。
長い眠りから目覚めた直後に。
そう、ベル・クラネルは意識を失っていたのだ。実際にどれだけ意識を失っていたかは不明だったが、とても長い夢を見ていたような気がした。
目を開けると故郷の山奥の実家にいて、しばらくは何も出来なかった。なぜか体が疲れ果てていて動けなかったのだ。しかも記憶は混濁しているしで、まともに動けるようになるまで一ヶ月かかった。その後は謎の不調が始まって、オラリオに戻って来ることができたのが半月前だ。
何があったのかは不明。
こうなる直前の記憶はなし。
あやふやなことも多かったが、じっとしているという選択肢はなかった。一緒にいたはずの仲間が待っていてくれていることを信じて、ベル・クラネルは迷宮都市にやって来た。
しかし、主神のヘスティアはどこにもいない。同じ間【ファミリア】のはずの青年はベルのことを初対面扱い。どうすれば良いかわからなくなりフラフラと街をさ迷っていたところ、知らない神様に話しかけられて
「あぁ、恩恵が失効してるのか。だが、刻み直せば【ステイタス】は
簡単に気絶させられてしまったのだが、その原因は【ステイタス】の封印。
主神が下界にいなければ冒険者は培ってきた【ステイタス】を発揮できない。ヘスティアが送還されたという事実はないとわかったので、そこは安心したが
「あの、あなたは誰なんですか……」
「俺は親切な神だ。何となくお前が現れるような気がしていたから待ち構えていた。神の勘というやつだ」
他のことについては不安なばかりであった。
神の名はエレボス。悪いことをしようと企んでいたこともあったが今は大丈夫だと言っていた。
「お前が欲しいなら、俺が恩恵を恵んでやろう」
「いや……それはちょっと」
「なぜだ。理由を話してみろ」
「…………あ、会ったばかりなんで……はい」
企んでる時点でダメじゃねというベルの疑念はともかく、恩恵がなければ何も始まらない。とはいえ、雰囲気は胡散臭いし見た目は夜の帝王っぽいし、正直なところあんまり信用出来なかった。
だから一旦保留にして、信用できるとわかっている神を頼ろうとしたのだが、
「ダメだぞ。おい、もう出てきていいぞお前達」
「「さっきからここにいるわ!」」
「エッ」
いつの間にか増えてた人達に
そうしてベルは一時的にエレボスの恩恵を使わせてもらうことになり、時は現在。【ヘスティア・ファミリア】の仲間である春姫は、魔改造もかくやといった具合に変貌してしまっていた。
「──天誅ッ!」
「ウォアァァ!? お願いですやめてください、春姫さぁん!? それ当たったら体に穴があきますって!」
「望むところでございます!」
「ナニガ!?」
まるでアイズと戦った時のような感覚。
全身を駆け巡るのは戦慄だ。本能が叫んでいた。気を抜いたら殺られると。
何度も言っているように、こうなってしまった原因は不明。とにかくバラバラにされるわけにはいかないので、ベルはひたすらに逃げた。やられるわけにもいかないが、春姫を痛めつけるのも嫌だったからだ。適当にいなして無力化する自信は、なかった。